長野県諏訪二葉高等学校

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長野県諏訪二葉高等学校(ながのけんすわふたばこうとうがっこう)は、長野県諏訪市にある公立高等学校である。

概要

  • 男女比が約4:6と、女子が多い。
  • 文化祭は「二葉祭」と称し、その名称は校名に由来する。
  • 2007年に創立100周年を迎えた。
  • 戦前の諏訪高等女学校時代には、国語学者大村はまが教壇に立っていた。
  • 生徒会名は二葉会、戦時中は「報国団」という名称であった。
  • 正面玄関前には3本のヒマラヤスギがある。
  • 正面玄関のステンドグラス「飛翔」は卒業生がデザインしたもの。
  • 創立100周年記念の際、卒業生で洋画家辰野登恵子の作品「UNTITLED(無題) 97-6」が寄贈され、正面玄関ホールに展示された[1]
  • 学校前庭に原村出身の彫刻家清水多嘉示の作品「すこやか」がある。
  • 二代校長は三村安治。
  • 三代校長は土屋文明

音楽会

  • 毎年6月には二葉の伝統行事、音楽会が行われている。
  • クラス毎の発表はもちろんのこと、有志演奏もあり、独唱ピアノマリンバギターなどの発表もある。

沿革

  • 1895年(明治28年)高島小学校に女子補習科を併設。修業年限1年。
  • 1901年(明治34年)4月 - 諏訪補習女学校開設。修業年限2年。初代校長、岩垂今朝吉。上諏訪町高島尋常小学校に付設。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 上諏訪町立諏訪高等女学校として開校。諏訪補習女学校廃止。高島小学校校舎を借用。この年を創立年とする。
  • 1909年(明治44年) - 岡見山校舎竣工。現、高島小学校第七棟。
  • 1917年(大正6年)4月1日 - 県立移管、長野県立諏訪高等女学校に改称。
  • 1920年(大正9年)4月1日 - 長野県令38号により、長野県諏訪高等女学校に改称
  • 1933年(昭和8年) - 旧校舎竣工。現在地へ移転。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革により、長野県諏訪二葉高等学校となる。校章制定。
  • 1953年(昭和28年) - 校歌制定。
  • 1955年(昭和30年)ブロンズ像「すこやか」建設
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 男子第一期生入学(86名)
  • 1989年(平成元年)4月 - 全学年男女共学となる。
  • 2000年(平成12年)6月 - 本館取りこわし。
  • 2002年(平成14年)1月 - 新校舎竣工。
  • 2007年(平成19年)10月 - 創立百周年記念式典挙行。

教育目標

教育基本法及び学校教育法に基づいて、国家並びに社会の有為な形成者として、真理と正義を愛し、勤労と責任を重んじ、自主、協調の精神に満ちた、心身共に健やかな人間の育成をめざす。

出身者

著名教職員

校章

の葉に高の文字。1948(昭和23)年、校名を長野県立諏訪高等女学校から現在の諏訪二葉高等学校に改めると同時に制定された。梶の葉は諏訪明神の紋所に由来。隣の諏訪清陵高校も同様に梶の葉の校章。

校歌・応援歌

最寄駅

脚注

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関連項目

外部リンク

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