ピルトダウン人

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ファイル:Piltdown gang (dark).jpg
チャールズ・ドーソンらとピルトダウン人の頭蓋骨。後列の左から2人目がエリオット・スミス卿、3人目が発見者であるチャールズ・ドーソン、4人目がウッドワード卿。前列中央の白衣の人物はアーサー・キース卿。

ピルトダウン人(ピルトダウンじん、英語名:Piltdown Man)は、近代科学史上で最大のいかさまとして知られる、捏造された化石人類。「ピルトウン人 」と表記されることもまれにあるが、townではないため正しくない。20世紀初頭のイギリスイースト・サセックス州アックフィールド(Uckfield)近郊のピルトダウンにて「発見」され、20世紀の前半期の古人類学研究に多大な悪影響を与え、迷走させた。

当時の学名Eoanthropus dawsoni (エオアントロプス・ドーソニ。「ドーソンの、夜明けの人」の意)。 日本語では第一発見者の名から「ドーソン原人」、属名 Eoanthropus 漢訳で「曙人」などとも呼ばれた。

経緯

発見と研究

1856年ドイツネアンデルタール人類の化石人骨が発見されて以降、1891年にはインドネシアジャワ原人、1908年にはネアンデルタール人類に属するラ=シャペル=オ=サン人(La Chapelle-aux-Saints/発見地:同名)がフランスのリムーザン地方から発見されるなど、20世紀初頭から人類進化の過程が少しずつ解明されはじめたが、まだ充分に資料や知識が蓄積されていたわけではなかった。

そのような時代の1909年から11年にかけて、弁護士でありアマチュア考古学者でもあったイギリス人、チャールズ・ドーソンCharles Dawson)によってピルトダウンから発見された頭頂骨と側頭骨が、大英博物館ロンドン自然史博物館)のアーサー・スミス・ウッドワードの研究室にもたらされた。ウッドワード卿は1911年に自ら現地に赴いてドーソンと共同で発掘を行なっているが、この時にも後頭骨下顎骨の一部、石器のほか年代推定の根拠となる動物化石を発見し、その後も犬歯などの断片的な化石が発見され、それらを研究したウッドワード卿は発見された化石人骨に Eoanthropus dawsoni (エオアントロプス・ドーソニ〈la:ダウソニ〉)の学名を与えて発表した。「ドーソン(氏に由来)の、夜明けの人」との語義を持った名称である[1]

ファイル:Piltdown man.jpg
ウッドワード卿が復元したピルトダウン人頭骨。大きく膨らんだ脳頭骨と、突出した原始的な顎に注意。

その骨、その脳頭骨は現生人類を思わせるほど丸く膨らんで大きく、対照的に下顎骨は非常に原始的で類人猿のようであったが、臼歯咬合面の磨耗は人類特有の咀嚼によって生じたものであった。発達したと原始的なの特徴、伴出した動物化石等から、ウッドワード卿はピルトダウン人を更新世初期に由来する現生人類の最古の祖先と見なした。

これらの研究に当初から疑惑が無かったわけではない。ドーソンが自宅で骨を造っているのを見たという話が流れ、専門家の中でもボヘミア(現在のチェコ西部)生まれの米国人類学者アレシュ・ヘリチカ(Aleš Hrdlička)は下顎骨は類人猿のものであろうと唱えてピルトダウン人の化石を否定した。しかし実際は肯定する学者の方が多く、イギリス人類学界の大御所であったアーサー・キース卿(Arthur Keith)やグラフトン・エリオット・スミス卿(Grafton Elliot Smith)などの著名な学者の支持を得たこともあり、ピルトダウン人は現生人類の直系の祖先と認められた。

その後、世界各地で古人類化石が発掘された。1920年代には中国[2]北京原人が、南アフリカではアウストラロピテクス・アフリカヌスが発見され、その他にも様々な進化段階の化石が出土して、人類の進化の内容が次第に明らかにされてゆく。第二次世界大戦前では研究はまだ充分とは言えなかったが、人類はまず直立二足歩行が先に始まり、脳の進化はかなり遅れたらしいことが分かってきた。ピルトダウン人はそうした進化の流れから外れていて、ウッドワード卿が説いた更新世初期というような古いものではなく、更新世中期かそれ以降のものではないかとも考えられた。また、ピルトダウン人の化石が発見されたはずの地層からは、ドーソンの没した1916年以降一切の化石の出土が見られなかった。

それでも、戦前には化石は厳重に保管されて理化学的検査も認められなかったため、捏造を立証し得る確たる材料も無く、1940年代の終わりまでに250編もの論文が発表された。ピルトダウン人化石の正体が暴かれたのは、1950年のことである(1949年とする資料もある)。

フッ素法

骨が地中に埋もれると、土中の水分や地下水に含まれる微量のフッ素が骨組織内に入り込み、フッ素の含有量が増えていく。したがって、骨に含まれているフッ素の量を測定すればその古さを推定することができる。水分中のフッ素量は地域によって異なるため、遠く隔たった土地から出土した骨の比較や絶対年代の測定はできないが、同一地点や近接した地域から出たものの相対的な古さを知るには優れた方法である。

この手法は19世紀になってヨーロッパで断続的に行なわれるようになり、第二次世界大戦後に大英博物館のケネス・オークリー(Kenneth Oakley)によって確立された。

