伊東孝之

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伊東 孝之(いとう たかゆき、1941年12月17日 - )は、日本の国際政治学者北海道大学名誉教授早稲田大学政治経済学術院教授。専門は国際関係論比較政治学ポーランドを中心とした東欧地域研究三重県生まれ[1]

日英露波独の5か国語を操り、同時通訳も可能であることで知られている。他に仏語も解する。

略歴[2]

恩師

東大で斉藤孝に師事する

著書

単著

共著

編著

  • Facing up to the Past: Soviet Historiography under Perestroika, (Slavic Research Center, Hokkaido University, 1989).
  • The World Confronts Perestroika: the Challenge to East Asia, (Slavic Research Center, Hokkaido University, 1991).
  • Between disintegration and reintegration : former socialist countries and the world since 1989 , (Slavic Research Center, Hokkaido University, 1994).
  • 『ソ連東欧諸国の変動と国際システムへの再統合』(北海道大学スラブ研究センター、1992年).
  • 『東欧政治ハンドブック――議会と政党を中心に』(日本国際問題研究所、1995年).
  • 『せめぎあう構造と制度――体制変動の諸相 Between Structure and Institutions: Evolving Conflict over Regime Change 』(正文社、2008年).

共編著

論文

雑誌論文

  • 「東欧の民族問題とマルクス主義の民族自決権概念――ローザルクセンブルグ」『スラブ研究』18号(1973年)
  • 「戦後ポーランドの成立――ソ連外交とポーランド労働者党の戦術(1943-1945年)」『スラブ研究』18号(1973年)
  • "Nobert Leser; Zwischen Reformismus und Bolschewismus--Der Austromarxismus als Theorie und Praxis,1968", 『季刊社会思想』3巻2号(1973年)
  • 「コメニスのポーランドにおける活動とそのポーランド観」『スラブ研究』19号(1974年)
  • 「最近のローザ・ルクセンブルク研究――ポーランドにおける活動を中心として」『スラブ研究』19号(1975年)
  • 「ヨーロッパ:現代:東欧(一九七五年の歴史学界:回顧と展望)」『史学雑誌』85巻5号(1976年)
  • 「東欧に関する連合国の戦争目的, 1941-1945(1-4)」『スラブ研究』21号・22号・23号・26号(1976年-1980年)
  • 「多元国家ソ連との対話――在ソ十カ月の思索」『中央公論』96巻7号(1981年)
  • 「ポーランド革命の歴史的位相」『世界』430号(1981年)
  • 「神通力を失った「特権階級(ノメンクラトウラ)」はどこへ--ポ-ランド自主管理制度の焦点」『朝日ジャーナル』23巻42号(1981年)
  • 「中国のなかのロシア――旅行者の眼で文化継受のあり方を探る」『中央公論』96巻14号(1981年)
  • 「社会主義の国際的条件」『現代の理論』19巻1号(1982年)
  • 「ポーランド81.12.13自制的革命の悲劇」『中央公論』97巻2号(1982年)
  • 「ポ-ランドにおけるノメンクラトゥラ論争――一元的支配手段の黄昏(上・中)」『共産主義と国際政治』6巻4号・7巻1号(1982年)
  • 「官僚制的安定の限界」『中央公論』98巻1号(1983年)
  • 「「連帯」運動とは何だったのか――その思想と構造にそくして―(上)」『世界』446号(1983年)
  • 「労働者革命の可能性と困難性――「連帯運動」とは何だったのか―(下)」『世界』447号(1983年)
  • 「現存社会主義における社会変動と政治体制――ポーランドにおける党内選挙(1980-81)に即して」『スラブ研究』31号(1984年)
  • 「ソ連の民族と日本の民族――多民族国家と単一民族国家(上・下)」『現代の理論』21巻5号・21巻6号(1984年)
  • 「知られざる党内闘争――ポ-ランド水平運動の軌跡 1980-81年(上・下)」『現代の理論』21巻8号・21巻8号(1984年)
  • 「転換期の東欧安全保障システム――ユーロミサイルの影で」『国際問題』303号(1985年)
  • 「拘束衣による平和――ヤルタ体制の本質」『中央公論』100巻7号(1985年)
  • 「国内に戻ってきた外交政策――ソ連東欧研究にとっての新しい課題」『国際政治』81号(1986年)
  • 「ポーランド――改革と変動と(上・下)」『世界』524号・525号(1989年)
  • 「システム変動下のポーランド――ラコフスキ内閣の政策を中心に」『ソ連研究』8号(1989年)
  • 「東欧 社会主義国における権力の分立――ポ-ランドの場合」『比較法研究』52号(1990年)
  • 「『ロシア』と『ソビエト』――ソ連における国名変更論議によせて」『世界』559号(1991年)
  • 「迷走する大国――2重革命下のソ連」『世界』561号(1991年)
  • 「危機の第2幕は地域抑圧と国内領土紛争か(ソ連の急転回と民族の激流--起点,そして底流へ)」『朝日ジャーナル』33巻40号(1991年)
  • 「ソ連科学アカデミーの危機――旧ソ連諸国,とくにロシアの学術体制が直面している諸問題」『学術月報』45巻9号(1992年)
  • 「多元的民主主義の制度化――東欧諸国の経験, 1989-92年」『ロシア研究』16号(1993年)
  • 「解体の危機に瀕する東欧諸国の科学アカデミ――ポ-ランドの例を中心に」『学術月報』46巻10号(1993年)
  • 「武力衝突後のロシア情勢の鍵は地方が握っている――連邦解体のおそれも」『エコノミスト』71巻45号(1993年)
  • 「一東欧研究者の歩み――変動期における社会科学者と研究対象の関係を考える」『ロシア研究』20号(1995年)
  • 「旧ソ連東欧諸国における共産党系勢力の復権――一般的背景と民主化にとっての意味合い」『早稲田政治経済学雑誌』329号(1997年)
  • 「スラブ研究のアイデンティティ・クライシス」『学術月報』50号(1997年)
  • 「東欧の民族問題」『外交フォーラム』12巻6号(1999年)
  • 「覇権後スラブ=ユーラシアの民族関係――新しいパラダイムを求めて」『海外事情』52巻6号(2004年)
  • 「ポーランド政治の右傾化」『海外事情』54巻6号(2006年)
  • 「東欧の1956年――クレムリン、民衆、指導者」『ユーラシア研究』35号(2006年)
  • 「ソ連・東欧圏の六八年――改革共産主義の興隆と終焉」『環』33号(2008年)
  • 「遅れた到来、一斉の開花、不確かな将来 : 東欧から「アラブの春」を見る」『中東研究』2011年度3号(2012年)

単行本所収論文

  • 「民族主義と大国の安全保障――東欧における国境問題の展開」『地理』(古今書院、1980年)
  • 「東欧政治とEC統合――ポーランドを中心として」日本政治学会編『年報政治学』(岩波書店, 1993年)

脚注

テンプレート:Reflist
  1. [1]伊東孝之のページ
  2. [2]東大三鷹クラブ