揚力
揚力(ようりょく、英語:lift)は、流体(液体や気体)中におかれた板や翼などの物体にはたらく力のうち、流れの方向に垂直な成分のこと。
通常の場合、物体と流体に相対速度があるときに発生する力(動的揚力)のみを指し、物体が静止していてもはたらく浮力(静的揚力)は含まない。
目次
概要
流体中に物体があり、流体と物体との間に相対速度がある時、その物体は流体の流れに影響を与え、流体と物体とは力を及ぼし合う。物体は下流側に力を受け、そのうち流れの方向に垂直な成分を揚力と言い、流れと平行な流れの向きの成分を抗力と言う。
揚力は、物体が流れの一部の向きを変えたことの反作用として生じている。例えば右図のように、平板(もしくは断面が上下対称の翼型)が流れに対して斜めに存在する、つまり迎角をつけて置かれた場合、流体は平板に沿って流れる。平板の下面においては流れと平板が衝突することによって、また平板の上面ではコアンダ効果によって流れが平板に引き寄せられることによって、流れの方向が斜め下向きに変えられる。この時、気流が下向きに曲げられたことの反作用として、上向きの揚力が生じている。あるいは、流れが上下非対称になり、平板の下面より上面の方が圧力が低くなり揚力が生じていると言い換えることもできる(右図において、流線の間隔が詰まっていると圧力が大きく、開いていると圧力が小さいことを示している)。
物体は流れから必ず下流方向に抗力を受ける。物体の形状と流れに対する向きにより流れが非対称で、流速の差等でベルヌーイの定理により流れと垂直な方向でも圧力差があると、揚力成分も生じていて、物体は流れの方向に対して斜めの力を受ける。
流体側は大きさが同じで向きが反対の反作用を受ける。その力により、流体の運動量が変化するので、速度が変わり、圧縮性流体では密度も変わる。揚力が上向きなら、圧力は下より上の方が低く、流体の速度ベクトルは斜め下方向に向く。
流体中の物体表面の(微視的な)接触応力の、物体の面に垂直な成分である圧力は、流れがあればベルヌーイの定理により静止しているときと変化する。それと面に平行な成分で流れの向きの、粘性による摩擦力(超流動を除く)、それらを面全体で加え合わせたものが、物体全体にかかっている抗力と揚力である[* 1]。
字義通りには、揚力は重力の反対方向すなわち「浮揚する向き」の力となるが、機体などの上方向に働く力を揚力とすることもある。投球におけるいわゆる変化球を説明する際に揚力という言葉を使うこともあるが、そういった場合には向きはあまり考えない。レーシングカー等で重要な下向きの空力は、車体を浮上させてしまう力の「揚力」と区別して「ダウンフォース」とすることもあるが、ダウンフォースも揚力の一種と考えることもある。
揚力を利用しているものには、動物の翼や飛行機の固定翼や水中翼船の水中翼のほか、凧、船舶の舵、プロペラやヘリコプターの回転翼などがある。
変化球等の物体の回転によって生じる揚力については、マグヌス効果を参照(プロペラや回転翼はマグヌス効果を利用しているのではない)。
上記の図のように、流線の密度が疎な部分には、カルマン渦に代表される渦の形成が容易になるテンプレート:要出典、これは時間的周期性を持ち円柱断面を仮定した場合上にも下にも揚力を形成し、流体関連振動となる。この原因は渦の離脱による圧力低下が原因であり、それを非対称に設計したジューコフスキー的形状においてはカルマン渦の発生が上下非対称になるため揚力が発生する。そのため、そういう周期的圧力欠損に頼るため、小さな航空機では振動が激しくなるテンプレート:要出典。
数式
運動量の時間変化は質量流量と流速の積になるので、揚力のモデル式は、揚力係数 <math>C_L</math> を用いて、以下のように表されるのが一般的である。
<math> L = {1 \over 2} \rho V^2 S C_L </math>
- <math>C_L</math> は揚力係数(次項で解説) (Coefficient of Lift)
- ρ は流体の密度(海面高度の大気中なら 1.2250 kg/m3)
- V は物体と流体の相対速度 (Velocity)
- S は物体の代表面積 (Surface)
- L は、発生する揚力 (Lift)
よって揚力は、物体の相似比の二乗と流体の密度と流速の二乗の積に比例する。 係数が異なるだけで抗力と同形式である。
揚力係数
揚力係数 <math>C_L</math> は、揚力を動圧(<math>{1 \over 2} \rho V^2</math>)と代表面積で無次元化したもので、物体の形状、迎角、流体の物性、マッハ数、レイノルズ数などによって変化する。
- 迎角の絶対値が小さいとき、揚力係数はほぼ迎角に比例する。
