アーシュラ・K・ル=グウィン
テンプレート:Infobox 作家 アーシュラ・クローバー・ル=グウィン(Ursula Kroeber Le Guin、1929年10月21日 - )は、アメリカの女性小説家でSF作家、ファンタジー作家、フェミニスト。
概説
SF作家としては、両性具有の異星人と地球人との接触を描いた『闇の左手』(ヒューゴー賞、ネビュラ賞両賞受賞)で広く認知されるようになった。代表作は他にユートピアを描いた『所有せざる人々』 (同じくヒューゴー賞、ネビュラ賞両賞受賞)がある。SF界の女王と称され、「西の善き魔女」のあだ名もある。
ファンタジー作家としての代表作は、『ゲド戦記』(全5巻+外伝1巻)である。
他に作家村上春樹が訳した『空とび猫』といった絵本作品(講談社文庫ほか)もある。ファンタジー関連の評論も多く執筆している。
スタジオジブリ(宮崎吾朗監督・脚本)でのアニメ映画『ゲド戦記』(2006年夏)の公開後、日本などから問い合わせのメールが多く寄せられたため、この映画が制作されるに至った経緯と映画に対するコメントを彼女自身の公式サイト[1]で公開(日本語訳[2])している。
2007年9月に、大作『西のはての年代記』第3巻Powersを、英・米で出版し完結した。(日本語版『パワー』は、2008年8月に出版)
経歴
父親はドイツ系の文化人類学者のアルフレッド・L・クローバーで、1901年にコロンビア大学でアメリカ合衆国初の人類学の博士号を取得し、カリフォルニア大学バークレー校でアメリカで2番目の人類学科を創設した[1]。母親は、夫が研究で係わったアメリカ最後の生粋のインディアン「イシ」の伝記を執筆した作家のシオドーラ・クラコー・ブラウン。夫の伝記 Alfred Kroeber: A Personal Configuration も書いており、ル=グウィンの幼少期を知るためのよい資料となっている。
1929年10月21日にカリフォルニア州バークレーで生まれた。この年代においては、カトリックの聖女である聖ウルスラ(Saint Ursula)は、教会典礼暦に掲載される聖人で、その祝日はこの日だった。このため、聖ウルスラに因んで、アーシュラ(Ursula)と名づけられた。
子供時代は、父親がカリフォルニア大学バークレー校で教えていた関係でバークレーで育つ。大学はラドクリフ大学に進学、コロンビア大学で修士号を取得している。その後フランスに渡り、1953年に歴史学の教授チャールズ・A・ル=グウィンと結婚。
幼いころから文学に興味を持つようになった。11歳のとき最初に書いた小説をアスタウンディング誌に送ったが掲載されなかった[2]。子供のころに書いた物語の一部は『オルシニア国物語』や『マラフレナ』に生かされているが、それらはSFやファンタジーではなかった。作家となる希望をかなえる方法を色々と考え、最初期の興味の中心だったSFに戻り、1960年代初めには定期的に作品が雑誌に掲載されるようになった。『闇の左手』(1969) でヒューゴー賞、ネビュラ賞を同時受賞し、広く知られるようになった。
後に映画の仕事に関わり、1979年に『天のろくろ』が The Lathe of Heaven としてテレビ映画化された(1980年放送)。また、前衛作曲家のデビッド・ベッドフォードと共同で Rigel 9 というリブレットを制作した。これはスペースオペラを本当のオペラに仕立てたものである。
1991年、カリフォルニア大学バークレー校の人類学科で名誉教授を称える連続講演で父について講演する。
2009年12月、Authors Guild がGoogleによる本のデジタル化プロジェクトを支持したことに抗議し、ル=グウィンは同団体を脱退した。「あなたがたは悪魔と取引すると決めた」とル=グウィンは脱退を告げる手紙に書いている。「これにはとりわけ著作権の概念全体という原則が関係し、あなたがたは抗うこともなく相手の言い値でそれを一企業にゆだねようとしている」[3]
1958年以来現在に至るまでオレゴン州ポートランドに在住している。3人の子と4人の孫がいる。
受賞
ル=グウィンはヒューゴー賞を5度、ネビュラ賞を6度受賞し[4]、1979年にはガンダルフ賞グランド・マスター賞、2003年にはアメリカSFファンタジー作家協会のデーモン・ナイト記念グランド・マスター賞を受賞した。小説に対するローカス賞は19回受賞しており、全作家の中で最も多い[5]。ファンタジーとしては1973年、長編『さいはての島へ』で全米図書賞児童文学部門を受賞した。1979年には『影との戦い』で Lewis Carroll Shelf Award を、1991年には『こわれた腕環』でフェニックス賞・オナー賞を、2002年には『アースシーの風』で世界幻想文学大賞[6]を受賞した。いずれもゲド戦記の一部である。
1975年、オーストラリアのメルボルンで開催された第33回ワールドコンにゲスト・オブ・オナーとして招待された。2000年4月、アメリカの文化遺産への貢献を称え、アメリカ議会図書館の Living Legends(作家・アーティスト部門)に選ばれた[7]。The Pacific Northwest Booksellers Association は2001年、功労賞を授与した。2004年、Association for Library Service to Children から May Hill Arbuthnot Honor Lecture Award と Margaret Edwards Award を授与された。2006年10月18日、The Washington Center for the Book が彼女の功績を称え、Maxine Cushing Gray Fellowship for Writers を授与した[8]。
