多項式

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多項式(たこうしき、polynomial)は定数および不定元の和と積のみからなり、代数学の重要な対象となる数学的概念である。歴史的にも現代代数学の成立に大きな役割を果たした。 多項式とは

3x3 − 7x2 + 2x - 23

のような形をした式である。加法や減法を全て加法として次の式のように考えた場合、

3x3 + (−7x2 )+ 2x + ( -23 )

加法の記号で区切られた式の "3x3", "−7x2", "2x", "-23" のことを( こう、term)と呼び、複数の項を足し合わせることでできる式であることから多項式と呼ばれる。

一つの項だけからできている式を単項式(たんこうしき、monomial)と呼び、複数の項からできているものだけを多項式と呼んで、単項式と多項式を併せて整式と呼ぶ流儀もある。

一変数多項式

x を不定元(変数)、n を非負の整数として、a0, a1, ..., ann+1 個の実数または複素数などの定数とする。このような x と {ai}0 ≤ in によって次のように表されるものが多項式である。

<math>a_n x^n + a_{n-1} x^{n-1} + \cdots + a_1 x + a_0</math>
  • f(x) = anxn + an−1xn−1 + … + a1x + a0 とおく。このとき、am ≠ 0 となる最大の m のことをこの多項式の次数(じすう、degree)と呼び、deg f とあらわす。
  • aixi をこの多項式の(こう、term)あるいは単項式項と呼び、i をその項の次数と呼ぶ。あるいは、この多項式の i 次の項は aixi である、という風に言い表す。
  • 各定数 ai のことをこの多項式の係数(けいすう、coefficient)と呼ぶ。特に、am (m = deg f) をこの多項式の最高次係数あるいは頭項係数 (leading coefficient) と呼ぶ。
  • 0 次の項 a0 のことを定数項(ていすうこう、constant term, constant)と呼ぶ。ただの定数を、定数項しかない多項式と見なすことができる。次数の定義から、0 でない定数項のみからなる多項式の次数は 0 である。しかし、定数 0 を多項式と見なすとき、その次数は便宜的に −∞ と定義される。

多項式は総和を表す記号 ∑ を使って

<math>\sum_{k=0}^n a_k x^k</math>

とも記される。このとき、x0 とは多項式としての 1 のことである。

係数の属する集合が K であるような x を変数とする多項式の全体を K[x] で表す。たとえば実数係数の多項式の全体は R[x]、複素数係数の多項式の全体は C[x] などと表す。係数の集合 K は四則演算の定義されるような代数系であるのが通常で、多くはとくにと呼ばれる四則演算が自由に行えるものを想定することになる。もうすこし一般の(必ずしも可換でない、単位元を持つとは限らない) R についても、それを係数にもつ多項式が定義される。

R に対し、不定元 x と任意の非負整数 n に対し、新たな不定元 xn を用意する。ただし、x1 は自然に x と同一視する。集合 Rn = Rxn = {axn | aR} の元を n 次の単項式とよぶ。 このとき、適当な nN をとってできる、単項式の形式的な和

<math>\sum_{i=0}^n a_i x^i
 = a_n x^n + a_{n-1} x^{n-1} + \cdots + a_1 x^1 + a_0 x^0 

</math> (aiR for all i) を x を変数とする R 上の(あるいは、係数R にもつ)多項式と呼ぶ。x を変数とする R 上の多項式全体の成す集合 R[x] とあらわし、RR[x] の係数環とよぶ。一般には RRx0 であって、RR[x] の間には何の包含関係も存在しない。しかし、もし R が単位元 1R を持つ環(単位的環)ならば、通常は 1R x0 を 1R と同一視して、RR[x] と見なされる。

多項式環

単位的可換環 R 上の多項式の全体 R[x] において

<math>\sum_{i=0}^m a_i x^i, \sum_{j=0}^l b_j x^j \in R[x]</math>

(m ≤ l) に対し、

加法
<math>
 \left(\sum_{i=0}^m a_i x^i \right) 
   + \left(\sum_{j=0}^l b_j x^j\right)
 = \sum_{k=0}^l (a_k + b_k)x^k

</math>

定数倍(スカラー倍)
<math>c \cdot \sum_{i=0}^m a_i x^i = \sum_{i=0}^m c a_i x^i</math>
乗法
<math>
 \left(\sum_{i=0}^m a_i x^i \right)\left(\sum_{j=0}^l b_j x^j\right)
 = \sum_{k=0}^{m+l}\left(\sum_{i+j=k} a_i b_j \right)x^k

