性別適合手術

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性別適合手術(せいべつてきごうしゅじゅつ)とは、性別の不一致、性同一性障害を抱える者に対し、当事者の性同一性に合わせて外科的手法により形態を変更する手術療法のうちの、内外性器に関する手術を指す。“Sex Reassignment Surgery” (SRS) の訳語。

原語を直訳した性別再割り当て手術性別再割当手術)、性別再指定手術性別再判定手術などの名称もある。日本のGID学会、日本精神神経学会では「性別適合手術」を正式な名称として用いている。

概要

性同一性障害を抱える者に対し、内外性器を他の性別の特徴に類似した形態を得ることを目的とする。女性から男性への手術 (Female to Male SRS; FTM SRS)、男性から女性への手術 (Male to Female SRS; MTF SRS) に分類される。

FTM SRS では、子宮卵巣摘出術、膣粘膜切除・膣閉鎖術、尿道延長術、陰茎形成術がある。MTF SRS では、精巣摘出術、陰茎切除術、テンプレート:仮リンク、陰核形成術、外陰部形成術がある。

生殖能力を永久的に失わせる不可逆的な手術で、本人の意志に基づくものである。他の性別としての新たな生殖機能も得られない。この手術を受ける者の多くは、すでに性ホルモンの摂取、豊胸術、乳房切除手術などにより、自己の性別としての外観を得、そしてその性別としての実生活をしている。日本精神神経学会のガイドラインでは手術前に一定期間の性ホルモンの投与や、新しい性別での実生活経験 (real life experience; RLE) をおこなうことを重要視しており、これを条件にしている病院も多い。

性別適合手術は、揺るぎのない人格としての性同一性に沿うように、そして身体的性別が本人の同一性に与える苦痛を緩和するため内外性器の外観を調整する手術と考えることができる。国際的な組織であるハリーベンジャミン国際性別違和協会(現・テンプレート:仮リンク)の「性同一性障害の治療とケアに関する基準 (第6版)」においては、『性別適合にかかる手術は実験的でも、研究的でも、美容整形でも選択的でもなく、性転換指向(transsexualism) あるいは重度の性同一性障害の治療として極めて有効で効果的である』と記されている。

手術の方法

女性から男性へ

女性から男性への手術 (FTM SRS) では、いくつかの段階に分けておこなわれる。

(1) 子宮卵巣摘出術
子宮、卵巣、卵管の摘出。
(2) 膣粘膜切除・膣閉鎖術
膣の内壁を切除し膣を閉じる。
(3) 尿道延長術
膣前壁皮弁、大小陰唇、前庭部の皮膚などの組織を切り取って移植し尿道を作り、のちの陰茎形成のために延長しておく。
(4) 陰茎形成術
陰茎形成には3つの方法がある。
腹部皮弁法
下腹部、ソケイ部などの皮弁を用いて陰茎形成する。
陰核陰茎形成術 (Metaidoioplasty)
長期間の男性ホルモン療法により肥大した陰核の腹側の索条物を外して、上方に翻転させてミニペニスを形成する。立位での排尿が可能となる上、身体のほかの部分に組織提供部を必要とせず傷を残さないため、この手術を希望し選択する当事者も多い。このミニペニスに満足できない場合、すでに延長した尿道をそのまま利用して、本格的な陰茎形成もできる。
マイクロサージャリー法
前腕皮弁または上腕部のデルトイド皮弁を切り取り、筒状に細工して陰茎の形状にし、マイクロサージャリー(顕微鏡下での神経血管接続手術)で陰核の部分に接続する。切り取られた前腕部には、臀部の表皮をはぎ取り前腕部組織の回復処置を行うが、完全に元の状態には戻らないことが多い。性交渉を望む場合は、陰茎形成時に内部にポケット状の空間を確保し、約1年後に特殊な折り曲げ可能なインプラントを挿入して完成する。
(5) 陰嚢形成
大陰唇の組織の内部にシリコンプロテーゼを挿入し陰嚢の形状に形成する。

