マジックマッシュルーム
マジックマッシュルーム(Magic mushroom, Psychedelic mushroom, Psilocybin mushroom)は、幻覚成分であるトリプタミン・アルカロイドのシロシビン、またはシロシンを含む菌類(キノコ)。100以上の種が存在する。
概要
もともとは、古代メキシコなどでシャーマンが神託を得るために食べるものであった。アステカ族は「テオナナカトル」と呼び、神聖なる物として扱っていた。
1950年代になるとアメリカのキノコ研究者ロバート・ゴードン・ワッソン (R. Gordon Wasson) らの実地調査によってこれらのキノコの存在が明らかにされ、1959年ごろアルバート・ホフマンが幻覚成分を特定し、成分にシロシビンとシロシンと名をつけた。
栽培されるなどしてリゼルグ酸ジエチルアミド (LSD) などと共にサイケの原動力となった。
また日本では2005年10月に首相官邸の植栽[1]にヒカゲシビレタケが生えているのが発見された。胞子はどこかから飛んで来たか、持ち込んだ土に含まれていたと考えられる。ちなみに、ヒカゲシビレタケの菌は日本に自生している。よって、このような場所での発生が確認されること自体は特に不自然なことではない。露店でも「観賞用」と称して構わず販売されていたが、2002年に日本でも規制され、現在では販売は摘発対象となった。
歴史
メソアメリカの先住民は、先コロンブス時代から数世紀にわたり、マジックマッシュルームを宗教儀式や病気の治療などに用いてきた。グアテマラのマヤ遺跡では、キノコの形をした小型石像がいくつも発掘されている。14〜16世紀に栄えたアステカ王国では、ナワトル語で「神の肉」を意味する「テオナナカトル」と呼ばれ、キノコを食べる先住民の姿などが描かれた写本 (Magliabechiano Codex) も残っている。またアステカの花の神ショチピリ像には、幻覚キノコや幻覚性植物の彫刻が身体にほどこされている。スペインによる征服とカトリック布教に伴い、幻覚キノコや植物の使用は弾圧されたが、人里離れた地域では現在でも用いられている。
1938年、趣味で植物標本を集めていたオーストリアのレコ医師とハーバード大学の民族植物学者リチャード・エバンス・シュルティスの2人は、当時の植物学では実態がはっきりしていなかった「テオナナカトル」を特定するためメキシコに赴き、オアハカ周辺に住むマサテク族と交流、数種類の標本を手に入れる。
1955年、銀行の副頭取だったゴードン・ワッソンは、シュルティスが発表した論文を読んで興味を持ち、マサテク族のマジックマッシュルームを用いた治療儀式に白人として初めて参加した。翌年の訪問に同行したフランスの菌学者ロジャー・エイムは、LSDを合成、発見したスイスの化学者アルバート・ホフマンが勤めるサンド社に乾燥マジックマッシュルームを送る。ホフマンは幻覚成分の特定、抽出に成功し、2種類の分子構造をシロシビンとシロシンと名付けた。サンド社はシロシビンの錠剤、インドシビンを製造。ワッソンの発見は、1957年にアメリカの雑誌『ライフ』に、Seeking the Magic Mushroomsというタイトルで発表される。「マジックマッシュルーム」という用語は、ライフ誌の編集者が考えたものであった。
1960年代にはハーバード大学で大規模なシロシビン実験が行われる。1960年にメキシコでマジックマッシュルームを食べた心理学教授のティモシー・リアリーは、神秘体験をして衝撃を受け、オルダス・ハクスリーやリチャード・アルパートらと共に研究を開始。刑務所の囚人や、400人ものハーバード学生らにシロシビンの錠剤を投与した結果、前向きな変化が現れることを確認。神学校の学生に投与した際には、10人中9人が本物の宗教的な体験をしたと報告した。
1970年代に入ると、LSDの規制に伴いナチュラルな幻覚剤の人気が上昇する。マジックマッシュルームが登場するカルロス・カスタネダの『呪術師と私 - ドン・ファンの教え』や、テレンス・マッケナ、デニス・マッケナ兄弟による、マジックマッシュルーム栽培ガイドが出版され、ハイ・タイムズなどのカウンターカルチャー雑誌は、自宅でマジックマッシュルームを簡単に栽培するための菌糸や栽培キットの販売を行うようになった。
種類
マジックマッシュルームの多くは、シビレタケ属やヒカゲタケ属に属する。多くの種が存在し、その大きさや形態、生育地、シロシビン含有率は様々である。高熱や圧迫感などを受けると表面に青色をおびる種が多い。
代表的なマジックマッシュルーム
- ミナミシビレタケ Psilocybe cubensis(熱帯、亜熱帯地方で、雨期に動物の糞上に発生する。成長が早く、最長15-30cmの高さになる)
- シロシベ・キアネセンス Psilocybe cyanescens(最もシロシビン含有率が高い。大きなカサを持つ6-8cm程度のキノコ。硬材に発生)
- ワライタケ Panaeolus papilionaceus
