堤防

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堤防(ていぼう)とは、人家のある地域に河川の水が浸入しないように、河岸海岸に沿って土砂を盛り上げた治水構造物のことである。

土手(どて)とも呼ばれるが、古語としての意味は、治水としての海岸や河川の「堤(つつみ)堤防・護岸」若しくは「堤道」(堤と一体になった道)や「築地」(つきじと読み埋立地のこと)をさし、または「城郭の土塀、土居、築地{ついじと読み城郭の土塀のこと語源は築泥(つきひじ)}」を意味する。

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例:江戸時代初期築造の堤防
「伊木の堤」(鳥取市鹿野

河川の堤防

河川の堤防は主に洪水時の氾濫を防ぐ目的で設けられる。洪水時に想定される水位を計画高水位といい、これに越水を防ぐための余裕高、地盤や堤防の沈下を見越した余盛りを加えた高さまで堤防が作られる。

日本において河川堤防は、河川法に定める河川管理施設の一つとされ河川区域に含まれるため[1]、私有地内にあったとしても工作物の設置や土地の掘削、竹木の植栽・伐採などには河川管理者の許可が必要となる。ただし、高規格堤防特別区域(後述)では規制が緩和される。

堤防の構造

ファイル:River Levee Cross Section Figure.svg
一般的な河川堤防の断面図。
1.計画高水位 (HWL) 2.低水路 3.高水敷(河川敷) 4.表法 5.表小段 6.天端 7.裏法 8.裏小段 9.犬走り 10.低水護岸 11.堤外地 12.堤防敷 13.堤内地 14.河川区域

堤防から見て河川のある側を堤外(ていがい)といい、その反対側を堤内(ていない)という。一般的な感覚とは内外逆に思えるが、人家のある土地を堤防で囲って護るという考え方から生まれた呼称である。

堤防の平坦になった頂部は天端(てんば)と呼ばれ、3m以上の計画高水流量により決められた幅にされている。この天端には河川管理のための人車が通行可能な河川管理用通路が設けられ、必要に応じて敷砂利やアスファルト舗装が施されている。堤防も場所によっては、一般車両の通行可能な国道や都道府県道等の一般道と同等の「併用道路」とされているが、天端は洪水時において水防活動を実施する空間となるため、水防活動を妨げるガードレールや街灯といった構造物は可能な限り設置が避けられる。このため一般の道路は、天端を区分して平行に設けたり、斜面を1段下がった小段に設けることで、水防活動と一般交通路としての利用を分離している区間も多い。

天端の両端の法肩(のりかた)から下る斜面は法面(のりめん)といい、堤外側の法面を表法(おもてのり)、堤内側の法面を裏法(うらのり)という。法面の勾配は原則として50%以下と定められている。通常は法面にはを生やすことで表面の崩落を防ぐが、水流が強くなることが予想される箇所の表法面はコンクリートブロックなどで護岸が行われる。大きな堤防になると(高さ3m以上)、法面の崩壊を防ぎ、安定を図るため、中腹に水平な段が設けられる。これを小段といい、1.5m以上の幅で設けるよう定められている。ただし、小段に水が溜まることを嫌って、最近は流下断面に余裕がある場合、小段を設けずに緩傾斜とした1枚法で改修される場合がある。

また、堤防の安定や非常用土砂の確保、環境保全において必要のある場合には、裏法に盛り土を行うことがある。これを側帯という。側帯はときに頂部を公園としたり、並木を植えるなどして利用されることもある。

特殊堤・胸壁
堤防の材料は土を基本とする。この場合、土は自立させるために断面を底面の広い台形に仕上げる必要があるが、都市部などで、通常の堤防を作るだけの用地が確保できない場合、主要部分にコンクリートや鋼矢板などを用いた壁状の堤防を造ることがある。これを特殊堤という。また、同様の理由で堤防高が十分に取れない場合、堤防上にコンクリートなどで壁を造り高さを補うことがある。この壁を胸壁という。

尚、同様の特殊堤として、河川構造物に越流堤、囲繞堤(いじょうてい)、背割堤及び道流堤がある。

高規格堤防

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上:従来型の堤防
下:スーパー堤防
スーパー堤防は高さに対して堤体の幅が約30倍である。堤防沿いの建物などを移転させてから盛土(図では赤い部分)を施し、整地後に堤の上に改めて建物を建築する。
ファイル:Monument of super dike birthplace1.JPG
スーパー堤防発祥の地の碑と事業説明板(千葉県栄町矢口スーパー堤防内

