京阪9000系電車

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テンプレート:鉄道車両 京阪9000系電車(けいはん9000けいでんしゃ)は、1997年平成9年)に登場した京阪電気鉄道通勤形電車

概要

製造当時

通勤時の混雑緩和および輸送力増強、さらには遠距離通勤者に対する着席サービスの提供を目的として1997年に8両編成5本(40両)が新製された[1]。車体や電装品は7200系をベースとしているが、窓の寸法や扉位置、簡易運転台の数[2]、一部電装品[3]が異なる。

ラッシュ時特急臨時運用を含む)と通勤形が使用される急行から普通までの運用の双方に使用できる汎用形(近郊形の一種ともいえる)として製造された。カラーリングは通勤形をベースとしているが、本系列は「特急兼用車」という位置付けであり、在来の通勤形車両と区別するために、緑2色の境目にパステルブルーのラインが入った。

座席は、ノルウェーエクネス社製の固定クロスシートと、ドア付近の一部はロングシートを配置したセミクロスシート[4]で、中央扉の両脇と車椅子スペース補助椅子も設置されていた。なお、ロングシートとクロスシートとの境目にスリガラスのようなものを用いたスクリーンが設けられていたが、これは窓側クロスシートの乗客とロングシートの乗客の視線が合わないようにしていたためである。

また、車内ドア上部にLED案内表示器が設置されており、列車種別・行先、次の停車駅、京阪電鉄からのお知らせなどを表示する。登場当初は、7200系と同様に蛍光表示管に文字を表示させ、その下部に停車駅をLEDランプで点灯させる路線図式のものが設置されていたが、機器の老朽化に加えて中之島線への対応が煩雑になることから、9005Fを皮切りに2007年9月までに順次撤去された。なお、2003年9月以降、9000系は昼間時に特急運用に充当されたため、2008年10月15日まで車内広告はジャック広告が採用されていた。(現在は、3000系(2代) の車内広告がジャック広告となっている)

本系列の特徴であったクロスシートは8000系と違い転換式ではなく居住性に問題があったこと(特に京阪間の直通客には不評であった)、またラッシュ時の乗降に支障が出て遅延が発生するなどの問題が生じたことから、9005Fでは転落防止幌を設置した際に中間車両のうち付随車4両が試験的に10000系タイプのオールロングシートに改造された。改造に際しては、車椅子スペースの補助席も撤去されている。

通常の通勤形車両への改造

2008年10月19日の中之島線開業に伴ってセミクロスシートを設置した3000系(2代) が投入され[5]、本系列自体は同年4月15日に発表された車両塗色の変更についての資料では、座席がすべてロングシート化される関係で他の3扉・ロングシートの一般車両と同じ塗色となる事が決定した[6][7]。それに伴って、それまで一部座席をロングシート化された9005Fは2008年12月5日に塗色変更の上全座席がバケット型ロングシートに改造され、以後、2009年3月19日に9001F、同年7月23日に9002F、9月10日に9004F、2010年1月21日に9003Fがそれぞれ改造施工と塗色変更され、完全な通勤形車両となった[8]。なお、改造の際に撤去されたクロスシートは寝屋川車庫で開催される「ファミリーレールフェア」で一般向けに販売されたほか、伊賀鉄道200系電車(元東京急行電鉄1000系)の座席にも転用された[9]。また、改造の際にパワーウィンドウが撤去された。用途のなくなった、仕切り用のスクリーンも取り外されている。

運用の変遷

1997年3月22日ダイヤ改定では、朝ラッシュ時の枚方市停車の淀屋橋行特急に集中運用され、昼間時でも急行などとして幅広く運用されていた。供用開始当初は、枚方市駅停車の淀屋橋行き特急以外の特急として充当される際は各車両の中央扉のみドアカットを行い、2扉車として運用していた。現在はその名残はない

1999年から2003年まで、淀屋橋 - 淀間で運行されていた京都競馬場観戦客向け臨時列車「淀快速ターフィー号[10]に充当されたこともある。また2003年までの正月ダイヤでは8000系がフル稼働となったために代用特急での運用もあった。

