使徒信条
使徒信条(しとしんじょう、テンプレート:Lang-la, テンプレート:Lang-en)は、キリスト教のうち、西方教会(カトリック教会、聖公会、プロテスタント)における基本信条のひとつ[1]。使徒信経(しとしんきょう)とも[2]。ラテン語原文の冒頭の語をとってクレド(Credo) とも呼ばれる。
東方教会(正教会、東方諸教会)は、使徒信条に告白されている内容は否定しないものの、信条としては受け入れていない[1][3]。
目次
歴史
使徒信条は、ローマ教会の古来の洗礼式の信条である[4]「ローマ信条」(2世紀後半)にもとづいてつくられたもので,早くから公同の信条として用いられてきた[5]。
使徒信条という名は、この信条が使徒たちの忠実な信仰のまとめとみなされていることによる[6]。全部を12節に分け、十二使徒がそれぞれの節を書いたという伝説すらあるが[5]、確証はない。
信条本文
ラテン語
日本語訳
キリスト教の全教派に共通の日本語訳は存在しない。教派ごとに、また時代によってもいくつかの訳が存在する。
カトリック教会
聖公会
プロテスタント
変形
- カトリック教会とルーテル教会では、一人称で平叙文の原文を、二人称の疑問文に変形したものが、洗礼式で用いられる。
- 日本基督教団『讃美歌』(1954年刊)の566番に掲載されている使徒信条には、「・・・生ける者と死ねる者とを審きたまわん」とあるが、日本福音連盟の『聖歌』(1958年刊)の見開きページにある使徒信条には、この部分は「・・・生ける者と死にたる者とを審きたまわん」とある。なお『新聖歌』では後者の表記を踏襲している。特に福音派系の教会の礼拝において使徒信条を唱える場合、讃美歌集の採用の違いや、教団の信仰告白との兼ね合いから、どちらを採用するかは教会によってまちまちである。
内容
三位一体
テンプレート:節stub 三位一体を信じる教派では、この信条は三位一体の信仰を強調していると主張する。
宇田進は使徒信条の根本的特色に「三位一体の神が告白されている」ことをあげ、「「我は・・・父なる神を信ず」「我は・・・イエス・キリストを信ず」「我は聖霊を信ず」とある。」「使徒信条は、全体として三位一体の順序に従って、父、子、聖霊に関する三部分の叙述から構成されているが、重心は御子イエス・キリストに置かれている。」と述べ、使徒信条の重点がイエス・キリストにあるとしている[7]。
陰府降下(地獄降下)
テンプレート:Main キリストの地獄への降下は、使徒信条で信条化されているのにもかかわらず、西方教会では解釈が非神話化される傾向がある[8]。
これと反対に、正教会は使徒信条を信条としては用いないにもかかわらず、キリストの地獄への降下は復活と結びつけられ、今でも重要な信仰の要素となっている[9]。
その他
プロテスタントでは、使徒信条は異教とキリスト教の線を引くものにすぎず、他の教派に対するプロテスタント固有の正統性を保証するものではないとする解釈もある[10]。
脚注
外部リンク
テンプレート:信条- ↑ 1.0 1.1 久松英二『ギリシア正教 東方の智』151頁 講談社選書メチエ (2012/2/10) ISBN 9784062585255
- ↑ 『キリスト教大事典』485頁、教文館、昭和48年9月30日 改訂新版第二版
- ↑ 信仰-信経:日本正教会 The Orthodox Church in Japan
- ↑ 『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』56頁 カトリック中央協議会 ISBN 978-4877501532
- ↑ 5.0 5.1 「使徒信条」世界大百科事典 第2版の解説 コトバンクより
- ↑ 『カトリック教会のカテキズム』 #194(日本語版65頁) カトリック中央協議会 ISBN 978-4877501013
- ↑ 『福音主義キリスト教と福音派』p.63、p.64
- ↑ 久松英二『ギリシア正教 東方の智』160頁, 161頁、 講談社選書メチエ (2012/2/10) ISBN 9784062585255
- ↑ 久松英二『ギリシア正教 東方の智』162頁, 163頁、 講談社選書メチエ (2012/2/10) ISBN 9784062585255
- ↑ 小野静雄『日本プロテスタント教会史』下 聖恵授産所 p.243