神代駅 (山口県)
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テンプレート:駅情報 神代駅(こうじろえき)は、山口県岩国市由宇町神東区原にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の駅。
駅構造
相対式2面2線のホームを持つ地上駅。分岐器や絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。駅舎は下りホーム側にあり、反対側の上りホームへは跨線橋で連絡している。ホームは、8両編成の列車が停車しても幅が余るほど長い。
徳山地域鉄道部管理の無人駅であり、2007年春には駅舎内に自動券売機が設置された。それ以前は駅前の森東商店で販売されていた。現在、店先には「切符は販売機で買うように」の張り紙がされている。
ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
駅舎側 | テンプレート:Color山陽本線 | 下り | 柳井・徳山方面 |
反対側 | テンプレート:Color山陽本線 | 上り | 岩国・広島方面 |
※案内上ののりば番号は設定されていない。
駅周辺
駅周辺は平坦な部分が少なく、北西側はすぐ崖である。南東側はすぐ海である。
- 岩国市立神東小学校
- 力寿司
- イッパチ
- 神西小学校
- 国道188号
利用状況
1日の平均乗車人員は以下の通りである。
乗車人員推移 | |
---|---|
年度 | 1日平均人数 |
1999 | 131 |
2000 | |
2001 | 115 |
2002 | 93 |
2003 | 85 |
2004 | 76 |
2005 | 75 |
2006 | 78 |
2007 | 93 |
2008 | 91 |
2009 | 85 |
2010 | 90 |
2011 | 82 |
2012 | 83 |
歴史
- 1899年(明治32年)7月23日 - 山陽鉄道の由宇駅 - 大畠駅間に神代駅(初代)が開業するも10月5日限りで閉鎖[1]。
- 1900年(明治33年)7月1日 - 営業再開[2]
- 1900年(明治33年)10月1日 - 停車場閉鎖[3]
- 1901年(明治34年)7月1日 - 営業再開[4]
- 1901年(明治34年)10月1日 - 停車場閉鎖[5]
- 1903年(明治36年)7月1日 - 停車場開始9月30日まで営業[6]
- 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。
- 1907年(明治40年)7月1日 - 季節営業の臨時駅に格下げ、神代仮停車場となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。山陽本線の所属となる。
- 1916年(大正5年)6月30日 - 神代仮停車場廃止。
- 1917年(大正6年)7月13日 - 山陽本線の由宇駅 - 大畠駅間に神代信号場開設。
- 1944年(昭和19年)10月11日 - 駅に昇格、神代駅(2代目)となる。旅客営業のみの旅客駅。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
- 1989年(平成元年) - 無人駅となる。
隣の駅
- 西日本旅客鉄道
- テンプレート:Color山陽本線
脚注
- ↑ 「停車場閉鎖」『官報』1899年10月23日(国立国会図書館デジタル化資料)
- ↑ 「停車場開始」『官報』1900年6月28日(国立国会図書館デジタル化資料)
- ↑ 「停車場閉鎖」『官報』1900年9月29日(国立国会図書館デジタル化資料)
- ↑ 「停車場開始」『官報』1901年7月8日(国立国会図書館デジタル化資料)
- ↑ 「停車場閉鎖」『官報』1901年10月5日(国立国会図書館デジタル化資料)
- ↑ 「停車場開始」『官報』1903年6月24日(国立国会図書館デジタル化資料)
参考文献
- 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 2 』230頁