真宗大谷派

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テンプレート:特殊文字 真宗大谷派(しんしゅうおおたには)は、浄土真宗宗派の1つで、宗教法人法による包括宗教法人である。 テンプレート:-

概要

京都府京都市下京区烏丸通七条にある「真宗本廟」(通称、東本願寺)を本山とし、法人事務所を「真宗大谷派宗務所」と称し、同地に置く。法人の代表役員は、宗務総長が務める。

別院、教会を含む所属寺院数は、約8,900寺[1]。「大谷派」・「大派」・「谷派」と略称される。

浄土真宗系の教団で結成する「真宗教団連合」に加盟し、加盟団体と相互の連絡・提携を取る。また同連合の事務総局は2年ごとに移管し、真宗大谷派宗務所と浄土真宗本願寺派宗務所が担当する[2]

宗派名は、「浄土真宗本願寺派」(通称、西本願寺)との区別の便宜上、通称「お東さん」・「お東」と呼ばれる。同様に、本山の通称[3]である「東本願寺」を宗派名の意で用いる場合もある。

なお、東京都台東区の「浄土真宗東本願寺派 本山 東本願寺」を本山とする「浄土真宗東本願寺派」は、宗派の維持・運営をめぐる見解の相違により、1981年に真宗大谷派から離脱・独立した宗派で、両者は別の宗教法人である。(⇒お東騒動

宗教法人としての規則は、テンプレート:PDFlinkである。同規則第3条に、真宗大谷派の最高規定はテンプレート:PDFlink(以下、『宗憲』)としている。また『宗憲』第5条において、『宗憲』を最高規範と定めている。本ページは、『宗憲』に定められている事項を中心に要約・引用し、記述する。

歴史

本願寺教団の成立から「本願寺」の東西分立による本願寺教団分裂までの歴史の詳細は、「本願寺の歴史」を参照。

東西分裂以降

明治14年(1881年)、宗教団体法の規定により、宗派名が「真宗大谷派」と定まる。(法主は、第二十一代 嚴如[4]

昭和37年(1962年)7月、真宗同朋会運動発足。(宗務総長は、訓覇信雄〈くるべしんゆう〉)

運動のテーマは、「真宗同朋会運動とは、純粋な信仰運動である」、「家の宗教から個の自覚の宗教へ」である。

昭和44年(1969年)4月、第24代法主闡如が「私が兼務している法主本願寺住職・管長のうち、管長職だけを長男光紹新門に譲る」と発表した「開申事件」を契機に、教義解釈や宗派運営の方針、財産問題等を巡り、大谷家と改革派が主導する真宗大谷派内局とが対立する。(詳細は「お東騒動」を参照。)

昭和56年(1981年)6月11日、新「真宗大谷派宗憲」(新宗憲)発布。宗憲改正にともない、「法主」を廃して「門首」を新たに設け、本願寺住職及び管長の役職を廃止した。

昭和62年(1987年)12月、内局(宗務総長及び参務で組織される。)は、宗教法人法に基づいて「宗教法人 本願寺[5]」を解散の登記[6]を行い、「宗教法人 真宗大谷派」に吸収合併する。当時の法主は、第二十四代法主 闡如。合併により真宗大谷派の本山としての礼拝施設となり、正式名称を「真宗本廟」と変更する。また、「東本願寺」の通称も公式に併用している。 テンプレート:節スタブ

運営の目的

『宗憲』第2条に「本派は、宗祖親鸞聖人の立教開宗の精神に則り、教法を宣布し、儀式を執行し、その他教化に必要な事業を行い、もって同朋社会を実現することを目的とする。」と定める。

運営の根幹となる方針(『宗憲』の前文より抜粋)

同朋社会の顕現
すべて宗門に属する者は、常に自信教人信[7] の誠を尽くし、同朋社会の顕現[8] に努める。
宗本一体
宗祖親鸞聖人の真影を安置する真宗本廟は、宗門に属するすべての人の帰依[9]であるから、宗門人はひとしく宗門と一体としてこれを崇敬護持する。
同朋公議
宗門の運営は、何人の専横専断をも許さず、あまねく同朋の公議公論に基づいて行う。

本尊

本尊[10]
阿弥陀如来一仏を本尊とする。
本尊とともに安置する影像[11]
寺院などに安置する影像は、「正法弘通の恩徳を謝するため、宗祖親鸞聖人、聖徳太子七高僧及び歴代門首の影像を安置する。」と定める。

