ホヤ

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ホヤ(海鞘、老海鼠)は脊索動物尾索動物亜門 ホヤ綱 に属する海産動物の総称。

概要

餌を含む海水の入り口である入水孔と出口である出水孔を持ち、体は被嚢(ひのう)と呼ばれる組織で覆われている。

成長過程で変態する動物として知られ、幼生はオタマジャクシ様の形態を示し遊泳する。幼生は眼点平衡器、背側神経筋肉脊索などの組織をもつ。

成体は海底の岩などに固着し、植物の一種とさえ誤認されるような外観を持つ。成体は、脊索動物の特徴である内柱鰓裂をはじめ、心臓、生殖器官、神経節、消化器官などをもつ。脊椎動物に近縁であり、生物学の研究材料として有用。血液(血球中)にバナジウムを高濃度に含む種類がある(Michibata et. al., 1991など)。現在確認されている中では、体内でセルロースを生成することのできる唯一の動物であり、これは遺伝子の水平伝播を示唆していると考えられている。

生活様式は、群体で生活するものと単体で生活するものがある。単体ホヤは有性生殖を行い、群体ホヤは有性生殖無性生殖の両方を行う。世界中の海に生息し、生息域は潮下帯から深海まで様々。多くのホヤは植物プランクトンデトリタスを餌としている。

漢字による表記では、古くには「老海鼠」、「富也」、「保夜」などの表記も見られる。ホヤの名は、「ランプシェードに当たる火屋(ほや)にかたちが似ている」から、または「ヤドリギ(ほや)にそのかたちが似ている」から。またマボヤはその形状から「海のパイナップル」と呼ばれることもある。

食材としてのホヤ

ホヤは日本韓国フランス[1]チリなどで食材として用いられている。

日本では主にマボヤ科のマボヤ(Halocynthia roretzi)とアカボヤ(H. aurantium)が食用にされている。古くからホヤの食用が広く行われ多く流通するのは主に東北地方北部沿岸であり、水揚げ量の多い石巻漁港がある宮城県では酒の肴として一般的である。また北海道でも一般的に食用の流通がある。多いのはマボヤであり、アカボヤの食用流通は北海道などであるが少ない。東京圏で食用が広まり多く流通するようになったのは近年テンプレート:いつである。中部地方以西・西日本各地では、今テンプレート:いつなおごく少ない。

食用に供される種であるマボヤは、日本では太平洋側は牡鹿半島日本海側は男鹿半島以北の近海産が知られる。天然物と養殖により供給されている。 特にワタと呼ばれる肝臓や腸には独特の匂いがあり、これを好む者はワタごと調理し、苦手な者はワタを除去すると独特の匂いがかなり抑えられる。ホヤの中の水(ホヤ水)にもホヤ特有の香りがあり、刺身を作る際はホヤ水を使って実を洗ったり、独特の香りを好むものは、醤油の代わりにホヤ水にワタを溶いたものをつけて食す。新鮮なものは臭わないが、鮮度落ちが早く、時間が経つにつれて金属臭もしくはガソリン臭と形容されるような独特の臭いを強く発するようになる。冷たい海水につけておくと鮮度が落ちにくい。首都圏で出回るものは鮮度が悪く全体に独特の匂いが強まっており、好き嫌いが分かれる要因のひとつとなっている。

独特の風味が酒の肴として好まれ、刺身酢の物焼き物フライとして調理され、塩辛干物に加工される。また、このわたと共に塩辛にしたものを莫久来(ばくらい)という。

ホヤの調理

  1. 頭部の2つの突起(入水口と出水口)を切り落とす。
  2. 切り落とした部分から縦方向に包丁を入れて殻を切り開く。
  3. 殻を開いて、指でオレンジ色の身を取り出す。
  4. 身を裏返し、黒い内臓を取り除く。
  5. 袋状になっている腸に包丁を入れて開き、内容物を水で洗い流す。
  6. 身全体を水できれいに洗い、食べやすいサイズに切る。

※生食の場合、好みにより内臓を取り除かずに食したり、調味料として三杯酢、醤油の他、殻の中の液を用いることもある。

初期発生

ホヤの卵は「モザイク卵」として知られている。つまり、初期発生中の割球を解離したり破壊すると、決まった運命の組織にしか分化しない(Conklin;1905など)。加えて受精後すぐの卵に明確な境界がみられ、それぞれの領域が将来の各組織に受け継がれることから、母性細胞分化決定因子の存在が示唆されてきた。筋肉細胞分化決定因子について、細胞質移植実験などにより、特にその存在が研究され(Deno and Satoh; 1984, Marikawa et. al., 1995)、2001年にNishida and Sawadaによりマボヤからmacho-1が同定された。 ただし、筋肉や表皮などは、自立分化能を持つが、脊索は誘導を必要とすることが示されている(Nishida;2005など)。発生中の各割球が将来どの組織に分化するかを示した「細胞系譜」は、マボヤではNishidaらによって詳細に示されている(Nishida;1987など)。