通常の堤防は越水が起こると土砂が削られ、破堤につながり甚大な被害を招く。万一の越水でも急速な崩壊を招かぬよう、裏法面を3%以内の緩やかな勾配としたものを高規格堤防という(スーパー堤防とも呼ぶ)[2]。高規格堤防においては水が堤防高を越えても堤内に緩やかに流れ落ちるため被害が小さくなる。1987年に建設省(現在は国土交通省)が事業として始め、千葉県栄町矢口(やこう)の利根川沿いに完成したものが第一号。利根川のほかに江戸川荒川多摩川淀川大和川の5水系6河川区間約873kmの整備を対象とする[3]

高規格堤防の裏法面上は高規格堤防特別区域とされ、大規模な地面の掘削等に許可が必要となるものの、通常の土地とほぼ同様に建築や耕作に利用することができ、堤防上に街並が作られる。たとえば堤防高10mの高規格堤防では裏法面の幅は30倍の約300mを必要とする規格であるが、この部分の用地買収は行わず、一時移転や再建築の費用を国が負担した上で所有者に土地が返還されることとなる。この際に街区整理も併せて行われることがある。

高規格堤防事業は100年から200年に一度の大洪水を安全に流すことを想定しているが、建設には約400年の膨大な時間と12兆数千億円の費用が必要とされ[4]、また堤防全体を高規格化するまではその治水効果を十分には発揮できない。利根川では全体の高規格化まで約1000年かかるという試算もあり、治水対策に名を借りた再開発事業だとの指摘もある。

2011年東北地方太平洋沖地震発生時に、スーパー堤防を津波対策の堤防かのように扱うメディアが見られたが、上述の通りスーパー堤防の優位性は河川の氾濫時の土壌安定化にあり、津波対策としては極めて破堤しにくい事以外は一般的堤防以上の優位性はないとの指摘もある。

堤防の種類

本堤
洪水を防ぐ役割を主に担う連続堤のことを本堤という。
副堤、控え堤、二線堤
本堤の保護やバックアップの目的で設けられる小さい堤防のことを副堤、控え堤、二線堤という。
横堤
河道とほぼ直角に、本堤から河川に向かって設けられた堤防のこと。洪水の流れを受け止めて流速を落とし、遊水池のような効果も期待できる。河川敷を広く取った場所に造られ、普段は耕地として利用されている他、天端部を橋に接続する道路として使用されているものもある。埼玉県比企郡吉見町から戸田市にかけての荒川につくられたものが代表的。岐阜県愛知県木曽川流域では、猿尾堤ともいう。
囲繞堤、周囲堤、越流堤
遊水池を設けて氾濫した水の受け皿とする場合、遊水池と川を隔てる堤防を囲繞堤(いじょうてい)、遊水池と人家のある土地を隔てる堤防を周囲堤とよぶ。また、遊水池へ水を導くためわざと堤防を低くしてある部分を越流堤(別名:洗い堰)とよぶ。越流堤には流水により浸食されない強固な構造が要求される。
背割堤
河川の合流部に、二つの流れを分けるように設けられた堤防。一方の河川で増水があったとき、もう一方の河川への背水(逆流や堰上げ)による影響を小さくするためや、互いの河川の水位に大きな差がある場合に設けられる。
導流堤
河川の分流・合流地点、河口などに設置される堤防。流れと土砂の移動を望ましい方向に導くために設けられ、背割堤は導流堤の役割を兼ねていることが多い。
霞堤
堤防が不連続となっており、上流側堤防の終端部の堤内側に平行して下流側堤防が始まる構造の堤防。増水時に不連続部に洪水を逆流で堤内地側へ呼び込み遊水させて流れを緩める、上流で氾濫した水をすみやかに排水する、堤防が決壊しても堤防が二重となっている(控え堤の効果)ためリスクを低減できるなどの効果が期待できる。堤防が折り重なる様子を霞に見立ててこの名がある。武田信玄釜無川に設けた信玄堤が有名。
輪中堤
集落や耕地の周囲をぐるりと囲うように設けられた堤防。堤に囲まれた部分は輪中とよばれる。木曽川長良川揖斐川の合流する濃尾平野につくられたものが有名。桑名市長島町などに見られる。
山付堤
山の尾根など、地形の高まりに接続するように造られた堤防。