正依の聖教

正依の聖教は、以下のとおりである。

浄土三部経

テンプレート:Sister テンプレート:Sister テンプレート:Sister 下記の経典を総称して「浄土三部経」と呼ぶ。

七高僧論釈章疏

七高僧の論釈章疏[12]

インド

テンプレート:Sister テンプレート:Sister 龍樹

テンプレート:Sister 天親

中国

テンプレート:Sister 曇鸞

道綽

善導

日本

源信

源空(法然)

宗祖聖人撰述

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その他の聖教

以下の書籍・消息(手紙)は、『宗憲』に定められる「正依の聖教」には含まれないが、真宗大谷派の聖典である『真宗聖典』に収録され教化などに用いられる。

親鸞消息

  • 『親鸞聖人御消息集』(広本)
  • 『御消息集』(善性本)
  • 『親鸞聖人血脈文集』(「血脈文集」)
  • 『末燈鈔』従覚編
  • 「御消息拾遺」[23]

恵信尼

  • 『恵信尼消息』

唯円[24]

覚如

  • 『執持鈔』
  • 『口伝鈔』
  • 『改邪鈔』
  • 本願寺聖人伝絵』(『御伝鈔』[25]
  • 『報恩講私記』(『式文』)

存覚

  • 『浄土真要鈔』
  • 『歎徳文』(たんどくもん)

蓮如

  • 『正信偈大意』
  • 御文
    • 『五帖御文』
    • 『夏御文』(げのおふみ)
    • 『御俗姓』
  • 『改悔文』[26]
  • 『蓮如上人御一代記聞書』 - 蓮如の言行録

聖覚

  • 『唯信鈔』

隆寛

  • 『後世物語聞書』[27]
  • 『一念多念分別事』
  • 『自力他力事』

著者不明[28]

  • 『安心決定鈔』

源信[29]

  • 『念仏法語』(『横川法語』)

源空(法然)

テンプレート:Sister 聖徳太子[30]

本山

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真宗本廟
真宗大谷派は、「真宗本廟」をすべての寺院及び教会の本山と定めている。大谷派に属するすべての個人及び団体は、これを崇敬[31]護持[32]しなければならないとする。
また「真宗本廟」は、宗祖である親鸞の真影を安置する「御影堂」および「阿弥陀堂」を中心とする聖域であって、本願寺とも称し、本派の崇敬の中心、教法宣布[33]の根本道場[34]であるとする。
大谷祖廟
また大谷祖廟は、宗祖聖人墳墓の地であって、大谷派に属する者は、これを敬仰[35]護持しなければならないとする。

教義

「本派の教義は、宗祖親鸞聖人が、佛説無量寿経に基づいて、顕浄土真実教行証文類[21]を撰述して開顕した本願[36]名号を体とする往還二廻向[37] を要旨とする。」と『宗憲』第8条に定める。

教義の特徴

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門首

テンプレート:Notice 2024年現在、大谷暢顯門首(第二十五代・法名「淨如」)。

門首の地位
門首の地位は、真宗大谷派の僧侶及び門徒を代表して、真宗本廟の宗祖聖人真影の給仕並びに佛祖の崇敬に任ずることと、僧侶及び門徒の首位にあって、同朋とともに真宗の教法を聞信することである。
地位の継承
地位の継承は、宗会の議決した内事章範の定めるところによるとする[38]
門首の宗務に関する行為
門首の宗務に関する行為は、内局の進達により、下記の事項を行う。
  1. 本尊、名号、影像及び法名を授与すること。
  2. 儀式を主宰すること。
  3. 得度式及び帰敬式を行うこと。
  4. 宗会による宗務総長の指名を認証すること。
  5. 内局による審問院長の指名を認証すること。
  6. 宗憲改正を公示すること。
  7. 宗会招集の達示を発すること。
  8. 宗議会解散の達示を発すること。
  9. 褒賞を授与すること。
  10. 懲戒に処せられた者の減免及び復権を認証すること。
門首の行為と内局の進達
門首が、宗務に関する行為を行うときは、すべて内局の進達を必要とし、内局がその責任を負う。
門首に内局の進達事項を拒み、干渉することができない。門首が進達事項を拒否して宗務行為をしないときは、内局が臨時に代行できる。
門首の権能の限界
門首の権能の限界は、上記の宗務に関する行為のほかは、宗務執行に関する権能を有しない。
門首の代行
門首が内局の進達事項を拒み、進達を得ないで宗務に干渉したときは、内局は参与会と常務会の選定した門首代行を置くことを決定できる。