- 迎角の絶対値が大きくなると、物体表面から流れが剥離して揚力係数は急激に小さくなる。この現象を失速と呼ぶ。
- 空気中の揚力係数は、地面や水面の近くでは、離れた高さより大きくなる。それを地面効果という。
揚抗比
抗力に対する揚力の比を揚抗比という。すなわち流れの方向と、物体が受ける力の方向のなす角度の正接である。抗力は常に正なので、その角度は±90゜を超えない。したがって揚抗比は±1を超える場合もあるが、無限値に発散することはない。
実際に、設計された翼等は、その角度が90゜に近づき、揚力が抗力の何倍も大きく、揚抗比が1よりずっと大きい。
それにより、外輪船はスクリュー船に負け観光用しか残らず、風車は性能的には揚力型が抗力型より優れ、飛行機は翼から抗力で消費する推力以上の揚力を得ている[* 2]。 ヨットなど縦帆をもつ帆船は、風下に対し70゜程度の方向に航行するとき最も推進力が強く、水中のセンターボードや舵の力とあわせれば風上側にも進める。
多くの揚力を利用する物体は、揚抗比を大きくするため抗力を小さくすることが求められる。すなわち流線型が採用される。
揚抗比は、流れが音速未満の場合には、流れに垂直な方向の長さが長い場合において大きくなる。飛行機の翼が前後方向に対して左右方向の幅が広い(アスペクト比が大きい)のは、揚抗比を大きくするためである。超音速では、造波抵抗を防ぐ三角翼などが適し、更に高速ではリフティングボディのような、翼を持たず胴体で揚力を発生する形状が研究されている。
また流れに対する立体形状の影響も大きく、帆船の帆には「横帆」と「縦帆」の二種類があるが、「縦帆」のほうが揚抗比を大きくできるので、風上への航行能力が高い。
航空機の翼
概要で述べた通り、単純な平板でも流体の中に斜めに置き、流れの向きを押し曲げれば揚力を発生する。しかし単純な平板では、流体が翼にぶつかった時に発生する抗力、および物体と翼の摩擦抵抗による抗力が大きい。また、物体の上面の気流も、迎角が大きい場合は図でしめしたようにきれいに翼に沿って曲がってくれず、翼の上面から剥離し渦流を発生し、この渦流も抗力増大の原因になり、かつ気流が下向きにきれいに曲がってくれないので揚力が減少する(この状態を失速と言う)。
これらを改善する目的で、飛行機等の翼型では、流線型を取り入れながら上下非対称形状の設計とし、迎角をゼロとしても揚力を発生する形状に設計される。つまり、通常使用時(飛行機の巡航等)の迎角(すなわち迎角がゼロ)において、抗力は極めて小さく、揚力は十分に大きい揚抗比となる翼型に設計される。
初期の飛行機で採用された翼は、右上図のような形状である。流線型であるばかりか、翼全体が湾曲しており、迎角がゼロであっても気流を下方向に押し曲げるように働く。ただしこのような形状ではやはり気流が翼の下面と衝突することになり、抗力は大きい。ただし1960年代以降広く採用されているスーパークリティカル翼は、別の手段で抗力を減少させることにより、このような全体的に湾曲した形状を成立させている。
1930年代以降の飛行機で採用された翼は、右下図のような形状である。上面・下面ともに流線型に翼が膨らんでおり、当然ながら下面においては気流を上向きに曲げることになる。ただし、上面の膨らみのほうが大きいので、上面において気流を下向きに曲げる効果のほうが大きく、総合的には下向きに気流を曲げることになり、上向きの揚力を発生する。揚力の発生効果は右上図より小さくなるが、抗力はより小さくなる。
翼と迎角
ただし、翼型の工夫により、飛行機は常時、迎角をつけずとも飛行できるかと言えば、そうではない。飛行機の速度は一定ではないからである。例えば最低速度100km/h、最高速度400km/hの飛行機が存在するとして、その速度差は4倍になり、これは翼が発生させる揚力が16倍になることを意味する。この揚力の差は、動翼や動翼により機体姿勢を変えて主翼の迎角を変えることなどによって、調整される。よって飛行機は高速時には迎角ゼロ、低速時には迎角を大きくとることとなる。また飛行機が極めて高速であれば僅かな迎角でも揚力が大きいので、右下図のような翼型で上下の膨らみの差がほとんど無い翼型となる場合が多い。ちなみに失速という現象は、飛行機の速度が最低速度域以下になった時に生じる印象があるが、これは低速時には迎角を大きくとらざるを得ないからであり、失速の一次的要因は迎角である。また飛行機の翼の形状は、迎角ゼロで揚力を発生することだけでなく、迎角をつけた時に失速しにくく、また揚力の増大が大きいことも求められる。迎角に対する揚力係数の変化割合を揚力傾斜と言う(ただし揚力傾斜の大きい翼は失速しやすいので、両者の特性の両立は不可能である)。
