行列

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テンプレート:Otheruseslist 数学線型代数学周辺分野における行列(ぎょうれつ、テンプレート:Lang-en-short)は、数や記号や式などを「行」と「列」に沿って矩形状に配列したものである。並べられた個々のものはその行列の「要素」または「成分」と呼ぶ。同じサイズ(あるいは型)の行列は加法と減法が成分ごとの計算によって与えられる。行列の乗法の計算はもっと複雑で、二つの行列がかけ合わせられるためには、積の左因子の列の数と右因子の行の数が一致していなければならない。

行列の応用として顕著なものは一次変換の表現である。一次変換はテンプレート:Nowrap のような一次函数の一般化で、例えば三次元空間におけるベクトルの回転などは一次変換であり、R回転行列v が空間の点の位置を表す列ベクトル(一列しかない行列)のとき、積 Rv は回転後の点の位置を表す列ベクトルになる。また二つの行列の積は、二つの一次変換の合成を表現するものとなる。行列の別な応用としては、連立一次方程式の解法におけるものである。行列が正方行列であるならば、そのいくつかの性質は、行列式を計算することによって演繹することができる。例えば、正方行列が正則であるための必要十分条件は、その行列式の値が非零となることである。固有値や固有ベクトルは一次変換の幾何学に対する洞察を与える。

行列の応用は科学的な分野の大半に及び、特に物理学において行列は、電気回路、光学、量子力学などの研究に利用される。コンピュータ・グラフィックスでは三次元画像の二次元スクリーンへの投影や realistic-seeming motion を作るのに行列が用いられる。テンプレート:仮リンクは、古典的な解析学における微分指数函数の概念を高次元へ一般化するものである。

主要な数値解析の分野は、行列計算の効果的なアルゴリズムの開発を扱っており、主題は何百年にもわたって今日では研究領域も広がっている。行列の分解は、理論的にも実用的にも計算を単純化するもので、アルゴリズムは正方行列対角行列などといった行列の特定の構造に合わせて仕立てられており、有限要素法やそのほかの計が効率的に処理される。惑星運動論や原子論では無限次行列が現れる。函数のテイラー級数に対して作用する微分の表現行列は、無限次行列の簡単な例である。

歴史

線型方程式の解法における応用に関して、行列は長い歴史を持つ。紀元前300年から紀元200年の間に書かれた中国の書物『九章算術』は連立方程式の解法に行列を用いた最初の例であるといわれ[1]、それには行列式の概念が、日本のが1683年にテンプレート:Citation needed、ドイツのライプニッツが1693年にそれぞれ独立に著すよりも実に1000年以上も前に扱われていた。クラメル有名な公式を生み出すのは1750年のことである。

行列論の初期においては、行列よりも行列式のほうに非常に重きが置かれており、行列式から離れて現代的な行列の概念と同種のものが浮き彫りにされるのは1858年、ケイリーの歴史的論文 Memoir on the theory of matrices(「行列論回想」)においてである[2][3]。用語 "matrix"(ラテン語で「生み出すもの」の意味の語 "womb" に由来)[4]シルベスターが導入した。シルベスターは行列を、(今日小行列式と呼ばれる)もとの行列から一部の行や列を取り除いて得られる小行列の行列式として、たくさんの行列式を生じるものとして理解していた[5]。1851年の論文でシルベスターは テンプレート:Quotation と説明している[6]。 行列式の研究はいくつかの流れから生じてきたものである[7]数論的な問題はガウスが二次形式(つまり、x2 + xy − 2y2 のような数式)の係数と三次元の線型写像を行列に結び付けたことに始まり、アイゼンシュタインがこれらの概念をさらに進めて、現代的な用語でいえば行列の積非可換であることなどを指摘した。コーシーは行列 A = (aij) の行列式として、多項式

<math>a_1 a_2 \cdots a_n \prod_{i < j} (a_j - a_i)</math>

(ここで ∏ は条件を満たす項の総乗を表す)の冪 aテンプレート:Suajk で置き換えたものという定義を採用し、それを用いて行列式についての一般的な主張を証明した最初の人である。コーシーは1829年に、対象行列の固有値が全て実数であることも示している[8]ヤコビは、幾何学的変換の局所的あるいは無限小のレベルでの挙動を記述することができる函数行列式(後にシルベスターが「ヤコビ行列式」と呼んだ)の研究を行った。クロネッカーVorlesungen über die Theorie der Determinanten[9]ワイエルシュトラスZur Determinantentheorie[10] はともに1903年に出版された。前者は、それまでのコーシーの用いた公式のような具体的な手法とは反対に、行列式を公理的に扱ったものである。これを以って、行列式の概念がきっちりと確立されたと見なされている。