モデル生物としてのホヤ

カタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)は生物学において発生のモデル生物として用いられる。ホヤは発生学の材料として古くから用いられてきたため、その分野での知見が蓄積されている。また2002年にはドラフトゲノム配列が決定された(Dehal et. al.,)。動物としては7番目となる。さらに近縁種のユウレイボヤ(C.savignyi)でもゲノムプロジェクトが行われている。

ホヤの属する脊索動物門には、ヒトを含む脊椎動物亜門が含まれている。従ってホヤの発生を研究し、脊椎動物と比較することで、脊椎動物の発生と進化を知る手がかりが得られると期待されている。ホヤの遺伝子数は脊椎動物の約半分と考えられており、発生様式も比較的単純であるという、実験動物としての利点を持っている。

その他のホヤの研究

上記以外にも、様々な分野においてホヤを用いた研究は世界中で盛んに行われている。

  • 免疫に関する研究(自己−非自己認識に関する研究)De Tomaso et. al., 2005など
  • ホヤから抽出される薬品;石橋正己、2005などを参照のこと

分類

Kott(1992)ら別の分類体系を主張するものもあるが、ここではN.Satoh著"Developmental Biology of Ascidians"(1994)に紹介されているものを用いる。

Order Enterogona

Order Enterogona マメボヤ目(ヒメボヤ目、腸性目)

  • Suborder Aplosobranchiata マンジュウボヤ亜目
    • Family Polyclinidae
    • Family Diemnidae
    • Family Polycitoridae ヘンゲボヤ科:ヘンゲボヤ
  • Suborder Phlebobranchiata
    • Family Cionidae
    • Family Octacnemidae
    • Family Perophoridae
    • Family Ascidiidae
    • Family Agnesiidae
    • Family Corellidae

Order Pleurogona

  • Suborder Stolidobranchiata
    • Family Botryllidae
    • Family Styelidae
    • Family Pyuridae
    • Family Molguidae
  • Suborder Aspiculata
    • Family Hexacrobylidae

参考文献

  • 佐藤矩行 編 『ホヤの生物学東京大学出版会、1998年、258頁。
  • N. Satoh, Developmental Biology of ascidians, Cambridge university press, 1994, p. 234
  • 生物学御研究所編 『相模湾産海鞘類図譜』岩波書店, 1953
  • E. G. Conklin,"Mosaic development in ascidian eggs", J. Exp. Zool. 2, 1905, PP146-223.
  • T. Deno and N. Satoh, "Studies on the cytoplasmic determinant for muscle cell differentiation in ascidian embryos; an attempt at transplantation of the myoplasm", Develop. Growth Differ.26, 1984, PP43-48
  • Y. Marikawa et. al., "Development of egg fragments of the ascidian Ciona savignyi: the cytoplasmic factors resposible for muscle differentiation are separated into a specific fragment.", Dev. Biol. 162, 1994, PP134-142.
  • H. Nishida and K. Sawada, "macho-1 encodes a localized mRNA in ascidian eggs that specifies muscle fate during embryogenesis. Nature 409, 2001, PP724-729.
  • H. Nishida "Specification of embryonic axis and mosaic development in ascidians.", Develop. Dyn. 233, 2005, PP1177-1193.
  • H. Nishida, "Cell lineage analysis in ascidian embryos by intracellular injection of tracer enzyme. III. Up to the tissue restricted stage.", Dev. Biol. 121, 1987, pp 526-541.
  • P. Dehal et. al., "The draft genome of Ciona intestinalis: Insights into chordate and vertebrate origins." Science 298, 2002, pp2079-2270.
  • Michibata et. al., "Isolation of highly acidic and vanadium-containing blood cells from among several types of blood cell from Ascidiiae species by density gradient centrifugation.", J. Exp. Zool., 257, 1991, pp306-313.
  • P. Kott," The Australian Ascidiacea part 3, Aplousobranchia (2)." Mem. Queensland Museum, 32, 1992, pp375-620.
  • A. W. de Tomaso et. al., "Isolation and characterization of a protochordate histocompatibility locus" Nature 438, 2005, pp454-459.
  • 石橋正己、"原索動物および魚類"、海洋生物成分の利用, 伏谷伸宏編, シーエムシー, 2005, 159-177

関連項目

外部リンク

脚注

  1. アメリカ映画『フレンチ・コネクション2』では「ポパイ」刑事(ジーン・ハックマン)が密輸王のシャルニエ(フェルナンド・レイ)を追ってマルセイユまで来るのだが、シャルニエがモンテ・クリスト伯が幽閉されたシャトー・ディフで運び屋と打合せする時に足元の潮溜りから何かを拾い上げ、ポケットからナイフを出して切り、歩きながら中身をむしゃむしゃ食べ、皮を投げ捨てる。これがホヤで、奥本大三郎はこのエッセイを中心に『マルセイユの海鞘』(中央公論新社)を出版している。