歴代

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大谷派御歴代
名前 生年月日 継承年月日 委譲年月日 命日 備考 脚注
宗祖 親鸞 承安3年4月1日
1173年5月14日
--- --- 弘長2年11月28日
1263年1月9日[39]
第三代覺如により「宗祖」に定められる。
覺信尼 元仁元年
1224年)?
建治3年
(1277年)
弘安6年11月24日?
1283年12月14日?)
大谷廟堂」初代留守職。
第二代 如信 嘉禎元年
1235年
--- --- 正安2年1月4日
1300年1月26日
第三代覺如により「第二代」に定められる。 [40]
覺惠 暦仁2年/延応元年頃
1239年頃)
弘安6年11月24日?
(1283年12月14日?)
徳治2年4月12日
1307年5月14日
「大谷廟堂」第二代留守職。 [41]
第三代 覺如 文永7年12月28日
1271年2月9日
延慶3年
(1310年)
貞和6年/観応元年
(1350年)
観応2年[42]1月19日
1351年2月15日
「本願寺」の実質的開基。
覺如は、退隠による委譲と存覺義絶による復職を繰返す[43]
存覺は、本願寺留守職には復職せずにの善如に委譲する。
[44][45][46]
存覺 正応3年6月4日
1290年7月11日
就任期間は脚注[43]を参照。 応安6年2月28日
1373年3月22日
第四代 善如 正慶2年2月2日
1333年2月16日
貞和6年/観応元年
(1350年)
康応元年2月29日
1389年3月27日
第五代 綽如 観応元年3月15日
1350年4月22日
康応2年/明徳元年
(1390年)
明徳4年4月24日
1393年6月4日
[47]
第六代 巧如 永和2年
1376年
応永元年
(1394年)
永享8年
(1436年)
永享12年10月14日
1440年11月8日
第七代 存如 応永3年7月10日
1396年8月13日
永享8年
(1436年)
長禄元年6月18日
1457年7月9日
第八代 蓮如[48] 応永22年2月25日
1415年4月4日
長禄元年6月18日
(1457年7月9日)
延徳8年
(1489年)
明応8年3月25日
1499年5月5日
本願寺中興の祖。
第九代 實如 長禄2年8月10日
1458年9月17日
延徳8年
(1489年)
大永5年2月2日
1525年2月23日
第十代 證如 永正13年11月20日
1516年12月13日
大永5年2月2日
(1525年2月23日)
天文23年8月13日
1554年9月9日
第十一代 顯如 天文12年1月7日
1543年2月10日
天文23年8月13日
(1554年9月9日)
文禄元年[49]11月24日
1592年12月27日
テンプレート:See also
以降、東本願寺歴代 [50]
第十二代 敎如 永禄元年9月16日
1558年10月27日
(1558年11月6日[51]
文禄元年11月24日
(1592年12月27日)
慶長19年10月5日
1614年11月6日
文禄2年(1593年)9月16日、豊臣秀吉の命により一旦退隠させられる。
慶長7年(1602年)、徳川家康より烏丸六条に寺地を寄進され本願寺を分立して復職する。
第十三代 宣如 慶長7年
1602年
慶長19年10月5日
(1614年11月6日)
承応2年12月
(1654年1〜2月)
万治元年7月25日
1658年8月23日
第十四代 琢如[52] 寛永元年
1625年
承応2年12月
(1654年1〜2月)
寛文4年11月
(1664年12月
〜1665年1月)
寛文11年4月14日
1671年5月22日
第十五代 常如 寛永18年
1641年
寛文4年11月
(1664年12月
〜1665年1月)
延宝7年
(1679年)
元禄7年5月22日
1694年6月14日
第十六代 一如 慶安2年
1649年
延宝7年
(1679年)
元禄13年4月12日
1700年5月30日
第十七代 眞如 天和2年
1682年
元禄13年4月12日
(1700年5月30日)
延享元年10月2日
1744年11月5日
第十八代 從如 享保5年
1720年
延享元年10月2日
(1744年11月5日)
宝暦10年7月11日
1760年8月21日
第十九代 乘如 延享元年
1744年
宝暦10年7月11日
(1760年8月21日)
寛政4年2月22日
1792年3月14日
第二十代 逹如 安永9年
1780年
寛政4年2月22日
(1792年3月14日)
弘化3年5月22日
(1846年6月15日)
慶応元年11月4日
1865年12月21日
第二十一代 嚴如[4] 文化14年3月7日
1817年4月22日
弘化3年5月22日
(1846年6月15日)
明治22年10月7日
(1889年10月7日)
明治27年1月15日
1894年1月15日
第二十二代 現如 嘉永5年7月27日
1852年9月10日
明治22年10月7日
(1889年10月7日)
明治41年11月
(1908年11月)
大正12年2月8日
1923年2月8日
テンプレート:See also
第二十三代 彰如 明治8年2月27日
1875年2月27日
明治41年11月
(1908年11月)
大正14年9月
(1925年9月)
昭和18年2月6日
1943年2月6日
第二十四代 闡如 明治36年10月1日
1903年10月1日
大正14年9月
(1925年9月)
平成5年4月13日
1993年4月13日
闡如の没後は、お東騒動による教団内部の混乱によって後継門首不在となる。
大谷演慧
(闡教)
大正3年11月14日
1914年11月14日
平成5年4月17日
(1993年4月17日)
平成8年7月31日
(1996年7月31日)
平成20年1月28日
2008年1月28日
門首不在期間は、鍵役の大谷演慧が「門首代行」を務める。
第二十五代 大谷暢顯
(淨如)
昭和5年3月27日
1930年3月27日
平成8年7月31日
(1996年7月31日)
現門首

