岩手郡
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岩手郡(いわてぐん)は、岩手県の郡。令制国下では陸奥国(のち陸中国)に属す。
以下の3町を含む。
盛岡都市圏の北部を占める。
郡域
岩手郡(第1次)
概ね下記の区域を合わせたものだが、行政区画として画定されたものではない。
岩手郡(第2次)
明治30年(1897年)に発足した当時の郡域は、第1次岩手郡と同じ区域にあたる。
歴史
郡名は「岩出の森」に由来するという説がある。文献に表れるのは、平城天皇の御代に陸奥国磐手の郡から献上された鷹を愛で、帝がつけた名前「磐手(いはて)」(大和物語第152段)が最初という。大納言はこの鷹を取り逃がしてしまい、奏じるのを躊躇っていたがついに口にすると、これを嘆いた帝は何も言わなかった。なぜ何もおっしゃらないのかと問うと、「いはて思ふぞ言ふにまされる」(言わないことこそが言うことよりも思いは勝るのだ/言わぬ程に磐手を深く思っている)と鷹の名に掛けて詠じたという。この歌は、古今和歌集の本歌取りで、源氏物語でも引用されている。同音である「岩手=言わで」「口無し=梔子」の連想から、「言いたくても言えない切なさ」を表す歌枕となり、平安文学の世界では、梔子染めの山吹色が「岩手の里」の情景を示す言葉となった。
岩手郡(第1次)
- 盛岡城下[1]、仁王村、上田村、三割村、山岸村、上米内村、下米内村、浅岸村、加賀野村、新庄村、志家村、東中野村、川目村、東安庭村、川又村、日戸村、門村、簗川村、藪川村、下太田村、中太田村、上太田村、猪去村、上鹿妻村、下鹿妻村、下厨川村、上厨川村、大釜村、篠木村、大沢村、土淵村、平賀新田、鵜飼村、滝沢村、本宮村、向中野村、仙北町村、雫石村、長山村、西根村、上野村、御明神村、橋場村、繋村、西安庭村、南畑村、鶯宿村、玉山村(後の南岩手郡)、沼宮内村、江刈内村、大坊村、新町村、五日市村、久保村、子抱村、御堂村、川口村、寺林村、馬場村、巻堀村、永井村、好摩村、芋田村、渋民村、門前寺村、川崎村、下田村、松内村、平笠村、田頭村、寄木村、野駄村、松尾村、平舘村、堀切村、荒木田村、上関村、帷子村、寺田村、黒内村、黒石村、葉木田村、坊村、一方井村、土川村、大更村(後の北岩手郡)
- 明治元年12月7日(1869年1月19日)
- 明治元年12月24日(1869年2月5日) - 戊辰戦争後の処分により盛岡藩主南部氏が磐城白石藩に転封される。
- 明治2年7月22日(1869年8月29日) - 南部氏が旧領復帰して盛岡藩が復活し、再び本郡を管轄。
- 明治4年7月10日(1871年8月15日) - 盛岡藩が廃藩となり、盛岡県(第2次)を設置。
- 明治4年11月2日(1871年12月13日) - 第1次府県統合により盛岡県(第3次)の管轄となる。
- 明治4年
- 中野村が東中野村に改称。
- 盛岡城の廃城にともない城内が内丸に改称して仁王村に編入。盛岡城下各町が仁王村、志家村、仙北町村、東中野村、新庄村、加賀野村、山岸村、三割村、上田村に字地として編入。(85村)
- 明治5年1月8日(1872年2月16日) - 盛岡県(第3次)が岩手県に改称。
- 明治11年(1878年)11月26日 - 郡区町村編制法施行。
- 明治12年(1879年)1月4日 - 岩手郡を分割。玉山村など47か村を南岩手郡、沼宮内村など38か村を北岩手郡とする。
岩手郡(第2次)
- 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制施行にともない、南岩手郡・北岩手郡が合併して岩手郡(第2次)が発足。郡役所を盛岡市内丸に設置。(1町24村)
- 大正2年(1913年)6月10日 - 厨川村の一部(盛岡駅周辺と陸羽街道沿い[3])が盛岡市に編入。
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会廃止。
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所廃止。
- 昭和3年(1928年)4月1日 - 米内村を盛岡市に編入。(1町23村)
- 昭和15年(1940年)1月1日 - 厨川村を盛岡市に編入。(1町22村)
- 昭和15年(1940年)12月23日 - 雫石村が町制施行し、雫石町となる。(2町21村)
- 昭和16年(1941年)4月10日 - 浅岸村・中野村・本宮村を盛岡市に編入。(2町18村)
- 昭和23年(1948年)7月1日 - 九戸郡葛巻町・江刈村を岩手郡に編入。(3町19村)
- 昭和29年(1954年)4月1日 - 玉山村・渋民村・藪川村が合併し、新制の玉山村が発足。(3町17村)