2002年、優秀な短編小説作家に与えられる PEN/Malamud Award を受賞した[9]。
2009年には Freedom From Religion Foundation から "Emperor Has No Clothes" 賞を授与された[10]。FFRFによればこの賞は「公人として宗教の欠点について率直に述べている人を称える」ものだという[11]。
受賞歴
- ヒューゴー賞
- ネビュラ賞
- ローカス賞
- 長編: 『天のろくろ』(1972)[18]、『所有せざる人々』(1975)[13]
- SF長編: 『言の葉の樹』(2001)[19]
- ファンタジー長編: 『帰還 - 最後の書』(1990)[20]、『ラウィーニア』(2009)[21]
- ノヴェラ: Forgiveness Day(1995)、『カワウソ』(2002)
- ノヴェレット: 「ニュー・アトランティス」(1976)、"Mountain Ways"(1997)、"The Birthday of the World"(2001)、「ワイルド・ガールズ」(2003)
- 短編: 「革命前夜」(1975)、「スール」(1983)、「地の骨」(2002)
- 短編集: 『風の十二方位』(1976)、『コンパス・ローズ』(1983)、Four Ways to Forgiveness(1996)、『ゲド戦記外伝』(2002)、『なつかしく謎めいて』(2004)
テーマ
ル=グウィンのSF作品は科学技術やハードウェアよりも社会学や人類学を含めた社会科学的側面が強く、一般にソフトSFに分類される[22]。しかしル=グウィン自身はこの分類に異議を唱え、不快感を表明している[2]。
ル=グウィン作品の際立った特徴として、人種の意図的な扱いがある。ル=グウィン作品の主要登場人物の多くは有色人種であり、人類の人口構成を反映したものだとしている。しかし、そのために欧米では挿絵や表紙に人物が描かれないことが多い[23]。ル=グウィンはしばしば地球外生命の文化を利用し、人類の文化についてのメッセージを伝えている。例えば、『闇の左手』では両性具有種族を通して性的同一性の問題を考察している。また「ゲド戦記」の魔法学院は女人禁制で、アースシー世界では女性は「まじない師」「魔女」として差別され、「魔法使い」の称号を得る事はできない。このような作品から、フェミニストと呼ばれることもある[24]。生態学的問題を扱った作品も多い。
『所有せざる人々』や『闇の左手』といったSF作品は《ハイニッシュ・サイクル》(en) と呼ばれる未来史に属している(その舞台となる世界を「ハイニッシュ・ユニバース」と呼ぶ)。「エクーメン」と呼ばれる組織によってゆるやかに結ばれた未来の銀河規模の文明を描いたものである。個々の惑星の結びつきは緩やかであり、そのためそれぞれ異なる文化を保持している。『闇の左手』や『言の葉の樹』は、異星に派遣された特使のカルチャーショックと異文化の接触の結果を扱っている。
他のSF作家と異なり、ル=グウィンは超光速航法を設定として採用していない(例外的に無人機の超光速航法はある)。その代わりとして120光年の距離まで即時通信可能なアンシブルという技術を登場させている。この用語と概念は他の何人かのSF作家も採用している。
映像化作品
ル=グウィンの作品で映像化されたものは少ない。1971年の長編『天のろくろ』は2回映像化されている。1回目は1980年 thirteen/WNET New York でテレビ映画化され、2002年に A&E Network でテレビ映画化されている。2008年のインタビューで、ル=グウィンはこれまでの映像化作品の中で1980年のものだけがよい映画だったと語っている[2]。
1980年代初めごろ、宮崎駿は、愛読書でもある《アースシー》(ゲド戦記)のアニメ化を打診した。しかしル=グウィンは当時、宮崎作品どころか、日本のアニメ全般に触れたことがなく、この話を断った。数年後に『となりのトトロ』を見たル=グウィンは再考し、《アースシー》を映像化するなら宮崎駿に任せたいと思うようになった[25]。こうして第3巻と第4巻をベースとして2005年のアニメ映画『ゲド戦記』が制作された。だが監督は宮崎駿本人ではなく息子の吾朗であった。ル=グウィンはそれを残念に思っていると明かしている。ル=グウィンのアニメ版『ゲド戦記』への思いは複雑だという。映像の美しさは評価しているが、全体に説教くさい点とプロット進行については問題があるとしている。なお父宮崎駿も本作には批判的だった[26]。
2004年、Sci Fi Channel は《アースシー》の1巻と2巻に基づいたミニシリーズ Legend of Earthsea を放送した。これについては宮崎版以上に批判的である[27]。
日本での影響
少女漫画家萩尾望都の作品にル=グウィンの影響をみる者もいる。荻原規子の小説『西の善き魔女』5巻目のサブタイトルは、「闇の左手」である。
ル=グウィンの影響を受けた、もしくはファンである日本人作家は多い。本人の短編も収録した『ユリイカ 臨時増刊 総特集 アーシュラ・K・ル=グウィン』(2006年8月、青土社)で、一端がわかる。
宮崎駿は、自著『出発点』(徳間書店)に収録の随想で、枕元に『ゲド戦記』を置き、すぐに読めるようにしており、またかつては『ゲド戦記』の映像化を考えていたことがある、とも語っている。
作品一覧
- 《ハイニッシュ・サイクル》Hainish Cycle
- 辺境の惑星 Planet of exile (1966) - 早川書房「ハヤカワ文庫」
- ロカノンの世界 Rocannon's world (1966) - ハヤカワ文庫、別訳でサンリオSF文庫
