イデアル

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抽象代数学の分野である環論(あるいは半群論)におけるイデアルテンプレート:Lang-en-short )はの特別な部分集合で、それに属する任意の元の和と差に関して閉じていて、なおかつ任意の元を掛けることについても閉じている。例えば整数全体の成す集合における、偶数全体の成す集合や テンプレート:Math の倍数全体の成す集合などはこの性質を持っている。

整数の場合であれば、イデアルと非負整数とは一対一に対応する。即ち整数環 テンプレート:Math の任意のイデアルは、それぞれただ一つの整数の倍数すべてからなる主イデアルになる。しかしそれ以外の一般の環においてはイデアルと環の元とは全く異なるものを指しうるもので、整数のある種の性質を一般の環に対して一般化する際に、環の元を考えるよりもそのイデアルを考えるほうが自然であるということがある。 例えば、環の素イデアル素数の環における対応物であり、中国の剰余定理もイデアルに対するものに一般化することができる。 素因数分解の一意性デデキント環のイデアルに対応するものが存在し、数論において重要な役割を持つ。

イデアルは整数の算術から定義される合同算術の方法と同様の剰余環(商環)の構成にも用いられる、この点において群論剰余群(商群)の構成に用いられる正規部分群と同様のものと理解することができる。

順序集合に対するテンプレート:仮リンクの概念は環論におけるこのイデアルの概念に由来する。またイデアルの概念を一般化してテンプレート:仮リンクの概念を考えることもでき、それとの区別のためここで扱う通常のイデアルは整イデアルと呼ばれることもある。

定義

テンプレート:Mvar の部分集合 テンプレート:Mvar が、加法群としての部分であり、テンプレート:Mvar のどのを左からかけても、また テンプレート:Mvar に含まれるとき、テンプレート:Mvar左イデアル (テンプレート:En) という。同様に任意の テンプレート:Mvar の元を右からかけたものが テンプレート:Mvar に含まれるとき、テンプレート:Mvar右イデアル (テンプレート:En) という。言い換えると、テンプレート:Mvar の部分集合 テンプレート:Mvar が左(右)イデアルであるとは、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の左(右)加群としての部分加群であることをいう。左イデアルかつ右イデアルであるものを、両側イデアル (テンプレート:En) または単にイデアルという。テンプレート:Mvar可換環である場合はこれらの概念は全て一致するため、単にイデアルと呼ばれる。以下に述べるように、群を正規部分群で類別することによって剰余群を得るのと同様に、環を両側イデアルで類別することによって剰余環を得る。

テンプレート:Mvar を環 テンプレート:Mvar の両側イデアルとする。

<math>a \sim b \iff a - b \in I</math>

によって二項関係 テンプレート:Math を定義すると、これは同値関係になる。この同値類には自然に演算が定義できて、環になることが分かる。新しく作られたこの環を テンプレート:Mvar のイデアル テンプレート:Mvar による剰余環と呼び、テンプレート:Math と書く。商環と呼ばれる場合もある。

環の準同型はイデアルであり、逆にイデアルはある環準同型の核になる。群の場合と同じように、環についても準同型定理が成り立つ。すなわち、

テンプレート:Math が準同型ならば、テンプレート:Math の核による剰余環 テンプレート:Math は準同型の像 テンプレート:Math と同型である。

イデアルと合同関係

環構造と両立する同値関係であるテンプレート:仮リンクとイデアルとの間には一対一対応が存在する。即ち、環 テンプレート:Mvar のイデアル テンプレート:Mvar が与えられたとき、テンプレート:Math で定義される関係 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 上の合同関係であり、逆に テンプレート:Mvar 上の合同関係 テンプレート:Math が与えられたとき テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 上のイデアルになる。

イデアルの生成

テンプレート:Mvar を(必ずしも単位的でない)環とする。テンプレート:Mvarでない左イデアルの族の交わりはまた左イデアルになる。テンプレート:Mvar の任意の部分集合 テンプレート:Mvar に対し、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar を含む任意のイデアル全ての交わり テンプレート:Mvar はやはり テンプレート:Mvar を含む左イデアルであって、また明らかにそのようなイデアルの中で最小である。このイデアル テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar によって生成された左イデアルと呼ぶ。左イデアルの代わりに右イデアルもしくは両側イデアルをそれぞれ考えることにより、それぞれ同様の概念が定義される。

テンプレート:Mvar が単位的ならば、テンプレート:Mvar の部分集合 テンプレート:Mvar が生成する左、右、両側イデアルは内部的な演算によって記述することができる。即ち、テンプレート:Mvar の生成する左イデアルは

<math>\{r_1x_1+\dots+r_nx_n \mid n\in\mathbb{N}, r_i\in R, x_i\in X\}</math>

によって与えられる。実際これが左イデアルを成し、これらの元が テンプレート:Mvar を含む任意のイデアルに属することは明らかであるから、確かにこれは テンプレート:Mvar の生成する左イデアルである。同様に テンプレート:Mvar の生成する右、両側イデアルはそれぞれ

