Approval voting
テンプレート:選挙方式 Approval votingは、選挙方法の一種である。投票者は一票を投ずるか否かを各々の候補者について別々に行うことができる。被選挙権の乱用から悪影響を受けない。戦略投票が横行しやすいと同時に、その方が望ましい。 一般的に、小選挙区制選挙で用いられる。大選挙区制に拡大させることもできるが、数理的性質は非常に異なる。Approval votingは、Range votingの単純型であり、有権者の意思を示すことができる範囲がきわめて拘束される。つまりその候補を受け入れるかどうかである。 主に多数代表の性質を持ち、超過投票で票を捨てるルールがない相対多数投票と比較される。
Wikipedia:ウィキメディア財団理事の選挙などで使用されている。
用語
"Approval voting"という用語は Robert J. Weber によって1976年に初めて作り出されたが、1977年に完全に考案され、1978年に政治学者の Steven Brams と、数学者の Peter Fishburn によって出版された。
日本語においては、「認定投票」をはじめ、いくつかの直訳と意訳が存在する。早稲田大学教授で経済政策が専門の松本保美はその著書「新しい選挙制度」のなかで、「二分型投票」という訳語を当てている。
手順
各々の投票者は、好きな人数の候補者に投票できるが、候補者一人当り最大一票しか投票できない。これは、候補者毎に一票入れるか否かによって「是認」か「否認」かを表明するのと同等であり、審査員が各々の候補者に与えることの出来る点数が0か1かのどちらかしか無いRange votingと同等である。
各候補者に投ぜられた票は候補者毎に加算され、最も多く票を得た候補が当選する。
例
アメリカ合衆国の州であるテネシー州の住民がその州都の位置をめぐる投票をしたとする。テネシーの人口はその4つの主要都市に集中していて、州全体に広がっている。この例では、すべての選挙民がこれら4つの都市に住んでいて、できるだけ彼らが住む都市の近くに州都が置かれるのを好むとする。
州都の候補は:
- メンフィス、州最大の都市、有権者の42%が住むが、他の都市からは遠いところに位置している
- ナッシュビル、有権者の26%が住む(実際の州都)
- ノックスビル、有権者の17%が住む
- チャタヌーガ、有権者の15%が住む
有権者の優先順位は以下のように分けられる:
有権者の42% (メンフィスに近い) |
有権者の26% (ナッシュビルに近い) |
有権者の15% (チャタヌーガに近い) |
有権者の17% (ノックスビルに近い) |
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有権者が、2つの好みの候補に投票し、テネシーの住民が100人だとすると、結果は次のようになる(投票のより高度な研究は下で論じられている):
- メンフィス: 42 総票
- ナッシュビル: 68 総票(勝利)
- チャタヌーガ: 58 総票
- ノックスビル: 32 総票
性質
被選挙権の乱用(Strategic nomination)に対する耐性
Approval votingでは、投票者は各々の候補者毎に投票を行い、得票数の集計は候補者毎に別々に行われるため、余計な候補者が立候補しても他の候補者の得票数に全く影響が出ない。このため、単記非移譲式投票での票割れや、ボルタ式でのクローン候補の擁立による戦略投票の心配などが無い。
戦略投票との親和性
Approval votingでは、ある候補者が余計に票を得れば、その候補者の当選可能性は票を得ないときよりは低くならないことが保障される。また、投票者は他の候補者での投票に関係なく、ある候補者に対する投票の仕方を選ぶことが出来る。このため、ある候補者Aより好みの候補者逹の中に未だ投票していない者がいるのにAに投票する…このような選好順序を偽った戦略投票は起こり得ず、パレート最適が保障される。
また、自分の選好順序だけでは投票者は自分の投票行動を決定することが出来ないため、投票者は他の投票者の投票行動を分析する衝動に駆られ、戦略投票が行われ易い。逆に言えば、投票者の選好順序に対応した投票行動はapproval votingではひとつではないためアローの不可能性定理を回避する。
そもそもApproval votingに於いては「戦略投票ではない投票」の方が確立されていない。
- 「是認投票(Approval voting)の投票者が誠実であるためには、戦略的である必要があるのだと(著名な投票理論学者の一人であるドナルド・)サーリはおどける。」(青土社 2008年「選挙のパラドクス-なぜあの人が選ばれるのか?」ウィリアム・パウンドストーン=著 篠儀直子=訳 278頁目)
投票者にかかる負担を最小限に抑える
