ゾンビ
ゾンビ(Zombie、ゾンビー)とは、何らかの力で死体のまま蘇った人間の総称である。ホラーやファンタジー作品などに登場し、「腐った死体が歩き回る」という描写が多くなされる。
目次
現実におけるゾンビ
起源
「生ける死体」として知られており、ブードゥー教のルーツであるヴォドゥンを信仰するアフリカ人は霊魂の存在を信じている。こちらについては「目に見えないもの」として捉えている。 「ゾンビ」は、元はコンゴで信仰されている神「ンザンビ(Nzambi)」に由来する。「不思議な力を持つもの」はンザンビと呼ばれており、その対象は人や動物、物などにも及ぶ。これがコンゴ出身の奴隷達によって中米・西インド諸島に伝わる過程で「ゾンビ」へ変わっていった。
伝統的な施術
この術はヴードゥーの司祭の一つであるボコにより行われる。ボコの生業は依頼を受けて人を貶める事である。ボコは死体が腐り始める前に墓から掘り出し、幾度も死体の名前を呼び続ける。やがて死体が墓から起き上がったところを、両手を縛り、使用人として農園に売り出す。死体の魂は壷の中に封じ込まれ、以後ゾンビは永劫に奴隷として働き続ける。死人の家族は死人をゾンビにさせまいと、埋葬後36時間見張る、死体に毒薬を施す、死体を切り裂くなどの方策を採る。死体に刃物を握らせ、死体が起き出したらボコを一刺しできるようにする場合もあるという。
しかし、名前を呼ばれた程度で死体が蘇るはずもなく、農民達による言い伝えに過ぎない。現在でも、ヴードゥーを信仰しているハイチなどでは、未だに「マーケットでゾンビを見た」などの話が多い。また、知的・精神的障害者の様子がたまたま死者に似ていたケースを取り上げ、「死亡した人がゾンビ化される事例がある」などとされることもある。
ゾンビ・パウダー
実際にゾンビを作るにあたってゾンビ・パウダーというものが使用される。ゾンビ・パウダーの起源はナイジェリアの少数民族であるエフェク人やカラバル人にあるとされる。西アフリカ社会では伝統的な刑法としてこの毒が用いられており、これが奴隷達により西インド諸島に持ち込まれた。一般に、「ゾンビ・パウダーにはテトロドトキシンが含まれている」と言われている。この毒素を対象者の傷口から浸透させる事により仮死状態を作り出し、パウダー全量に対する毒素の濃度が丁度よければ薬と施術により蘇生し、濃度が高ければ死に至り、仮死状態にある脳(前頭葉)は酸欠によりダメージを負うため、自発的意思のない人間=ゾンビを作り出すことが出来る。ゾンビと化した人間は、言い成りに動く奴隷として農園などで使役され続けた。
これらは民族植物学者、ウェイド・デイヴィスが自著[1]で提唱した仮説であり、実際は事実に反する事項や創作が多く、例えばゾンビ・パウダーに使われているのはフグの仲間であるハリセンボンと言われるが、ハリセンボンはテトロドトキシンを持っていない。また、テトロドトキシンの傷口からの浸透によって仮死状態にするという仮説には無理があるとの指摘もある。
実情
「ゾンビ化」とは、嫌われ者や結社内の掟を破った者に対し、社会的制裁を加えるための行為であり、この場合の「死者」とは生物的なものではなく、共同体の保護と権利を奪われる、つまり“社会的な死者として扱われる”ことであると、ゾラ・ニール・ハーストン(w:Zora Neale Hurston)やアルフレッド・メトロー(w:Alfred Métraux)等の人類学者は、ゾンビに関する研究の早い時期から論じていた[2]。
イギリス人の人類学者、ローランド・リトルウッド(Roland Littlewood)はハイチに渡って詳細なるデータを取り、ゾンビの存在を全否定している。「マーケットに死んだはずの息子がゾンビとなって歩いていた」と言って、ふらふら歩いている人物を自宅に連れ帰った父親の報告があり、その息子とされた人物を医学的に検査したところ、死んだ形跡が全くなかった。また、その人物には知的障害があり、DNA検査によって父親と親子関係のない他人の空似だったことが判明した。その他にも同様に、他人の空似のケースばかりであったことが報告されている。(1997年)
