強迫性障害

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強迫性障害(きょうはくせいしょうがい、テンプレート:Lang-en-short)は、不合理な行為や思考を自分の意に反して反復してしまう精神疾患の一種である。強迫神経症とも呼ばれる。同じ行為を繰り返してしまう強迫行為と、同じ思考を繰り返してしまう強迫観念からなる。アメリカ精神医学会発行のDSM-IV精神障害の診断と統計の手引き)において、不安障害に分類されている。

概要

強迫症状とは強迫性障害の症状で、強迫観念と強迫行為からなる。両方が存在しない場合は強迫性障害とは診断されない。強迫症状はストレスにより悪化する傾向にある。

強迫観念(きょうはくかんねん)とは、本人の意思と無関係に頭に浮かぶ、不快感や不安感を生じさせる観念を指す。強迫観念の内容の多くは普通の人にも見られるものだが、普通の人がそれを大して気にせずにいられるのに対し、強迫性障害の患者の場合は、これが強く感じられたり長く続くために強い苦痛を感じている。ただし、単語や数字のようにそれ自体にはあまり意味の無いものが執拗に浮かぶ場合もある。

強迫行為(きょうはくこうい)とは、不快な存在である強迫観念を打ち消したり、振り払うための行為で、強迫観念同様に不合理なものだが、それをやめると不安や不快感が伴うためになかなか止めることができない。その行動は患者や場合によって異なるが、いくつかに分類が可能で、周囲から見て全く理解不能な行動でも、患者自身には何らかの意味付けが生じている場合が多い。強迫性障害の患者の主要な問題は、患者の三分の一は強迫観念であり、残りの三分の二の患者は強迫行為である[1]

大半の患者は自らの強迫症状が奇異であったり、不条理であるという自覚を持っているため、人知れず思い悩んだり、恥の意識を持っている場合も多い[2]。また、強迫観念の内容によっては罪の意識を感じていることもある。そのため、自分だけの秘密として、家族などの周囲に内緒で強迫行為を行ったり、理不尽な理由をつけてごまかそうとすることがある。逆に自身で処理しきれない不安を払拭するために、家族に強迫行為を手伝わせようとする場合もある。これは「巻き込み」と呼ばれる。原則として強迫観念や強迫行為の対象は自身に向けられたものであり、これによって患者が非社会的になっても、たとえば犯罪のような反社会的行動に結びつくことはない。

また強迫症状を生み出す複数の疾患の基盤にある連続性に注目し、それらを強迫スペクトラム障害 (OCSD) として、その特異な関連の研究が行われている。このスペクトラムには自閉症アスペルガー症候群チックトゥレット障害抜毛症自傷行為醜形恐怖摂食障害依存症などが含まれている。

症状

強迫症状の内容には個人差があり、人間のもつ、ありとあらゆる心配事が要因となり得る。しかし、比較的よく見られる特徴的な症状があるため、これを下記に記す。これらの症状についても患者自身の対処の仕方(強迫行為)は異なり、一人の患者が複数の強迫症状を持つこともある。

