MiG
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テンプレート:Infobox 公開株式会社「ロシア航空機製作会社『MiG』」(テンプレート:Ru テンプレート:Small)は、ロシア連邦の航空機設計企業(公開会社)である。略称RSK "MiG"(РСК „МиГ“)。
ソ連時代のA・I・ミコヤーンとM・I・グレーヴィチ記念設計局 (ОКБ и.м. А.И.Микояна и М.И.Гуревича) が母体となっており、一般に「ミグ」と略称される。日本語表記としては「ミグ」「MiG」「ミコヤン」「ミコヤン・グレヴィッチ」「ミコヤン・グレビッチ」などが使われる。このページでは「ミグ」に統一している。
歴史
ミグ設計局は、アルメニア人のアルチョーム・イヴァーノヴィチ・ミコヤーン(Артём Иванович Микоян)とユダヤ系ロシア人ミハイール・ヨーシフォヴィチ・グレーヴィチ(Михаил Иосифович Гуревич)によって、1939年、モスクワに開局された。第二次世界大戦以降、戦闘機の設計を中心に数多くの航空機を生み出してきた。
1996年から民営化され、ロシア航空機会社ミグ (RAC MiG) となったが、名称はたびたび変更され、現在はロシア航空機製作会社『MiG』 (テンプレート:Ru)、略称RSK-MiG (テンプレート:Ru) となっている。
アルチョーム・イヴァーノヴィチ・ミコヤーンの兄はソ連の副首相や最高会議幹部会議長(国家元首)も務めたアナスタース・イヴァーノヴィチ・ミコヤーン。
主な設計・開発機体
※機体番号/愛称(斜体はNATOコードネーム)/初飛行年
- 23-01 (フェイスレス)
- 23-11 (フロッガー A)
- 23-31 (フィッシュベット G)
- 41
- A-144 (アナローク) 1968年
- EPOS (MiG-105 スピラーリ) 1976年
- I-3
- I-7 1957年
- I-75 1958年
- I-200 1940年
- IP-201 1940年
- I-210 1942年
- I-211 1943年
- I-220 1942年
- I-221 1943年
- I-222 1944年
- I-224 1944年
- I-225 1944年
- I-230 1943年
- I-231 1943年
- I-250 1945年
- I-270 1947年
- I-301T 1947年
- I-302 1947年
- I-305
- I-307 1947年
- I-320 1949年
- I-350 1951年
- I-360 1952年
- I-370 1955年
- I-380
- I-410
- I-420
- K (K-1/2/3) 1951年
- M-19
- M-21 1967年
- MiG-1 1940年
- MiG-3 1940年
- MiG-5 1941年
- MiG-7 1941年
- MiG-8 (ウートカ) 1945年
- MiG-9 «IKh» 1942年
- MiG-9 (ファーゴ) 1946年
- MiG-11 1942年
- MiG-13 1945年
- MiG-15 (ファゴット) 1947年
- MiG-17 (フレスコ) 1950年
- MiG-19 (ファーマー) 1954年
- MiG-21 (フィシュベッド) 1955年
- MiG-23 (フロッガー) 1962年
- MiG-25 (フォックスバット) 1964年
- MiG-27 (フロッガー D) 1972年
- MiG-29 (ファルクラム) 1977年
- MiG-31 (フォックスハウンド) 1977年
- MiG-33 (ファルクラム E) 1987年
- MiG-35 (ファルクラム F) 2005年
- MiG-110
- MiG-125
- MiG-AT 1996年
- PBSh-1
- SDK 1952年
- SM-12 1957年
- SN 1953年
- T-101 (グラーチュ) 1994年
- Ye-2A (フェイスプレイト) 1955年
- Ye-4 (フィッシュベット B) 1955年
- Ye-5 (フィッシュベット B) 1956年
- Ye-8 1962年
- Ye-50 1956年
- Ye-150 1960年
- Ye-152(フリッパー) 1961年
- Ye-155M 1973年
- Ye-155MP 1975年
- Ye-166
- Ye-266M