組織

上記の基本方針に従い、種々の教化活動・社会活動・諸事業を展開している。

運営は、「中央」と「地方」の組織により行われる。それぞれの組織は、以下に示す通り三権分立(宗務機関〈「行政府」に相当〉・立法機関〈「立法府」に相当〉・司法機関〈「司法府」に相当〉)の形態を取る。

組織図

宗務機関 立法機関 司法機関
中央 内局 宗会 審問院
宗務総長 参務 宗議会 参議会 監察室 審問室
地方 教区教化委員会(教務所〈教区〉・別院 教区会 教区門徒会 紛議調停委員会
組教化委員会 組会 組門徒会 (査察委員)
寺院・同朋の会 寺院・教会 住職 門徒 ---
門徒

宗会

宗会」は、大谷派の最高議決機関であり、すべての予算、決算、条例案などを議決する。また、宗務総長を指名する(門首が認証する)。「宗議会」と、「参議会」の両議院で構成する。宗議会には、参議会に対する宗議会の優越が宗憲で定められている。

宗議会は、各教区の僧侶から選出される議員(65人以内)で組織する。宗議会には、その議長、副議長及び宗議会で互選した者の合計10人の参与会員で組織する参与会が置かれている。

参議会は、各教区の門徒から選出される議員(65人以内)で組織する。参議会には、その議長、副議長及び参議会で互選した者の合計10人の常務会員で組織する常務会が置かれている。

内局

内局」は、大谷派の宗務執行機関であり、宗会により指名された「宗務総長」、および五人の「参務」で組織する。

宗務総長は、真宗大谷派の教師の中から、宗会が指名し、門首がこれを認証する。この指名は、他のすべての議案に先だって、これを行うとする。また、宗教法人たる真宗大谷派の代表役員となる。参務は、真宗大谷派の教師の中から、宗務総長が任命し、宗務総長は、参務を罷免することができる。

2013年現在の宗務総長は、里雄 康意(大垣教区第17組 緑林寺住職)。 参務は、杉浦義孝(68)=愛知県豊田市、浄覚寺住職▽木越渉(56)=石川県かほく市、光専寺住職▽富田泰成(61)=愛知県稲沢市、妙用寺住職▽奥林暁(64)=大阪市福島区、南桂寺住職▽藤戸秀庸(61)=新潟県上越市、覚真寺住職。[53]

内局の職務は、以下の通りである。

  1. 予算を作成して宗会に提出すること。
  2. 宗憲及び条例の規定を実施するため、達令を制定すること。
  3. 懲戒に処せられた者の減免及び復権を決定すること。
宗務出張所
大谷派は、政府その他中央の諸機関との連絡及び首都における施策の調整をはかるため、東京都に東京宗務出張所を設けている。

董理院

董理院」は、宗義に関する重要事項を審議し、及び宗務総長の申報により、宗義に関する言説についての正否を判ずる。 董理院は、董理10人以内で組織する。 董理は、講師及び嗣講の中から、宗務総長が任命する。任期は4年。

