ヒッグス粒子
ヒッグス粒子(ヒッグスりゅうし、テンプレート:Lang-en)またはヒッグス・ボゾンは、1964年にピーター・ヒッグスが提唱したヒッグス機構において現れるとされる素粒子である。マスメディアにおいては神の粒子と呼ばれることもある。
ヒッグス粒子はスピン 0 のボース粒子である。 素粒子が質量を持つ仕組みを説明する機構のひとつであるヒッグス機構においては、ヒッグス場と呼ばれるスカラー場が導入され、自発的対称性の破れにともなって特徴的なスカラー粒子が出現するとされている[1]。このスカラー粒子が、ヒッグス粒子である。
ヒッグス機構を含む理論模型が現実の物理に適用できるかどうかを判定する上で、その模型に対応するヒッグス粒子の存在が実験的に確かめられるかどうかが鍵となる。 ヒッグス粒子という言葉は、広い意味ではヒッグス機構において現れる粒子のことであるが、特に標準模型(ワインバーグ=サラム理論)のヒッグス粒子を指して使われる場合が多い。 標準模型においては、ウィークボソン(W±,Z)はヒッグス機構により質量を獲得しているとされており、クォークやレプトンもヒッグス場との相互作用を通して質量を得ているとされている。
本記事では便宜上ヒッグス機構・ヒッグス粒子の双方について説明するテンプレート:疑問点。質量の合理的な説明のために、ヒッグス機構という理論体系が提唱されており、その理論内で「ヒッグス場」や「ヒッグス粒子」が言及されているという関係になっているためである。
概要
質量はどのようなしくみで発生するのか、物理学的に整合性を保って説明できるのか、という、多くの物理学者を悩ませてきた難しい問題に対するひとつの解決案として、1964年にエディンバラ大学のピーター・ウェア・ヒッグスは、自発的対称性の破れの考えに基づいたひとつの理論を提唱した。この理論・仮説は後に「Higgs mechanism ヒッグス機構」と呼ばれることになる。
ヒッグス機構
ヒッグス機構というのは、ピーター・ヒッグスが1964年に提唱した、ゲージ対称性の自発的やぶれに関する理論(仮説)である[2]。この理論の下では、南部-ゴールドストーン粒子は物理的には現れず、その自由度はゲージ場の縦成分として吸収され、ゲージ場はベクトル粒子としてふるまうことになる[2]。この理論は、質量をもつベクトル粒子を、きわめて基本的な対称性に基づいたゲージ場として解釈することを可能にする[2]。またこの理論ならば、対称性のやぶれに伴う 南部-ゴールドストーン粒子を、物理的に現れないとして済ますことができる、という特徴がある[2]。つまり、もしこの《ヒッグス機構》という仮説が正しければ、従来困難な問題だとも考えられてきた質量の説明に関して、物理学的に整合性を保った、合理的な説明を与えることができる、と考えられる。
ただし、この理論(仮説)《ヒッグス機構》では、「真空」と同じ量子数を持つスカラー粒子が現れる、とされるので、この仮説が正しいものだと証明するためには、この、後に「ヒッグス粒子」と呼ばれるようになる粒子を実験的に見つけることが課題になる[2]。
なお、似たようなメカニズムは、ブリュッセル自由大学のロペール・ブルー (テンプレート:Interlang) とフランソワ・アングレールも1964年に、ヒッグスとは独立に提唱していた。
ヒッグス機構では、宇宙の初期の状態においてはすべての素粒子は自由に動きまわることができ、質量を持たなかったが、低温状態となるにつれ、ヒッグス場に自発的対称性の破れが生じ、宇宙全体に真空期待値が生じた(真空に相転移が起きた)と考える。これによって、他のほとんどの素粒子がそれに当たって抵抗を受けることになった。これが素粒子の動きにくさ、すなわち質量となる。質量の大きさとは、真空期待値が生じたヒッグス場と物質との相互作用の強さであり、ヒッグス場というプールの中に物質が沈んでいるから質量を獲得できると見なす。光子はヒッグス場からの抵抗を受けないため相転移後の宇宙でも自由に動きまわることができ質量がゼロであると考える。