- 幻影の都市 City of Illusions (1967) - ハヤカワ文庫
- 闇の左手 The Left Hand of Darkness (1969) - ハヤカワ文庫
- 所有せざる人々 The Dispossessed (1974) - ハヤカワ文庫
- 世界の合言葉は森 The Word for World is Forest (1976) - ハヤカワ文庫
- アオサギの眼 The Eye of the Heron (1978) を収録(この短編は非《ハイニッシュ・サイクル》)
- 言の葉の樹 The Telling (2000) - ハヤカワ文庫
- 《アースシー》(ゲド戦記) Earthsea - 全5巻+別巻、岩波書店 - 様々な版で刊行
- 影との戦い A Wizard of Earthsea (1968)
- こわれた腕輪 The Tombs of Atvan (1971)
- さいはての島へ The Farthest Shore (1972)
- 帰還 - 最後の書 Tehanu: The Last Book of Earthsea (1990)
- アースシーの風 The Other Wind (2001)
- ゲド戦記外伝 Tales from Earthsea (2001) - 短編集
- 《オルシニア》Orsinia -架空の国を舞台にした非SF作品
- 『オルシニア国物語』 (Orsinian Tales, 1976) - ハヤカワ文庫
- 『マラフレナ』(Malafrena, 1979) - サンリオSF文庫(上・下)
- 《空飛び猫》 Catwings - 児童文学(絵本)
- 空飛び猫 Catwings (1988)
- 帰ってきた空飛び猫 Catwings Return (1989)
- 素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち Wonderful Alexander and the Catwings (1994)
- 空を駆けるジェーン - 空飛び猫物語 Jane on Her Own (1999)
- 《西のはての年代記》Annals of the Western Shore - 河出書房新社、2006-08年(河出文庫4分冊、2011年2-4月)
- ギフト Gifts (2004)
- ヴォイス Voices (2006)
- パワー Powers (2007)
- 天のろくろ The Lathe of Heaven (1971) - サンリオSF文庫、復刊ブッキング
- 始まりの場所 The Beginning Place (1980) - 早川書房「海外SFノヴェルズ」
- オールウェイズ・カミング・ホーム Always Coming Home (1985) - 平凡社(上・下)
- ラウィーニア Lavinia (2008) - 河出書房新社
短編集
- 風の十二方位 The Winds Twelve Quarters (1975) - ハヤカワ文庫-主に初期作品集(一部が《アースシー》と《ハイニッシュ・サイクル》)
- コンパス・ローズ The Compas Rose (1982) - ちくま文庫 (旧版 サンリオSF文庫)
- 内海の漁師 A Fisherman of the Inland Sea (1994) - ハヤカワ文庫 (一部が《ハイニッシュ・サイクル》)
- なつかしく謎めいて Changing planes (2003) - 河出書房新社、2005年(連作短編)
評論
- 夜の言葉 ファンタジー・SF論 The language of the night (1979) - 岩波現代文庫
- 世界の果てでダンス Dancing at the edge of the world (1989) - 白水社
- ファンタジーと言葉 The wave in the mind (2004) - 岩波書店
- いまファンタジーにできること CHEEK BY JOWL (2011) - 河出書房新社
脚注・出典
参考文献
- テンプレート:Cite book
- Bloom, Harold, ed., "Ursula K. Leguin: Modern Critical Views" (Chelsea House Publications, 2000)
- Brown, Joanne, & St. Clair, Nancy, Declarations of Independence: Empowered Girls in Young Adult Literature, 1990–2001 (Lanham, MD, & London: The Scarecrow Press, 2002 [Scarecrow Studies in Young Adult Literature, No. 7])
- テンプレート:Cite book
- Cart, Michael, From Romance to Realism: 50 Years of Growth and Change in Young Adult Literature (New York: HarperCollins, 1996)
- Cummins, Elizabeth, Understanding Ursula K. Le Guin, rev. ed., (Columbia, SC: Univ of South Carolina Press, 1993). ISBN 0-87249-869-7.