行為・観念

不潔恐怖・洗浄強迫
潔癖症とも言われている。手の汚れが気になり、手や体などを何度も洗わないと気がすまない。体の汚れが気になるためにシャワー風呂に何度も入る等の症状(ただし、本人にとって不潔とされるものを触ることが強い苦痛となるため、逆に身体や居室に触れたり清掃することができずに、かえって不衛生な状態に発展する場合もある。手の洗いすぎから手湿疹を発症する場合もある。患者によっては電車のつり革を触ることが気持ち悪くて手袋をはめて触ったり、お金やカード類も外出して穢れた、汚れたという感覚を持つため帰宅の度に洗う場合もある。
確認行為
確認強迫とも言う。外出や就寝の際に、家のガスの元栓、窓を閉めたか等が気になり、何度も戻ってきては執拗に確認する。電化製品のスイッチを切ったか度を越して気にするなど。
加害恐怖
自分の不注意などによって他人に危害を加える事態を異常に恐れる。例えば、車の運転をしていて、気が付かないうちに人を轢いてしまったのではないかと不安に苛まれて確認に戻るなどの行為。赤ん坊を抱いている女性を見て、突如としてその子供を掴んで投げてしまったり、落としたりするのではないかというような、常軌を逸した行為をするのではないかという恐怖も含まれる。
被害恐怖
自分が自分自身に危害を加えること、あるいは自分以外のものによって自分に危害が及ぶことを異常に恐れる。例えば、自分で自分のを傷つけてしまうのではないかなどの不安に苛まれ、鋭利なものを異常に遠ざけるなど。
自殺恐怖
自分が自殺してしまうのではないかと異常に恐れる。
疾病恐怖
または疾病恐怖症など。自分が重大な病や、いわゆる不治の病などにかかってしまうのではないか、もしくは、かかってしまったのではないかと恐れるもの。HIVウイルスへの感染を心配し、血液などを異常に恐れたりするものも含まれる。
縁起恐怖
縁起強迫ともいう。自分が宗教的、もしくは社会的に不道徳な行いをしてしまうのではないか、もしくは、してしまったのではないかと恐れるもの。信仰の対象に対して冒涜的な事を考えたり、言ってしまうのではないかと恐れ、恥や罪悪の意識を持つ。例えば、神社仏閣や教会において不信心な事を考えてしまうのではないか、聖典などを毀損してしまうのではないか、というもの。ある特定の行為を行わないと病気や不幸などの悪い事柄が起きるという強迫観念に苛まれる場合もあり、靴を履く時は右足から、などジンクスのような行動や、○○すると悪いことが起きる、などの観念が極端になっているものも見られる。
不完全恐怖
不完全強迫ともいう。物を秩序だって順序よく並べたり、対称性を保ったり、本人にとってきちんとした位置に収めないと気がすまず、うまくいかないと不安を感じるもの。例えば、家具や机の上にある物が自分の定めた特定の形になっていないと不安になり、これを常に確認したり直そうとする等の症状。物事を進めるにあたって、特定の順序を守らないと不安になり、うまくいかないと最初から何度もやり直したりするものもある。郵便物を出す際のあて先や、書類などに誤りがないかと執拗にとらわれる場合もあるため、結果として確認行為を繰り返す場合もある。
保存強迫
自分が大切な物を誤って捨ててしまうのではないかという恐れから、不要品を家に貯めこんでしまうもの。本人は不要なものだとわかっている場合が大半のため、自分の行動の矛盾に思い悩む場合がある。ごみ屋敷参照。
数唱強迫
不吉な数やこだわりの数があり、その数を避けたり、その回数をくり返したりしてしまう。数字の4は「死」を連想するため、日常生活でこの数字に関連する事柄を避ける、などの行為。
恐怖強迫
ある恐怖あるいはことば、事件のことを口にできない。そのことを口にすると恐ろしいことが起こると思うため口にできない。

この他、些細であったり、つまらない事柄、気にしても仕方の無い事柄を自他共に認める状態にあっても、これにとらわれ(強迫観念)、その苦痛を避けるために生活に支障が出るほど過度に確認や詮索を行う(強迫行為)。

形式

回避
強迫観念や強迫行為は患者を疲弊させるため、患者は強迫症状を引き起こすような状況を避けようとして、生活の幅を狭めることがある。これを回避と呼ぶ。重症になると家に引きこもったり、ごく狭い範囲でしか生活しなくなることがある。回避は強迫行為同様に患者の社会生活を阻害し、仕事や学業を続けることを困難にしてしまう。
巻き込み
強迫行為が自分自身の行為で収まらず、家族や親しい友人に懇願したり強要したりする場合がある。これを巻き込み、または巻き込み型という。これにより、患者のみならず周囲も強迫症状の対応に疲れきってしまうことがある。巻き込みのように、周囲が患者の強迫行為を手伝うこと(患者にかわって何かを洗ったり、誤りがないか確認するなどの行為)は患者の病状を維持したり、かえって悪化させることが明らかになっているため、極力避けなければならない[3]。ただ、これを急にやめることは患者にとって苦痛が大きく、一時的に症状が悪化する場合があるため、患者と治療者や家族が必要性を話し合った上で、段階的に巻き込みをやめていく必要がある。
感染(伝染)
強迫性障害は精神的病気であり、バクテリアやウィルスが原因ではないので、感染することは物理的にはない。しかし、他の強迫性障害の患者から影響を受けて、本来本人が持っていなかった別の症状が発症することがある。精神的な感染はあり得る。

疫学

人種国籍性別に関係無く発症する傾向にある。調査によると全人口の2%前後が強迫性障害であると推測されている。20歳前後の青年期に発症する場合が多いといわれるが、幼少期、壮年期に発症する場合もあるため、青年期特有の疾病とは言い切れない。また、動物ではネコなども発症し、毛繕いを頻繁に繰り返したりする。また、こうした障害を持っている著名人としてデビッド・ベッカムらがいるように、外部からは日常生活に顕著な影響が見えない場合もある。

