匿名掲示板
テンプレート:複数の問題 匿名掲示板(とくめいけいじばん)とは、ほとんどの投稿者が本名を名乗らず、意見や感想を投稿する電子掲示板のこと。仮名やペンネームに相当するハンドルネームを名乗って意見を交換する。このため、個人情報を秘匿して書き込むことができる。実名を名乗って書き込む電子掲示板に対する用語。世界の電子掲示板を見ると、国ごとに匿名が主流か否かが異なる。
概説
本来はウェブサイトの管理者がリモートホスト情報などを取得・保存をしていない電子掲示板のことを指す。ゆえに、現在の使用法は誤用表現の伝播といえよう。広義には、実名ではなくハンドルネームを使って書き込むという発想が定着した電子掲示板を指すという解釈もあるテンプレート:誰2。しかし、ネットワーク上で用いられる仮名の役割を果たすハンドルネームが、現実世界での実名に匹敵する一種のアイデンティティを生んでいると感じている人も少なからずいる。そのため、解釈によっては「匿名掲示板」とは特定ネットユーザーの書き込みを判別することが難しいハンドルネームを用いなくても書き込みをすることが可能な掲示板を意味する場合もある。日本国内の例を挙げると、「匿名」という名称から個人を特定できないテンプレート:いつ範囲の2ちゃんねるを『匿名掲示板』と呼称していた者が、その名残として現在でも使用している場合が多い。なお、Yahoo!掲示板のように、登録制であっても登録と書き込みに実名を要しない電子掲示板も狭義の「匿名掲示板」に含められる場合がある。
しかしながら、ネット上では複数のハンドルネームを使い分けることは可能であり、また便宜上異なるハンドルネームを使用しなければならない場合もあり、この世に一つしかない実名を使うことによって発生する現実世界のアイデンティティと異なるのは言うまでもない。
ごく僅かではあるが、記事投稿の際に名前欄が存在しないため、実名・ハンドルを問わず「名前」を使用することができない掲示板も存在する。このような掲示板では、発言者のアイデンティティが存在し得ない、対人としてのコミュニティは行われず対記事としてのコミュニティが行われる、など既存のコミュニケーション手段とは異なった現象が発生する。匿名掲示板の考え方をさらに推し進めたものであると言える。
歴史
以下、日本国内の状況を時系列にまとめる。
パソコン通信時代の電子掲示板と言えば「草の根BBS」や「フォーラム」と呼ばれるものが主体であった。当時は、パソコン通信の利用者も少なく現実世界の延長線上として実名で何かを投稿するものが多く、それが慣例化していた。これは、ほとんどの場合管理者が投稿者の個人情報を掌握していたことや、限られた閉鎖的な空間で、不特定多数の人間に自分の意見が観察されるという懸念もない安心感があったからと推測される。
1990年代半ばからグローバルな開かれた通信網のインターネットの発達により、パソコン通信は廃れ、同時にパソコン通信による実名で投稿するようなBBSや形式も廃れた。一般向けサービスが拡充されたことによって、インターネット利用者も莫大に増え、不特定多数の見ず知らずの人間と交流することも多くなった。そのため、インターネット上で限られたメンバーのみとの交流を図りたい場合、実名で書き込むことは難しいと考えられはじめ、また、インターネットの特質上容易に書き込みやすい反面揉め事も起きやすく、実名で事件が起きると大きな精神的被害を受け、時には現実的な被害を生む不安が生まれた。そういった掲示板でのコミュニケーションの円滑化を目的としたネットユーザーや、ネット上でちょっとした遊び心を出しやすい環境になった結果、ハンドルネームを常用する匿名掲示板という、現実世界とは一線を画したインターネットの文化が根付いた。
匿名掲示板の意義
多発している銀行やクレジットカード会社の個人情報漏洩事件から個人情報保護意識が高まっていることもあり、特に団体や組織のバックアップのないユーザーにとって、ネット上で見ず知らずの何者かに自己を特定されてしまう懸念はとても強いものになっている。それを示すように、個人情報である住所、電話番号、氏名などが書き込まれた場合、その情報が削除される掲示板は多い(ただし、単に氏名のみの公開では、それが悪戯であっても「どこの誰かが特定できない」と言う理由で削除されない場合もある)。実際に、個人情報が掲示板上に書き込まれることによって、不特定多数からその人に対してのイタズラが立て続けに起こることがある。
また、書き込み内容から個人の政治的思想や性的嗜好も知りうるため、当人とは何の縁もない者でもそれに尾ヒレを付けて歪曲し、大げさに誹謗中傷や名誉毀損・侮辱的発言を行うことが可能である。さらに一度流れ出た情報を止めることは不可能なので、未然にそういった被害から個人の身を守るためには一定の匿名性を確保されなければならないという声もあるテンプレート:誰。