捏造の発覚

1950年、フッ素法によりピルトダウン人頭骨の検査が行なわれ、その骨が1,500年以内のもので、人類の祖先の化石とは言いがたいとの結果が導き出された。 加えて1953年には、オークリー率いるオックスフォード大学の研究者らによるいっそう精密な年代測定と調査・分析が行われ、その結果、下顎骨はオランウータンのものであり、臼歯の咬面は人類のそれに似せて整形されていたこと、古く見えるよう薬品と思われるものにより石器などとともに着色されていたこと、伴出した獣骨は他の地域の産であることなどが突き止められた。 類人猿の下顎骨は人骨とは決して接合できないものであるが、捏造犯は接合部分を巧妙に除去して矛盾を隠し、着色を施して偽装したとのことである。

こうして40年近くにわたって古人類学界を混乱させたピルトダウン人は捏造された化石であると断定され、事件は一応の決着を見た。 ただし、最初にドーソンからもたらされた頭頂骨と側頭骨は、後期更新世に由来する化石の現生人類(クロマニョン人の類)と考えられている。

捏造を見破れなかった原因

テンプレート:独自研究 優れた学識と経験を積んだ当時の専門家たちが、なぜこの捏造に気付くことなく、信じてしまったのであろうか。 それについてはいくつかの原因を指摘できる。

古人類学が黎明期にあった
古人類学は当時まだ新しい学問で、充分な知識が蓄積されておらず、人類進化の機序が古人類学者にも充分理解されていなかったこと。ピルトダウン人発見当時は、ネアンデルタール人骨の発見(1856年)やチャールズ・ダーウィンの『種の起源』出版(1859年)から半世紀ほどしか経っていなかった。人類の進化はまず直立二足歩行から始まり、脳容量の増大はずっと遅れて始まったという事実は、20世紀初頭には充分理解されておらず、「発達した大きな脳こそは人類を類人猿などと区別する重要な形質である」とする意識が専門家の間にもあった。したがって、年代が古いと思われるにもかかわらず発達した脳を持っているように見えたピルトダウン人を人類の祖先と誤認する下地があった。アーサー・キースによる復元図(1915年)では、ピルトダウン人の頭骨は現生人類とほとんど区別できないほどであった。
造物主の縛り
それと重複して、キリスト教の創造説の影響も考えられる。『旧約聖書』には、神は自分の姿に似せて人間を創ったとあり、西洋人にとっては人間は特別な存在であり、「サルの仲間から進化し、それゆえ古い人類が類人猿並みの小さな脳しか持たなかった」と主張する進化論は受け入れがたいものがあった。むろん、古人類学者は聖書を額面どおりに信じてはいなかったが、意識の奥底には同じような観念があったとも言える。
英国人の誇り
世俗的な面からも、ピルトダウン人を受け入れる背景があったことが考えられる。世界的な支配力を持つ大国であったイギリスに、現生人類の最初の祖先が誕生したという説はイギリス人にとって国威発揚につながった。1953年にオークリーがピルトダウン人の偽造を解明したときには、ロンドン市民の一人が大英博物館に来て、イギリスの誇りを打ち砕いたとして彼の解雇を要求したという(フォルケ・ヘンシェン〈Folke Henschen〉、「頭骨の文化史」に寄せたオークリーの序文から)。

犯人は誰か

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ピルトダウン人化石の「発見」の地に残る記念碑。

犯人については様々な説がある。 第一発見者のチャールズ・ドーソンが疑われたのは当然で、すでに当初から疑惑がささやかれていたのは上述の通りである。 しかし一方では、彼は単に利用されただけで真相は知らなかったとする意見もある。

古人類学が黎明期にあったとはいえ、長らく専門学者たちをだまし続けるほどの偽物を造るには高度の知識と技術が必要であるとして、当時の研究者であるウッドワード・キースやエリオット・スミスなどの犯行とする説もある。

1983年には『シャーロック・ホームズ』シリーズの作者とした有名な作家アーサー・コナン・ドイルが犯人であるとの説が出されている。 彼がピルトダウン近郊の住人であったこと、医師を本業としていて骨を捏造し得る知識があったこと、ホームズ物の他に『失われた世界』のようなSF小説も書いており、古生物や古代世界に関心があったことなどが論拠とされている。

イギリスの科学雑誌『ネイチャー』は、発見された遺品を根拠として、当時大英博物館にいた動物学者マーティン・ヒントン(Martin A.C. Hinton)なる人物が真犯人であったとする説を1996年5月23日号に掲載した。 ウッドワードに対する怨恨が犯行動機であったと説明する。

しかし、ピルトダウン化石の捏造が明らかになった前後に関係者らはことごとく他界しており、真相の究明は非常に困難である。

類似した事例・人物

脚注

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参考文献

  • 河合信和『ネアンデルタールと現代人』文春新書 1999年
  • フォルケ・ヘンシェン『頭骨の文化史』鈴木誠・高橋譲:訳 築地書館 1974年
  • 鈴木尚『化石サルから日本人まで』岩波新書 1971年

関連項目

外部リンク

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  1. 属名ギリシア語由来の合成語をラテン語化したもので「Eo(-s) (=dawn、夜明け、暁、曙) + anthropus (=man、人)」、種小名は Dawson に属格語尾を与えており「ドーソンの」の意。
  2. 現在の中華人民共和国にあたる、当時の中華民国