セント・ジョーンズ・ワート
テンプレート:生物分類表 セント・ジョーンズ・ワート(テンプレート:Lang-en-short)は、一般的にセイヨウオトギリソウ(Hypericum perforatum、西洋弟切草、英語では Klamath weed、Goat weedとも呼ばれる)という植物種のことを指す。また、様々な修飾語とともに、オトギリソウ Hypericum 属に属する他の種のことを指すこともあり、英語ではそれらと区別するために、H. perforatum を Common St. John's wort と呼ぶ場合もある。近年うつ病治療の観点から注目を集めているハーブである。
オトギリソウ属 (Hypericum) の植物種は従来オトギリソウ科 (Hypericaceae) に分類されていたが、近年はテリハボク科 (Clusiaceae) に分類されている[1]。野生では、およそ370種のオトギリソウ属植物が、北アメリカ、ヨーロッパ、トルコ、ロシア、インド、中国の温帯および亜熱帯地域に分布している。
目次
植物
セント・ジョーンズ・ワートHypericum perforatumは黄色い花を咲かせる根茎性の多年草のハーブであり、ヨーロッパに自生し、後にアメリカへも伝播し多くの草地で野生化している。 聖ヨハネの日(6月24日)の頃までに花が咲き、伝統的にその日に収穫されたためその名が付いた。地上部全体が刈られ乾燥させられハーブティーとして用いられる。 そのハーブティーは若干苦いものの嗜好品としてまたその薬理的性質のため長い間愛好されてきた。学名のperforatumは光にかざすと見える葉にある小さな窓(油点)に由来する。Hypericum(オトギリソウ属)はオトギリソウ科(分類体系によりHypericaceae、Clusiaceae、またはGuttiferaeの呼び方がある)に置かれている。
セント・ジョーンズ・ワートHypericum perforatum が商業的に栽培されている地域はあるものの20以上の国では毒草としてリストされている。家畜による摂取は 光過敏感反応、中枢神経抑圧、流産または最悪死をもたらす場合もある。 セント・ジョーンズ・ワートの除草剤には 2,4-D、ピクロラム、グリホサートが有効である。 生物的駆除の目的で、オトギリソウ類を食べることで知られる3種の甲虫(ハムシ科・ヨモギハムシ属の2種:Chrysolina quadrigeminaとChrysolina hyperici、およびタマムシ科の1種:Agrilus hyperici)が北米西部で使われている。
ハーブとしての利用
セント・ジョーンズ・ワートの医療的利用の最初の記録は古代ギリシアにまでさかのぼり、以来利用されてきている。 またネイティブアメリカンも人工妊娠中絶薬 抗炎症剤、収斂剤 消毒剤として使用してきた。
現代医学において標準的なセント・ジョーンズ・ワートの抽出物はうつ病や不安障害の一般的な処置として用いられている。ホメオパシーにおいては多くの医学的な問題に対する処置として用いられるが、その効果の程は正確には記載されていない。歴史的にはセント・ジョーンズ・ワートの花や茎は赤や黄色の色素を作るために用いられてきた。
今日セント・ジョーンズ・ワートはうつ病への処置法(あるいはその可能性)として最も知られている。ドイツをはじめいくつかの国では軽度のうつに対して従来の抗うつ薬より広く処方されている[2]。標準的な抽出物はタブレット、カプセル、ティーバッグとして一般の薬局等で購入することが可能である。
日本においては、薬事法上、薬効を標榜しない限りは「食品」扱いであり、ハーブとして市販されている。しかし、多くの薬物と相互作用をするので、厚生労働省からも注意が必要であると喚起されている[3]。
臨床的効果についての研究
セント・ジョーンズ・ワートについての臨床研究は、うつ病に対する効果を調査したものが多い。その結論は現在のところ成否さまざまである。軽度から中程度のうつに対して有効でかつ従来の抗うつ薬よりも副作用が少ないとする研究がある一方で、プラセボ以上の効果は見られないとする研究もある。