<math>\{x_1r_1+\dots+x_nr_n \mid n\in\mathbb{N}, r_i\in R, x_i\in X\},</math>
<math>\{r_1x_1s_1+\dots+r_nx_ns_n \mid n\in\mathbb{N}, r_i\in R,s_i\in R, x_i\in X\}</math>

によって与えられる。

規約として、テンプレート:Mathテンプレート:仮リンクと見做すことにより、イデアル テンプレート:Math は空集合 テンプレート:Math の生成する テンプレート:Mvar のイデアルと考える。

テンプレート:Mvar の左イデアル テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の有限集合 テンプレート:Mvar によって生成されるならば、イデアル テンプレート:Mvarテンプレート:仮リンクであるという。有限集合で生成される右イデアル、両側イデアルについても同様である。

生成系 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の適当な元 テンプレート:Mvar のみからなる単元集合 テンプレート:Math とすると、テンプレート:Math の生成する各イデアルは簡単に

<math>Ra=\{ra \mid r\in R\},</math>
<math>aR=\{ar \mid r\in R\},</math>
<math>RaR=\{r_1as_1+\dots+r_nas_n \mid n\in\mathbb{N}, r_i\in R,s_i\in R\}</math>

と言う形に書くことができる。これらは テンプレート:Mvar によって生成される左、右、両側の主イデアル(単項イデアル)と呼ばれる。テンプレート:Mvar の生成する両側イデアルを簡単に テンプレート:Math と書くことも広く行われている。

上で述べたことは、単位的でない環 テンプレート:Mvar に対しては少しく変更が必要である。テンプレート:Mvar の元の有限積和に加えて、任意の自然数 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の元 テンプレート:Mvar に対して、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar –重和 テンプレート:Math および テンプレート:Math を考えるのである。単位的環 テンプレート:Mvar に対してはこの余分な仮定は過剰な条件になる。

イデアルの演算

テンプレート:Mvar テンプレート:Mvar の左(右)イデアルとする。テンプレート:Mvar の和を

<math>I+J:=\{a+b \mid a \in I,\, b \in J\}</math>

で定義すると、これは テンプレート:Mvar を含む左(右)イデアルのうち最小のものである。また、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の積集合 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar に含まれる左(右)イデアルのうち、最大のものである。しかし、和集合 テンプレート:Math は必ずしもイデアルにならない。テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar が共に両側イデアルのとき、それらの積を

<math>IJ:=\{a_1b_1+ \cdots + a_nb_n \mid n \in \mathbb{N},\, a_i \in I,\,b_i \in J\}</math>

で定義すると、これはまた両側イデアルであり、テンプレート:Math に含まれる。積の定義は、単なる テンプレート:Mvar の元と テンプレート:Mvar の元の積ではなく、その有限和全体の集合であることに注意する必要がある。これらの間の包含関係をまとめると次のようになる。

<math>IJ \subset I \cap J \subset I\,(J) \subset I \cup J \subset I+J</math>

ただし、最初の包含関係は、テンプレート:Mvar が両側イデアルの場合である。

性質

イデアルの種類

以下簡単のため可換環でのみ考えることにして、非可換版の詳しい話は各項に譲る。

イデアルの重要性は、それが環準同型の核となることであり、また剰余環を定義することができることにある。異なる種類の剰余環が定義できると言うことに従って、さまざまな種類のイデアルが考えられる。

テンプレート:仮リンク
真のイデアル テンプレート:Mvar極大イデアル (テンプレート:En ) とは、テンプレート:Mvar を真に含む真のイデアル テンプレート:Mvar が存在しないことを言う。極大イデアルによる商は一般には単純環、可換環の場合はになる[2]
テンプレート:仮リンク
ゼロでないイデアルが極小 (テンプレート:En ) であるとは、それが零でないイデアルを含まないことを言う。
素イデアル
真のイデアル テンプレート:Mvar素イデアル (テンプレート:En ) とは、テンプレート:Mvar の元 テンプレート:Mvarテンプレート:Math を満たすならば必ず テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の少なくとも一方が テンプレート:Mvar に属すことを言う。素イデアルによる商は一般にはテンプレート:仮リンク、可換の場合は整域となる。
テンプレート:仮リンクまたはテンプレート:仮リンク
真のイデアル テンプレート:Mvar根基 (テンプレート:En ) または半素 (テンプレート:En ) であるとは、テンプレート:Mvar の任意の元 テンプレート:Mvar に対してその適当な テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar に属すならば テンプレート:Math となることを言う。根基イデアルによる商は、一般にはテンプレート:仮リンクであり、可換の場合はテンプレート:仮リンクになる。
テンプレート:仮リンク
イデアル テンプレート:Mvar準素イデアル (テンプレート:En ) とは、テンプレート:Mvar の元 テンプレート:Mvarテンプレート:Math を満たすならば必ずその適当な冪 テンプレート:Mvar または テンプレート:Mvar の少なくとも一方が テンプレート:Mvar に属することを言う。任意の素イデアルは準素イデアルだが逆は必ずしも成り立たない。半素な準素イデアルは素イデアルである。
主イデアル
単項生成なイデアル。
有限生成イデアル
加群としてテンプレート:仮リンクイデアル。
テンプレート:仮リンク
単純加群テンプレート:仮リンクを左原始イデアルと呼ぶ。右原始イデアルも同様。しかしその名称にも拘らず、左または右原始イデアルは実は常に両側イデアルになる。原始イデアルは素イデアルである。左(または右)原始イデアルによる商は左(または右)テンプレート:仮リンクと言う。可換環の場合は原始イデアルは極大であり、従って原始環は体になる。
テンプレート:仮リンク
イデアルが既約 (テンプレート:En ) であるとは、それがそれを真に含むイデアルの交わりに書けないことを言う。
互いに極大なイデアル
二つのイデアル <math>\mathfrak{i}, \mathfrak{j}</math> が互いに極大 (テンプレート:En ) であるとは <math>x + y = 1</math> となる <math>x \in \mathfrak{i}</math> および <math>y \in \mathfrak{j}</math> が存在することを言う。
テンプレート:仮リンク
いくつか異なる流儀がある
テンプレート:仮リンク
イデアルが冪零元イデアル (テンプレート:En ) とは、その任意の元がテンプレート:仮リンクであることを言う。