審問院

審問院」は、大谷派の秩序を保持し、同派の規定による申立及び係争又は紛争に関する事項並びに僧侶の懲戒に関する事項について監察提訴及び審決を行う。

審問院には、大谷派の教師の中から、宗議会の同意を得た者について、内局がこれを指名した審問院長を1人置く。審問院長は門首が認証する。

地方宗務機関

国内を30の「教区」に分け、その下に420の「組」に分ける。また、海外に3つの「開教区」を設ける。

教区

地方の宗務を運営するため、全国を「教区」に分け、各教区に教務所長を置き、教務所を設けている。

教区の宗務機関として、教務所長を委員長とする「教区教化委員会」を置く。

教区の議決機関として、「教区会[54]」と「教区門徒会[55]」を置く。

地方宗務審査機関として、各組にて住職が互選した「査察委員」で構成される「紛議調停委員会」を教区に設け、宗務上の紛議について審査調停する。

連区

また、全国を5つの「連区」に分け、国内各教区の広域的な連携をはかり、各地域における聞法・弘教活動を一層推進することを目的として、連区制が定められている。

  • 北海道・東北連区 - 北海道・奥羽・山形・仙台・東京・三条・高田の7教区
  • 北陸連区 - 富山・高岡・能登・金沢・小松・大聖寺・福井の7教区
  • 東海連区 - 高山・大垣・岐阜・岡崎・名古屋・三重の6教区
  • 近畿連区 - 長浜・京都・大阪・山陽・四国の5教区
  • 九州連区 - 日豊・久留米・長崎・熊本・鹿児島の5教区

開教区

開教を必要とする地に開教区を設け、これに開教監督を置き、開教監督部を設けている。

別院

地域的偏頗はあるものの下記の通りほぼ全国に、各教区・開教区における教法の聞信・宣布の拠点として、国内に51寺院・海外に2寺院が「別院」として設置される。

設立の経緯は、下記の通りである。

  1. 宗祖や歴代門首等の旧蹟地、もしくは由緒地に設置される場合。
  2. 各地域における弘教の拠点地に設置される場合。
  3. 上記1、2の理由が複合的に作用して設置される場合。

別院は、教区、または開教区に所属する。

別院に住職1人を置き、「門首」がこれに当る。ただし、「門首」以外の者を住職とすることもできる。また、別院に「輪番」1人を置き、住職の職務を代掌し、宗教法人である別院の代表役員となる。

別院に院議会が置かれ、輪番が選定した院議会議員が置かれる。また、院議会に常議員会が置かれ、院議会で院議員の互選で選定される。

教区」を「」(そ)に分け、普通寺院、教会その他の所属団体を分属させている。ただし別院は、教区又は開教区の所属とする。組には、組長と数名の副組長を置く。

組の宗務機関として、組会で選出される組長を委員長とする「組教化委員会」を置く。

組の議決機関として、「組会[56]」と「組門徒会[57]」を置く。

教区・別院・開教区一覧

教学研究機関

真宗大谷派教学研究所

真宗大谷派付設の研究機関。2013年現在の教学研究所長は、蓑輪秀邦(福井教区 仰明寺前住職・仁愛大学名誉教授・高倉会館館長・鯖江市教育委員)。ちなみに本願寺派の教学研究調査機関の名称は、「本願寺教学伝道研究所」である[65]

隣接する高倉会館を会場に「高倉会館日曜講演」などを開催している。

所在地 - 京都市下京区高倉通六条上ル富屋町49-1([[[:テンプレート:座標URL]]34_59_40.25_N_135_45_47.81_E_scale:10000 位置情報]

親鸞仏教センター

真宗大谷派の研究交流施設。2013年現在の所長は、本多弘之(東京教区第1組 本龍寺住職)。

「親鸞思想の解明」・「親鸞聖人ご命日のつどい」などの開催、情報誌『アンジャリ』(年2回刊行)、機関紙『親鸞仏教センター通信』(年4回刊行)、研究誌『現代と親鸞』(年2回刊行)を発行している[66]

所在地 - 東京都文京区向丘1丁目13-7([[[:テンプレート:座標URL]]35_43_11.22_N_139_45_23.17_E_scale:10000 位置情報]

刊行物

以下は、真宗大谷派宗務所出版部(東本願寺出版部)発行の主な刊行物である[67]