コクランレビューによる2008年の報告[4]によると、これまでのエビデンスから
- うつ病患者に対してプラセボ群より優れた効果を示す。
- 標準的な抗うつ薬と同等に効果がある。
- 標準的な抗うつ薬と比較して副作用が小さい。
ことが示唆されるとしている。 しかしながら、
などの論点が結果の解釈を複雑にしている、と述べている。
効果があるとする報告
初期のメタ解析ではセント・ジョーンズ・ワートの抽出物は軽度から中程度のうつ病に対してプラセボより有意に有効であると報告された[5]。この研究は、23個のより小規模な先行研究をメタ解析したものである[6]。
このメタ解析は後に全部で27の研究を含めるように改訂され、コクランレビューへ掲載された。この改訂されたレビューはセント・ジョーンズ・ワートの抽出物はプラセボに有意に勝り(率比2.47: 95%信頼区間1.69から3.61)、標準的な抗うつ薬と同様に効果的であるとした(単独使用 1.01:0.87 から 1.16、複合使用1.52:0.78から2.94)[7] 。
包含する研究をより厳密な基準により選んだ別のメタ解析では、セント・ジョーンズ・ワートはプラセボより効果があり(奏功率73.2 対 37.9%、 相対危険率 1.48: 95% 信頼区間 1.03–1.92)、三環系抗うつ剤と同等の効果がある一方で、悪影響が少ないことを見いだした(64 対 66.4%, 相対危険率 1.11 95% 信頼区間 0.92–1.29) [8]。より最近の治験でも、プラセボ以上の有効性、標準的抗うつ剤と同等の効果、より少ない副作用などを示している[9][10][11]。
効果がないとする報告
米国国立衛生研究所 (NIH) に属する米国国立補完代替医療センター (NCCAM) やその他の機関はうつ病に対しては、セント・ジョーンズ・ワートはプラセボと比較して極めて小さい効果しか示さないか、あるいはまったく効果を示さないとしている[12][13]。これらの結論は、NCCAMによって行われた大規模な臨床試験の結果に基づいている[14]。この研究は、DSM-IVに基いて大うつ病性障害と診断された340人の患者を対象に、ハミルトンうつ病評価尺度 (HAM-D) と 臨床全般印象尺度 (CGI) を症状評価尺度として用いた、多施設無作為二重盲検プラセボ対照試験である。対照として、セルトラリン(SSRI)とプラセボを用いている。その結果、セント・ジョーンズ・ワートは中程度のうつ病に対して、プラセボに比べて有効性があることは示されなかった。しかし、抗うつ薬のセルトラリンもプラセボに比べて有効性があることは示されなかった。より軽度のうつ病における効果の調査がNIHにより計画されている。
代替医療についての他の多くの研究と同様に、これらの多くは方法論や研究デザインが不十分であり、有効性について結論づけることができない状態である。有効性を報告している研究者の一人も、今後より精密な調査が必要であることを論文中で述べている[7]。
DSM-IV基準を満たした注意欠陥多動性障害ADHDの小児および青年に対して、セント・ジョーンズ・ワート300mgによる改善効果を検討した無作為比較試験では臨床的に有効な改善効果は認められなかった[15]。
成分
ハーブと花は異なるポリフェノールを含んでいる: フラボノイド類(ルチン、ヒペロシド、イソケルセチン、ケルシトリン、ケルセチン、I3,II8-ビアピゲニン、アメントフラボン、アスチルビン、ミクエリアニン)、フェノール酸(クロロゲン酸、3-O-クマロイルキナ酸)、ナフトジアントロン類(ヒペリシン、プソイドヒペリシン、プロトヒペリシン、プロトプソイドヒペリシン)、フロログルシノール類(ヒペルホリン、アドヒペルホリン)。
ヒペリシン、プソイドヒペリシンならびにヒペルホリンは活性成分であると考えられている[16][17][18]。その他精油成分(主にセスキテルペン)も含まれている。
薬理学