ヒッグス粒子の存在が意味を持つのは、ビッグバン、真空の相転移から物質の存在までを説明する標準理論の重要な一部を構成するからでもある。もしヒッグス粒子の存在が否定された場合は、標準理論(および宇宙論)は大幅な改訂を迫られることになる。
ニュース等では「対称性の破れが起こるまでは質量という概念自体が存在しなかった」などと紹介されることがあるが、これは正確ではない。電荷、フレーバー、カラーを持たない粒子、標準模型の範囲内ではヒッグス粒子それ自体および右巻きニュートリノはヒッグス機構と関係なく質量を持つことが出来る。また、重力と質量の関係、すなわち重力質量発生のしくみは空間の構造によって定められるものであり、標準模型の外部である一般相対性理論、もしくは量子重力理論において重力子の交換によって説明されると期待されるテンプレート:要出典。
標準模型
標準模型のうち、電弱相互作用を説明する部分のワインバーグ=サラム模型においてヒッグス機構が用いられている。ワインバーグ=サラム模型はウィークボソンに質量があることが無理なく説明でき、しかもWボソンとZボソンの質量比が実験結果と一致するため、素粒子の標準模型の主要な部分をなしている。
標準模型のヒッグス場は SU(2)L×U(1)Y の下で テンプレート:Indent の形の表現をもつ。これがヒッグス場のポテンシャル項により真空期待値 テンプレート:Indent を持って対称性を破る。真空期待値の大きさは テンプレート:Indent である。ここで GF はフェルミ結合定数である。 対称性を破りヒッグス場の内3つのスカラー場はWボソンとZボソンに吸収されて質量を与え、残った1つのスカラー場を量子化して得られるのがヒッグス粒子である。
高次の対称性が破れ低次の対称性に移る際、ワイン底型ポテンシャルの底の円周方向を動くモードは軽いが、ワイン底を昇るモードにはたくさんのエネルギーが必要である。そのうちの前者を南部・ゴールドストンボソンと呼ぶ。対称性が保たれている状態でヒッグズ場は複素スカラー2つで計4つの自由度を持つが、対称性の破れによって3つの南部・ゴールドストンボソンが生じ、3つのウィークボソンW±・Zに、それぞれの一成分としてとりこまれる。実験検証の望まれているヒッグス粒子はワイン底を昇るほうのモードに対応するものである。
実験
素粒子の標準模型がヒッグス機構に拠って立つことを完全に立証する為には、ヒッグス粒子の探索が重要となる[3]。ヒッグス粒子は標準模型の中で最後まで未発見のまま残された素粒子であり、実際に捕捉すべく長年に渡って実験が行われてきた。 その発見は高エネルギー物理学の加速器実験の最重要目的の一つと位置づけられるようにもなり、ジュネーブ郊外に建設され、2008年より稼働したCERNのLHCでの発見が期待されていた。 その実験はたやすいものではなく、LHCを用いた衝突実験でも、理論計算によるとおよそ10兆回に1回しか生成されないとされている。つまり理論が正しい場合でも、それによって予測される粒子は、巨大・巨額の装置および大量の人員を長年に渡って用いる手法で実験を行っても、生成自体が大きな困難だとされている。
2011年12月のこと、「ヒッグス粒子」が「垣間見られた」と発表され[4][5][6][7][8][9][10][11][12]、そのニュースが世界を駆け巡った。
2011年12月、CERNは、2つの研究グループが示したLHCの10月末までの実験データの中に、ヒッグス粒子の存在を示唆するデータがあることを見つけ、12日、ヒッグス粒子は 「テンプレート:En(垣間見えた)」と発表した。これは、「発見」の発表ではない。発表の最後にCERNの所長は、「ヒッグス粒子が発見されたかどうかを決定するにはより多くのデータが必要である。次の稼働期間(2012年11月のデータ収集期間)が終われば決定されるであろう」と語った。