アメリカ戦略軍において地球全体がゾンビに襲われるシナリオでの軍事作戦の訓練テンプレート(CONOP8888)が2011年に作成されている。これは架空シナリオを実際の軍事計画と勘違いしないようにありえないゾンビが敵として想定されたという[3]。
架空世界におけるゾンビ
映画史における最初のゾンビ登場は1932年の『恐怖城』(ビデオ化名「ホワイトゾンビ」)と古く、早くから恐怖映画のジャンルでは活用されていたが、これは邪悪な魔道士が利用する一種のゴーレムであった。ゴーレムといっても石や木ではなく死体を使ったゴーレムという考え方、すなわちブードゥーのゾンビであり、能動的な活動は出来ず、劇中においても恐怖を盛り上げる脇役的存在となっている。
1960年代中盤までゾンビの登場する映画は多数作られたが、主たる悪役はあくまでも邪悪な魔道士であり、ゾンビ自体は脇役である。そのため、吸血鬼や狼男、ミイラといった恐怖映画の主役と比べ、マイナーな存在であった。
しかし、近年においてゾンビは人気モンスターとなっている。それは「疲れ知らずの労働力」としての姿ではなく、「人間に敵対する圧倒的な数のモンスター」と位置付けられた、新しいゾンビの姿が描かれるようになってからである。その多くは明確な意思を持たず、他者の操作や生前の生物的な本能などに従って行動するが、肉体的には朽ちつつも自我を持ち自由に活動する例もある。
このゾンビ像を決定づけたのは、1968年のジョージ・A・ロメロのアメリカ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』である。この作品でロメロはブードゥー教のゾンビに吸血鬼の特徴を混ぜ込み、新たな恐怖の対象である「生ける死体」を作りあげた。後発のゾンビはほとんどがこの「ロメロゾンビ」の影響下にある。ロメロ自身の手になる続編『ゾンビ』は各国で公開され、これによって世間に「ゾンビ」という言葉が普及した。
上述のようにゾンビに吸血鬼の要素が付加され「ゾンビに殺された人間もゾンビ化する」という設定が追加されたため、「人類よりも増える一方のゾンビの方が多いという終末的な状況下で、なんとか生き延びようともがく人々の姿」を描く作品となる事が多い。 このスタイルの原点は、リチャード・マシスンによる終末SF『地球最後の男』である。同作は「吸血鬼による人類の滅亡と主役の交代」というプロットだが、『ゾンビ』においては「やがて全生物が死滅し、最終的に地球は死の星となる」とされている。
なお、ジョージ・A・ロメロ自身は「1968年の映画を撮影していた段階ではゾンビではなくグールと呼んでいた」と語っている。
SF作品において“化学薬品等の影響によるゾンビ化”という設定は以前より存在したが、近年では呪術や魔法的な手法ではなく、科学実験や特殊なウィルス感染、或いは寄生虫によりゾンビ化するという設定が主流になりつつある(疑似科学を取り入れる事により、恐怖の源をより身近に、ある程度のリアリティーを持って表現できるためと考えられる)。これらの作品には、パンデミックという形で被害が拡大するパニック物の様相を呈するものも多い。
一部ではこれらのゾンビをブードゥーのゾンビと区別するために、ロメロの映画に倣ってLiving Dead(リビングデッド)と分類・呼称している。このタイプには人間以外のゾンビも存在し、「腐りかけた肉体を持つ動物が人間を襲う」等の描写も登場する。作品によって細部は異なるものの、全般的なゾンビの特徴として、「あまり複雑な動きはできず、動作は緩慢」「頭部や背骨を破壊されたり、燃やされると活動を停止する」「ゾンビに外傷を負わされることにより、負傷者がゾンビ化する」などが挙げられる。
過去、長編や長尺の和製ホラーにはあまり登場しなかったゾンビだが、近年では『SIREN』や『屍鬼』など、日本の文化・社会に持ち込んだ作品も生まれている(ただし『屍鬼』の場合、純粋にゾンビのみの設定ではない)。
マイケル・ジャクソンの有名なPV『スリラー』では、マイケル率いるゾンビに扮したダンスチームがダンスをしている。
別の意味でのゾンビ
ゾンビは日本で「活動死体」等とも形容されるが、その一方で様々な意味が追加される形で、別の物の形容詞的に用いられる場合がある。これらではゾンビ的性質を挙げて、そのように呼称している。