聖典
『真宗聖典』 - 1978年10月初版[68]、編集・真宗聖典編纂委員会。
定期刊行物
『同朋新聞』[69] - 月刊機関紙
『真宗』[70] - 寺院向け月刊機関誌。一般門徒も購読可能。編集・真宗大谷派宗務所出版部。
『同朋』[71] - 一般門徒向け月刊聞法誌。編集・真宗大谷派宗務所出版部。
『ともしび』[72] - 月刊聞法誌。「高倉会館日曜講演」などの要旨が中心内容。編集・真宗大谷派教学研究所。
不定期刊行物
『教化研究』[73]。 - 1953年8月に第1号を発刊。2013年6月現在、継続刊行中。編集・真宗大谷派教学研究所。
叢書
「伝道ブックス」シリーズ[74]
「同朋選書」シリーズ[75]

関係教育機関

真宗大谷派学校連合会

連合会事務局…真宗大谷派宗務所教育部内

教育テーマ
「親鸞聖人によって開顕せられた浄土真宗の教えを建学の精神とし、それに基づく人間教育を教育理念として実践する。」
ともに生きる 人間であるために」

1965年(昭和40年)、真宗大谷派関係の学校連合会として結成される。

2005年(平成17年)11月20日、大谷ホールにて「真宗大谷派学校連合会結成40周年記念フォーラム」を開催する。

学校法人 真宗大谷学園

真宗大谷派が設立した学校法人[76]テンプレート:See

大谷保育協会

同宗派関係の保育園・幼稚園・児童福祉施設は約500園あり、「社団法人大谷保育協会」に加盟している。

協会事務局 - 真宗大谷派宗務所教育部内

教育テーマ - 「ともに生きともに育ちあう保育を実践しよう」

  • 大谷保育協会 地域別 加盟園数
    • 北海道 31
    • 東北 34
    • 関東・甲信越 72
    • 北陸 38
    • 東海 111
    • 近畿 67
    • 中国・四国 6
    • 九州 151

その他

  • 各教区が設置する教育機関
    • 三条真宗学院(新潟)
    • 金沢真宗学院(石川)
    • 名古屋真宗学院(愛知)
    • 大垣真宗学院(岐阜)
    • 大阪真宗学院(大阪)

その他

  • 2013年5月29日、前門首の4男の大谷光道氏が墓参を拒否されたとして、京都地裁に提訴をした[77]

脚注

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参考文献

関連項目

  • 東本願寺の時間 - 東本願寺提供のラジオの宗教番組
  • 浩々洞 - 清沢満之を中心とした真宗大学の学生らの私塾
  • 勤行 (真宗大谷派) - 門徒向けの勤行次第・作法
  • 法藏館 - 大谷派宗務所式務部編『大谷声明集』上・下や、大谷派式務部校閲『報恩講勤行集』など真宗大谷派が公認している声明集などを出版している。
  • 公開講座「聞」(金沢教区夏季仏教公開講座)

