養殖業
養殖業(ようしょくぎょう、英語:aquaculture)とは、生物を、その本体または副生成物を食品や工業製品などとして利用することを目的として、人工的に育てる産業である。鑑賞や愛玩目的で育てる場合は含まない。狭義には水産業(養殖漁業)の一種で、魚介類や海藻などの水棲生物を、広義には、生物全般を育てることを指す。陸生植物に関しては栽培、哺乳類に関しては畜産あるいは酪農、鶏に関しては養鶏と呼ばれる。養殖するためには対象となる生物の生態を知る必要があり、養殖に成功するまでには時間がかかる。魚介類に関しては、卵あるいは稚魚、稚貝から育てることが多い。反面、人工的に稚魚が得る事が難しい魚種の場合、自然界から稚魚を捕らえて育てる蓄養も多く、その場合養殖であっても自然界の資源減少の要因とされている。
養殖の目的
ほとんどの場合、育てた生物自体の利用(主に食用)が目的だが、生物の育成によって、副次的に生成される物質の利用を目的とする場合(真珠など)もある。
完全養殖
生物の誕生から次世代への継続というサイクルをすべて人工飼育で実施することを完全養殖(かんぜんようしょく)という。例えば、魚類であれば、成魚から卵を採り、人工孵化の後に成魚にして、さらに成長し大魚から卵を採って人工孵化させることが出来ると完全養殖と呼んでいる。
完全養殖は親がどのように子を誕生させ、孵化させるのかという部分まで研究を行う必要があり、生態が明らかになっていない動植物、特に水中で生育する魚類では大変に難しい技術とされている。しかし、21世紀に入ってから、かつては、不可能とされていたウナギなどの魚介類での完全養殖の実験が成功し、特にクロマグロは長い期間をかけて完全養殖を商業的に成り立たせており[1][2]、今後の技術発展に水産業者の関心が集まっている。
しかし、完全養殖の世代を重ねること、養殖し易い特性を持つ遺伝集団が形成される反面、単一の形質をもつ遺伝的な多様性に欠ける集団となる。その結果、環境ストレスに対する耐性や耐病性を低下させると共に、継代人工種苗が親魚となった自然界での再生産のサイクルが良好に機能しない原因となっている可能性がアユでは指摘されている。しかし、遺伝的多様性を維持する為に、養殖メスと野生オスを交配させ次世代の種苗とする事で遺伝的多様性の維持をはかることが可能である[3]。
養殖される主な魚類
ウナギ(蓄養のみ)、タイ、ホタテ、カキ、ホヤなどが養殖されている。
- 養殖生産量のトップ5魚種
- 2004年農林水産省統計より
- 水産統計では魚種はひらがな表記であるが、リンクの便のためカタカナ表記とした
主産地
魚種によって生産地はまったく異なるが、生産金額では下記の地域が上位にランクされる。西九州、四国はいずれもタイ、ブリ類(ハマチ等)の養殖が盛んである。なお、海面漁業も含めると北海道がトップである。
養殖の問題点
- 生産過剰
- 養殖技術が確立され、稚魚から成魚になるまでの歩留まりが向上すると、生産過剰になり、成魚の市場価格が暴落する。ある魚種が収益が高いと注目されると多くの養殖業者がその魚種を取り扱おうとすることから生じ、また市場価格が低迷しているからといって長期間蓄養すると餌代金も無視できないので、安値でも出荷せざるを得なくなる。稚魚の確保に制約のある魚種の場合、一定のブレーキがきくが、幼生から養殖できる魚種の場合、その歯止めが利かない。
- 魚場汚染
- 餌の過剰投与、過密養殖等により、魚場の汚染が、かねてから指摘されている。陸と海とが入り組み、海流のおだやかな入り江で養殖されることが多いので、海流による浄化作用がききにくい。近年では餌も改良され、また投餌技術も進歩したため、食べ残し、汚染の少ない餌が用いられるようになっている。また、フグ養殖業者によるホルマリンたれ流し騒動もかつてはあった。
- 品質への不信
- 日本の消費者には天然物志向が極めて強く、「養殖物は何を食べさせているかわからない」という観念が支配的である。また、抗生物質など投与物への不信も根強いものがある。例えば、大日本水産会が2003年度(平成15年度)に行なった「水産物を中心とした消費に関する調査(若年層対象調査)」でも、養殖魚は海水汚染の問題や魚病対策に使用される抗生物質・抗菌剤残留など、多くの消費者が不安を抱いていることがわかった。
- 養殖業者では餌の改良など食味の改良に取り組み、品質の向上に努めている。また、関係団体では消費者への広報活動等も行っている。なお、養殖業者においては「何を餌に食べているかわからない天然物より食べさせた餌のはっきりしている養殖物の方が安心」と主張している。
- 資源の減少
- 養殖というと、全てを人工的に供給しており、自然界の資源減少には与していないと思われがちであるが、実際にはマグロ類やウナギなどでは自然界から稚魚を捕獲して育てる蓄養という手段で養殖しており、クロマグロの極一部が完全養殖されている他は、商業ベースでの完全養殖に至っておらず、資源減少の要因として非難されている。また、餌に使うマイワシも自然界から捕ったものであり、しかも人間の食用よりも肥料や養殖の餌としての消費の方が多いという問題もある。
- ブランド化
- 外国産水産物との競合
- 外国産の水産物が多量に流入し、これらとの競合に揉まれている。
- 遺伝的多様性が欠如した集団の形成
- 世代を重ね交配していく事で、遺伝的多様性は薄れ画一的な個体群が形成されていく。この、遺伝的な多様性に欠ける個体群は感染症に対する耐性が弱くなっている場合があり、感染症が蔓延しやすい。また、自然環境への放流後の環境対応力が薄れていくことが指摘されている。一方、多様性が維持できている個体群であれば感染を免れ生存する個体があり全滅の可能性を低くできる[3]。
脚注
関連項目
外部リンク
- ↑ 世界初、ウナギを完全養殖に成功
- ↑ 近畿大学クロマグロの完全養殖
- ↑ 3.0 3.1 井口恵一朗:アユを絶やさないための生態研究 日本水産学会誌 Vol. 77 (2011) No. 3 P 356-359