サトウサンペイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
テンプレート:Infobox 漫画家 テンプレート:Sidebar with collapsible lists サトウ サンペイ(本名・佐藤幸一[1]、1929年9月11日 - )は、日本の漫画家。愛知県名古屋市生まれ[2]、大阪府大阪市育ち(二歳から)[3]。血液型A型。
来歴・人物
- 旧制生野中学校(現・大阪府立生野高等学校)、京都工業専門学校(現・京都工芸繊維大学)を卒業し、大丸(現・大丸松坂屋百貨店)に入社。
- 同社の宣伝部に勤めながら、4コマ漫画を描く。1957年には大阪新聞に4コマ漫画『大阪の息子』でプロとしてデビューを果たすと共に、プロの漫画家として独立する。
- のちに東京に活動の場を移し、1965年から朝日新聞に4コマ漫画『フジ三太郎』を連載、読者の共感を得て、26年半に及ぶ長期連載となった。当初は夕刊(統合版地域は朝刊)に掲載されていたが、1979年に長谷川町子作の『サザエさん』が終了(1974年)して以来4コマ漫画の連載が無かった朝刊に移行。1991年9月30日に終了するまで26年間の長寿連載となった。
- 1966年、同作と『アサカゼ君』で第12回文藝春秋漫画賞を受賞。
- 1970年3月、見聞を広めるため26日間に渡り欧州旅行に出かける。(この期間内は新聞の連載も休載した)
- 1991年、都民栄誉賞を受賞。1997年、紫綬褒章。2006年、旭日小綬章[1]。
- 金光教を信仰し、教会参拝や本部参拝をしている。著書『ドタンバの神頼み』は金光教の信仰内容を綴ったものである。
主な著書
- 現代漫画全集サトウサンペイ(筑摩書房刊)
- スマートな日本人(日本交通公社刊)
- ドコカへ行こうよ(文藝春秋社刊・新潮文庫)
- ドタンバのマナー(新潮社刊)
- ドタンバの神頼み(光文社刊・朝日文庫)
- 食べ物さん、ありがとう(川島四郎博士と共著。保健同人社刊・朝日文庫)
- フジ三太郎名場面(朝日文庫)
- 夕日くん(新潮社刊・朝日文庫)
- フジ三太郎旅日記(朝日文庫)
- フジ三太郎愛蔵版(朝日新聞社刊)
- 見たり、描いたり(朝日新聞社刊)
- パソコンの「パ」の字から(朝日新聞社刊)
- 人生いつも初体験(文藝春秋社刊)
- 対訳ドタンバのマナー(講談社インターナショナル刊)
- フジ三太郎・電子ブック(朝日新聞社刊)など。
- ネット遊び(Paso編集部と共著。朝日新聞出版刊)
- 國弘正雄・サトウサンペイの英語はコワーイ!?(パナ教育システム。サトウは絵のみだが絵の比重が大きく事実上共著。連載広告を単行本化したもの)