脳疾患や解離性障害など、別の病気により強迫症状があらわれることがあるが、これは一般的には強迫性障害とは認められない。

この病気の患者の特徴は、他の精神的病と違って、本人が病気を自覚していることである。本人もわかっているのだが、治せないのがこの病気といえる。重症患者を除き、社会生活に支障のないレベルの患者は、外では他人に病気であることが気がつかれないように、儀式も人前では我慢して行わず、病気のことを隠し通す。そして、他人に見られる心配のない家の中で、症状を隠さずあらわにし、儀式行為を気が済むまで行うケースが多いとみられる。

原因

強迫性障害はこれまで心因性疾患の代表的なものと考えられてきたが、生物学的研究の進歩によって、近年では生物学的要因も重視するようになってきている。しかし発症や増悪、改善に心理社会的要因が大きく関わっていることは明らかであり、実際には生物学的要因、心理社会学的要因が相互に作用しあい、それらが重なるところに発生するものと考えられている[4]

生物学的要因

大脳基底核説

大脳基底核障害が強迫性障害の発症に関与している可能性のあることが報告されている[5]

側頭葉・辺円系説

人間は何度も行う必要がないことに対して大脳が抑制をかけるが、それが機能しなくなったときに強迫が現れるし、serotonin系が大きく関与していることが報告されている[6]

前頭葉説

眼窩前頭皮質が持つ制御機能が低下すると、強迫症状が現れるというモデルが提唱されている[7]

心理的要因

レオン・サルズマンは、強迫性格は今日もっともよくみられる性格であり、すべてをコントロールしようとし、それが可能であるという万能的な自己像をもつ点が特徴であることを指摘している[8]。強迫とは、同じ思考を反復せざるを得ない強迫観念と、同じ行為を繰り返さざるを得ない強迫行為を指すが、これらの症状の背後には強迫症者の持つ自己不全感が関与している。行為や思考を強迫的に反復して完全を期すことは、自己不信という根源的不安を防衛し、自己の完全性を維持することに繋がる。精神病理学者の笠原は、「人生における不確実性、予測不能性、曖昧性に対する防衛」と強迫症をとらえ、そうした不安に対して「単純明快な生活信条、狭隘化した生活様式を設定して、確実で予測可能な世界を構築できるという空想的万能感を抱いている」と述べている[9]。統合失調症患者が人格解体の危機に際して少なからず強迫症状を呈するのは、着実に増加してくる内的不確実感を「強迫」によって防衛していると考えられ、この機制は様々な精神疾患で見られることがある。心理的側面から見た強迫的行動パターンは、無力感と自己不確実感を克服しようとする試みであると捉えられる。

鑑別

強迫性障害に見られる強迫症状は精神疾患の一つの入り口であって、背景には様々な病態が隠れている可能性がある。関連疾患として代表的な例は、うつ病統合失調症境界例摂食障害チック症トゥレット障害などである。その場合には強迫を生み出す基礎疾患の治療が必要であり、鑑別が求められる。

治療

治療には精神療法薬物療法が併用されるのが一般的である。

精神療法

行動療法ではエクスポージャーと儀式妨害を組み合わせた、Exposure and Response Prevention (ERP) が用いられる。エクスポージャーとは、恐れている不安や不快感が発生する状況に自分を意図的にさらすもので、儀式妨害とは、不安や不快感が発生しても、それを低減するための強迫行為をとらせないという手法である。これらを患者の不安や不快の段階に応じて実施する。行動療法は単独でも用いることができるが、強迫観念が強い場合、薬物療法導入後に行動療法を行う方が成功体験が得られ易い。

嫌な単語が繰り返されるタイプの強迫観念(前記)のみの場合は行動療法が行いにくいため、強迫行為よりも治療が困難である。強迫観念の内容を現実的に解釈しなおしたり、強迫観念を回避したり阻止したりせずそのままにするといった治療方法が有効であることが知られてきた[10]

薬物療法

薬物療法としてセロトニン系に作用する抗うつ薬は強迫観念を抑えることが知られており、現在の日本では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI) である塩酸パロキセチン、マレイン酸フルボキサミン、もしくは三環系抗うつ薬である塩酸クロミプラミンなどが用いられる。