セント・ジョーンズ・ワートが機能する機構は正確には不明であるが、従来の選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI) 系の抗うつ薬と同様にセロトニンの再吸収を阻害することが関係すると信じられている[19]。
セント・ジョーンズ・ワートの主要な有効成分はハイパフォリンとヒペリシンだと考えられているが、フラボノイドやタンニンのような他の生理活性物質が関与している可能性もある[20][21][22]。
ハイパフォリンは抗うつ作用の主要な有効成分だと信じられており、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、γ-アミノ酪酸 (GABA)、グルタミン酸の取込みを阻害することが示されている[23]。用量反応関係の不一致からハイパフォリン以外の成分の関与も示唆されている[24]。また、ハイパフォリンを含まないセント・ジョンズ・ワート抽出物 (Ze 117 - Remotiv) が顕著な抗うつ作用を示すという報告も成されている[25][26]。
投与/処方
セント・ジョーンズ・ワートの投与量は処方間で大きく隔たりがあり、それは植物原料と調整過程の違いによるものである。臨床試験で一般的に用いられる投与量は一日当たり350から1800mgである(これはヒペレリンで0.4から2.7mgに相当する)[7]。
英国ハーブ医学連合科学委員会により推薦されている様々な形態のセント・ジョーンズ・ワートの用量は以下の通りである [27]。
- 乾燥ハーブ - 2-4 g または煎じ薬として1日3回
- 液体抽出物 - 2-4 mL (1対1 25% アルコール中) 1日3回
- チンキ剤 - 2-4 mL (1対10 45% アルコール中) 1日3回
標準化された抽出物を入手できない市場では、物によってその強度が大きく異なる。薬局で手に入る某ブランドのものは、他のものより強い場合がある。また同じブランドでも、バッチが異なると用量が異なる場合がある。 標準化されたものが手に入る場所でも、へパフォリンが主要な活性成分だと考えられているため、ヒペリシンを基準に用いるのには議論がある。
他の抗うつ薬と同様に、セント・ジョーンズ・ワートの効果を適切に評価するためには、最低4週間は取り続けなければならない。
副作用
セント・ジョーンズ・ワートは一般に良好な耐容性を示し、プラセボと同程度の副作用しか示さない[28]。報告されている最も一般的な副作用は胃腸症状、目まい、意識混濁、けん怠、鎮静[29]。また 通常では起こさない状況でも日焼けを起こす 光過敏性を起こすことが知られているが、それが起きることは非常に稀である[28]。抗癌剤のFOLFIRI療法…カンプト(イリノテカン)投与時は、その作用を弱めるため、避けるようにと言われている。統合失調症を患っている人では精神病症状を悪化と関連があると思われる。[30]
薬物相互作用
セント・ジョーンズ・ワートは、シトクロームP450酵素 CYP3A4を誘導することで、ジゴキシン(強心薬)、シクロスポリン(免疫抑制薬)、テオフィリン(気管支拡張薬)、インジナビル(抗HIV薬)、ワルファリン(血液凝固防止薬)など、いくつもの薬物相互作用をすることが知られている。ハイパフォリンが主要な原因物質で、それが有効成分でもある。
セント・ジョーンズ・ワートは、ある種の薬物の量を体の中で減少させる作用があり、そのためその薬物の効果を減じさせる。他の抗うつ薬(SSRIや三環系抗うつ薬)、避妊薬、高脂血治療薬等[31]抗てんかん薬[32]。
脚注
外部リンク
- セイヨウオトギリソウ(セントジョーンズワート) - 「健康食品」の安全性・有効性情報 (国立健康・栄養研究所)
- 健康食品に用いられるセントジョーンズワートの栽培と鑑別について—セントジョーンズワートとその同属植物の鑑別— 東京都健康安全研究センター 東京都薬用植物園
- St. John's Wort - 米国国立補完代替医療センター (NCCAM)
- セントジョンズワート(セイヨウオトギリソウ)メルクマニュアル家庭版