男性から女性へ

男性から女性への手術 (MTF SRS)では、以下の2つの手法が一般的である。

陰茎会陰部皮膚翻転法
尿道と直腸の間を切ってスペースを作り、そこに海綿体、陰茎、精巣を除去した陰嚢の皮膚を血流を残したまま移植して膣を形成する。これを造膣と呼ぶ。感覚を残すために、動脈と静脈と神経をつないだ陰茎亀頭の3分の1を移植して陰核を形成する。感覚には個人差が大きく、また術後約1年間は、神経が未結線のために無感覚である。性腺も温存するため若干の体液が出るが、それはカウパー腺液であり、女性のバルトリン腺液およびスキーン腺液とは質・量が全く異なる。このことから、性交渉に必要な分泌液が十分でないことがこの手法の弱点である。また、術後3か月以上の長期間に渡って、1日2~3回程度定期的にプロテーゼ(スティック、ダイレーターとも呼ばれる)による拡張ケア(ダイレーション)を行い、膣の収縮を抑えることが必要である。長年の女性ホルモン投与による男性器の萎縮などの理由で陰茎や陰嚢の皮膚が不足する場合に、尿道を利用して造膣することも近年可能になった。この術法はモロッコ在住のフランス人医師のジョルジュ・ビュルー (de: Georges Burou) によって1960年代に考案され後の1973年に彼がスタンフォード大学医学部においてその術法を公開したことで世界に普及した。1966年にジョンズ・ホプキンス大学病院で行われた性別適合手術もこの技法を基に若干の変更を加えられたものである。現在タイ王国などアジア諸国も含めて世界的にこの手法が主流となった。日本では、術前に新しく形成した膣から毛が生えないよう電気脱毛を行う。
大腸法
尿道と直腸の間を切ってスペースを作り、下腹部を15cm程度開腹して、大腸の肛門側部分であるS字結腸を10数cm切り取り、造膣をおこなう。性交渉を重視する場合に用いられる手法。分泌される腸液がバルトリン腺液に似た効果を与えるが、つねに分泌し続けるためにナプキンなどで常時ケアをしなければならないという欠点がある。しかし、術後の膣収縮が少なく、ダイレーションが陰茎会陰部皮膚翻転法に比べて少ない回数で済むという利点がある。デンマークやスウェーデンなど欧米圏ではかつて1950年代を中心にこの手法が行われていたが、現在では古典的な術法とされ、陰茎会陰部皮膚翻転法が不可能な場合にしかおこなわれない。

どちらの方法でも難しいのは血行の保持であり、うまくいかない場合はその皮膚に血が通わなくなるため、その皮膚組織が壊死して脱落する可能性がある。

各国において

日本

日本で手術の実績を持つおもな大学は、埼玉医科大学岡山大学関西医科大学大阪医科大学札幌医科大学。 特に埼玉医科大学総合医療センターでは2007年まで原科孝雄が形成外科教授であったこともあり、日本で初めて公式な性転換手術を施行し、症例数も多く、技術的に難しく国内では前例がなかったFTM(女性から男性へ)の性転換手術にも実績がある。

このほかの病院でも、手術の施行を視野に入れて各科の専門家で構成するジェンダークリニックを設置している。ただし必ずしもこれらすべての病院が積極的に手術を行っているわけではないため、手術を希望する患者のすべてをさばける状態とは言えない。また技術的にも不安があるということで、性別適合手術を希望する人の多くが施術医療機関が整っていて熟練した医師のいるタイ王国で手術を受けている。日本国内で上記5か所以外にも積極的に手術を行っている私立病院(主に美容形成外科や産婦人科)は存在する。総合病院ではない比較的小規模な病院であっても全身麻酔下での手術であるため、手術医に加え専門の麻酔科医の参加や入院設備のある施設で行われることが望まれる。

日本国外

手術の名称は、英語では“Sex Reassignment Surgery” (SRS)。イギリス英語では “Gender Reassignment Surgery” (GRS) が好まれる。

オランダでは性別適合にかかる正当な医療行為として健康保険の適応が認められ、さらにMtFのための顔面の女性化の手術や豊胸手術にも性別適合にかかる正当な医療行為として健康保険の適応が認められている[1]

イランでは、1980年代中頃以降、法的な性別の変更は認められ、性別適合手術はイラン政府により同国の当事者に無償で提供されている。ブラジルでは2007年より、キューバでは2008年より、北欧諸国同様に、性別適合手術が無償で提供される。