- 昭和30年(1955年)2月1日 - 簗川村および玉山村の一部、滝沢村の一部(滝沢字穴口の一部)を盛岡市に編入。(3町16村)
- 昭和30年(1955年)4月1日(3町12村)
- 太田村が盛岡市に編入。
- 雫石町・御明神村・御所村・西山村が合併し、改めて雫石町が発足。
- 昭和30年(1955年)6月1日 - 巻堀村を玉山村に編入。(3町11村)
- 昭和30年(1955年)7月15日 - 葛巻町が江刈村および二戸郡田部村と合併し、新制の葛巻町が発足。(3町10村)
- 昭和30年(1955年)7月21日 - 沼宮内町・一方井村・川口村が合併し、岩手町が発足。(3町7村)
- 昭和30年(1955年)10月 - 雫石町の一部(繋のうち繋温泉周辺)を盛岡市に編入。
- 昭和31年(1956年)9月30日 - 大更村・平舘村・田頭村・寺田村が合併し、西根村が発足。(3町4村)
- 昭和36年(1961年)11月1日 - 西根村が町制施行し、西根町となる。(4町3村)
- 平成14年(2002年)4月1日 - 二戸郡安代町を岩手郡に編入。(5町3村)
- 平成17年(2005年)9月1日 - 安代町・西根町・松尾村が合併し、八幡平市が発足し、郡より離脱。(3町2村)
- 平成18年(2006年)1月10日 - 玉山村を盛岡市に編入。(3町1村)
- 平成26年(2014年)1月1日 - 滝沢村が市制施行し、滝沢市となり、郡より離脱。(3町)
変遷表
旧郡 | 明治29年3月29日 | 明治29年 - 大正15年 | 昭和元年 - 昭和28年 | 昭和29年 - 昭和63年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
南岩手郡 | 雫石村 | 雫石村 | 昭和15年12月23日 町制施行 雫石町 |
昭和30年4月1日 雫石町 |
雫石町 | 雫石町 | ||
御明神村 | 御明神村 | 御明神村 | ||||||
御所村 | 御所村 | 御所村 | ||||||
西山村 | 西山村 | 西山村 | ||||||
滝沢村 | 滝沢村 | 滝沢村 | 滝沢村 | 平成26年1月1日 滝沢市(市制) |
滝沢市 | |||
米内村 | 米内村 | 昭和3年4月1日 盛岡市に編入 |
盛岡市 | 盛岡市 | 盛岡市 | |||
厨川村 | 厨川村 | 昭和15年1月1日 盛岡市に編入 | ||||||
浅岸村 | 浅岸村 | 昭和16年4月10日 盛岡市に編入 | ||||||
中野村 | 中野村 | |||||||
本宮村 | 本宮村 | |||||||
簗川村 | 簗川村 | 簗川村 | 昭和30年2月1日 盛岡市に編入 | |||||
太田村 | 太田村 | 太田村 | 昭和30年4月1日 盛岡市に編入 | |||||
玉山村 | 玉山村 | 玉山村 | 昭和29年4月1日 玉山村 |
平成18年1月10日 盛岡市に編入 | ||||
藪川村 | 藪川村 | 藪川村 | ||||||
北岩手郡 | 渋民村 | 渋民村 | 渋民村 | |||||
巻堀村 | 巻堀村 | 巻堀村 | 昭和30年6月1日 玉山村に編入 | |||||
沼宮内町 | 沼宮内町 | 沼宮内町 | 昭和30年7月21日 岩手町 |
岩手町 | 岩手町 | |||
一方井村 | 一方井村 | 一方井村 | ||||||
川口村 | 川口村 | 川口村 | ||||||
御堂村 | 御堂村 | 御堂村 | ||||||
大更村 | 大更村 | 大更村 | 昭和31年9月30日 西根村 |
昭和36年11月1日 町制施行 西根町 |
西根町 | 平成17年9月1日 八幡平市 |
八幡平市 | |
平舘村 | 平舘村 | 平舘村 | ||||||
寺田村 | 寺田村 | 寺田村 | ||||||
田頭村 | 田頭村 | 田頭村 | ||||||
松尾村 | 松尾村 | 松尾村 | 松尾村 | 松尾村 | ||||
二戸郡 | 二戸郡 荒沢村 |
二戸郡 荒沢村 |
二戸郡 荒沢村 |
昭和31年9月30日 二戸郡 安代町 |
平成14年4月1日 岩手郡 安代町 | |||
二戸郡 田山村 |
二戸郡 田山村 |
二戸郡 田山村 | ||||||
北九戸郡 | 九戸郡 葛巻村 |
昭和15年2月25日 九戸郡 葛巻町 |
昭和23年7月1日 岩手郡 葛巻町 |
昭和30年7月15日 葛巻町 |
葛巻町 | 葛巻町 | ||
九戸郡 江刈村 |
九戸郡 江刈村 |
昭和23年7月1日 岩手郡 江刈村 |
脚注
参考資料
- 『角川日本地名大辞典』3 岩手県(角川書店、1985年)
外部リンク
関連項目
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