竹野郡 (京都府)
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竹野郡(たけのぐん・本来は「たかの」)は、丹後国・京都府にあった郡。
消滅直前となる2004年3月31日の時点で、以下の3町を含んでいた。
2004年4月1日、3町が中郡・熊野郡に所属していた全町と合併し、京丹後市となったため消滅した。
歴史
古代
郷
- 木津郷
- 納野郷(網野郷)
- 鳥取郷
- 小野郷
- 間人郷
- 竹野郷
式内社
『延喜式』神名帳に記される郡内の式内社。 テンプレート:式内社一覧/header テンプレート:丹後国竹野郡の式内社一覧 テンプレート:式内社一覧/footer
近現代
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、竹野郡に16の村が成立する。(16村)
- 1899年(明治32年)7月28日 - 八木村が与謝郡野間村の一部を編入。
- 1900年(明治33年)5月1日 - 網野村が町制施行し網野町となる。(1町15村)
- 1904年(明治37年)4月1日 - 網野町・浅茂川村が合併し、網野町が発足。(1町14村)
- 1921年(大正10年)4月1日 - 間人村が町制施行し間人町となる。(2町13村)
- 1925年(大正14年)12月1日 - 徳光村・八木村が合併し、豊栄村が発足。(2町12村)
- 1933年(昭和8年)2月1日 - 溝谷村・吉野村・鳥取村・深田村が合併し、弥栄村が発足。(2町9村)
- 1948年(昭和23年)4月1日 - 与謝郡野間村が竹野郡に移行。(2町10村)
- 1950年(昭和25年)4月1日 - 網野町・島津村・郷村・木津村・浜詰村が合併し、網野町が発足。(2町6村)
- 1955年(昭和30年)2月1日 - 間人町・豊栄村・竹野村・上宇川村・下宇川村が合併し、丹後町が発足。(2町2村)
- 1955年(昭和30年)3月1日 - 弥栄村・野間村が合併し、弥栄町が発足。(3町)
- 2004年(平成16年)4月1日 - 網野町・丹後町・弥栄町が中郡峰山町・大宮町、熊野郡久美浜町と合併し、京丹後市が発足、郡より離脱。同日竹野郡消滅。