設計

堤防の大まかな設計は、位置と高さ、幅より構成される。以下では日本の事情について記述する。

位置

多くの河川では、過去に氾濫した時の堆積土砂である自然堤防が堤体として利用できるため、堤防の設置位置はこういったものの形状と量に左右される傾向が強い[10]。また、人工河川では用土確保の他にも周囲の交通路への影響や無理のない河川の流れも考慮される。

高さ

堤防の高さは「計画高水位」に基づいて決められ、安全に流せる最大の流量「計画高水流量」から導かれる。

計画高水流量は、河川流域の「対象降雨量」に、設計に用いる最大の雨量が発生する確率「計画確率」[11]を適用した上で、流出計算を施すことで「基本高水流量」を求め、これからダムや遊水地での「洪水調整量」を引いたものである。 計画高水位は計画確率で用いた雨量時に発生する高水位のことであり、計画高水流量など時間による変化で表したハイドログラフなどを用いて決定される[12]

堤防の幅は、越水、浸透、浸食に対する十分な安全性が保たれるように考慮されて提体の断面幅が決められる[13]

破堤

ファイル:GretnaLevee.jpg
増水したミシシッピ川。河原は水没しているが堤防のおかげで町には被害がない。

堤防が壊れて堤内に水があふれることを破堤(はてい)という。破堤の要因を大別すると浸透、浸食、越水の3つが挙げられる。

浸透
川表側の水位が上昇し、堤内側地盤との水頭(水圧)差により生じる堤防内の間隙水圧が大きくなった場合に、川表側からの河川の浸透水による水みちが形成されることで、裏法側や堤内基盤に漏水を生じさせる作用である。浸透水が堤防を構成する土砂類を吸い出し、パイピング現象を急速に進行させる可能性もあることから、最終的な堤防の欠壊を防ぐためにも早期の発見と適切な対処が必要。
対処法:水防活動により川表側ではシート張工、裏法側では月の輪工、釜段工などを行う。
浸食
波や水流にさらされることで、表法面の土砂が削られたり、堤防や護岸の足(脚部)が深掘れしていく現象。ある部分が大きく浸食されることを洗掘といい、放置して規模が大きくなると堤防の幅が痩せていき、十分な浸透路長を稼げなくなることによる浸透破壊、または堤防本体のそのものの崩壊を生じさせることで、やがて破堤につながる。
対処法:水防活動により裏法側では築き廻し工などを行う。
越水
水位が堤防高を越え、水があふれる現象。表法面ほどは補強されないことの多い天端や裏法面が削られることにより、侵食による破壊と同じメカニズムが生じ、やがて破堤につながる。
対処法:水防活動により天端への積み土嚢工などを行う。

越水では破堤の有無に関わらず漏れ出た水によって「超越洪水」が起きる場合がある[14]

破堤防止

浸透防止策
鋼矢板製の止水壁を川表側の土中に打込んだり、透水性の低いブランケットと呼ばれる土で川底を覆う工法や、遮水シートやブランケットで表法面を覆う工法を採る。また、川裏側にドレーン工と提脚水路を設けて堤体内に浸透した水をできるだけ早期に排水できるようにされる。大量の雨水が堤体内に浸透するのも避けた方が良い。
浸食防止策
ここでいう浸食防止策とは川表側の浸食に対する備えであり、川の流れで生じる浸食作用から堤体を護ることである。表法面をコンクリート製などの護岸工事を行ったり、水制(すいせい)を設ける。適切に管理された斜面の芝もある程度有効である。
越水対策
越水だけであれば堤防の高さを増せば単純に防げるが、費用対効果や堤体の総合的な耐力を考慮すれば現実的な高さには上限が生じる。ここでいう越水対策とは天端や川裏側の浸食に対する備えであり、越流水で生じる浸食作用から堤体を護ることである。越水対策では、越水された場合であっても容易には流水で堤体を侵食されないように、天端の川裏側角や川裏の法尻部分にはそれぞれ法肩保護工と法尻工が行われ、天端や法面という平面部は遮水シートや保護マットを覆うといった対策が行われる。

