はちみつぱい
はちみつぱいは、1971年から1974年にかけて活動した日本のロックバンド。はっぴいえんどと共に、日本語ロックの先駆者として知られる。初期の頃はハチミツパイと表記されることもあった。
メンバー
- 鈴木慶一(ボーカル、ギター、ピアノ)
- 渡辺勝(ボーカル、キーボード、ギター)(1972年9月脱退)
- 本多信介(ギター)
- 武川雅寛(ヴァイオリン)
- 和田博巳(ベース)
- かしぶち哲郎(ドラムス)
- 駒沢裕城(ペダルスティール)(1972年9月加入)
- 岡田徹(キーボード)(1973年9月加入)
- 椎名和夫(ギター)(1974年秋頃加入)
略歴
1970年、鈴木慶一はあがた森魚らと共にあがた精神病院を結成。後にあがた森魚と蜂蜜麺麭(はちみつぱい)と名前を変えるが、メンバーは一定せずロックバンドというよりは、あがた森魚のバックバンド的な活動を行っていた。バンドの名も、あがたがビートルズのハニー・パイ(Honey Pie)から引用したものだった。これを前身として、1971年から蜂蜜ぱいと名乗り、あがたとは独立したロックバンドとしての活動を行うようになる。渋谷百軒店のライブハウスであるBYGへの出演を活動の中心に、岡林信康やあがた森魚、西岡恭蔵などのアルバムのレコーディングにも参加した。
1971年8月、鈴木慶一、渡辺勝、本多信介の3名で第3回全日本フォークジャンボリーに出演。これをきっかけに和田博巳が加入。1971年秋頃にはセッションを通じて武川雅寛が、オーディションにてかしぶち哲郎が加入し主要メンバーが出揃う。1972年春頃、表記をはちみつぱいに改めた。1972年5月、春一番コンサートに出演。1972年9月、渡辺勝が脱退し、これに入れ替わる形でペダルスティールの駒沢裕城が加入。ヴァイオリンの武川と共に、はちみつぱいのサウンドを独特なものとした。
1973年11月、ファーストアルバム『センチメンタル通り』を発売。続いて1974年5月にはシングル『君と旅行鞄(トランク)』を発売するも、1974年11月20日、山野ホールでのコンサートを最後に解散した。駒沢の失踪事件などをきっかけに、鈴木とメンバー間の音楽性の相違による不満が高まったのが原因の一つとされている。コンサートでの最後の曲は『塀の上で』。鈴木の最後の言葉は、「さよならロックンロール少年、ロックンロール少女」だった。メンバーのうち、鈴木、武川、かしぶち、岡田、椎名は後にムーンライダーズを結成した。
1988年6月9日、汐留PITにて1日限りの再結成コンサートを開催。ゲストにはあがた森魚、斉藤哲夫、高田渡らが出演し、はちみつぱいをバックに歌った。このコンサートでも『塀の上で』を演奏し、鈴木は「さよならロックンロールおじさん、ロックンロールおばさん」との言葉を残した。この日を最後に、はちみつぱいは完全に解散した。
アルバム
- センチメンタル通り(1973年)
- 脱退した渡辺勝もレコーディングに参加。
- セカンドアルバム イン・コンサート(1988年)
- ライブ音源集。ゲストボーカルにあがた森魚、細野晴臣らが参加。
- 9th June 1988 はちみつぱい Live(1989年)
- 再結成コンサートのライブアルバム。
- The Final Tapes(2009年)
- 1972年1月 - 1975年1月のライブ音源を編纂し収録した9枚組CDボックス。
シングル
- 君と旅行鞄(トランク)(1974年)
- B面は『酔いどれダンス・ミュージック』。録音エンジニアとして大瀧詠一(笛吹銅次名義)が参加。「君と旅行鞄(トランク)」は、元々シングルとして出るはずだったアルバム「センチメンタル通り」に収録されている「ぼくの倖せ」(規格番号はOF-19が当てられていた。B面は「僕の倖せ」同様「センチメンタル通り」収録の「薬屋さん」を収録予定だった)が諸事情で発売中止になったため若干作り替えた物で、「センチメンタル通り」がCD化した際にB面の「酔いどれダンス・ミュージック」と共に追加収録されてCD化された。
尚、このシングルは所属していたベルウッドレコードからではなく、ワーナーパイオニア(現ワーナーミュージックジャパン)からリリースされている。
- B面は『酔いどれダンス・ミュージック』。録音エンジニアとして大瀧詠一(笛吹銅次名義)が参加。「君と旅行鞄(トランク)」は、元々シングルとして出るはずだったアルバム「センチメンタル通り」に収録されている「ぼくの倖せ」(規格番号はOF-19が当てられていた。B面は「僕の倖せ」同様「センチメンタル通り」収録の「薬屋さん」を収録予定だった)が諸事情で発売中止になったため若干作り替えた物で、「センチメンタル通り」がCD化した際にB面の「酔いどれダンス・ミュージック」と共に追加収録されてCD化された。
参考文献
- 鈴木慶一 『火の玉ボーイとコモンマン』 新宿書房、1989年。