匿名性が確保されているため、現実世界では言いづらい発言をすることも可能である。例えば企業犯罪や組織犯罪などの内部告発を行う、劣悪な労働環境を公にしやすい、世間体に縛られずに自由な議論を出来る、といった有益な利用が可能な面も存在する。従って、現実世界で発言した場合に過激団体から狙われるような政治的発言も行える自由がある。
ハンドルネームやIDさえも用いない匿名掲示板の場合、発言者がその掲示板内においても同一性を保てないため、個人攻撃やメンバーの固定化を生む対人コミュニティそのものが形成されず、議題そのものからぶれることなく議論が続けられる。
問題
匿名掲示板は、自分の本名ではない匿名でのやり取りが行われるだけに、自己の体裁やメンツを守る必要・発言に対する責任を取る義務が無い為、一般社会ではあまり見る事は無い乱暴な表現が日常的に用いられるという特徴を持つ。目の敵にする特定の個人・有名人や団体、ないしは民族や人種といった、ある属性の不特定多数を攻撃またそれを煽動する目的で誹謗中傷やデマを書き込む者もいる。 また事実であると確信して書き込んだ内容であっても、実際は異なった事実である場合もある。明らかに間違っている事実でない限り、匿名掲示板で安易にそれが間違いであると指摘しても、余程の根拠がない限り間違った事実であるという認識が広まりにくい。また、匿名であるためその発言者は隠れてしまい、反論することが出来ず間違った事実が事実として世間に広まる危険性もある。これはテレビや雑誌メディアでも共通して見られる問題でもある(=嘘も百回言えば真実となる・真実に紛れれば嘘の信憑性は高まる)。
現実世界でも過度な誹謗・中傷でもしない限り、法的な責任は問われない。これはネット上、特に匿名掲示板でも当てはまる。しかし、現実世界では社会的な責任を負わされるのに対し、匿名空間ではそのような社会的な制裁を回避することが出来る。そのため、誹謗・中傷する罪悪感の希薄化を指摘する声もあるテンプレート:誰。
具体的な匿名掲示板
日本における代表的な匿名掲示板には、あやしいわーるどや2ちゃんねる、ふたば☆ちゃんねるや16ch.net(以上、成立順)などがある。 テンプレート:See also
2ちゃんねるは、かつてIPログという投稿者のネット接続記録を取っておらず、投稿者の身元を特定できないという点で、まさしく本来の意味での匿名掲示板であった(ごく一時期ではあるが零細規模の匿名掲示板集である「るまサイト」でも完全匿名の掲示板を試験的に設置していたが僅か数日で廃止した)。それゆえ、それを逆手に取った犯罪まがいの悪用が絶えず、ついには売名目的での脅迫や名誉毀損が為されるなど社会問題にまで発展し、各掲示板の名無しさんが悪の権化のように取り沙汰された。そんな中、国民の知る権利を主張し、アクセスログを数日で消去すると宣言したプロキシチャンネルが登場した。
そのためだけではないが、テンプレート:いつ範囲IPアドレスのログを取得するようになり、犯罪予告や脅迫などが書き込まれた場合、警察が投稿者の身元を特定出来るようになった。したがって、現在の2ちゃんねるは「疑似匿名」である。しかしながら、現在でも犯罪予告が書き込まれることがある。また、管理人ひろゆきは、名誉毀損とされた事案、麻薬に関する事案に関しては、IPログを開示しておらず、賠償金の支払いも拒否し(2008年現在)、講演報酬が差し押さえられたこともある。これに対して、刑法を専門とする板倉宏・日本大学大学院教授は「なぜ、これまで損害賠償を命じてきた裁判所が、強制執行を行わないのか不思議だ」と指摘している。
政府の反応
テンプレート:節stub ネットの匿名性が、爆弾の製造法や集団自殺といった犯罪(爆破・襲撃などの犯罪予告といった威力業務妨害行為もこれに含まれると思われる)を誘発しているとして、2005年6月に総務省はネットを実名で利用するように喚起する方針を取ろうとした。主に、サイバー犯罪の被害者・加害者になりやすい小学生・中学生が対象となっている。
しかし、投稿者が本当に実名で書かれているかどうかを確かめることは難しく、実名利用が定着していく過程で、誰か有名人や嫌いな知り合いの名前を騙って陥れるような発言をすることもできる。また、虚構の名前であっても、赤の他人からそれが実名であるかを確かめる方法はなく、実質、実名であろうとなかろうと匿名のハンドルネームと同じではないかという批判もあるテンプレート:誰。韓国のように、国民番号を用いてネットユーザー1人1人に個人を特定できるIDを与え、それを入力しないとどこにもアクセスできない・掲示板に書き込めないなどの措置をとっている国もあるテンプレート:要出典。そういうシステムを作るには民間や個人の力だけでは難しく、公的な管理監視が必要であるため、政府による精神的自由権への侵害となり得る。また世界全体で実施しない限り意味はなく、現実的な政策であるかは疑問視されている。