アシックス

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株式会社アシックステンプレート:Lang-en-short)は、兵庫県神戸市中央区港島中町に本社を置く、競技用シューズを中心とするスポーツ用品メーカーである。

概要

アシックス(ASICS)のブランドで競技用シューズやスニーカー、アスレチックウェアなどを製造、販売する。スポーツシューズに強みを持ち、とりわけマラソン競技、バレーボールなどでは高いブランド力を持つ。

アシックスに社名・商標を変更する以前のブランドであるオニツカタイガーは、レトロな雰囲気からファッションアイテムとしての人気を呼び、現在では再び一般向けシューズのブランドとして製造販売されている。

海外にも進出しており、ブランド全体の知名度ではトップブランドにはやや劣るものの、オニツカタイガーが、特にヨーロッパで人気を集めている。シューズの他、スポーツウェア、アウトドア用品等の製造販売、輸入等も行っている。

2006年(平成18年)3月期の連結売上構成はスポーツシューズ66%、スポーツウエア24%、スポーツ用品10%となっている。

1980年代にはサイクルウェア(レーサージャージやツーリング用シューズ)も手がけていたがのちに撤退。

沿革

鬼塚喜八郎1949年(昭和24年)に神戸で興した鬼塚商会バスケットシューズの製造販売をしたことに始まる。その年9月に法人組織の鬼塚株式会社とした。

鬼塚は選手や監督に直接意見を聞き、シューズの改良を進めながら全国を営業して歩き、高校の運動部を中心に徐々にオニツカの製品が売れていった。鬼塚は、シューズのブランドを、新鮮で印象に残り、スポーツシューズにふさわしい強さと敏捷性を表すものとして「虎印」とした。虎印の商標権はすでに他社に取得されていたため[1]、鬼塚と組み合わせて「ONITUKA TIGER」印を横につけ、虎の絵の下にTigerの文字を入れたマークを靴底につけた。

1953年(昭和28年)からマラソンシューズの開発を開始、1956年(昭和31年)にオニツカタイガーがメルボルンオリンピック日本選手団用のトレーニングシューズとして正式採用され、スポーツ界での知名度はさらに高まった。

1958年(昭和33年)に生産子会社のオニツカ株式会社が存続会社となり、鬼塚株式会社、販売子会社の東京鬼塚株式会社を合併。

1961年(昭和36年)の毎日マラソン出場のために来日したアベベ・ビキラを鬼塚はホテルまで訪問し「裸足と同じぐらい軽い靴を提供するからぜひ履いてくれ」と説得し、シューズを提供。アベベはその靴を履いて毎日マラソンに優勝。1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは、オニツカの靴を履いた選手が体操、レスリング、バレーボール、マラソンなどの競技で金メダル20個、銀メダル16個、銅メダル10個の合計46個を獲得(但しマラソン優勝のアベベは、このときはプーマを履いていた)。

1963年(昭和38年)に、当時休眠会社の中央産業株式会社が、オニツカ株式会社を吸収合併し「オニツカ株式会社」に商号変更(株式額面変更目的)。現在の株式会社アシックスは、この会社である。

1964年(昭和39年)2月に神戸証券取引所、同4月には大阪証券取引所(両市場とも現在の東京証券取引所)第2部に上場を果たすが、オリンピック景気の落ち込みに対し経営危機となり、1966年(昭和41年)には取引先に対し約束手形の支払を繰り延べてもらう事態も生じていたと後に鬼塚は語っている。

1972年(昭和47年)5月に東京証券取引所第2部、1974年(昭和49年)には同1部に指定替えとなった。1975年(昭和50年)にヨーロッパ市場に進出。1977年(昭和52年)スポーツウェア・用具メーカーの株式会社ジィティオ、スポーツウェアメーカーのジェレンク株式会社と合併し、社名を株式会社アシックスに変更した。1985年(昭和60年)、神戸市ポートアイランドに新本社を建設し、スポーツ工学研究所も設置した、黒岩守が入社。

2007年(平成19年)にブランドマークを現在のタイプに変更。2008年(平成20年)に世界統一のブランドスローガン「sound mind sound body(サウンド・マインド・サウンド・ボディ)」を制定し、2009年(平成21年)には創業60周年を迎えた。

2010年(平成22年)スウェーデンの大手アウトドア用品メーカー「ホグロフス」を買収し子会社化[2]

2013年(平成25年)より、それまでグラブ、バットなどの野球用品において長年結ばれていたローリングスとのライセンス契約を解消し、全野球用品が「アシックス」ブランドで統一されることが発表。ブランドスローガンは「最新、最速」[3]。また、「タラスブルバ」「ジェーンリバー」「メスカリート」等自社アウトドアブランドの販売を終了した。

ナイキとの関係

ナイキの前身であるBRS社は、アメリカにおけるオニツカタイガーの販売代理店となっていた。スタンフォード大学で経済学を学んだ後、1963年(昭和38年)に卒業旅行で日本に立ち寄ったフィル・ナイトは、オニツカシューズの品質の高さと価格の安さに感銘を受けた。ナイトはすぐさまオニツカ社を訪ね、アメリカでのオニツカシューズの販売をやらせてほしいと依頼。オレゴン大学の陸上コーチだったビル・バウワーマンと共同でブルーリボンスポーツ(BRS)を設立し、オニツカの輸入販売代理業務を開始した。