</math> などの演算が定義される。特に積は、不定元 x と環 R の任意の元 a に対して、ax = xa が成り立つと仮定して、分配法則が成り立つように定義されているので、R[x] は R 上の環(多元環)になる。これを x を変数とする R 係数の(一変数)多項式環と呼ぶ。また簡単に、環 R 上の多項式環ともいう。R が単位的環であるなら、多項式環 R[x] も単位的環であり、R が可換なら多項式環 R[x] も可換環である。

K 上の多項式環 K[x] はユークリッド環であり、余りのある除法を定義することができる。

代入

単位的可換環 K 上の多項式

<math>f(x) = a_n x^n +a_{n-1}x^{n-1} + \cdots + a_1 x + a_0 \in K[x],</math>

α ∈ K に対して、変数 x を α に置き換えて得られる式

<math>a_n \alpha^n + a_{n-1}\alpha^{n-1} + \cdots + a_1 \alpha + a_0 \in K</math>

f(α) と記して f(x) に x = α を代入(だいにゅう、substitute)した値という。特に f(α) = 0 を満たす値 α ∈ K を多項式 f(x) の(こん、root)あるいは零点 (zero) という。

f(x) ∈ K[x] と α ∈ K に対して、x に α を代入することにより定まる写像

<math>\varphi_\alpha\colon K[x] \to K;\, f(x) \mapsto f(\alpha)</math>

K[x] から K への環の準同型となる。

一般に単位的可換環 R, S とその間の準同型 h: RS が与えられているとき、S の元 α に対して準同型

<math>\psi_{h,\alpha}\colon R[X] \to S</math>

で、ψh(X) = α かつ、 rR ならば常に ψh(r) = h(r) となるようなものはただ一つ存在する。このとき、R 係数多項式

<math>f(x) = a_n x^n +a_{n-1}x^{n-1} + \cdots + a_1 x + a_0</math>

に対して

<math>\psi_{h,\alpha}(f) =
 h(a_n)\alpha^n +h(a_{n-1})\alpha^{n-1} + \cdots + h(a_1)\alpha + h(a_0)

</math> を f(α) と書いて、X に α を代入した値という。

多項式関数

多項式 f(X) = anXn + an−1Xn−1 + … + a1X + a0K[X] に対し、変数 X への値の代入により関数

<math>f\colon K \to K;\ x \mapsto
 f(x) = a_n x^n + a_{n-1}x^{n-1} + \cdots + a_1 x + a_0

</math>

が定まる。このような関数 y = f(x) を総称して( K 上で定義された)多項式関数とよぶ。特に、多項式 f の次数 deg fn であるとき、f の定める多項式関数は n 次関数と呼ばれる。

  • y = ax + b (a, bK) の形の関数は一次関数と呼ばれる。
  • y = ax2 + bx + c (a, b, cK) の形の関数は二次関数と呼ばれる。

係数の集合 K が実数体 R や複素数体 Cであれば、異なる多項式は異なる関数を定める。K が一般のであるときはこの限りではない。

多項式の微分積分は以下の式が基本的である:

<math>\frac{d}{dx} \, x^n= nx^{n-1}, \quad
\int x^n dx = \frac{x^{n+1}}{n+1}+C. \, </math>(<math>C </math>は積分定数)

これは解析学的に x を実数や複素数に値をとる変数と見る場合は、関数に対する微分積分の定義から導かれる事実である。一方、代数学的にはこの式を定義として扱うことがある。

たとえば、多項式 x2 − 3x + 1 の微分(導多項式)は 2x − 3 となる。

  • 複素変数の多項式関数はガウス平面の全域で正則な解析関数である。
  • 多項式が重根を持つことと、その多項式が自身の導多項式との間に共通の因数を持つこととが同値である。

多変数多項式

m 個の変数 x1, x2, ..., xmm 個の定数 n1, n2, ..., nm および、少なくとも一つの 0 でないものを含む (n1 + 1)(n2 + 1)…(nm + 1) 個の定数 ae1e2em (0 ≤ eini, for i = 1, 2, ..., m) に対し、

<math>\sum_{(e_1,e_2,\ldots,e_m) \in \mathbb{N}^m \atop 0 \leq e_m \leq n_m} a_{e_1 e_2\ldots e_m} x_1^{e_1}x_2^{e_2}\cdots x_m^{e_m}</math>

