勝利打点
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勝利打点(しょうりだてん)とは、野球の試合において勝利チームが最後に勝ち越した時に記録した打点のことである。現在、公認野球規則には勝利打点の定義および記載はない。
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[非表示]概要
最後に勝ち越した時に記録した得点を得た時に安打・四球・死球・スクイズプレイ・犠牲フライ・凡打など、打者に打点が記録されれば、その打者に対して勝利打点を記録する。一方、得点がボーク・失策・本盗・併殺打など、打者に打点が記録されないものであった場合には記録されず、その試合の勝利打点は「なし」となる[1]。
日本プロ野球では1981年からセ・パ両リーグの公式記録として勝利打点が取り入れられ、最多勝利打点(さいたしょうりだてん)の表彰項目が作られた。しかし、試合の流れによっては、必ずしも勝利打点がその試合の勝利にとって最も効果的な得点とはいえないケースもあり、評価の基準に曖昧な点が発生することから、1988年を最後に、公式記録としても表彰記録としても廃止された。ただし、セ・リーグは公式記録から外れた後も独自に勝利打点を記録して特別賞として最多勝利打点を表彰していたが、2000年限りで特別賞としても廃止された[1]。
現在では一部スポーツ紙に勝利打点記録者が記載されている。
年度別最多勝利打点
年度 | セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
選手名 | 所属球団 | 勝利打点 | 選手名 | 所属球団 | 勝利打点 | |
1981 | 佐野仙好 | 阪神 | 15 | T.ソレイタ | 日本ハム | 17 |
1982 | 原辰徳 | 巨人 | 14 | 落合博満 | ロッテ | 13 |
1983 | 原辰徳 | 巨人 | 20 | スティーブ.O | 西武 | 16 |
1984 | W.クロマティ | 巨人 | 14 | ブーマー.W | 阪急 | 21 |
1985 | R.バース | 阪神 | 22 | 秋山幸二 | 西武 | 12 |
落合博満 | ロッテ | |||||
R.デービス | 近鉄 | |||||
古屋英夫 | 日本ハム | |||||
1986 | W.クロマティ | 巨人 | 18 | P.パットナム | 日本ハム | 17 |
1987 | 小早川毅彦 | 広島 | 16 | 秋山幸二 | 西武 | 18 |
1988 | 落合博満 | 中日 | 19 | 清原和博 | 西武 | 15 |
セ・リーグ特別賞
年度 | 選手名 | 所属球団 | 勝利打点 |
---|---|---|---|
1989 | 落合博満 | 中日 | 19 |
1990 | 広沢克己 | ヤクルト | 15 |
1991 | J.パチョレック | 大洋 | 14 |
1992 | 広沢克己 | ヤクルト | 14 |
J.パチョレック | 阪神 | ||
1993 | 落合博満 | 中日 | 15 |
1994 | R.ローズ | 横浜 | 19 |
1995 | T.オマリー | ヤクルト | 16 |
1996 | T.オマリー | ヤクルト | 14 |
1997 | 鈴木尚典 | 横浜 | 17 |
1998 | 山崎武司 | 中日 | 16 |
1999 | R.ペタジーニ | ヤクルト | 17 |
2000 | 江藤智 | 巨人 | 14 |
鈴木尚典 | 横浜 |
脚注
テンプレート:Reflist- ↑ 以下の位置に戻る: 1.0 1.1 「勝利打点王」の歴史をひも解く『週刊ベースボール』2011年8月22日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-8/22, 28-29頁。