三重水素

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:Infobox 同位体 三重水素(さんじゅうすいそ、テンプレート:Lang-en-short、記号:3H または T[1])とは、質量数が3[2]水素同位体[3]を言う[4]放射能を持つ放射性同位体である。一般に、トリチウムと呼ばれる。

なお、トリチウム(三重水素)については、長い間にわたって研究された多くの学術成果がある[5]

概要

質量数が3の水素放射性同位体である三重水素(トリチウム)は、地球環境においては、酸素と結びついたトリチウム水 (HTO[6]) としてに混在しており[7]、水圏中に気相、液相、固相で蒸気・降水・地下水・河川水・湖沼水・海水・飲料水・生物中に広く拡散分布している[8]。海水のトリチウム濃度は、通常は数Bq/Lより少ない[9][10]

トリチウムは宇宙線と大気との反応によりまれに生成され、天然にもごくわずかに存在するが、現在地球環境中で測定されるトリチウムのほとんどは、過去の核実験により環境中に大量に放出され[11]未だに残っているトリチウム(フォールアウトトリチウム)または、原子力発電所または核燃料再処理施設などの原子炉関連施設から大気圏や海洋へ計画放出されたトリチウム(施設起源トリチウム)[12]である[13]

体内では均等分布で、生物的半減期が短く、エネルギーも低いことからトリチウムは最も毒性の少ない放射性核種の1つと考えられ[14]、生物影響の面からは従来比較的軽視されてきた[15]。しかし一方で、トリチウムを大量に取扱う製造の技術者ではあるものの、内部被曝による致死例が2例報告されている[16]

物理的特徴

ファイル:TAWATEC 47.B1.11T.JPG
トリチウム封入菅を使用したミリタリーウォッチ

三重水素は弱いβ線 (18.6 keV) を放射しながらβ崩壊を起こしヘリウム3 (3He) へと変わるベータ放射体 (beta-emitter) で、半減期は12.32年である[17]

<math>{}^3_1\hbox{H}\to{}^3_2\hbox{He}^++\hbox{e}^-+\overline{\nu}_{\hbox{e}}</math>

電子は、5.7 keV の平均運動エネルギーを持ち、残りのエネルギーは反電子ニュートリノによって奪われる。三重水素から発する低いエネルギーのβ線は人間の皮膚を貫通できないため、その酸化物であるトリチウム水 (HTO) は放射性夜光塗料の材料などに用いられる[18][19]。また、この低いエネルギーであるがゆえに、三重水素の標識化合物は、液体シンチレーション計測法ではないと検知することができない[20]

熱核反応(核融合反応)の燃料として

二重水素 (D) と三重水素 (T) の核融合反応である熱核反応(D-T反応)は、二重水素同士の熱核反応(D-D反応)に比べて反応に必要な温度・圧力条件が低い。

<math>{}^3_1\hbox{H}+{}^2_1\hbox{H}\to{}^4_2\hbox{He}+\hbox{n}</math>

そのため、1952年のアイビー作戦にてエニウェトク環礁の一つの小島を消滅させた水素爆弾(きれいな水爆)の原理の中では、D-D反応を起こすための中間の起爆反応として用いられた[21]。現在では、三重水素は、ITERをはじめとする核融合実験炉においては核燃料として研究されている。

生成方法

三重水素(トリチウム)は天然にもごくわずかに存在し[22]、原子炉においても炉内の重水 (HDO) の二重水素 (D) が中性子捕獲することでトリチウム水 (HTO) の形で生成される[23][24]が、化学的性質が水とほぼ同一あるため、同位体効果を利用した分離・濃縮技術の試みはいくつかあるものの[25]、水に混在したトリチウム水 (HTO) を、水から分離してまとまった量を回収することは現在のところコスト的に非常に困難である[26]

そのため、高い純度のトリチウムを得るにあたっては回収しやすい形で人工的に生成する必要がある[27]。比較的良く知られたトリチウムの生成方法としては、原子炉内でリチウム Li に中性子を当て(中性子捕獲させ)、トリチウムとヘリウム4に分裂させた上で得るという方法がある[28]

<math>{}^6_3\hbox{Li}+\hbox{n}\to{}^4_2\hbox{He} (2.05 MeV) +{}^3_1\hbox{H} (2.75 MeV)</math>
<math>{}^7_3\hbox{Li}+\hbox{n}\to{}^4_2\hbox{He}+{}^3_1\hbox{H}+\hbox{n}</math>