Approval votingでは、一人の投票者が各候補者に行う投票(是認か否認か)の選択は、候補者毎に独立している。つまり、別の候補者で自分が投票した内容を考慮せずに行うことが出来る。このため、是認基準(世論調査などを使うなどして予測される当選者が合理的)との比較を候補者の数だけ繰り返せば、Approval votingの票を作成し終える。よって、投票者にかかる負担は候補者数に比例する。ランダウの記号で表現すれば、候補者数をn人とすると、投票者にかかる負担はO(n)となる。
候補者n人の話を聞くだけでも投票者はO(n)の手間を負わねばならず、如何なる選挙制度でもO(n)より負担を低くすることは出来ない。従ってApproval votingは、投票者への負担が最も少ない選挙制度の一つである。
使用
実際に、approval votingの側面を取り入れたいくつかの投票方式が使用されている。
- 13世紀頃、ヴェネツィア共和国がドージェを選出することになる委員を選ぶのに、approval votingの複雑な制度とくじによる抽選を使用したのが、確認できる最古[1]。
- 国際連合での事務総長の選出における調査投票に、approval voting(賛成/棄権/反対)が用いられる[2]。
- Instant Runoff Votingに似た方式の、Bucklin Votingがアメリカ合衆国で数年間使用されていた。Bucklinは順位付けの方式であるが、一位の候補が過半数を獲得できない場合、次の順位の票が加算されるので、この選挙はapproval votingに似てくる。
- Approval voting(賛成/反対)は、英語版ウィキペディアの裁定委員会の委員を選出するのに用いられている。実際の選出はジミー・ウェールズの判断でなされるが、信任票がコミュニティの支持に関する情報を集めるのに使われる。[3]
比例代表への拡張
Approval votingは、そのままでは当選者は一人なので、比例代表の性質を持たせるには当選者をN人に増やす必要がある。かといって単純に上位N人の候補を選出すると、完全連記制と同様に、各党が定数分のクローン候補を擁立する事によって比例代表ではなく多数代表の選挙方法になってしまう。この問題を解決するため幾つかの拡張方法がある。
Representativeness approval voting
1995年にMonroeが出した考えを、Approval votingに応用したもの。 この仕組みでは、投票者の投じた各連記票は、連記された範囲の候補に選管側で自由に配分することを許可したものと見做される。ただし選管側は、当選者の最低得票数を最大に出来るような当選者の組み合わせを選択しなければならない。つまり、この仕組みは「当選者の最低得票数を最大に出来るような票配分を見つける最適化問題」として定義され、票配分を任されているはずの選管に裁量の余地はない。
- (死票数)+(最低得票数当選者を上回る無駄票数)=(全投票数)-(当選者の最低得票数)×(当選者人数)
なので、この仕組みによる当落結果では、死票と無駄票の合計が最小になる。
定数1のApproval votingと同様に
- 順位付け(マージソートを参照)が要求されず、候補者数に比例した負担しか投票者は負わない。
- 戦略投票を考慮しても、選好順序を偽らない投票行動が起こり得ない。
- 順位付けが出来ないので、無用に多くの候補を連記すると、本命候補が落選して次善の候補が当選する。
- 連記数=移譲範囲を絞りすぎると、当落選上の候補まで票が移譲されない。
などの性質が共有されている。特に、「単一」候補に対する選好順序を偽らない点まで共有されている事は驚きである。複数の候補の組み合わせが選出結果となる大選挙区制では、本来であれば「単一」候補についての選好順序は意味を成さないからだ。 その理由は、選出結果上位二組について考えると、この二組で異なる候補は一つだけで、残りの候補は二組で共有されている事にある。 戦略投票では、上位二組の票差を出来るだけ大きく変化させる投票行動が求められる。従って、二組の結果のどちらか片方では死票になり、もう片方では活き票になる投票が必要となる。従って、二組で異なる候補に、有権者の全ての票が集中し、共有候補への票配分が許されない投票が増える。ところが、当選候補の組み合わせは選管側の自由なので、二組で異なる候補を優先して抽出した新しい組み合わせを作る事が出来る。その新しい組み合わせだと有権者の全ての票が活き票になるため、上位のはずの二組を上回ってしまう。この様な矛盾が生じないためには、上位二組での候補の相違が最低限の、一つだけ候補が異なる組み合わせしか許されない。 つまり、ある候補が当選しそうな時は、その候補が当選して別の候補が落選する結果のみが、戦略投票では考慮される。逆に言えば、複数の候補を同時に当選させる投票行動は考慮の必要が無いので、単一候補に対する選好順序に基づいた投票行動に帰着される。
