ヒロイック・ファンタジー
ヒロイック・ファンタジー(テンプレート:Lang-en-short)は、ファンタジーのサブジャンルのひとつ。1963年にL・スプレイグ・ディ=キャンプが編集したアンソロジーの副題にこの言葉が初めて用いられた。またその内容から「剣と魔法」(テンプレート:Lang-en-short)という別名で呼ばれることもあり、こちらはフリッツ・ライバーによる命名である。
ディ=キャンプによる定義
ディ=キャンプ自身の言葉を借りるならば、ヒロイックファンタジーとは「魔法が働き、近代科学や技術がまだ発見されていない空想世界を舞台にした戦いや冒険の物語」である。それはしばしばヒーローが住む国、時には世界全体の運命と関わる壮大な冒険となり、善と悪の対立と最終的な善の勝利をモチーフとする。
架空の世界を主な舞台としている点ではハイ・ファンタジーに分類しうるものであるが、「ヒロイック・ファンタジー」という言葉で分類された場合、英雄がその超人的な力をもって悪と戦い勝利する物語という意味合いが強い。再びディ=キャンプの言葉を借りれば、「それは現実逃避小説であり、読者は現実世界を離れ、男は全て強く、女は全て美しく、人生は全て冒険に満ちており、全ての事柄が単純明快である世界へと抜け出す。そこでは誰も所得税だの、落ちこぼれ問題だの、公共医療制度だのを問題にしない」(引用は1967年エース版「コナン」序文より)。
歴史
発端
19世紀から20世紀にかけての英国で、ウィリアム・モリス『ユートピアだより』などの中世風ロマンスや、デイヴィッド・リンゼイ『アルクトゥールスへの旅』、E・R・エディスンの『ウロボロス』などの幻想小説、ロード・ダンセイニの異世界風作品が執筆されファンタジー世界の基礎が築かれた。一方アメリカにおいては、ジェイムズ・ブランチ・キャベル『ジャーゲン』が独特の神話世界を描き出し、ジャック・ロンドン『太古の呼び声』のような古代冒険小説が古代世界への憧憬を強めた。
上記のような背景の中で1930年代のアメリカで「ウィアード・テールズ」、「アンノウン・ワールド」などのパルプ誌が興ると、
などの大衆向けファンタジー冒険小説が次々と発表され、その中でも
- ロバート・E・ハワード:「英雄コナン」シリーズ
が大いに人気を博した。以後、英雄コナンシリーズを模倣して
- C・L・ムーア:「処女戦士ジレル」
- ヘンリー・カットナー:「アトランティスのエラーク」シリーズ
- フリッツ・ライバー:「ファファード&グレイ・マウザー」シリーズ
- L・スプレイグ・ディ=キャンプ:「ハロルド・シェイ」シリーズ
- ノーヴェル・W・ペイジ:「炎の塔の剣士」シリーズ
などの作品が発表され、独特の世界観を持った「ヒロイック・ファンタジー」というジャンルが確立された(ただし用語としての成立は前述の通り1963年)。これらは、1940年代にパルプ誌の衰退とともに発表の場を失い、一旦消滅した。
再流行
第二次世界大戦後英国でのJ・R・R・トールキン「指輪物語」の爆発的な流行がアメリカに伝わり、またかつてのヒロイック・ファンタジーの名作がペーパーバック本で再版されると、1960年代に再びファンタジー・ブームが起こる。ファンタスティックなどのファンタジー専門誌も再び現れ、ヴァランタイン出版社は「ヴァランタイン・アダルト・ファンタジー」と称するシリーズでペーパーバック本を次々と発売した。その中で
- マイケル・ムアコック:「エターナル・チャンピオン」シリーズ
- ジョン・ジェイクス:「戦士ブラク」シリーズ
- リン・カーター:「レムリアン・サーガ」シリーズ
- アンドレ・ノートン:「ウィッチワールド」シリーズ
- ジャック・ヴァンス:「魔王子」シリーズ
などのヒロイック・ファンタジーが発表された。
1970年代になると、ファンタジーは成熟期を迎え、アーシュラ・K・ル=グウィン、デイヴィッド・エディングス、パトリシア・A・マキリップ、ピアズ・アンソニイなどがハイ・ファンタジーの隆盛を築いた。これらの作品にもヒロイック・ファンタジーから受け継いだ要素が少なからずあるが、作品の世界観・ストーリー・人物描写・テーマなどは、全て技巧を凝らした精緻なものに変化しており、もはやヒロイック・ファンタジーのごとき「全ての事柄が単純明快である」お気楽な勧善懲悪の物語は通用しなくなっていった。かつての意味でのヒロイック・ファンタジーは衰退したといえる。
日本への紹介
日本への紹介は、1970年(昭和45年)に団精二(荒俣宏の筆名)と鏡明がロバート・E・ハワードの『英雄コナン』シリーズを翻訳したことからはじまった。「魔道」「魔道士」はこのときの荒俣の造語である。他のヒロイック・ファンタジー作品も多く翻訳されたが、その後ほとんどが絶版となった。 1970年代以降には、主にSF作家によってヒロイック・ファンタジー作品が発表され、主なものとして
がある。
2000年代に入りファンタジーブームは終息したが、絶版となっていた英雄コナンシリーズは2006年(平成18年)に26年ぶりに新訳で再刊された。また、2007年(平成19年)には英雄コナンを基にしたアクションゲーム「CONAN」が発売された。
ヒロイック・ファンタジーとロールプレイングゲーム
1974年、「中世風ファンタジーウォーゲーム」と称したダンジョンズ&ドラゴンズが発売された。その後、ダンジョンズ&ドラゴンズの成功に乗じてトンネルズ&トロールズ、ルーンクエストなどが発売され、ロールプレイングゲームはファンタジーブームに乗って大いに普及した。これらのゲームの多くが、ファンタジー世界での剣と魔法による冒険をテーマにしており、ヒロイック・ファンタジーに多くの影響を受けている。ドラゴンクエストのように「ヒロイックアドベンチャーを体験しよう」と、ヒロイック・ファンタジーをテーマにしていることを標榜している商品もある。そのうちドラゴンランスシリーズやフォーゴトン・レルムシリーズのようにロールプレイングゲームを基にしたファンタジー小説も発表された。日本ではロードス島戦記などが名高い。これらの小説は、ヒロイック・ファンタジーとして書かれたものでないにもかかわらず、ロールプレイングゲームを通して多くのヒロイック・ファンタジー的要素が隔世遺伝しており、これらをヒロイック・ファンタジーの亜種として考える向きもある。
また1980年代になって、ロールプレイングゲームを基にしたコンピュータRPGが生まれた。当初はパーソナルコンピュータ向けのゲームとして広まったが、ファミリーコンピュータなどのコンシューマーゲーム機の流行の中で爆発的に広まり、現在もMMORPGなどを中心に隆盛を極めている。