性同一性

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性同一性(せいどういつせい)とは、人間が有している『自身がどの性別に属するかという感覚、男性または女性であることの自己の認識』をいう。性の同一性、性別のアイデンティティ。原語は“Gender Identity: gender (性) - identity (同一性) )カタカナ表記でジェンダー・アイデンティティとも。また、日本語意訳としては性自認(せいじにん)もよく用いられる。

概説

人間は、自分の性が何であるかを意思とは無関係に認識している。多くの場合は無意識に確信していて、その認識を他人の強制や自らの自由意思で変えることはできない。その継続的認識と確信のことを性同一性という。日本では、原語の意味を汲み取って翻訳した『性の自己意識』『性の自己認知』『自己の性意識』『性自認』などの意訳がある。

性同一性は、心理学者ジョン・マネーによって1950年台に概念化されたものである。多くの人は身体的性別と完全に一致しているが、性分化疾患の事例などを研究する中で、女児の発育の途中で内性器が精巣、染色体がXYであることが判明し、それを告知しても、本人の女性としての性同一性は変わらなかったり、外性器が曖昧な状態で生まれても、養育の性別で性同一性を確立することが調査で判明したことから(これは、たとえば2004年から2005年にかけてドイツで行われた大規模調査でも、性分化疾患当事者439人のうち、自らを「男でも女でもない」とした人は9人で、残りの430人は通常の男性か女性のジェンダー・アイデンティティを報告していて、性分化疾患を持つ人々の大多数が、典型的な男性/女性としてのジェンダー・アイデンティティを持っていることが再確認されている)、すなわち、身体の性とも染色体型とも別個に「自己の性に関する確信」が存在することが確認され、これは “Gender Identity”(性同一性)と呼ばれるようになった。

性同一性と身体的性別とが異なる状態、著しい性別の不一致に対する精神医学上の診断名として性同一性障害がある。

性同一性の決定要因

性同一性がどのようにして定まるのかについては未解明の部分も多いが、大まかに先天説と後天説とに分かれるが、先天説が有力であり、折衷的な説も中には存在する。

後天説は「生まれたときには人間の性同一性は中性である。生まれてから自分の身体の性を認識することと、周囲からその性に応じた扱いを受けることにより男女いずれかに分化する」というものであり、先天説は「脳の中に性同一性を形作る仕組みが存在し、先天的に決定されている」というものである。

後天説

  • 極めて早い時期から性別再指定手術を施した男児が24歳になっても女性として生活している事例が存在し、後天的な環境により性同一性が変更された可能性を示唆する。(cf. Bradley, Oliver, Chernick, Zucker 1998)
  • 分界条床核は生まれた時点では性分化しておらず、後天的な経験が脳神経に作用することによって分化するのかも知れない。(Chung, De Vries, Swaab 2000)
  • 性ホルモン治療を受けた性別移行者の成人MtFFtMの投与前後に渡る追跡調査では、性ホルモンの投与によって脳の容積が変化していることが確認された。(Hulshoff Pol, Cohen-Kettenis, Van Haren, Peper, Brans, Cahn, Schnack, Gooren, Kahn 2006)