異なる性質としては、比例代表制であることの他に、
- 開票作業の負担が、議席定数の指数関数に比例して増加する
という性質がある。 最適な候補の組み合わせを求めることが選管に義務付けられているため、単純に考えると、候補の組み合わせ全てを試さなければならない。しかも、候補の組み合わせそれぞれについても、どの候補にどの票を割り当てるかまで、選管は試さなければならない。この票配分作業だけで、2を底とした議席数の指数関数分の計算量がかかる。候補者の組み合わせの計算量も、単純に総当たりをすれば、議席数の指数関数に比例した計算量がかかる(正確には、組合せ (数学)を参照)。 ちなみに、戦略投票の普及を考慮すると、候補者の組み合わせを削減する手法が見出される。先に述べたように、上位二組を構成する候補の範囲での戦略投票では、共有候補への投票も、残った異なる候補二つのうち、両方への投票も許されず、上位二組では一つの候補にしか投票できない。このため、有力候補に関しては、殆どの有権者は一つの候補しか是認せず、単記非移譲式投票と投票行動が等しくなる。従って、各候補について定数1の場合の是認票の数を求め、その上位から順に議席数分だけ候補を抽出すれば、当選者の最低得票数を最大化する組み合わせである可能性が高い。また、定数1の場合のある候補の是認数は、その候補に配分可能な最大の票数でもある。従って、ある組み合わせの最低得票数が得られれば、その最低得票数を下回る是認数しか持たない候補を以降の候補者組み合わせから外しても、最適な組み合わせの探索に影響しない。
例
投票者100人で候補者A1,A2,B,C,Dの内から3人選ぶ。
39: A1&A2
11: A1
30: B
8: A2&C
12: D
まず、それぞれの候補について、定数1の場合の是認票の数で並べる。
A1 50,A2 46,B 30,D 12,C 8
上位3人はA1,A2,B。Bの30票は移譲しようがないのでそのまま。A1,A2では、A1にしか配分できない票が11、A2にしか配分できない票が8、両方に配分可能な票が39ある。この39票をA1:A2=18:21となるように分けると、A1=A2=29票となる。このため、A1,A2,Bの組み合わせで票配分は
A1 29,A2 29,B 30
となり、最低得票数は29票。残る候補D,Cの最大是認票はそれぞれ12,8で29より小さいので、これ以上の探索は不要。
Proportional approval voting
2001年にForest Simmonsによって開発された。 Representativeness approval votingとの大きな違いは、最大化すべき値が活き票数ではなく、最高平均法による比例代表制との類推で得られる"満足ポテンシャル"であることである。
最高平均法比例代表制では、 「票をk票、議席をn議席獲得した政党がもう1議席引き寄せる力は、<math>\frac{k}{n+1}</math>(ドント式の場合。代わりに、サン・ラグ式など、他の最高平均法も使える)で表され、その力が最大の政党が、次の一議席を獲得する。」 という解釈が成り立つ。一方、物理学に於けるポテンシャルとは、力を変位などで積分する事によって得られる値である。このポテンシャルの概念を応用して、「一議席を引き寄せる力」を議席数について積分すれば、議席数nを持つ政党が得た"満足ポテンシャル"が得られる。よって、その政党の有権者一人当たりの満足ポテンシャルは、
- <math>1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \ldots + \frac{1}{n}</math>
と表される。従って、従来の最高平均比例代表制は、この満足ポテンシャルの最大化問題である。
一方、Approval votingの連記票は、ある種の政党名簿と見做せる。従って、その有権者が是認した候補のうち、当選した候補数をnとすると、その有権者が得た満足ポテンシャルも上記の式と一致する。この満足ポテンシャルを最大化するのが、Proportional approval votingである。
Representativeness approval votingと比較すると、必要な計算量が大幅に削減される。活き票数では議席数の指数関数分の計算量がかかるのに対し、満足ポテンシャルでは計算量が議席数に左右されないからである。代わりに、Representativenessと異なり、当選確実な候補を連記した票は、何もメリット無しで、その候補を連記しない票よりも一票の価値が減る。このため、「この選好順位の高い候補は当選確実だ」という理由で選好順序を偽ってその候補を外す連記が有効になり、パレート最適が保障出来なくなる。
Sequential proportional approval voting (ドント式逐次approval voting?)