日本国外の報告では最高用量で単剤投与が望ましいとされているため、塩酸クロミプラミンでは225mg、塩酸パロキセチンでは60mg、マレイン酸フルボキサミンでは300mgまで増量する場合がある。これらは主治医の理由書があれば保険適応となるが、日本人の体格、体質ではこれらの条件が必ず満たされるものではないため、処方される薬の種類や用量には個人差がある。

2009年2月19日、Medtronic(メドトロニック)社は、重症強迫性障害へのReclaim脳深部刺激療法 (DBS) の使用がアメリカFDA(米国食品医薬品局)に承認されたと発表した。 同年7月14日、Medtronic社は、Y-BOCSスコアが30を超える重度強迫性障害 (OCD) の治療としてReclaim脳深部刺激療法 (DBS) が欧州で承認されたと発表した。今回の承認により、Reclaimは世界初の精神疾患治療DBS機器となった。

アリゾナ大学の精神科医・Francisco A. Moreno氏等が実施した小規模臨床試験の結果、マジックマッシュルーム(幻覚誘発きのこ)の成分であるサイロシビン (psilocybin) は重症の強迫性障害 (OCD) に有用と示唆された。サイロシビン服用によって、試験に参加した9人の強迫性障害症状はおよそ4-24時間にわたって完全に消失した。サイロシビンは1970年のComprehensive Drug Abuse Prevention and Control Actによって一般使用が禁止されているが、医学研究で使用することは可能である。

近年の研究において、強迫性障害がNMDA型グルタミン酸受容体と関連していることが判明し、この受容体に対するアンタゴニスト(拮抗薬)が(特に難治性の強迫性障害に対して)治療効果を持つのではないかと予想されている[11]。NMDA型グルタミン酸受容体アンタゴニストとしては、アルツハイマー型認知症の改善薬であるメマンチンや麻酔薬として使われるケタミンが知られている。

現在のところ、エビデンスが存在しない薬理学上の予測に過ぎないが、米国では既に臨床実験が開始されている[12]。また、強迫性障害に対する第一選択薬 SSRI は治療効果が限定的であるため、臨床実験の結果次第では NMDA受容体拮抗薬に代替される可能性もある。一方で、マウスを用いた臨床試験では、フルオキセチンとメマンチンを併用することにより、各々の薬剤を単独使用した場合よりも強力な治療効果が現れたという報告がある[13]

イノシトールは、パニック障害や強迫性障害の患者が服用することで、その症状を緩和する作用が報告されており、不安感の発生頻度とや、その程度を顕著に低下させる効果があるとされる。また、イノシトールの高用量摂取が、フルボキサミンより症状の軽減に効果があったとする論文報告もある。[14][15]

強迫性障害の有名人

有名人
その他関連する物語

脚注

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  1. スタンレー・ラックマン 『強迫観念の治療 認知行動療法:科学と実践』 作田勉訳、世論時報社、2007年2月、「はじめに」など。 ISBN 9784915340604 。
  2. ギャビン・アンドリュースほか 『不安障害の認知療法(3) 強迫性障害とPTSD』 古川壽明訳、星和書店、2005年4月、44頁より。 ISBN 4-7911-0569-9
  3. ジェフリー・M・シュウォーツ 『不安でたまらない人たちへ』 吉田利子訳、草思社、1998年、194頁。
  4. 成田善弘 (2002) pp. 70 - 71.
  5. Laplane D, Boulliat J, Baron JC, et al. Comportement compulsif d'allure obsessionnelle par lésion bilatérale des noyaux lenticulaires. Un nouveau cas. Encephale. 1988 Jan-Feb;14(1):27–32.
  6. 中嶋照夫(1995):強迫性障害をめぐって. 成田善弘編:OCD. p.113. ライフサイエンス, 東京.
  7. Insel TR. Toward a Neuroanatomy of Obsessive-Compulsive Disorder. Arch Gen Psychiatry. 1992;49(9):739-744.
  8. L・サルズマン (1998) pp. 3 - 12, 73 - 76.
  9. テンプレート:Cite journal
  10. スタンレー・ラックマン 『強迫観念の治療 認知行動療法:科学と実践』 作田勉訳、世論時報社、2007年2月。5、42-43、83、122頁。 ISBN 9784915340604 。
  11. テンプレート:Cite journal
  12. テンプレート:Cite journal
  13. テンプレート:Cite journal
  14. テンプレート:Cite journal
  15. テンプレート:Cite journal
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参考文献

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関連項目

外部リンク

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