ただし、この方法の場合、十分な量のトリチウムを生成するためには中性子がその分相当量必要となり、やはりトリチウムの価格がデューテリウム(二重水素)に比べて高くなる[29]

脚注

  1. 元の位置に戻る T という記号は三重水素という水素の同位体に対して特別に割り当てられた記号である。通常、元素の同位体の記号は元素と共通であり、左肩に質量数を付与して同位体であることを示すのが一般的である。このようにある元素の同位体に対して特別な記号が与えられているものとしては、他には二重水素 (D) がある。
  2. 元の位置に戻る 原子核陽子1つと中性子2つから構成される。したがって、三重水素は水素(水素1)、二重水素よりも重い。
  3. 元の位置に戻る 化学的 (chemical) 性質は最外殻電子の数(原子番号)によって決まる。すなわち、水素の同位体である三重水素の化学的性質は一般に存在する水素と同一である。
  4. 元の位置に戻る もともとは 2H3H を併せて重水素という名称を当てていた。
  5. 元の位置に戻る トリチウム研究会 ~トリチウムとその取り扱いを知るために~
    例えば、
  6. 元の位置に戻る 水分子は水素原子2個と酸素原子1個からなることから、その化学式は良く知られているように、
    H2O
    である。これを全原子を明示する形に冗長に書けば
    HHO
    となる。地球上に存在する大半の水素と酸素の質量数はそれぞれ1と16であるので、質量数を明示する形でさらに冗長に書けば、
    1H1H16O
    となる。ところで、トリチウム水とは水分子の一つ(または二つのこともあるかもしれないが今は考えない)の水素 1H が3倍の重さの三重水素 3H に置き換わったものであった。したがって、トリチウム水であれば水分子の式は、
    1H3H16O
    と書ける。さらに、トリチウム 3H には特別な略記号 T が与えられていた。すなわち、3H は単純に T に置き換えて良い。したがって、
    1HT16O
    と書ける。ここで最後に、左肩の質量数の添字を省略すれば、トリチウム水を表す水分子の式は、
    HTO
    となることがわかる。
  7. 元の位置に戻る トリチウム水 HTO は、天然存在濃度では、一般の水 H2O と性質や反応にほとんど違いがなく、水の理想的なトレーサーとしての利用がある。宇宙線の作用による生成速度を一定とみなせば、放射性壊変による消失速度が一定であるので、地球における天然のトリチウム総量は古今とも一定値となる。
    大気循環しているトリチウム水濃度はおおまかに古今東西で動植物も含め一定値と考え、水中濃度の低下量から大気循環からはずれた期間を知る地下水の年代測定が可能である。土木、農業方面での地下水流動の実証的な調査に役立てられている。
  8. 元の位置に戻る 大気中においては、トリチウム水蒸気 (HTO)、トリチウム水素 (HT) および炭化トリチウム (CH3T) の3つの化学形で、それぞれ水蒸気、水素、炭化水素と混在している。
  9. 元の位置に戻る 日本国内で測定された最高値は、原発事故を起こした福島第一原発の港湾内2・3号機取水口間にて2014年5月12日に採取した海水から1900 Bq/L検出されている。放射能濃度、5カ所で最高値=福島第1港湾内外の海水—東電 2014 年 5 月 16 日 20:30 JST 更新 ウォールストリートジャーナル
    他の原発の例では、1991年2月9日に美浜原発の放射能漏れ事故の際に、福井県美浜沖の海水で1991年2月18日に測定された490 Bq/Lであった。また、東海再処理施設の排水の影響により、茨城県東海沖で1990年1月1日に190 Bq/Lのトリチウムが海水から検出されている。
  10. 元の位置に戻る 日本国内の環境中のトリチウム濃度は、文部科学省の委託で日本分析センター環境放射線データベースを公開している。世界の環境水中のトリチウム濃度は、国際原子力機関 (IAEA) がGNIPデータベース (Global Network for Isotopes in Precipitation) として公開している。また、放射線医学総合研究所のGNIPデータベース用の測定データも環境中のトリチウム測定調査データベースNETS DBで利用申し込みにより無料で検索できる。
  11. 元の位置に戻る 核兵器(分裂と融合)の大気圏内核実験により環境中の濃度は、それ以前の天然存在量の200倍程度へと急増したが、環境中への放出量の減少により漸減している。百島則幸:トリチウムの環境動態 富山大学水素同位体科学研究センター研究報告
