文庫本
文庫本(ぶんこぼん)は、多数の読者が見込まれる書籍を収めた小型の叢書。多くはA6判で、並製のため廉価。版型は異なるものの、英米におけるペーパーバックと同等の普及版書籍。
1927年創刊の岩波文庫が古典の普及を目的として発刊され、戦後には多数の出版社から出された。既刊書籍の普及のための再刊が主だが、文庫本のための書き下ろしなども活発化している。
歴史
語彙の嚆矢
文庫の語は、明治期に、読者が全体をまとめて購入する事が期待され、また、全巻が購入される事によって文庫と呼ばれるにふさわしいようなコレクションになるように企画された叢書、全集のシリーズ名として用いられる事により、近代出版界の中で独特の用語として使われるようになった。初期文庫の名を持つ叢書に1893年創刊の帝國文庫(博文館)があるが、これは四六判クロス装全冊1000頁以上という豪華本であって、現在の廉価本としての文庫本のイメージからは遠いものである。
判型の発端
日本の文庫本のはじまりはドイツのレクラム文庫に範をとった1927年創刊の岩波文庫であるという記述をよく見かけるが、文庫を「古典名作の小型廉価普及版」とするなら1903年創刊の袖珍名著文庫(冨山房)が嚆矢である。なぜならこの文庫もまたドイツのレクラム文庫あるいはカッセル文庫に刺激されて生まれたものであり、豪華本帝國文庫に対し廉価版によって名作の普及を目指したものだったからである。また袖珍という判形も現在の文庫とほぼ同じものであった[1]。一方、時代的には先行する民友社刊行の国民叢書も同じ判型であるが、こちらは、書き下ろしの新作や海外著作の翻訳を収録した時事的な性格をもつものであった[2]。また明治、大正期の文庫では講談などを集めた立川文庫1911年創刊(立川文明堂)が非常な人気を呼び、その亜流もいろいろと生まれ、後世の大衆文学に大きな影響を及ぼした。
定着と拡散
現代に繋がる文庫出版という出版の一形式を日本に定着させたのは岩波文庫である。岩波文庫成功以降、新潮文庫、改造文庫、現代教養文庫など多くの文庫が出版社から立ち上げられたが、いずれも世界の古典的名著を安価に提供することを目的としている。なお新潮文庫は岩波文庫に先んじて創刊されたのであるが、岩波創刊時は廃刊になっていた、そのために岩波以後再刊されたものを第二次新潮文庫と呼ぶ。 戦後に春陽堂文庫、新潮文庫が復刊し、角川文庫、国民文庫などが創刊され、第2次文庫ブームがおきた。1970年代になると大手出版社も文庫に参入し、講談社文庫、中公文庫、文春文庫、集英社文庫、ハヤカワ文庫など、現在も刊行が続く文庫が生まれた(第3次)。1980年代には文庫は多様化をたどり、光文社文庫、河出文庫、ちくま文庫などの一方で、PHP文庫、知的生きかた文庫、ワニ文庫など実用的な内容の濃い文庫が出るようになった(第4次)。大手出版社も文庫を細分化し、講談社学術文庫や、角川ソフィア文庫などが出た。平成期になると、幻冬舎文庫、ハルキ文庫などが創刊され、多数の出版社から多様な種類の文庫が現れた(第5次)。
文庫ブームの変遷
第1次
第2次
第3次
第4次
第5次
装幀
昭和期以降では、廉価で携帯に便利な形状をした、普及を目的とする小型本という出版形態の名として用いられるようになり、このため現代では、文庫といえば多くの場合、このような小型本を指すのが一般的である。
文庫と呼ばれる形態の出版物は、並製本(ソフトカバー)で、A6規格、105×148mmの判型をとるものが一般的である。この形態の本は「文庫本(ぶんこぼん)」とも呼ばれ、新書と同じように欧米のペーパーバックにあたる。ペーパーバックと同じように当初はジャケット(カバー)を持たなかったが、戦後の多くの文庫はジャケットを持つようになり、1983年より岩波文庫にもジャケットがつけられるようになった。なお、岩波少年文庫、角川つばさ文庫やフォア文庫など児童向けの文庫は高さが約18cmと、やや大きいサイズのものが多い。また、ハヤカワ文庫は途中から高さ約16cmと、通常よりやや大きいトールサイズをとるようになった。
現在の文庫本では、天(本の上側面)を綺麗に切り揃えるものが多いが、岩波文庫や新潮文庫などではそれを行っていない(天アンカット)ため、ページの縁が若干ずれ断面がギザギザしている。この理由について前者は「フランス装風の洒落た雰囲気を出すため」[3]と、後者は「スピン(紐状の栞)を先に貼り付けるために断裁ができない」[4]としている。
変遷
かつては名著の普及が目的であったが、次第に漫画や実用本などの刊行も増え、文庫の内容は拡散していった。なかには辞典といったものもある。
現在、文庫本で出版される作品の多くは、それ以前に上製本(ハードカバー)の装丁であって比較的大型の本として出版されたものが、普及のために版を変えて、2年半から3年の間をおいて刊行されるケースが典型的となっている。他には、並製・小型であるために安価で販売できる利点から、刊本としての出版の初出が文庫であるものも珍しくなく、娯楽小説や自己啓発書などが多い。特に小説作品などでいきなり文庫として売り出す手法が広がっている。
また、文庫本はコンビニエンスストアや駅売店などの書店以外のルートで多く販売されることを想定した軽い話題を扱った書などに多くみられ、安売り読み捨てとしてのフォーマットとして用いられることもある。絶版の周期も急激に早まり、文庫が本来持っていた名著の普及という意味合いは今日では薄れている。
関連文献
- 鈴木徳三「小型版・文庫本の呼称沿革考(前):「叢書の刊行篇」」大妻女子大学文学部紀要18、1986年3月。
- 鈴木徳三「小型版・文庫本の呼称沿革考(中):史的展開篇」大妻女子大学文学部紀要19、1987年3月。
- 鈴木徳三「小型版・文庫本の呼称沿革考(下) : (続)史的展開篇・結び」大妻女子大学文学部紀要20、1988年3月。