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テンプレート:Infobox 黒磯市(くろいそし)は、かつて栃木県北部にあった市である。旧那須郡。2005年1月1日に那須郡西那須野町、塩原町と新設合併し那須塩原市となったため廃止した。
目次
地理
隣接していた自治体
歴史
- 1912年(明治45年)4月1日 那須郡東那須野村の一部が分立し、那須郡黒磯町が発足。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 那須郡黒磯町・鍋掛村・東那須野村・高林村が新設合併し、那須郡黒磯町が発足。
- 1970年(昭和45年)11月1日 - 市制施行、黒磯市となる。
- 2002年(平成14年)1月1日 - 大田原市と境界変更。
- 2004年(平成16年)12月31日 - 大田原市と境界変更。
- 2005年(平成17年)1月1日 - 那須郡西那須野町・塩原町と新設合併し、那須塩原市となる。
人口
人口推移
- 1980(昭和55)年 - 46,574人(国勢調査)
- 1985(昭和60)年 - 49,742人(国勢調査)
- 1986(昭和61)年 - 50,120人(推計)
- 1987(昭和62)年 - 50,693人(推計)
- 1988(昭和63)年 - 51,035人(推計)
- 1989(平成元)年 - 51,569人(推計)
- 1990(平成2)年 - 52,344人(国勢調査)
- 1991(平成3)年 - 53,129人(推計)
- 1992(平成4)年 - 54,153人(推計)
- 1993(平成5)年 - 54,971人(推計)
- 1994(平成6)年 - 55,533人(推計)
- 1995(平成7)年 - 56,275人(国勢調査)
- 1996(平成8)年 - 56,842人(推計)
- 1997(平成9)年 - 57,379人(推計)
- 1998(平成10)年 - 57,968人(推計)
- 1999(平成11)年 - 58,594人(推計)
- 2000(平成12)年 - 58,783人(国勢調査)
- 2001(平成13)年 - 59,450人(推計)
- 2002(平成14)年 - 59,911人(推計)
- 2003(平成15)年 - 60,436人(推計)
- 2004(平成16)年 - 60,794人(推計)
※人口は各年の10月1日現在
15歳以上就業者について
那須町への通勤率は12.5%である(那須町から黒磯市への通勤率は15.0%)。
当地に常住する15歳以上就業者は31,798人。うち他市区町村で従業している者は10,252人と、全体の32.2%である。他市区町村への従業先1位は那須町の3,982人、2位は大田原市の1,848人、3位は西那須野町の1,708人、4位は宇都宮市の550人、5位は黒羽町の404人、6位は東京都特別区部の339人、7位は塩原町の325人、8位は矢板市の308人、9位は福島県白河市の107人、10位は氏家町の44人。
※平成12年国勢調査による
行政
- (旧)黒磯町長
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 山口兵吉 | 1912年(明治45年)6月20日 | 1916年(大正5年)6月19日 | |
2 | 山口兵吉 | 1916年(大正5年)6月20日 | 1920年(大正9年)6月19日 | |
3 | 山口兵吉 | 1920年(大正9年)6月20日 | 1924年(大正13年)6月19日 | |
4 | 山口兵吉 | 1924年(大正13年)6月20日 | 1928年(昭和3年)1月3日 | 在任中死去[1] |
5 | 菊地恒八郎 | 1928年(昭和3年)2月1日 | 1932年(昭和7年)1月31日 | |
6 | 菊地恒八郎 | 1932年(昭和7年)2月1日 | 1935年(昭和10年)9月8日 | |
7 | 増淵万四郎 | 1935年(昭和10年)12月1日 | 1936年(昭和11年)5月20日 | |
8 | 植竹虎太 | 1936年(昭和11年)7月3日 | 1940年(昭和15年)7月2日 | |
9 | 植竹虎太 | 1940年(昭和15年)7月3日 | 1944年(昭和19年)7月2日 | |
10 | 植竹虎太 | 1944年(昭和19年)7月3日 | 1946年(昭和21年)2月10日 | |
11 | 七海熊吉 | 1946年(昭和21年)3月18日 | 1947年(昭和22年)3月3日 | |
12 | 真島昶 | 1947年(昭和22年)4月5日 | 1951年(昭和26年)4月4日 | |
13 | 真島昶 | 1951年(昭和26年)4月5日 | 1954年(昭和29年)12月31日 | (新)黒磯町の町長職務執行者に就任、町長選挙で落選[2] |
- (新)黒磯町長
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 渡辺俶 | 1955年(昭和30年)2月18日 | 1963年(昭和38年)2月17日 | (旧)黒磯町議会議長、医師[2][3] |
2 | 藤田庄司 | 1963年(昭和38年)2月18日 | 1967年(昭和42年)2月17日 | 元町議会議長、元高林村長[4] |
3 | 前田一郎 | 1967年(昭和42年)2月18日 | 1970年(昭和45年)10月31日 | 元助役、元鍋掛村長[5] |
- 黒磯市長
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 前田一郎 | 1970年(昭和45年)11月1日 | 1975年(昭和年)2月17日 | |
2 | 月江冨治郎 | 1975年(昭和50年)2月18日 | 1991年(平成3年)2月17日 | 元助役[5] |
3 | 藤田政壽 | 1991年(平成3年)2月18日 | 2003年(平成15年)2月17日 | |
4 | 栗川仁 | 2003年(平成15年)2月18日 | 2004年(平成16年)12月31日 | 初代那須塩原市長 |
出典:『栃木県町村合併誌 第三巻下』, p. 47、『黒磯市誌』, p. 251
姉妹都市
- ひたちなか市(茨城県)
- 那珂湊市と黒磯市が1990年11月に提携。
- 那珂湊市は合併してひたちなか市となった後、1995年11月に再提携。
- 黒磯市が合併して那須塩原市となった後も、2006年3月24日に再締結している。
交通
鉄道
道路
名所・旧跡・観光
出身有名人
脚注
参考文献
- 『栃木県町村合併誌 第三巻下』 栃木県、1956年3月。
- 『黒磯市誌』 黒磯市、1975年1月1日。
- 『栃木県歴史人物事典』下野新聞社 、1995年7月27日。
- 『日本の歴代市長 第一巻』歴代知事編纂会 、1983年11月25日。