アメリカ西海岸地域を中心に販売は好調だったが、その後BRSはナイキブランドを創設。初期のナイキシューズ(コルテッツ等)は日本製のものがほとんどだが、これらはオニツカ社から技術者の引き抜きなどを行い、福岡のアサヒコーポレーションで生産されたものであり、事実上ライバルメーカーへの仕入の切り替えであった。その後、オニツカ側がバウワーマンが考案したデザインやモデル名をそのまま使用し続けたためにBRS社から訴訟を提起され、和解金として1億数千万円を支払ったという[4]

社名の由来

社名の由来は、古代ローマの作家ユウェナリスが唱えた「健全なる精神は健全なる身体にこそ宿るべし (Mens Sana in Corpore Sano)」という言葉のMens(才知)より動的な意味を持つAnima(生命)に置き換え、その頭文字であるA・S・I・C・Sを並べたものである[5]

1977年(昭和52年)の合併時に、3社の代表が集まる際に足が6本ある(人が3人)から「アシックス」(脚 six)になったという説[6]があるが、全くの都市伝説である(合併前からアシックスというブランド名は存在していた)。

水着

アシックスは自社で水着など水泳用品も積極的に手がけており、日本水泳連盟から代表選手のための各種用品を提供するオフィシャルサプライヤー企業の一社に指定されている。

もともとはイタリアのディアナ社と提携関係にあり、競泳用もディアナブランドで出していたが、1980年代以降順次自社ブランドに切り替えた。しかし、SPEEDOと袂を分かったミズノとは異なり、ディアナ社との関係は完全に解消したわけではなく、ファッション性も重視される女性向けフィットネス用の分野では現在もディアナブランドで商品が発売されている。

日本のメーカーだけに特にアジア人の身体的特徴に合った水着開発能力が評価されており、中国などアジア圏では一定のシェアを誇る。専門の社員選手がいるというわけではないが、背泳ぎの中村礼子東京スイミングセンター)と各種サポート契約を結んでおり、中村も商品開発に一定の協力を行っている。

主な商品(一部ブランドのみ)

なお、前述のとおり野球用品はグラブの一流ブランド、米ローリングス社と2012年まで提携[7]していた。

  • オニツカタイガー - シューズ、バッグ、アパレルなどがある。
  • SEED - 自然環境を配慮したシューズ。
  • WHIZZER
  • CHIMERA
  • SALUTIS(サルティス) - フィットネスウォーキング用シューズ
  • GIRO(ジーロ) - ウォーキング用オシャレ靴
  • PEDALA(ペダラ) - ウォーキング用シューズ
  • WALLAGE(ワラッジ) - ウォーキング用ビジネスシューズ
  • TARAS BOULBA(タラスブルバ)[8] - アウトドア・ライフスタイル・ウェア
  • BUMDEEP(バムディープ) - スノーボードウェア
  • スクスク・ワンテン - (キッズ用スニーカー)
  • ナースウォーカー - (看護士用スニーカー)
  • はだしウォーカー - (ウォーキング用シューズ、ショップ・マニフィカ(旧住商ホームショッピング)通販限定))

他にエアボーンなどと提携している。

主な契約選手

ユニフォームサプライチーム

クリケット

ラグビー

野球

サッカー

バスケットボール

バレーボール

ハンドボール

フットサル

研究機関

  • アシックス スポーツ工学研究所 - 1985年(昭和60年)設立

関連会社

連結子会社

  • アシックスアパレル工業(宮崎県都城市)(スポーツウエア等の製造)
  • 山陰アシックス工業(鳥取県境港市)(スポーツシューズ等の製造)
  • アシックス商事(神戸市須磨区)(シューズ製品の製造・販売、物資の販売・輸出入)
    • 主にジュニア向けの靴として有名な「TIGON」「DASH」シリーズはアシックス商事で取り扱っている。
    • 2009年(平成21年)4月以降、ヤッターマンのスポンサーでもある。

通信販売

脚注

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外部リンク

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  1. 後の1957年(昭和32年)に商標権を譲り受けている。
  2. アシックス、スウェーデンアウトドア大手ホグロフス買収 Fashionsnap.com、2010年7月13日。
  3. 平成24年10月22日 プレーヤーが持つ能力を最大限に引き出す「最新、最速。」がスローガン 「アシックス」ブランドの野球用品の最上級シリーズ各種を発売
  4. 出典:1990年7月24日 日本経済新聞私の履歴書 鬼塚喜八郎』
  5. アシックス公式サイト
  6. 鬼塚喜八郎も『「三人のオーナーが集まって足が六本、アシックス」といわれたのには参った。』と著書「私の履歴書」に書いている。
  7. 合併前は株式会社ジィティオが国内代理店となっていた。
  8. アウトドア商品(TARAS BOULBA)は2013年に終了した。