御油駅
御油駅(ごゆえき)は、愛知県豊川市御油町西井領にある名古屋鉄道名古屋本線の駅である。manacaが使用可能。
駅構造
4両編成対応の相対式2面2線のホーム、パステルグリーンのアール屋根とアラバスターホワイト・ソリッドペイントの壁をもつ地上駅(駅集中管理システム:監視カメラとインターホン、管理駅は国府駅)。駅にトイレはない。道路からプラットホームまで階段のないバリアフリー構造である。駅から線路沿いのフェンスがブルーのソリッドペイントしてあるのは駅開設時からの伝統。
跨線橋や構内踏切はないため、上下ホームを行き来するには駅の横にある踏切を渡る必要がある。
右の写真にあるとおり、駅集中管理システム導入前は駅舎のないホームのみの駅であった。かつて、東岡崎方面のホームの入口近くに小さな待合室があったが、その待合室が解体されてからはホームのみの駅となっていた。
また、駅集中管理システム導入前には豊橋方面のホームの入口に桜の木があったが、駅舎を設置するため桜の木は切られることになり、切られる直前には、国府駅長が「長年、皆様に親しまれ、愛されてきた御油駅の桜の木は、駅舎設置に伴い、伐採されますのでお知らせ致します。」という内容の張り紙を貼った。
当駅で購入は不可能だが(豊橋駅、金山駅、名鉄名古屋駅で発売)「なごや特割2平日」(2枚組み1740円)[1]「なごや特別2土休日」[2](2枚組み1540円)利用可。なお名鉄名古屋駅までの大人1人の運賃は980円であり、なごや特割2平日1枚あたり110円、なごや特割2土休日1枚あたり210円差がある。
ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | ■名古屋本線 | 下り | 東岡崎・名古屋・岐阜・犬山方面 |
2 | ■名古屋本線 | 上り | 豊橋・豊川稲荷方面 |
当駅は普通列車しか停車しないため、豊橋駅へ行くには最低1回乗り換えが必要となる。
配線図
駅周辺
旧東海道の旧観を残す「御油の松並木」は、観光地となっている。また、西側を並走する国道1号沿いにはロードサイド店舗が多い。
- 名勝
- 公共・文教施設
- 商業・金融機関
- 東海カントリークラブ
- 山田や(老舗の和食仕出し屋で、東海道をテーマとした歌川広重の版画のうち後期の作品に登場する。御油郵便局の近く)
- ヤマナカ御油店(スーパーマーケット)
- マルイチ御油店(スーパーマーケット)
- 豊川信用金庫御油支店
バス路線
駅前には広いスペースがないためバス停は設置されていないが、駅から北東へ約150mのところに豊川市コミュニティバス(御油地区地域路線ごゆりんバス)の「東沢2区集会所」バス停がある。
利用状況
愛知県の統計によれば、1日平均の乗車人員は、平成20年度325人である。愛知県内の名古屋本線の駅では、55駅中52位である。
歴史
全国各地で見られる鉄道会社が造成した街とは異なり、もともと400年以上前から東海道五十三次の御油宿場駅として発展。過去には御油城もあった。
しかし、東海道本線は御油宿を経由せず、1888年 - 1948年の間は、現在の愛知御津駅が、御油駅を名乗っていた。この理由について、「当初の敷設計画では東海道に沿い現在の豊川市御油町経由であったが、当時、鉄道といえば汽車の時代だったため、汽車の黒煙が洗濯物・布団に付くことや徒歩や乗馬往来の減少との宿場町故の反対運動があり、結果として、豊橋 - 熱田間の東海道本線が蒲郡経由に変更され、海側に外れることで東海道経路上には沿わないこととなった」という俗説がしばしば語られているが、反対運動の裏付けになる資料がなく、当初より勾配を避けるために蒲郡経由で敷設される方針であったことが明らかにされている。詳しくは御油宿および鉄道と政治#鉄道忌避伝説の項を参照。
その後、東海道本線の複線化着工前、時代に乗り遅れた御油等の東海道の旧宿場町は、豊橋~熱田間で単線並列での官鉄路線誘致を進めたが、実現せず、愛知電気鉄道の開通を待つしかなかった。
- 1926年4月1日 - 愛知電気鉄道により本御油駅として開業。
- 1949年3月1日 - 御油駅に改称。
- 1967年3月1日 - 無人化。
- 2005年12月14日 - 駅集中管理システム開始及びトランパス導入。
- 2011年2月11日 - ICカード乗車券「manaca」の供用を開始する。
- 2012年2月29日 - 「トランパス」の供用を終了する。