2003年9月6日のダイヤ改定で昼間時の特急が10分毎に増発され、停車駅に枚方市と樟葉が追加された。それに伴い8000系および旧3000系(現・8030系)では昼間時の特急の全運用を賄いきれないこととラッシュ時と昼間時の列車の移り変わりの運用の関係から平日朝ラッシュ時は主にK特急で運用され、昼間は主に特急として運用されていた。日中の特急のうち3本に1本の割合で本系列での運用が割り当てられ、その他の時間帯は淀屋橋 - 出町柳間運転の急行を中心に運用され、準急や普通の運用に就くものもあった。なお、特急のドアカットの取り扱いは中止され、常時3扉の状態で運用されることとなった。ドアカット終了後もクロスシート車にはドアカットスイッチやドアカットを表す表示器(各車両中央扉脇)は残っている[11]。同時に座席モケットの更新も実施され、従来とは違うバケットタイプのものに変更された。

2006年4月16日改定時点では5本中4本がラッシュ時の下りK特急に運用されていたが、当時は全編成セミクロスシート車であるため、出町柳を7:00 - 7:30の間に発車する最混雑時間帯の下りK特急3本はロングシート車が、その直前および直後を走る3扉のK特急4本に9000系が充当される運用であった。また、残りの1本も予備車の活用スジとして、寝屋川車庫から普通として出庫し、淀屋橋 - 出町柳間を上り急行→下り特急と1往復した後に再び車庫に戻る運用に就いている。その後、4本が日中の特急運用のほか、配車の都合上枚方市 - 淀屋橋間の急行1往復にも充当されるなど、ほぼフル稼働で運用されているので実質的に予備車が存在しなかった。そのため、検査や部品交換の時期になると6000系や7200系(8両編成のみ)による代走が特定の特急に対して行われていた。

2008年10月19日改定以降、全線通しの特急運用は朝と夕方以降のみに縮小され、朝の時間帯は主に3扉車特急・快速急行系優等種別運用の8両編成グループの一員に組み込まれることとなった。また、ロングシート化工事の進展に伴い2009年9月12日改定以降は本系列の限定運用が解除され、6000系・7200系の8両編成車との完全な共通運用が組まれることとなった。このため、平日昼間(2011年5月28日のダイヤ改正まで存在した淀屋橋 - 枚方市間の区間運転の特急など)および土曜・休日ダイヤの大半の時間帯には樟葉以東ではあまり運用されなくなっている(3000系の入場時の特急への代走による充当程度)。

中之島線開業初日には初の特急枚方市行きに9001F、深夜急行に9002Fが充当された。

車体装飾

9004Fは、2004年に放映されたNHK大河ドラマ新選組!』のラッピングを施し、同年3月から12月まで運行された。 テンプレート:-

脚注

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外部リンク

テンプレート:Sister

テンプレート:京阪電気鉄道の車両
  1. 最初の編成は1996年12月の時点で寝屋川車両工場に搬入されていた
  2. 7200系が8両編成で3か所に対し、9000系は2か所である。
  3. 7200系の4+3+1ユニット方式ではなく6000系/8000系同様に4+4ユニットのため。
  4. 京津線用の800系も先頭車に同様の座席を採用している。その後老朽化が目立ったモケットを更新している。
  5. ただし、3000系(2代)は2+1レイアウトの転換クロスシートで、車端部はロングシートである。
  6. 本系列は変更前3色塗色なので、変更の際は塗色部分が入れ替わった。
  7. 出典:「鉄道ジャーナル」2008年9月号
  8. 出典:「鉄道ピクトリアル」2009年8月増刊号・関西の鉄道№58「京阪電気鉄道特集号」より補足
  9. 出典:「とれいん」2010年1月号P17の記事より
  10. 停車駅は北浜・天満橋・京橋・守口市。なお、2000年10月運転までは守口市を通過していた。
  11. ロングシートの編成はドアカットスイッチを撤去しているが、9005Fのみドアカット表示器は残されている。