- ヒカゲシビレタケ Psilocybe argentipes
- アイゾメシバフタケ Psilocybe subcaerulipes
- センボンサイギョウガサ Panaeolus subbalteatus
作用
- 肉体的作用
- 知覚的作用
- 視覚の歪み、色彩の鮮明化(瞳孔拡散に起因する場合もある)、皮膚感覚の鋭敏化、聴覚の歪みなどが挙げられる。閉眼時にも視覚的な認識があり、何らかの模様や色彩的な変化を感じる。LSDの知覚的作用に良く似ているが、一般的に視覚的な変化はLSDを上回る。
- 感情的作用
- 感情の波が激しくなり、摂取者の経験に因る部分もあるが自身での感情のコントロールが難しく、偏執に捕らわれることも多い。基本的には多幸感が伴うが、感情の波がネガティブな方向に向かってしまう薬物経験(いわゆるバッド・トリップ)になるとパニック症状を起こしたり、ネガティブな偏執に捕らわれたりする。効果が消えてからも、摂取経験からくる何らかの偏執に捕らわれることもある。
摂取より1時間ほどで効果が現れ、5時間から6時間ほど持続する。ほかの薬物摂取と同様に摂取時の周りの環境や自分自身の精神状態(セットとセッティング)の良、不良により、経験する内容も大きく変わる。
作用としては、LSDと区別できない。
法規制
シロシビンとシロシンは、1971年の国連会議で定められた向精神薬に関する条約において所持や使用が禁止されており、違反すると罰せられる。その延長で、シロシビンを含有するキノコの所持、使用も禁止されている場合が多いが、国や州ごとの法律によりその違法性は様々である。シロシビン、シロシンを含まない胞子に関してはさらに曖昧になっている。
- 日本
- 日本ではシロシンおよびシロシビンを含有するキノコを、「麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令」[2]の第2条で麻薬原料植物として規制対象にしている。
- 麻薬及び向精神薬取締法では厚生労働大臣の許可なく栽培することが禁じられており、同時に同法では麻薬成分を自然に含む植物を麻薬として扱わない規定が、麻薬原料植物の指定を受けて適用されなくなる。許可なく輸入し、輸出し、製造し、製剤し、小分けし、譲り渡し、譲り受け、交付し、施用し、所持し、又は廃棄してはならない。と定められ、違反すれば罰せられる。
- 1990年代より、サブカルチャー向け雑誌等で脱法ドラッグの一種として紹介されていた。当時は栽培等を規制する法律がなく、またヒトヨタケ科などに属する腐生菌が多いため栽培も容易であり、野放し状態であった。薬として、また食品として販売することはそれぞれ薬事法、食品衛生法に触れるため、「観賞用」等の名目で販売されることが多かった。雑誌の通販などでほそぼそと販売されていたが、インターネットの普及でより広範に販売されるようになり、2001年には、俳優の伊藤英明がマジックマッシュルームを摂取して入院するという騒動が発生、社会問題化しつつあった。その際に、販売者は摂取した人の体験談を掲載し「このような症状に陥るため、間違っても食べないようにしてください」と、危険性を訴えているかのように見える表現をしながら、興味を煽るような態度をとった。マジックマッシュルームを摂取すると、人によっては重篤な精神異常が現れて治療が必要になる例も見受けられた。
- 2002年6月に麻薬原料植物に指定され、非合法化された(この時点では、シロシビン及びシロシンの抽出のみを禁止していた)。しかし、日本国内に自生している種をいくつも含むため、そのような種は人里や山野に自生しているものを容易に観察することができる。一方、キノコの研究者の間からは、
- の2点を疑問視する声もある。
- 現在では、麻薬取扱者のうち麻薬研究者免許の所持者のみがキノコの標本および胞子紋などを取り扱うことができ、彼らは厳重に管理することが義務付けられている。
- オランダ
- 2001年に乾燥マジックマッシュルームの所持、使用が違法化されたが、加工されていない生のマジックマッシュルームは合法。しかし2007年、オランダ政府は、旅行者などによる事故があいついでいることから、すべてのマジックマッシュルームの所持や栽培の違法化を検討していると発表した。2008年にマジックマッシュルームの生産と販売を禁止した。
- イギリス
- 2005年に違法化。
- アメリカ、カナダ
- 一部の州では、胞子の所持に限り合法。
- チェコ共和国
- 胞子は幻覚成分を含まないため合法。2010年に麻薬取締法が緩やかになり、マジックマッシュルーム(40本以下)の所持・栽培が軽罪として罰金を課されるのみになった。
脚注
関連項目
参考文献
- 長沢栄史『日本の毒きのこ』 ISBN 4054018823
- Stafford, Peter. Psychedelics Encyclopedia, Third Expanded Edition. Ronin Publishing, Inc., 1992