- Davis, Laurence & Peter Stillman, eds, The New Utopian Politics of Ursula K. Le Guin's "The Dispossessed" (New York: Lexington Books, 2005)
- Erlich, Richard D. Coyote's Song: The Teaching Stories of Ursula K. Le Guin (1997). Digital publication of the Science Fiction Research Association (2001 f.):<http://www.sfra.org/Coyote/CoyoteHome.htm>.
- Egoff, Sheila, Stubbs, G. T., & Ashley, L. F., eds, Only Connect: Readings on Children’s Literature (Toronto & New York: Oxford University Press, 1969; 2nd ed., 1980; 3rd ed., 1996)
- Egoff, Sheila A., Worlds Within: Children’s Fantasy from the Middle Ages to Today (Chicago & London: American Library Association, 1988)
- Lehr, Susan, ed., Battling Dragons: Issues and Controversy in Children’s Literature (Portsmouth, NH: Heinemann, 1995)
- Lennard, John, Of Modern Dragons and other essays on Genre Fiction (Tirril: Humanities-Ebooks, 2007)
- Reginald, Robert, & Slusser, George, eds, Zephyr and Boreas: Winds of Change in the Fictions of Ursula K. Le Guin (San Bernardino, CA: Borgo Press, 1997)
- Rochelle, Warren G., Communities of the Heart: The Rhetoric of Myth in the Fiction of Ursula K. Le Guin (Liverpool: Liverpool University Press, 2001)
- Sullivan III, C. W., ed., Young Adult Science Fiction (Westport, CT: Greenwood Press, 1999 [Contributions to the Study of Science Fiction and Fantasy 79])
- Trites, Roberta Seelinger, Disturbing the Universe: Power and Repression in Adolescent Literature (Iowa City: University of Iowa Press, 2000)
- Wayne, Kathryn Ross, Redefining Moral Education: Life, Le Guin, and Language (Lanham, MD: Austin & Winfield, 1995)
- White, Donna R., Dancing with Dragons: Ursula K. Le Guin and the Critics (Ontario: Camden House, 1998 [Literary Criticism in Perspective])
関連項目
- ジェイン・オースティンの読書会 - SFマニアの男性が、SFに興味がない女性にル=グウィンを読むよう薦めるシチュエーションがある。
- フェミニストSF
外部リンク
- Ursula Le Guin's homepage
- テンプレート:Isfdb name
- 邦訳書誌一覧
- Collection of Ursula Le Guin info at feministsf.org
- Reviews, synopses, and cover art at FantasyLiterature.net
インタビュー
- Interview with Le Guin on The Inkwell Review, on her novel Lavinia.
- Interview with Le Guin in Guernica Magazine.
- Chronicles of Earthsea Guardian Unlimited Interview with Ursula K. Le Guin, February 9, 2004.
- Interview in The Guardian December 17, 2005
- Transcript of interview on Australia's ABC Radio National "The Book Show" program - mainly about Lavinia - May 4, 2008
- Interview with Le Guin in "Vice" magazine conducted by Steve Lafreniere — January 2009