先天説

ライナー・マリア・リルケ
オーストリアの詩人ライナー・マリア・リルケは1875年に男児として出生したが、実母の意向で5歳まで服装も含めて完全に女の子として育てられた。しかしその後、彼は一貫して男性として生活し、その生涯を終え、その間自らの性別に違和感を覚えることすらなかった。
ジョン/ジョアン症例 The “John/Joan” case
生後まもなく事故によって外性器を失った男児に対し、環境要因を重視する性科学者ジョン・マネーは、女性器形成・女性ホルモン投与を行って女児として育てさせた。この子ども「ブレンダ」はその後は女性として成長したと報告され、これによって一時後天説が有力視されるようになった。
しかし、再調査の結果、ブレンダは幼い頃から自分が女性であることに違和感を覚え続けており、最終的に「デイヴィッド」と改名して男性として生活を送っていることが判明した。乳児期からの性器形成・女性ホルモン投与や女性としての教育も女性としての性同一性を作り出すことはできなかったことになり、この事例は「後天説」の根拠ではなく、先天説の根拠となった。
さらに、マネーがこの事実を知っていたにもかかわらず意図的に隠蔽しようとした疑いがあることも分かった。後天説はマネーが行った幾つかの報告に多分に依っていたため、マネーの信用失墜とともにこの仮説自体を疑う者も出るようになった。
分界条床核
についての理解が深まるにつれ、男性と女性は生まれつき脳の構造が一部異なっていることが判明した。例えば、人間の性行動に関わりの深い分界条床核の大きさを調べると、男性のものは女性のものよりも有意に大きい(性差#脳の性差)。また、男性から女性へ移行した性同一性障害者6名の脳を死後に解剖した結果、分界条床核の大きさが女性とほぼ同じであった。(Zhou, Hoffman, Gooren, Swaab 1995)
総排泄腔外反症
遺伝的には男性である患児計16例(5歳から16歳)の中で、新生児期に外科的処置を行ってに社会的・法律的にも性別を女性とされた14例の対象者のうち8例が研究の過程で自分は男性であると申告し、他方、男性として育てられた2例は男性のままであった。「出生時に性別を女性とされた遺伝的には男性の総排泄腔外反症児における性同一性の不一致」(William G. Reiner, M.D., and John P. Gearhart, M.D.)。
この患児は性同一性に従って次のグループに分類できる。
5例は女性として生活していた。
3例は(うち2例が自分は男性であると申告していたが)性同一性が曖昧な状態で生活していた。
8例は男性として生活し、うち6例が性別を女性から男性へと変更していた。
16例の対象者は全員,中等度から高度の男性に典型的と考えられる態度や関心を示した。追跡期間は 34~98 ヵ月。
総排泄腔外反症児の場合、ホルモン療法等の内分泌的な治療が幼少期より継続的に行なわれたかどうかは未確認であるため、身体の男性的二次性徴の発現や、あるいは総排泄腔外反症の知識を抱く事があったとするならば、それらが性同一性にどれだけ影響を及ぼしたかは不明であることを考慮に入れなければならない。

複合説

先天的・後天的要因の両方を認める複合説を唱える人もいる。

  • 性同一性は脳の仕組みにより先天的に原型が定まるが、臨界期には個人差があり、その幅は出生前から生後2歳程度に掛けてなのではないか。
  • 臨界期に達する前の極めて早い時期であれば外部からの働きかけで性同一性を変更できるのではないか。
  • 最近では思春期などの成長過程や投薬による体内の性ホルモン濃度の変化によっても脳の各部位の容積に変化が起き、性同一性なども随時影響を受けると考えられている。

幼少期のTSの場合には成人までの間に性同一性が変化したと思われる次のような報告もある。

  • Richard Greenが行った研究では,子供のTSが20歳以降もTSであったのは44人中1人。 (1987)
  • オランダでは、20歳以降もTSであったのは男77人中15人、女26人中11人。
  • Zucker(カナダ)が行った研究では、男40人、女45人中、20歳以降も性別違和感が継続したのは28%、SRS希望を希望したのは13%。

性役割

性役割を構築する上で、性同一性は重要な働きをする。性同一性はその人の人格を形成する最も基本的かつ重大な要素である。

性役割とは、基本的にはその文化において自己の性を適切に表現するための行動様式と見ることができる。そのため、性役割を習得するに当たっては自己の性をどのように考えているかが問題となる。従って、多くの場合は性役割は性同一性に一致している。

ただし、性同一性障害の当事者の場合、外圧と社会適応性のために自己の性同一性とは異なった性役割を意図的に選択しようとすることもある。また、性別に応じて異なる性役割が与えられている現状を問題だと考えて、それを訴えるために自己の性同一性とは異なる性役割を選択しようとする人もいる。

各国において

参考文献

関連項目

外部リンク

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