シード (レンズメーカー)
テンプレート:Infobox 株式会社シード(テンプレート:Lang-en-short)は、東京都文京区にあるコンタクトレンズメーカーである。
概要
『SEED』ブランドのコンタクトレンズ、コンタクトレンズケア用品の製造販売、眼鏡レンズ・フレームの製造販売を行っている。
2013年(平成25年)3月期の連結売上構成は、コンタクトレンズ・ケア用品事業89.6%、眼鏡事業7.7%、その他2.7%となっている。
日本で初めてコンタクトレンズの研究を行った「東京コンタクトレンズ研究所」を母体としている。1962年(昭和37年)に「マイコン」(マイ・コンタクトレンズの略)としてブランド化。これは、1970年(昭和45年)に開かれた大阪万博のタイムカプセルに収められている。
更に1972年(昭和47年)には「マイコンソフト」と銘打ったソフトタイプコンタクトレンズを、1984年(昭和59年)には「マイコン ハイO2」という酸素透過性ハードタイプレンズを市販した。1985年(昭和60年)、シードコンタクトレンズ研究所の設立に伴いブランド名を現在の「シード」に変更。社名も1987年(昭和62年)にそれに変更された。更に1992年(平成4年)には煮沸消毒のいらないソフトレンズ「コンセプトF」を新発売した。近年では一定期間(1週間 - 1ヶ月程度)の使いきりタイプのコンタクトレンズも発売されている。
1993年(平成5年)から眼鏡事業を開始。特に2000年(平成12年)には、松雪泰子が企画・プロデュースした「Vivid Moon」という眼鏡ブランドを開拓した。
2004年(平成16年)に、国産初となる2週間使い捨てソフトレンズ「シード 2weekPure」を発売した。また、2009年(平成21年)には、国産初の1日使い捨てソフトコンタクトレンズ「シード 1dayPure」発売した。
なお、京都府京都市にあるシード平和株式会社(建築会社、旧名:株式会社シード)、大阪市都島区にある株式会社シード(消しゴムメーカー)とは別会社で資本関係などはない。
沿革
- 1957年(昭和32年)10月 - 株式会社東京コンタクトレンズ研究所を設立。
- 1987年(昭和62年)2月 - 株式会社東コン販売を合併し、社名を株式会社シードに改称。
- 1989年(平成元年)12月 - ジャスダックに上場。
- 1998年(平成10年)10月 - 子会社として株式会社メガサーチを設立。
- 1999年(平成11年)2月 - 子会社の株式会社シードコンタクトレンズ研究所の目的をメガネ・コンタクトレンズ等の販売に変更し、株式会社タワービジョンに商号変更。
- 2000年(平成12年)4月 - 有限会社メディエイト(現・株式会社シードアイサービス)とその子会社である京都コンタクトレンズ株式会社を子会社化。
- 2008年(平成20年)9月 - 薬事法65条・69条違反を理由に、東京都や埼玉県から行政処分を受ける[1]。
- 2011年(平成23年)4月 - 株式会社シードアイサービスが株式会社メガサーチを吸収合併。
- 2013年(平成25年)3月 - 京都コンタクトレンズ株式会社を清算。
- 2014年(平成26年)3月 - 東京証券取引所第二部に市場変更。
関連人物
松雪以外にも著名人が企画・プロデュースした商品を取り扱っているのもある。
- CMモデル
関係会社
- 株式会社タワービジョン(埼玉県幸手市) - コンタクトレンズ・ケア用品事業、眼鏡事業(完全子会社)
- 株式会社シードアイサービス(東京都文京区) - コンタクトレンズ・ケア用品事業、眼鏡事業(完全子会社)
- 実瞳(上海)商貿有限公司(中華人民共和国上海市) - コンタクトレンズ・ケア用品事業、眼鏡事業(完全子会社)
- SEED Contact Lens ASIA Pte.,Ltd.(シンガポール) - コンタクトレンズ・ケア用品事業、眼鏡事業(完全子会社)
脚注
- ↑ コンタクトレンズの原材料・成分等が製造販売承認書の承認事項とは異なるものを生産・出荷したため、東京都から製造販売業について22日間の停止、埼玉県から製造業について21日間の停止の行政処分を受ける。
行政処分に関するお知らせ 株式会社シード・プレスリリース2008年9月10日