諸大夫
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諸大夫(しょだいぶ)は日本の古代から中世、近世にかけての官人の階層の名称。
本来の律令体制下、王朝国家における諸大夫は、四位・五位の地下人(じげにん)、または四位までしか昇進出来ない家柄の低い貴族の家に属する官人を指した。10世紀から12世紀にかけての王朝国家体制を支えた実務官人の上層部は主としてこの階層の家柄から供給され、官界で昇進を重ねて五位に叙されると、現地赴任国司の筆頭官、即ち受領として地方勤務に就き、地方統治の責任者になって強権を振るうと共に蓄財に励むのが習いであった。朝廷の官制機構の実質的な運営はこの階層によって担われ、また王朝文学を発展させた清少納言や紫式部らがこの階層に出自した女官であったことからわかるように王朝文化の重要な担い手であった。この時代の上級武士も、武芸担当の実務官人としてこの階層に属しており、侍身分の一般武士を家人とすることで統括していた。
近世になると公家においては親王家・摂家などの家司(けいし)がこの階層とされ、これらの職名となった。武家においては五位の大名・旗本が、この官位相当であるためこの職名で呼ばれた。