と表される式を m 変数の多項式と呼ぶ。これはたとえば x1 に注目すると、m−1 個の変数 x2, ..., xm に関する多項式を係数としてもつ x1 の一変数多項式と見ることができる。このことは多変数の多項式を一変数の多項式から帰納的(再帰的)に構成するという視点を与えてくれる。

あるいはもっと一般に、係数全体の成す集合を C とし、変数の集合を X = {x1, x2, ..., xn} とするとき、変数 x = (x1, x2, ..., xn) に関する C 係数多項式の全体を C[X] と書くことにする。このとき、X の部分集合 S を選び、S に入らない変数 xkX は全て係数と見なすと、C[X] = C[Sc][S] と見なすことが出来る。ただし、ScSX に対する補集合である。

ae1e2em x1e1 x2e2xmem またはこれの係数 ae1e2em を 1 としたものを、この多項式のと呼ぶ。ただ一つの項からなる多項式を単項式と呼ぶ。

多重指数の概念を導入して、α = (e1, e2, ..., em) に対して

<math>a_\alpha \mathbf{x}^\alpha :=
a_{e_1 e_2 \ldots e_m} x_1^{e_1} x_2^{e_2}\cdots x_m^{e_m}

</math> と約束することにすると、多変数の多項式を簡便に表すことができる。

組合せ論的に多重指数 α にヤング図形 Yα を対応させ、さらにヤング図形の間に適当な順序 ≤ を導入することにより、最初に与えた m 変数の多項式は以下のように表示することができる。

<math>\sum_{\alpha \in \mathbb{N}^m,\,Y_0 \leq Y_\alpha \leq Y} a_\alpha \mathbf{x}^\alpha </math>.

ただし、Y0 は "最小の" 指数 (0, 0, ..., 0) に、Y は "最大の" 指数 (n1, n2, ..., nm) にそれぞれ対応するヤング図形である。 当然だが、ヤング図形を介さなくても、直接指数に順序を与えておけば同じことである。すなわち α = (a1, a2, ..., am), β = (b1, b2, ..., bm) に対し、α ≤ β ⇔ aibi (for all i = 1, 2, ..., m) と約束するとよい。

単位的可換環 R 上の変数 x1, x2, ..., xn に関する多変数多項式環 R[x1, x2, ..., xn] は、多項式を係数にもつ多項式として

<math>R[x_1, x_2, \ldots, x_n] := R[x_1, x_2, \ldots, x_{n-1}][x_n]</math>

のように帰納的に定義される。

多項式の次数

多重指数 α = (a1, a2, ..., am) に対し、α の大きさ |α| を

<math> |\alpha| := a_1 + a_2 + \cdots + a_m</math>

で定めておく。 変数 x = (x1, x2, ..., xn) に関する項 aα xα に対し、|α| をこの項の( x に関する)次数と定める。多項式 f(x) = ∑α aα xα に対しては、max{ |α| | aα ≠ 0} を多項式 f(x) の次数 (degree) または全次数(ぜんじすう、total degree)といい、deg f と表す。

また、変数の集合 X = {x1, x2, ..., xn} からいくつかの変数を選び、その全体を Y = {y1, y2, ..., ym} とする。

このとき、変数 x = (x1, x2, ..., xn) に関する多項式 f(x) = ∑α aα xαY に属さない変数は係数と見なして y = (y1, y2, ..., yn) に関する多項式とみることにより、f(x) の変数 y に関する次数が定義される。

ベクトル w = (w1, w2, ..., wm) に対し、項 aα xα (α = (a1, a2, ..., am)) の w重み(おもみ、weight)とする次数あるいは重み w つき次数 |α|w とは、α と w の標準内積

<math>|\alpha|_w := \alpha \cdot w
= a_1 w_1 + a_2 w_2 + \cdots + a_m w_m

</math> のことと定義する。多項式 f(x) = ∑α aα xα に対しては、全次数のときと同様に max{ |α|w | aα ≠ 0} をこの多項式の重み w つき次数 (degree with weight w) といい、degw f と表す。

  • 多項式 f(x) の w = (1, 1, ..., 1) を重みとする重みつき次数 degw f はちょうど全次数 deg f に一致する。
  • w = (w1, w2, ..., wm) に対し、wk1 = wk2 = … = wkm = 0 とし、それ以外の成分を 1 とする。このとき、y = (xk1, xk2, ..., xkm) とおくと、多項式 f(x) の重み w つき次数 degwf(x) の変数 y に関する次数に一致する。