  12. 元の位置に戻る なお、再処理施設からの放出実績及び基準については、表2 再処理施設からの放射性気体廃棄物の年間放出実績(1977年度~1996年度)及び表3 東海再処理施設保安規定に定める処理済廃液の放出基準および1年間の最大放出量ATOMICA:再処理施設からの放射性廃棄物の処理内図表)参照
  13. 元の位置に戻る 宮本 (2008)
  14. 元の位置に戻る 松岡 (1995) p. 9, 10
  15. 元の位置に戻る 須山 (1981)
  16. 元の位置に戻る 詳細は、松岡 (1995) p. 9, 10参照。なお、その事例の報告を受けICRPの安全基準は改訂されている。同書より。
  17. 元の位置に戻る 井上 (1989), 理科年表
  18. 元の位置に戻る 松岡 (1995) pp. 13–14
  19. 元の位置に戻る またトリチウム水は、分子生物学の実験などにおける、放射性同位元素標識にも利用される。
  20. 元の位置に戻る 一般環境中の濃度は 1~3 Bq/L 程度と低いため、特別にバックグラウンドノイズを軽減した液体シンチレーションカウンターが必須である。なお、かつてはガスカウンターが用いられた。百島則幸:トリチウムの環境動態 富山大学水素同位体科学研究センター研究報告
    別な方法としては、崩壊で生じる 3He を質量分析装置で計測する方法もあるが、数ヶ月の期間が必要である。トリチウム 原子力資料情報室 (CNIC)
  21. 元の位置に戻る 原水爆実験 (1957) pp. 194–197
  22. 元の位置に戻る 自然界での生成
    宇宙線中性子または陽子が大気中の窒素または酸素と核反応し、地表面積あたり毎秒0.2個/cm2⋅sec 程度の割合で三重水素が生成している。宇宙線により年間 (9.6 × 1017 Bq) 生成され、放射性崩壊と天然生成量が平衡にあるとき、その同位対比は地表に存在する水素原子の 10−18 に相当し、これを1 TU (Tritium Unit) と定めている。
    <math>\mathrm{^{14}_{}N} + \mathrm{^{1}_{}n} \rightarrow \mathrm{^{3}_{}H} + \mathrm{^{12}_{}C}</math>
    <math>\mathrm{^{16}_{}O} + \mathrm{^{1}_{}n} \rightarrow \mathrm{^{3}_{}H} + \mathrm{^{14}_{}N}</math>
  23. 元の位置に戻る ほかには、ウラン235 (235U) 或いはプルトニウム239 (239Pu) が中性子と反応した時に起こる三体核分裂によっても生じる。また、制御棒に使用されるホウ素同位体 10B が、高速中性子を捕獲することでも生じる。
    <math>{}^{10}_{\;5}\hbox{B}+\hbox{n}\to{2\;}^4_2\hbox{He}+{}^3_1\hbox{H}</math>
  24. 元の位置に戻る 原子炉ごとに異なるとされるが、一年間の運転で加圧水型軽水炉内には約200兆ベクレル (2 × 1014 Bq)、沸騰水型軽水炉では約20兆ベクレル (2 × 1013 Bq) が蓄積する。トリチウム 原子力資料情報室 (CNIC)
  25. 元の位置に戻る 磯村 (1981)
  26. 元の位置に戻る このため、原子力施設から環境中に放出されたトリチウムは現在の技術では除染できない核種である。
  27. 元の位置に戻る 現在もっとも多くのトリチウムを生成している施設は原子炉の一種であるCANDU炉である。CANDU炉では重水を冷却と減速材に使用する為、重水中の重水素が中性子を吸収することにより生じる。これの回収はCANDU炉使用の上で重大な問題であり、回収されたトリチウムは科学的、あるいはその他の目的に使用されるが、一部は環境中に放出される。実際、カナダのブルース原子力発電所や韓国の月城原子力発電所周辺では環境中トリチウム濃度の増加が観測されている。
  28. 元の位置に戻る 原水爆実験 (1957) pp. 194–195。ほか、工藤 (1985) に詳しい。
  29. 元の位置に戻る 本来、原子炉内で核分裂に寄与しない中性子は、燃料棒などに含まれるウラン238プルトニウム239に核変換させるために利用させるため、この方法ではプルトニウムを作る代わりにトリチウムを作るということになり、プルトニウム価格に応じて高くなる。武谷著作集3 pp. 281–285

関連項目

参考文献

全般
核融合・水素爆弾について
生物影響について
その他

外部リンク