もちろん迎角をつけることは、抗力を増大させることでもあり、これは良いことではない。しかしながら大揚力を発生させるにはやむを得ないことである。よって飛行機は離着陸時や旋回時など大きな揚力を発生させる必要がある場合には、同時に推進力を高くする(エンジンの出力を上げる)必要がある。また迎角の調整によって飛行機は背面飛行も可能であるが、翼の形状によって生じる揚力以上の揚力を迎角の効果によって発生させる必要があるため、当然効率は悪化する。こういった理由もあり、アクロバットを目的とする航空機は、上下対象の仰角ゼロでは揚力を発生しない翼型の主翼を採用する例が多い。
一方、プロペラ機のプロペラにも同様のことが成り立つが、翼とは事情が異なる。可変ピッチ機構を持つプロペラの場合は、離着陸時や最高速度域ではピッチ、つまり回転方向に対する迎角を小さくし、一方でプロペラの回転数を上げる。ピッチ角を小さくし抗力を小さくして、プロペラの能率を最大限に高めるためである。一方で巡航時にはピッチ角を大きく取り、エンジンの回転数を下げる。プロペラそれ自体の効率を考えれば抗力が大きくなる分悪化するものの、エンジンの回転数を下げることにより燃費効率が上がる効果のほうがより大きいからである。
ヘリコプターにおいては、ローター(回転翼)の角度調整は極めて重要である。ヘリコプターが前進する時、回転するローターブレードの片方は機体と同じ方向に回転し大気との相対速度が大きく、もう片方は機体と逆方向に回転するため相対速度が小さい。よってローターブレードの左右で揚力の差が生じてしまう。よってヘリコプターには左右のローターブレードが発生する揚力を等しくするため、迎角を調整する装置が必要不可欠となる。
誤った解説
圧力と反作用の関係
テンプレート:節stub 揚力の解説の中には、反作用に言及が無いもの[1]や圧力分布に言及が無い、簡易なものがある。
なかには反作用と圧力分布の一方を否定するものがあるが、圧力差こそが反作用であり、当に誤解である。下記の参考文献にもそのようにも解釈できるものが含まれている。 光が波動性と粒子性という矛盾する性質を併せ持っていて、「粒子でありかつ波動である」などという単純な話ではないのと異なり、抗力も揚力も単純に接触応力が反作用というだけのことで、矛盾は無い。
圧力差の発生原理
翼の上下の圧力差の発生原因において、下記のような説明がなされることがある。
- 翼は下面より上面の膨らみのほうが大きい。翼の前方で上下に別れた気流は、翼の後方で同着しないといけない。よって、より距離の長い翼上面の方が流れが速く、ベルヌーイの定理によって気圧が下がり、揚力が発生する。
しかし、この説明には誤りがある。それは「翼の前方で上下に別れた気流は、翼の後方で同着しないといけない」という箇所である。気流が同着しないといけない理由は存在せず、また実際に観測しても同着していない[2]。
翼の上面の方が時間が短く[3]、ベルヌーイの定理によって、前述の説明より大きな揚力が発生する。マグヌス効果と同様である(クッタ・ジュコーフスキーの定理(揚力=流体の密度×流体の速度×循環の強さ))。
翼上面を下面よりも長すると、通常飛行時や離陸時には翼型と迎角によってベルヌーイの定理に基づく揚力が発生し、背面飛行の際は迎角を通常より大きく取って、翼型による負の揚力を上回ることで、必要な揚力を発生させている。やはりベルヌーイの定理に基づく揚力が発生する。飛行状態によって、揚力の発生原理が変化することはない。
抗力と揚力
抗力と揚力は、流体中にある個体が受ける実際の力の分力に対する定義である。しかしながら、その元々の、流れの方向に対し斜めの力に適当な名称が無いため、やむを得ず「揚力と抗力の合力」等という、いささか本末転倒な表現で説明する場合が有る。 なかには、「…揚力と抗力が生じ、翼はその合力を受ける。」という表現も見られるが、これは誤りである。文中の「合力」のほうが、本来の力である。前述の#揚抗比で説明した通り、揚力だけが独立して生じることは無い。抗力のみが発生し揚力がゼロである場合は理論的には無い訳ではないが(回転していない球など)、完全に揚力を無にすることは現実にはまず無理である。
注釈
参考文献
- 日本機械学会編『流れのふしぎ』講談社ブルーバックス ISBN 978-4062574525 p168-169 p156-161
- 石綿良三『図解雑学流体力学』ナツメ社 ISBN 978-4816343926 p218-219 p84-87
- 佐藤晃『よくわかる飛行機の基本と仕組み』秀和システム ISBN 978-4798028750 p55
- 水木新平・櫻井一郎 監修『飛行機のメカニズム』ナツメ社 ISBN 978-4-8163-4922-5 p8-34
関連項目
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