チーズケーキ
チーズケーキ(cheese cake)は、チーズを使ったケーキ。温製のベイクドと湯煎焼きのスフレ、冷製のレアに大別される。
変わったものには山羊チーズで作るトゥルト・フロマージュと言う表面を真っ黒に焦がしたものがある。
ズイバックチーズケーキという胡桃やクッキーを細かく砕いたもので表面を覆っているものもある。
種類
ベイクド・チーズケーキ
オーブンできつね色になるまで焼いたものはベイクド・チーズケーキと呼ばれる。ニューヨークチーズケーキと呼ぶこともある。型にクリームチーズやカッテージチーズ、マスカルポーネ、リコッタチーズなどのやわらかく塩分の少ないチーズと砂糖、卵黄、コーンスターチや小麦粉などをすり混ぜた生地を流しいれ、オーブンで焼いたもの。1990年代頃までの日本では土台を使わないものが主流であったが、近年ではパイ皿に敷いたサブレ生地や砕いたクラッカーなどの土台の上にチーズケーキ生地を流しいれたものが多い。焼いて作るため普通の焼き菓子同様に常温で保存が利くと思われがちであるが、実は低温保存が原則で、常温に放置すると生地が融けてプリンのようになる。一部ではこの性質を生かした商品も売られている。 海外において単に「チーズケーキ」と言う場合はほぼこのタイプのチーズケーキである。
チーズ入りのバターケーキなどが「チーズケーキ」の名称で市販されていることがあるが、これは別物である。
スフレ・チーズケーキ
ベイクド・チーズケーキの材料を生クリームから牛乳に変え、更に湯煎焼きにする事でふわっとしっとりした生地のチーズケーキに仕上がる。これをスフレ・チーズケーキと呼ぶ。通常のスフレとは作り方が違い、放置してもしぼむ事はないものの、出来上がりや食感はスフレ同様ふっくらとしたものになる。
海外ではスフレ・チーズケーキは日本発祥のチーズケーキとされており、一般には「japanese cheesecake」と称されることが多い。
レア・チーズケーキ
火を通さず、クリームチーズなどに生クリームを混ぜ合わせたものを冷やし固めたものであり、クッキーを砕いて作ったクラスト生地を下に敷くこともある。あるいはフィリングだけをババロアやムースのようにグラスに盛る「グラス・チーズケーキ」もある。近年はガーゼで包んで販売するものが登場している。バニラ、チョコレート、ヨーグルトなど風味などさまざまな味付けがされることがあり、フルーツ、特にイチゴやブルーベリーのトッピングが乗ることも多い。
ゼラチンで凝固させることが多いが、寒天を使ったり、あるいはクリームチーズ自体やホイップクリームの固さだけで仕上げる場合もある。口どけを最大限に高めるためレモンの酸によってチーズのタンパク質を凝固させる方法もある。この場合はレモンのさわやかな風味が増す。
歴史
チーズケーキの起源は古代ギリシャまでさかのぼり、紀元前776年の第一回古代オリンピックの期間中、アスリートたちに振る舞われていた。ギリシャのチーズケーキをヨーロッパ中に普及させたのはローマ人であるが、現在のチーズケーキとは味も見た目も異なっていたようである。
現在のようなベイクドチーズケーキの起源は、中世前期ポーランドのポドハレ地方にあるといわれる。トゥファルクという名の、生乳を軽く発酵して酸味のある真っ白なフレッシュチーズをふんだんに使用したチーズケーキセルニックは、ここの住民で「グラル人」と呼ばれるスラヴ系の山の民(グラルは文字通り「山の民」の意味)の郷土食であり、ポドハレ地方では現在でも各家庭のお茶菓子として日に数回も食べられている。トゥファルクを使うと酸味があるため、一般に知られるチーズケーキのようにレモン果汁などを加える必要がなく、実際にレモン果汁を加えないのが本来のレシピである。なお近年になり、人類最古のチーズがポトハレ地方周辺のポーランド南部で発見され[1][2]、中東や地中海周辺であろうとされていた従来のチーズ起源説が、この大発見により根底から覆されようとしている。
数世紀のちに、チーズケーキは、ポーランドからの移民(とくにポドハレ地方の近くの大都市クラクフからのユダヤ人)が持ち込んだレシピを元に、アメリカに出現する。1872年には、フランスのチーズ、ヌーシャテルを再現しようとしていた牛乳屋が、クリームチーズを新たに開発した。
チーズケーキという言い方は現在、チーズケーキ風味の他のデザートを表す時にも使用される。チーズケーキヨーグルト、チーズケーキアイスクリーム、チーズケーキブラウニー、チーズケーキクッキーなどがその一例である。
また、チーズケーキは英語において、セックスシンボルである女性を表す時にも用いられる。グラビアに写っている女性にまつわる話題であれば、特にその用例が見られる。[3]
近年では、ベイクドチーズケーキやレアチーズケーキを中心にスティック状にしたものが販売されている。