必ずしも環の中で閉じているわけではないが、「イデアル」と呼ばれる重要な例を二つ挙げる。詳細はそれぞれの項を参照。

歴史

19世紀ドイツの数学者であるクンマーフェルマーの最終定理を証明しようと研究していた。その中で彼は、代数的整数に関しては有理整数の場合のような素因数分解の一意性が必ずしも成り立たないという問題に直面した。

有理整数環 テンプレート:Mvar においては テンプレート:Math であって、順序の入れ替え テンプレート:Math を除いては他の素因数分解は存在しない。しかし、代数的整数の場合はそうではない。

クンマーが扱ったのは奇素数 テンプレート:Mvar に対する [[円分体|テンプレート:Mvar –分体]]の整数環の場合であったが、以下ではより単純な例として次のような環を考える。ただし、テンプレート:Mvar虚数単位である。

<math>R = \mathbb{Z}[\sqrt{5}\,i] = \left\{a+b\sqrt{5}\,i\mid a,b\in\mathbb{Z}\right\}</math>

この環には テンプレート:Math の分解は 2 通り存在する。

テンプレート:Math がこれ以上分解できないことは、乗算における絶対値に注目すれば容易に証明できる。

クンマーは、これはまだ分解が十分でないために起きると考えた。例えば有理整数環 テンプレート:Mvar においても、テンプレート:Math のように、分解が十分でなければ 2 通りの分解が発生する。これは テンプレート:Math と完全に分解しなければならない。これと同様に、上記の環 テンプレート:Mvar においてもより根元的な分解 テンプレート:Math が存在し、

テンプレート:Math
テンプレート:Math
テンプレート:Math
テンプレート:Math

なのであろうというのがクンマーの基本的な発想である。

もちろん テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の元ではありえない。クンマーは、テンプレート:Math の分解のためには テンプレート:Math の平方根を含むより広い領域が必要となるように、テンプレート:Mvar の元が上のように完全に分解されるより広い領域が存在すると考えた。そしてこの テンプレート:Mvar のような理想的な分解を与える因子を理想(複素)数 (テンプレート:De ) あるいは理想因子 (テンプレート:De ) と名付けて、理想数の理論を築いた。

クンマーの理想数の理論は非常に形式的で、とても難解なものであった。後になってデデキントは理想数の理論を整理することによってイデアルを考案した。歴史的には、ヒルベルトの『数論報告』の中で、デデキントのイデアル概念が取り上げられたことから、イデアルという名称が採用されることになった。イデアル (テンプレート:De) とは、明らかに理想数に由来する名前である。

現代の環論の言葉で言うなら、先の テンプレート:Math の分解に対するクンマーの考えは次のようなことに相当する。

テンプレート:Math,
テンプレート:Math,
テンプレート:Math,
テンプレート:Math

とすれば、

テンプレート:Math

であり、

テンプレート:Math,
テンプレート:Math,
テンプレート:Math,
テンプレート:Math,

すなわち、テンプレート:Math という元の素因数分解を考えるのではなく、テンプレート:Math により生成されるイデアルの素イデアル分解を考えることが適当だったのである。

また、現代の環論では テンプレート:Math はそもそも テンプレート:Mvar における テンプレート:Math素因数ではない。これらのように「これ以上分解できない元」は既約元と呼ばれ、素数の一般の概念である素元とは区別される。詳しくは環 (数学)を参照のこと。

なお、理想数の理論の考え方は、現代ではイデアル論の他に [[P進数|テンプレート:Mvar –進体]]の理論にも継承されている。

関連項目

参考文献

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  1. テンプレート:Harvnb
  2. 可換単純環は体である。See Lam (2001), テンプレート:Google books quote.