人物

外部リンク

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  1. 所属寺院数…『中外日報』2007年9月1日付を参考。本山が2007年11月に実施した、門徒戸数調査の対象寺院数より。対象寺院数は、8,871ヶ寺(別院、教会を含む)。開山・廃寺により変動するため寺院数は、約8,900ヶ寺とした。
  2. 2000(平成12)年度更新履歴”・“2002(平成14)年度更新履歴”・“2004(平成16)年度更新履歴”・“2006(平成18)年度更新履歴”・“2008(平成20)年更新履歴”・“2010(平成22)年更新履歴”・テンプレート:Cite web
  3. 本山の通称…本願寺の東西分立以降、教如を系譜とする本願寺(現、真宗本廟)は「東本願寺」と通称されている。本山の正式名称は、昭和62年(1987年)まで「本願寺派」・「大谷派」ともに「本願寺」であった。同年12月以降の正式名称は、「真宗本廟」である。
  4. 4.0 4.1 嚴如…旧字体が正式表記。「厳如」と新字体で表記する場合もある。
  5. 「宗教法人 本願寺」…「東本願寺」の正式な法人名。
  6. 宗教法人法に基づく「解散の登記」…『宗教法人法』第57条合併の登記・第58条解散の登記
  7. 自信教人信…一人ひとりにおいて浄土真宗の教えを常に受け止め直し、それを他の人とともに確かめてゆくこと
  8. 同朋社会の顕現…ともに阿弥陀仏の浄土に向かって歩む社会生活を実践し続けること
  9. 帰依処…依り所となる教えを確かめる大切な場所
  10. 本尊…『宗憲』第9条
  11. 安置する影像…『宗憲』第10条
  12. 論釈章疏…撰述の聖教
  13. 『十住毘婆沙論』「易行品」…全17巻の内、巻第五「易行品第九」のこと。
  14. 『浄土論』…正式名称『無量寿経優婆提舍願生偈』
  15. 『浄土論註』…正式名称『無量寿経優婆提舍願生偈註』
  16. 『観無量寿経疏』の各巻題は、『観経玄義分 巻第一』・『観経序分義 巻第二』・『観経正宗分定善義 巻第三』・『観経正宗分散善義 巻第四』である。
  17. 『往生礼讃』…首題・尾題ともに『往生礼讃偈』である。
  18. 『法事讃』…上巻の首題は、『転経行道願往生浄土法事讃』、尾題は『西方浄土法事讃』で、下巻は首題・尾題ともに『安楽行道転経願生浄土法事讃』である。
  19. 『般舟讃』…首題は『依観経等明般舟三昧行道往生讃』、尾題は『般舟三昧行道往生讃』である。
  20. 『観念法門』…首題は『観念阿弥陀仏相海三昧功徳法門』、尾題は『観念阿弥陀仏相海三昧功徳法門経』である。
  21. 21.0 21.1 『顕浄土真実教行証文類』…『教行信証』と略称する。
  22. 『浄土和讃』、『高僧和讃』、『正像末和讃』を総称して「三帖和讃」という。
  23. 「御消息拾遺」…編纂された消息集以外の単独で伝えられた消息を「御消息拾遺」とする。
  24. 『歎異抄』の著者…「歎異抄#作者」を参照のこと。
  25. 『御伝鈔』…『本願寺聖人伝絵』の詞の部分は、『御伝鈔』という。
  26. 『改悔文』…蓮如の作と伝えられる。
  27. 『後世物語聞書』(ごせものがたりのききがき)…著者については、不明で定説は無いが、隆寛によると推定されている。
  28. 『安心決定鈔』の著者については、定説はない。浄土宗西山派の流れをくむ者と考えられている。
  29. 源信の作とされる。
  30. 聖徳太子…親鸞は「和国の教主」と尊敬し、観音菩薩の化身として崇拝した。「和国」とは日本のこと、「教主」とは釈尊のこと。
  31. 崇敬…あがめうやまうこと。
  32. 護持…大切にまもり保つこと。尊んでまもること。また、「まもり保つ」は、次代に相続する(守り伝える)の意が含まれる。
  33. 教法宣布…仏の教えをあまねく行き渡らせること。
  34. 道場…仏法(仏の教え、仏)の修法の所の意。特に浄土真宗では、親鸞が「寺院」を開基せずに「草庵」において教化したことにちなみ、「道場」の語を用いる。
  35. 敬仰(けいぎょう)…謹んであおぐこと。うやまい尊ぶこと。
  36. 本願…阿弥陀如来の本願のこと。
  37. 往還二廻向…往相廻向還相廻向のこと。
  38. 内事章範によれば、門首は、世襲により宗祖の血統に属する嫡出の男系の男子が門首の長子、門首の長子の長子、門首の長子の子孫、門首の次子及びその子孫、これらの者以外の門首の子孫の順序でこれを継承する。これらに該当する者がないときは、門首は、最近親の血統の男子がこれを継承する。内事章範第1条
  39. 弘長2年11月28日は、ユリウス暦で1263年1月9日、グレゴリオ暦換算では1263年1月16日である。しかし弘長2年はまだ年を越していないので「1262年」と考え場合もあり、文献の「親鸞の示寂」の年の西暦を、新暦に基づいて「1263年」と表記する場合と、和暦(宣明暦)を基準とした「1262年」と表記する場合があるので注意が必要である。