トルバルド・ティエレが20世紀初頭に発明。スウェーデンで1909年以降の短期間だけ適用された。既に当選が決まった者達に一人だけ候補を組み合わせたものの満足エネルギーを比較し、最も無駄票が少ない候補者を当選者たちに追加する。この操作を当選者達がいない状態から始め、定数が埋まるまで繰り返す。計算量を大幅に削減することが出来る。しかし、候補の組み合わせの最適化では劣る。
- 例
投票者100人で候補者A1,A2,B,C,Dの内から4人選ぶ。
39: A1&A2 |
11: A1 |
30: B |
8: A2&C |
12: D |
一人目
A1=50票、A2=48票、B=30票、C=8票、D=12票なので、A1が当選。
二人目
39/2: A1&A2…A1が当選しているので票の価値を修正 |
11/2: A1…A1が当選しているので票の価値を修正 |
30: B |
8: A2&C |
12: D |
A2=27+1/2票、B=30票、C=8票、D=12票なので、Bが当選。
三人目
39/2: A1&A2…A1が当選しているので票の価値を修正 |
11/2: A1…A1が当選しているので票の価値を修正 |
30/2: B…Bが当選しているので票の価値を修正 |
8: A2&C |
12: D |
A2=27+1/2票、C=8票、D=12票なので、A2が当選。
四人目
39/3: A1&A2…A1とA2が当選しているので票の価値を修正 |
11/2: A1…A1が当選しているので票の価値を修正 |
30/2: B…Bが当選しているので票の価値を修正 |
8/2: A2&C …A2が当選しているので票の価値を修正 |
12: D |
C=4票、D=12票なので、Dが当選。
戦略投票が普及した場合
以上の比例代表制への拡張は、完全な戦略投票が実現した場合は、いずれも同じ結果になる。何故なら、どの制度も当選しそうな候補のうち一つしか是認しないからである。
出典 "Handbook on Approval Voting"[[1]] の6章"Approval Balloting for Multiwinner Elections"
投票用紙の種類
Approval votingには少なくとも4つの幾分異なった投票用紙の形式がある。 もっとも単純な形式は白紙の投票用紙で、支持する候補者の氏名を自書する。より構成された投票用紙ではすべての候補がリストされ、支持する候補者それぞれにマークや単語を記すようになっている。さらにわかりやすく構成された投票用紙では、候補者がリストされ、それぞれにつき2つの選択肢が与えられる。
160px | 160px | 160px | 160px |
全4つの投票用紙は互換性がある。より構成された投票用紙では、有権者はすべての選択肢をはっきりと知ることができるので、有効票を提供しやすくなるかもしれない。Yes/No型は候補に印がないままにされる"undervote"を見つけるのを助け、有権者に投票用紙のマーキングが正しいかを確認するセカンドチャンスが与えられる。
関連項目
参考文献
外部リンク
- The Arithmetic of Voting Guy Ottewell による記事