- 無気力な人
- オランダ語での俗語。
- サバイバルゲームにおけるゾンビ
- サバイバルゲームゲームルール上で「デッド(戦死した事になっている)」したプレーヤーがルールを無視してゲームを続行し、他プレーヤーを攻撃した場合、またはデッドしていないのにデッドしたように装い不意に攻撃する場合などに「ゾンビ」と呼ばれる。ルールおよびマナー違反となるので他のプレーヤーの気分を害しやすい。
- 特殊ルールとして、一度「死んだ」プレーヤーの収容される“捕虜収容所”を襲撃し救出する事で、救出されたプレーヤーをゾンビと呼びゲームへの参加続行を認めるものや、敵に撃たれたプレーヤーが、映画のゾンビのようにその敵チームに加わって元の自陣に攻め込まねばならないルールもある。サバイバルゲームで一般的にゾンビというと前述の違反のことをさすことが多いことから、混乱を防ぐためにこれらのゾンビをリビングデッド(生ける死者)と呼び区別することもある。
- ゾンビルール
- 自転車のロードレースで複数日にわたってレースを行う「ステージレース」では、タイムオーバー等の理由により棄権扱いとなった選手が主催者による救済措置として次のステージで「復活」する場合がある。これを俗に「ゾンビルール」と呼ぶことがあり、「復活」した選手は「ゾンビ」と呼ばれる。救済措置はルールで定められた制限時間内にフィニッシュできない選手が多数見込まれる場合などに取られることが多く、出来るだけ多くの選手を次のステージに出走させたいという主催者の意向によるものが大きい。
- 哲学的ゾンビ
- 哲学、主に心の哲学で使われる言葉。
- ゾンビ議員
- 重複立候補制度が導入された1996年以降の衆議院議員選挙では、小選挙区で落選し重複している比例で復活当選をした議員を揶揄の意味合いを込めてゾンビ議員と俗称する。
- ゾンビプロセス
- UNIXやWindowsのプロセス終了状態で、子プロセスが終了しても、親プロセスがwait()関数などでプロセスの終了値を受け取るまで、プロセステーブルには子プロセスの情報が残される。これをゾンビプロセスと呼ぶ。プロセステーブルは有限な資源なのでゾンビプロセスが大量に発生するとシステムは機能しなくなる。これを悪用した攻撃がDoS攻撃である。
- ゾンビウィンドウ
- ブラウザクラッシャー(ブラクラ)の一種で、ウィンドウを閉じてもゾンビのごとく何度も立ち上がることから、この名前が付いた。
- ゾンビコンピュータ
- 近年のコンピュータウイルスはパソコンに感染後、ネットワークに接続された他のコンピュータに攻撃(クラック)を自動的に仕掛け、他のパソコンを汚染する。特に悪質なウイルスのケースでは、感染パソコンに外部から命令が送られると、これら感染パソコンが一斉に迷惑メール送信を始めたり、または所定サイトにDoS攻撃を行う等の、何等かの力で操られたゾンビ軍団のような働きをする場合もある。このゾンビPCによるネットワーク化も発生しており、ボットネットがセキュリティ上の一つの脅威にもなっている。
- ゾンビ企業
- 「債務超過で回復の見込みがないのにもかかわらず、追い貸しや金利減免などの銀行の支援によって生きながらえている、非生産的な企業」[4][5]。本来なら市場競争力を失って淘汰されているはずなのに、過剰な保護政策や融資によって生き延びている企業のこと。日本では平成不況(「失われた10年」)の時期から使われるようになり、主に規制緩和推進や新自由主義の観点から経済学者により用いられる。テンプレート:要出典範囲。
脚注
関連書籍・参考文献
- 『新・トンデモ超常現象60の真相』皆神龍太郎 志水一夫 加門正一 楽工社 ISBN 4903063070
- 『蛇と虹―ゾンビの謎に挑む』ウェイド・デイヴィス草思社 ISBN 4794203136
- 『ゾンビ伝説―ハイチのゾンビの謎に挑む』ウェイド・デイヴィス第三書館 ISBN 4807498169
- 檀原照和 『ヴードゥー大全』 夏目出版 2006年
関連項目
外部リンク
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