  40. 弘安3年(1280年)、法灯を委任される。寺務は覺信尼・覺惠に委任する(『大谷本願寺通紀』)。
  41. 「唯善事件」…正安4年(1302年)、覺惠と唯善の間に起こった留守職就任問題。覺惠の死後、延慶2年(1309年)7月に青蓮院の裁定で決着する。
  42. 観応2年は、北朝の元号。南朝の元号は、正平6年。
  43. 43.0 43.1 覺如と存覺の留守職就任期間
    延慶3年(1310年)〜正和3年(1314年)…覺如
    正和3年(1314年)〜元亨2年(1322年)…存覺
    元亨2年(1322年)〜建武5年/暦応元年(1338年)…覺如
    建武5年/建武5年]]/暦応元年(1338年)〜暦応5年/康永元年(1342年)…存覺
    暦応5年/康永元年(1342年)〜貞和6年/観応元年(1350年)…覺如
  44. 延慶3年(1310年)、東国(関東)の門徒の了承を得て「大谷廟堂」留守職継承。
  45. 元亨元年(1321年)、「大谷廟堂」を寺院化し「本願寺」とする。
  46. 元弘元年(1331年)、『口伝鈔』を著し、「三代伝持の血脈(けちみゃく)」を表明し、法灯継承を主張する。(法脈…法然⇒親鸞⇒如信⇒覺如、血統…親鸞⇒覺信尼⇒覺惠⇒覺如)
  47. 綽如は、継承後まもなく寺務を巧如に委任する。
  48. 蓮如…大谷派では、「蓮」の「辶」(一点之繞)の部分が「辶」(二点之繞)で表記するのが正式(一点之繞と二点之繞を参照)。
  49. 文禄に改元されたのは、12月8日。文禄元年11月24日は、改元前で「天正20年」であるが「改元が布告された時点でその年の元日にさかのぼって新元号の元年と見なす場合」(改元#改元の種類を参照)に当てはまり、文献では、顕如の没年の年号を、文禄元年とする。
  50. 東西分立当時の正式名称は、東西ともに「本願寺」である。明治14年(1881年)宗教団体法の規定により、宗派名が「真宗大谷派」と定まる。
  51. グレゴリオ暦換算。
  52. 琢如…「琢」は、「」に「ヽ」を入れた旧字体(「硺」の「石偏」を「王偏」にしたもの)が正式な表記。
  53. …『毎日新聞』2013年10月21日付を参考。
  54. 教区会…教区に各組から選出される僧侶の代表で組織する。
  55. 教区門徒会…各組門徒会から互選された代表者である「教区門徒会員」で組織する。
  56. 組会…各寺院・教会の僧侶の主管者(代表)で組織する。
  57. 組門徒会…各寺院・教会の門徒の代表者である「組門徒会員」で組織する。
  58. 難波別院堺支院…昭和46年(1971年)まで、真宗大谷派堺別院。通称は、「堺南御坊」。
  59. 神戸別院(1)…旧神戸別院境内にある「慈光院」は、真宗大谷派神戸別院とは関係の無い寺院。(2004年11月2日、大阪高裁にて和解成立。)
  60. 神戸別院(2)…2008年の宗会により、宗教法人「姫路船場別院 本徳寺」が宗教法人「神戸別院」を吸収合併し、その合併にともなう契約案が可決される。
  61. 2010年4月1日、東本願寺沖縄別院設立にともない、沖縄開教本部を宜野湾市大謝名3丁目7-1から東本願寺沖縄別院内に移設統合。(テンプレート:Cite webテンプレート:Cite web
  62. 北米開教監督部…Higashi Honganji Shinshu Otani-Ha, USA Headquarters
  63. #304…Japanese American Cultural & Community Center(JACCC) room:304
  64. CEP…「Códigos de Endereçamento Postal」の略で郵便番号のこと。
  65. 本願寺教学伝道研究所
  66. 親鸞仏教センター > 出版物紹介
  67. 参考サイト…定期刊行物のご紹介|出版物等のご紹介・ご購入|東本願寺
  68. 『真宗聖典』初版 - NDL-OPAC - 書誌情報
  69. 『同朋新聞』 - NDL-OPAC - 書誌情報
  70. 『真宗』 - NDL-OPAC - 書誌情報
  71. 『同朋』 - NDL-OPAC - 書誌情報
  72. 『ともしび』 - NDL-OPAC - 書誌情報
  73. 教学研究所 編『教化研究』 - NDL-OPAC - 書誌情報
  74. 「伝道ブックス」シリーズ…NDL-OPAC
  75. 「同朋選書」シリーズ…NDL-OPAC
  76. 学校法人 真宗大谷学園 > 真宗大谷学園存立の精神
  77. 墓参また拒否…真宗大谷派・前門首の四男が提訴 - 読売新聞(2013年5月29日)