タイでは性転換手術が盛んで外国人でも条件があるものの手術を受けることが可能である。

歴史

日本

以前は「性転換手術」などの名称で呼ばれていたが、日本精神神経学会では、2002年3月23日より手術の正式な名称を「性別適合手術」とした[2]

  • 日本では1950年から1951年にかけて、日本医科大学付属病院及び竹内外科病院によりMTFの永井明子に対しておこなわれた。
  • 1969年、ブルーボーイ事件。十分な診断をせずに性別再判定手術を行なった医師が優生保護法違反により逮捕された。
  • 1997年5月28日、日本精神神経学会が「性同一性障害に関する答申と提言」を答申。
  • 1998年10月、埼玉医科大学が日本国内初の公式な性別再判定手術をおこなった。(FTMの患者の性転換手術)
  • 埼玉医科大学総合医療センターでは、担当である原科孝雄教授の定年、スタッフの体調不良から、2007年4月末で性別適合手術を中止した。だが2009年12月に行われたFtMの性別適合手術から部分再開され、2010年10月中旬に新たなスタッフの手によるMtFの性別適合手術が行われ、本格再開することになった。[3]
  • 2007年5月22日、非ガイドラインルート性別適合手術の第一人者、和田耕治が死去。

日本国外

1930年ベルリンにて、性科学者マグヌス・ヒルシュフェルトの保護監察下において、デンマークの画家リリー・エルベに対して睾丸摘出手術(去勢術)が施術された。翌年の1931年には、ドイツのドレスデン州立婦人科診療所において、彼女に陰茎切断、卵巣と子宮の移植も伴った世界初の性別適合手術がクルト・ワルネクロス(de:Kurt Warnekros)によって施術された。彼女は法的性別の変更も認められたが、間もなく拒絶反応により50歳で死去した。現在、生殖器の移植が行われないの理由の一つには免疫抑制が極めて困難なことがある。しかし近年、免疫抑制剤なしで子宮の移植手術を行う研究がなされている[4]

1946年ロンドンにて、形成外科医ハロルド・ジリエス (en:Harold Gillies) によって、世界初の陰茎形成術がFtMのローレンス・マイケル・ディロン (en:Michael Dillon) に対して施術された。ハロルド・ジリエスはまた、1951年にMtFのロベルタ・コウェル (en:Roberta Cowell) に対して、血管と神経を残したまま海綿体を除去した陰茎を翻転させ小陰唇を形成することにも成功した。この術法は後のジョルジュ・ビュルー (de:Georges Burou) の陰茎会陰部皮膚翻転法の前まで、外陰部形成術として広くおこなわれた。

2003年6月12日付けの欧州人権裁判所の記録(ファン・キュック対ドイツ事件[5])では、性別適合手術は「必要な医療行為」であり、民間の保険会社が性別適合手術の費用を「正当な医療行為ではない」として負担しなかったことを容認したドイツ国内の判決を、原告の性同一性と自己決定権をないがしろにするものであり、人権と基本的自由の保護のための条約第6条の「公平な審理と裁判を受ける権利」そして同第8条の「私生活の権利」の蹂躙にあたるとしてドイツ政府に治療費と精神的苦痛に対しての損害賠償を命じる判決が下された。

ジョグジャカルタ原則第17原則においては、国家は診療録開示やインフォームド・コンセントの権利とともに性別適合に関する身体変更を法的に正当で差別的でない治療とし、その治療や看護、支援も容易に受けられるようにする義務があることが記された。

参考文献

  • 山内俊雄編著 『Modern Physician 25-4 性同一性障害の診かたと治療』 新興医学出版社、2005年。
  • 野宮亜紀・針間克己・大島俊之・原科孝雄・虎井まさ衛・内島豊著 『性同一性障害って何?—一人一人の性のありようを大切にするために』 緑風出版、2011年(増補改訂版)。ISBN 9784846111014

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

テンプレート:Portal LGBT

外部リンク

学会

資料

  • 性同一性障害とオランダ法(大島俊之著)
  • 戸籍の性別変更と人権
  • テンプレート:Cite web
  • Transplantation of the human uterus
  • http://www.menschenrechte.ac.at/orig/03_3/Kuck.pdf 欧州人権裁判所の記録(2003年6月12日判決)「ファン・キュック対ドイツ事件」