多くの定理は、初めて確立されたときには小さいサイズの行列に限った主張として示された。例えばケーリー=ハミルトンの定理は、ケイリーが先述の回想録において 2 × 2 行列に対して示し、ハミルトンが 4 × 4 行列に対して証明して、その後の1898年にフロベニウス双線型形式についての研究の過程で任意次元に拡張した。また、19世紀の終わりに、(ガウスの消去法として今日知られるものを特別の場合として含む)ガウス=ジョルダン消去法ジョルダンが確立し、20世紀の初頭には行列は線型代数学の中心的役割を果たすようになった[11]。前世紀の超複素数系の分類にも行列の利用が部分的に貢献した。

ハイゼンベルグボルンジョルダンらによる行列力学の創始は、行または列の数が無限であるような行列の研究へ繋がるものであった[12]。後にフォン・ノイマンは、(大体無限次元のユークリッド空間にあたる)ヒルベルト空間上の線型作用素などの函数解析学的な概念をさらに推し進めることにより、量子力学の数学的基礎を提示した。

素朴な定義

記法

行列は要素 (element) を縦(列、column)と横(行、row)に矩形上に書き並べて、大きな丸括弧(あるいは角括弧)で括った形に書かれる、例えば

<math>\begin{pmatrix}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}

\end{pmatrix}</math> のようなものである。この行列には二つのと三つのがある。行列自身は、ふつうはアルファベットの大文字(しばしば太字、あるいは下線、二重下線を伴う)で表し、その要素は対応する小文字に二つの添字を付けたもので表す(略式的に行列を表す大文字に添字を付けたものを用いることもある)。つまり一般の mn 列の行列を

<math>A=\mathbf{A}=\underline{A}=\underline{\underline{A}}=\begin{pmatrix}
 a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n}\\
 a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n}\\
 \vdots & \vdots & \ddots & \vdots\\
 a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn}

\end{pmatrix}= (a_{ij})_{1\le i\le m\atop 1\le j\le n}</math> のように書く。

成分

テンプレート:Main 書き並べられた要素は行列の成分 (entry, component) と呼ばれる。成分が取り得る値は(さまざまな対象を想定できるが)大抵の場合はあるまたは可換環 K の元であり、このとき K 上の行列 (matrix over K) という。特に、K実数全体の成す体 R であるとき実行列と呼び、複素数全体の成す体 C のとき複素行列と呼ぶ。

一つの成分を特定するには、二つの添字が必要である。行列の i-行目、j-列目の成分を特に行列の (i, j)-成分と呼ぶ。例えば上記行列 A の (1,2)-成分は a12 である。行列の (i, j)-成分はふつう aij のように二つの添字を単に横並びに書くが、誤解を避けるために添字の間にコンマを入れることもある。例えば 1-行 11-列目の成分を a1,11 と書いてよい。また略式的には、行列 A の (i, j)-成分を指定するのに Aij という記法を用いることがある。この場合、例えば積(後述)AB の (i, j)-成分を (AB)ij と指定したりできるので、これで記述の簡素化を図れる場合もある。

行列の各々の行および列はそれぞれ行ベクトルおよび列ベクトルとして言及されることもある。例えば行列

<math>A=\begin{pmatrix} a_{11} & a_{12}\\ a_{21} & a_{22}\end{pmatrix}</math>

に対して、(テンプレート:Su), (テンプレート:Su) その列ベクトル、(a11a12), (a21a22) はその行ベクトルである。

行列に含まれる行の数が m、列の数が n である時に、その行列を mn 列行列や m×n 行列、mn 行列などと呼ぶ。行列を構成する行の数と列の数を合わせて (type) あるいはサイズという。したがってmn 列行列のことを (m, n) 型行列などと呼ぶこともある。K 上の m × n 行列の全体は Km×n, Km,n や Mat(m,n; K), Mm×n(K) などで表される。

厳密な定義

行列は二重に添字づけられたであり、きちんと言えば、添字の各対 (i, j) に成分 aij を割り当てる写像

<math>A\colon \{1,\ldots, m\} \times \{1,\dots, n\} \to K; \quad (i,j) \mapsto a_{ij}</math>

である。例えば添字の対 (1,2) には写像の値として a12 が割り当てられる。即ち、値 aij は行列の i-行 j-列成分であり、m および n はそれぞれ行および列の数を意味する。写像としての行列の定義と行列が表す線型写像とを混同してはならない。