上記のような対策を施された堤防は「難破堤堤防」と呼ばれる。

海岸の堤防

テンプレート:See also 津波高潮、高波の被害を防ぐために海岸に沿って設けられる堤防は海岸堤防とよばれる。海岸堤防の高さは計画高潮位(異常潮位の際に想定される潮位)に波の影響を考慮した高さを加えたもの以上に設定される。波による浸食や越波に耐えうるよう、河川堤防よりも強固な構造となっている。

また、津波等に備えて特に高く頑丈に造られた堤防を「津波防波堤」または「防浪堤」と呼ぶ。高さ5-7メートル程度のものが一般的であるが、岩手県宮古市田老地区(旧田老町)の堤防は特に高く、その高さは10メートル、長さは2.4kmに及び、別名「田老万里の長城」として観光名所にもなっていた。この田老地区の堤防は1960年チリ地震の津波をはじめとする幾つもの津波被害を防いできたが、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の津波を防ぐことはできなかった[15]

一方で岩手県下閉伊郡普代村や同県九戸郡洋野町においては、東北地方太平洋沖地震においても高さ15.5mの普代水門(1984年に完成)や太田名部防潮堤(以上普代村)や高さ12mの防潮堤(洋野町)が決壊せずに津波を大幅に減衰させ、集落への人的・物的被害を最小限に抑えることができた[16][17][18]。普代村では2011年の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)において被災した民家は無く、死者はゼロである[19]

関連用語

計画高水流量
河道を建設する場合に基本となる流量で、基本高水を河道と各種洪水調節施設に合理的に配分した結果として求められる河道を流れる流量。
計画高水位
計画高水流量が河川改修後の河道断面(計画断面)を流下するときの水位。危険水位ではない。

その他

堤防を決壊させた者は、刑法第123条により2年以下の懲役若しくは禁錮又は20万円以下の罰金(出水及び水利に関する罪)、さらに出水させて現住建造物、電車などを浸水させた場合には、第109条により死刑又は無期若しくは3年以上の懲役が科せられる(現住建造物等浸害罪)。1995年7月、長野県豊野町(現長野市)では集中豪雨の際に堤内水位が堤外水位を上回ったことから、当時の町長が排水を目的に堤防の破壊を決断、被害の拡大を防ぐことに成功した。しかし、仮に被害が拡大することがあれば、刑法第123条の適用第一号になる可能性があった。

脚注

  1. 日本の河川は総延長約25万kmあり、国土交通省が管理する「一級河川が109水系、約8.7万kmと、都道府県が管理する「二級河川」が2722水系、約3.6万km、市町村が管理する「準用河川」が2509水系、約2.0万kmに分類される。ただし一級河川でも主要部以外は国土交通省から都道府県に管理が委託されている箇所が多いため、国土交通省が実際に管理しているのは約1.1万kmである。 河川の科学 p.16
  2. 治水の手法2国土交通省
  3. 3.0 3.1 テンプレート:Cite web
  4. テンプレート:Cite web
  5. テンプレート:Cite web
  6. 石原都知事、蓮舫氏に「スーパー堤防はいりますよ」と痛烈な一撃 会談は5分で打ち切り産経ニュース 2011年3月1414日
  7. 高規格堤防の見直しに関する検討会
  8. 8.0 8.1 読売新聞2012年1月20日13S版36面
  9. 「大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)に関する会計検査の結果について「要旨」5ページ(イ)会計検査院2012年1月19日
  10. 河川の科学 p.32-33
  11. 「計画確率」は、一級河川では1/100から1/200、重要河川では1/200とされている。
  12. 河川の科学 p.32-33
  13. 河川の科学 p.32-33
  14. 河川の科学 p.32-33
  15. テンプレート:Cite news
  16. 明治の教訓、15m堤防・水門が村守る 読売新聞 2011年4月3日 2011年4月24日閲覧
  17. 岩手県普代村は浸水被害ゼロ、水門が効果を発揮 日本経済新聞 2011年4月1日 2011年4月24日閲覧
  18. 『津波で5割超の防潮堤損壊 岩手県が効果検証へ』共同通信 2011年4月12日 2011年4月24日閲覧
  19. 普代守った巨大水門 被害を最小限に 岩手日報2011年4月24日閲覧

出典

  • 末次忠司著、『河川の科学』、ナツメ社、2005年10月11日初版発行、ISBN 481634005X

関連項目

外部リンク


テンプレート:河川関連