戦略投票
戦略投票(せんりゃくとうひょう)は投票を意見表明のためではなく望ましい結果を得るために行うこと。
戦略投票を行うには、開票結果すなわち全投票者の投票行動を予測しなければならず、昔は一部の団体でしか行うことが出来なかった。しかし現在では、世論調査などの開票予測が報道されるようになり、個人でも僅かな手間で効果的な戦略投票を行うことが出来る。
開票予測には、戦略投票する人自身の投票行動も含まれている。このため、ある時点の開票予測でと、それを受けた戦略投票での、戦略投票者の投票行動が異なる場合、開票予測は修正される。この修正の繰り返しは、開票予測がその投票のナッシュ均衡に達するまで続く。このため、戦略投票の分析・予測手段としては、ナッシュ均衡がよく用いられる。
一つの投票でのナッシュ均衡は一つだけとは限らず、複数存在する場合もある。開票予測がナッシュ均衡の一つと一致していれば、そのナッシュ均衡が実現する。このことは、開票予測報道を操作できる者は、ナッシュ均衡の範囲内で投票結果を操作できることを意味する。
ギバード・サタースウェイトの定理
詳細はen:Gibbard-Satterthwaite theorem。
三つ以上の候補者からどの候補者を一つ選ぶかを、有権者の表示する選好順序のみ(くじ引きのような、外部からのノイズも除く)で決めるとき、以下の三つのうちどれかが成り立つ。
- この選挙方法は、ある一人の有権者の投票によってのみ結果が決まる(独裁的)。
- この選挙方法の下では有権者がどう結託しても、当選する事の出来ない候補者が居る(特定候補の排除)。
- 他の全ての有権者の投票行動に合わせて自分の表示する選好順序を変える事によって、自分のより望む候補が当選するように選挙結果を変える事の出来る有権者が現れる場合がある(戦略投票が可能)。
一番と二番はマトモな選挙方法ではないので、選好投票に帰着できる全ての(マトモな)選挙方法は戦略投票が可能である。
アナウンス効果
戦略投票を行うには、選挙結果の予測を得なくてはならない。予測を得る手がかりとして、マスコミの世論調査結果は大抵の有権者にとって絶対的であり、これを基にして戦略投票が行われる。すると、報道内容がその選挙制度のナッシュ均衡の一つを表現している場合は、予言の自己実現が成り立ち、世論調査をマスコミが操作したか否かに関らず、報道された結果が実現する。このように風聞・報道内容が結果を左右する現象はアナウンス効果と呼ばれ、バンドワゴン効果とアンダードッグ効果の相乗からなるともいわれる。
予言の自己実現効果がない=ナッシュ均衡から外れた報道内容なら、アナウンス効果は起きない。結果を報道内容に近づける効果を持たないため、報道内容を操作すると結果と異なってしまい、予測を得る手がかりとしての信用を失うからである。逆に予言の自己実現効果がある報道内容なら、報道内容を操作しても結果と同じになるため、予測を得る手がかりとしての信用を高める。
例
- デュヴェルジェの法則
- 「順位が次点以上か未満か」に予言の自己実現が効く。
- 「最悪の場合でも、候補者Aは次点にはなる。」→戦略投票の結果、実現する。
- 「候補者Aは次点以上にはなれない。」→実現する。
- 「Aは絶対当選する。」→「最悪の場合でも、候補者Aは次点にはなる。」と同じ効果しか持たない。次点にまで落ちることがある。
- 「Aは支持者をほとんど失い、次点で落選する。」→批判票の受け皿になって当選することがある。「次点バネ」。
- 「Aは終盤まで支持を広げ、(定数+2)位(次点の次)まで順位を上げる。」→逆に支持を失っていく。
- 「順位が次点以上か未満か」に予言の自己実現が効く。
種類
当落線上の候補への乗り換え
単記非移譲式投票では、当選・落選が確実な候補に投票しても、候補者の当落に影響しない。そこで、自分の最も支持する候補ではなく、当落線上の候補へ投票する。これにより、次善の候補を当選させ、最悪の候補を落とすことができる。候補者を立てるほどの規模がない政党も行うことがある。デュヴェルジェの法則の成立要因。
swap vote
自分の支持する政党が、自分の選挙区では当選・落選が確実な候補を立てている場合、他の選挙区の投票者に自分の党への投票を頼み、代わりに自分は他の選挙区の投票者の支持する党に投票する。欧米では投票者同士を引き合わせるサイトがある。日本では選挙協力として政党レベルで行われ、現在では自民党と公明党のものが有名。小選挙区制の結果を比例代表に近づける効果がある。
アメリカ合衆国では2000年と2004年の大統領選挙の際、ラルフ・ネーダー候補と民主党の指名候補のそれぞれ一部の支持者の間で行われた。しかしネーダーはこの動きには賛成しなかった。
一方、ドイツ・日本等の様に複数の方法を用いた選挙方法等のため、投票者が特性の異なる複数の票を使う場合、同じ選挙区の投票者同士でもswap voteが行われる。ドイツの「貸し票」が有名。
政党が自らこれを進めると、選挙協力と呼ばれる事がある。
投票目標の指示
単記非移譲式投票では、支持者の数が多い政党でもその支持票が候補者に均等に流れなければ、票が集まらなかった候補者が落選し、票を集め過ぎた人の票が無駄になる。そこで、自党の支持者に手紙等の指示を送り、党の選挙対策係が支持票を操作する。日本では団体単位で指示が出され、台湾では投票者個人に手紙が送られた事がある。台湾では大選挙区制が廃止されたので、今では行われない。支持者を組織化した政党のみが可能。