K に成分を持つ m × n 行列の全体は、したがって配置集合

<math>\text{map}(\{1,\ldots, m\} \times \{1,\ldots, n\}, K) = K^{\{1,\ldots, m\}\times\{1,\ldots n\}}</math>

であり、省略形として Km×n(あるいはやや稀だが mKn)や M(m×n; K) などと書くことの一つの根拠になる。

行の数と列の数が一致するような行列は正方行列と呼ばれる。

唯一つの列を持つ行列は列ベクトル、ただ一つの行を持つ行列は行ベクトルと呼ばれる。Kn のベクトルは、文脈によって行ベクトル空間 Kn または列ベクトル空間 Kn×1 の元を表すのにも用いられる。

行列の演算

行列の和

二つの行列は、それが同じ型を持つならば互いに加えることができる、異なる型の行列に対しては和は定義されない。mn 列の行列同士の和を、成分ごとの和

<math>A + B: = (a_ {ij} + b_ {ij})_{i= 1,\ldots, m,\atop j = 1,\ldots, n}</math>

で定める。

例えば

<math>\begin{pmatrix}

5 & 6 \\ -7 & 8 \end{pmatrix} +\begin{pmatrix} 1 & -2 \\ 3 & -4 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} 5 + 1 & 6 + (-2) \\ -7 + 3 & 8 + (-4) \end{pmatrix}= \begin{pmatrix} 6 & 4 \\ -4 & 4 \\ \end{pmatrix}</math> である。

線型代数学において成分はふつう(実数複素数の全体のような)であり、この場合の行列の加法は、結合的かつ可換であり、また単位元として零行列

<math>0=\begin{pmatrix} 0 & \cdots & 0\\ \vdots & \ddots & \vdots\\ 0 & \cdots & 0\end{pmatrix}</math>

を持つ。一般に、これらの三性質を満たす代数系に成分を持つ(同じ型の)行列の全体は、やはりこれらの性質を満たす。

スカラー倍

行列の各成分に一つのスカラーを掛けることにより、任意の行列のスカラー倍

<math>\lambda A := (\lambda a_{ij})_{i=1,\ldots, m,\atop j=1,\ldots, n}</math>

が定義される。例えば、

<math>5 \cdot \begin{pmatrix} 1 & -3 & 2 \\ 1 & 2 & 7 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 5 \cdot 1 & 5 \cdot (-3) & 5 \cdot 2 \\ 5 \cdot 1 & 5 \cdot 2 & 5 \cdot 7 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 5 & -15 & 10 \\ 5 & 10 & 35 \end{pmatrix}</math>

である。

スカラー乗法が意味を持つためには、スカラー λ と行列の成分が同じ (K, +, ·, 0) からとった元であるべきであり、このとき m × n 行列の全体 Km×n は、左 K-加群K が体ならばベクトル空間)になる。ベクトル空間(あるいは自由加群)としての Km×nmn 次元数ベクトル空間 Kmn と同型である。

行列の積

テンプレート:Main 行列の積を初めて定義したのはケイリーである。行列の積は狭い意味での二項演算(即ち、台とする集合 X に対して X × XX なる写像を定めるもの)ではない。l × m 行列 Am × n 行列 B の積は l × n 行列となり、C = AB の (i, j) 成分 cij は、

<math>c_{ij} = \sum_{k=1}^{m}a_{ik}b_{kj}</math>

で与えられる。

例えば、

<math>

\begin{pmatrix} 5 & 6 \\ 7 & 8 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 5 \cdot 1 + 6 \cdot 3 & 5 \cdot 2 + 6 \cdot 4 \\ 7 \cdot 1 + 8 \cdot 3 & 7 \cdot 2 + 8 \cdot 4 \\ \end{pmatrix}= \begin{pmatrix} 23 & 34 \\ 31 & 46 \end{pmatrix} </math> である。

行列の積は可換でない
即ち一般には
<math>
 B \cdot A \neq A \cdot B
</math>
となることが両辺が定義される場合 (l = n) であっても起こり得る。さらに m = n(= l) のとき、つまり両辺が正方行列同士の積であれば両辺とも定義されるが、その場合でも一般には両者は異なる。
行列の積は結合的である
即ち、乗法が定義される限りにおいて
<math>
 (A\cdot B)\cdot C = A\cdot (B\cdot C)
</math>
が成り立つ。
行列の乗法は加法の上に分配的である
即ち、各項における加法と乗法が定義される限りにおいて
<math>
 (A + B)\cdot C = A\cdot C + B\cdot C
</math>