斉次多項式

自然数 t に対し、多項式 ∑α, |α|=t aα xαt 次の斉次多項式(せいじたこうしき、Homogeneous polynomial; 同次多項式)あるいは t 次形式t じけいしき、t-form[1]という。とくに一次形式の定める関数は線型写像であり、二次形式対称行列 A内積を用いて xTAx または (x, Ax) などと表されるなど、この二者は線型代数学の範疇に属する研究も多い。またテンソル代数を特定の形の二次形式が生成するイデアルで割って得られる商多元環クリフォード環 (Clifford algebra) と総称され、リー群論群の表現論などで重要な役割を果たす幾何学的対象を定める。

変数 z に関する一変数多項式 f(z) = anzn + an−1zn−1 + … + a1x + a0 に対し、z = xy を代入し、なおかつ yn を掛けることで、二変数の斉次多項式

<math>g(x, y) :=
 a_n x^n + a_{n-1}x^{n-1}y + \cdots + a_1 xy^{n-1} + a_0 y^n

</math> を得る。この gf斉次化(せいじか、Homogenize; 同次化)という。これは多項式関数を射影平面上に拡張したものとして利用される。とくに、多項式の特異点が無限遠にある場合にも、斉次化により他の有限な場所に現れる特異点と同等に扱うことができるなどの、条件の対称化を行うことができる。もっと一般の次元の K 係数射影空間 PKn の場合にも、n 次元アフィン空間 AKn の標準的な埋め込みを一つ、たとえば

<math>\mathbb{A}_K^n \to \mathbb{P}K^n;\
 (x_1, x_2, \ldots, x_n) \mapsto [1:x_1:x_2:\cdots:x_n]

</math> を経由して、多変数多項式の斉次化が得られる。つまり、多変数多項式 f(x1, x2, ..., xn) に対して

<math>g(x_0,x_1,\ldots,x_n):= x_0^{{\rm deg}f}f(x_1/x_0,x_2/x_0,\ldots,x_n/x_0)</math>

と置いて得られる g は斉次多項式である。この意味で斉次多項式は多項式の射影的構造を表していると考えることができる。

非可換多項式環

通常の多変数多項式環は、変数と係数および変数同士の可換性が仮定されている。この変数の間の可換性を仮定からはずすことで、非可換多項式環が定義される。可換性をはずしたために、非可換多項式を一般に書き表すのは困難であるが、非可換多項式環はテンソル代数として記述することができる。X = {x1, x2, ..., xn} を基底とする有限次元 K ベクトル空間あるいは可換環 K 上の階数有限な自由加群 V 上のテンソル代数 T(V) を

<math>T(V) =: K\langle x_1, x_2, \ldots, x_n \rangle = K\langle\mathbf{X}\rangle</math>

などと記してK 上の非可換多項式環あるいは自由多元環であると言い表す。ここで術語「自由(free) は、この環が必ずしも乗法が可換でないような多元環としての普遍性を持つということを意味している。K 上で有限生成な(非可換)環 A

<math>
 A = K\langle \alpha_1, \alpha_2, \ldots, \alpha_n\rangle := \left\{
   \sum_l c_l \alpha_{i_1}^{(l)}\alpha_{i_2}^{(l)}\cdots\alpha_{i_{k_l}}^{(l)}
   \mid c_l \in K, \alpha_{i_j}^{(l)} \in \{\alpha_1,\ldots,\alpha_n\}
 \right\}

</math>

K<X> の代入による準同型として得られる。
ファイル:TensorAlgebra-01.png
テンソル代数の普遍性
つまり、適当な K 多元環の全射準同型で
<math>K\langle \mathbf{X} \rangle \to A;\
 f(x_1,x_2,\ldots,x_n) \mapsto f(\alpha_1,\alpha_2,\ldots,\alpha_n)

</math> なるものが必ず取れ、またしたがって AK<X> のある商多元環に同型である。この準同型の V への制限は V から A への K 線型写像であるが、逆に V から A への任意の K 線型写像はかならずこのような形の多元環の準同型に延長可能である。これはテンソル代数の普遍性と呼ばれる性質の一部である。

また、非可換多項式環 K<x1, x2, ..., xn> をテンソル代数とみるとき、対応する対称代数 S(V) は多項式環 K[x1, x2, ..., xn] であり、多項式環が有限生成可換多元環に対する普遍性を持っていることに対応している。

関連項目

脚注

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  1. 微分形式の斉次部分も微分 t 形式、t 形式などのように呼ぶことが多いので、文脈によっては注意を要するかもしれない。