翌日の13日に、ATLAS実験グループとCMS実験グループはそれぞれ、ヒッグス粒子が存在するとして95%の信頼性区間に対応する質量領域が 115–テンプレート:Val (ATLAS)、115–テンプレート:Val (CMS) と発表した。最も可能性の高い範囲は、3.6σ(σ は1標準偏差)の統計レベルで 125-テンプレート:Val (ATLAS)、2.6σ でテンプレート:Val (CMS) である[4][5][6][7][8][9][10][11][12]。
その後、2012年7月4日、同施設で「新たな粒子を発見した」と発表された。質量はCMS:125.3 GeV/c2(統計誤差は±0.4、系統誤差は±0.5、標準偏差は5.8)[13]、ATLAS:126.0 GeV/c2(統計誤差は±0.4、系統誤差は±0.4、標準偏差は5.9)[14]である。だが、この「新しい粒子」が、捜し求めていたヒッグス粒子であるのかそうではないのか、ということについては確定的には表現されず、さらに精度を高めて確かめるために実験が続けられる、とされた[15][16]。
2013年3月14日にCERNは、2012年7月31日の時よりも2.5倍も多いデータを分析した結果、新たな粒子はヒッグス粒子である事を強く示唆していると発表した。例えば、ヒッグス粒子は理論的にはスピン角運動量が0であるとされているが、データ解析の結果それと一致することが確かめられた。
さまざまな呼称
まずはじめにベンジャミン・W・リーらによって「ヒッグス粒子」と命名された[17][18]。
その後、レオン・レーダーマンらの著書の書名[19]が元となって[20]「テンプレート:En(神の粒子)」という呼称でマスメディアに紹介されるようになった[21]。本当はレーダーマンは最初この粒子を 「goddamn particle(いまいましい粒子)」という呼称で紹介しようとしていたが、編集者の意向で却下された、とされる。
「神の粒子」という呼称は、素粒子物理学やLHCについてジャーナリストらに興味もたせるのには役に立ったようである[22]。だが、物理学者の多くはこの呼称を好ましいものと思っていない。たとえばマンチェスターのある物理学者などはこの呼称について感想を求められたところ、ため息をついて、「この呼称は、本当に本当に好ましくない」と言ったという。この呼称が間違ったメッセージを発しているからだという[21]。「神の粒子」という異名には、レーダーマンが自著で行った、この粒子が特別に重要だとする主張が込められているが[21]、実際には、この粒子が見つかったとしてもそれは量子色力学、電弱相互作用と重力の統一理論の解答にはならないし、また宇宙の究極の起源について解答を与えてくれるものでもなく、つまり、物理学的に見てさほど究極のものというわけではない[21]。またピーター・ヒッグスも、インタビューされた時に、この「神の粒子」という呼称は避けたいだと述べたという。この呼称は宗教的な人々に対する攻撃になってしまうのではないか、と気にしているという[21]。
なおヒッグス自身は、自分自身とこの粒子との間にしっかり距離を置いた見方をしており、「ヒッグス粒子」とは呼ばず、「テンプレート:En(いわゆる ヒッグス粒子と呼ばれているもの)」といった言い回しを使う[21]。
イギリスの新聞「ガーディアン」の科学担当記者が他の呼称を募集したが、応募された多くの候補の中から選ばれた最も妥当な名前は「シャンパン・ボトル・ボソン」である。シャンパン・ボトルの底はヒッグス・ポテンシャルの形をしており、物理の講義でもよく説明に使われる。「シャンパン・ボトル・ボソン」という呼称は「神の粒子」という呼称ほどにはインパクトはないが、覚えやすく、多くの物理学的議論に関連がある[23]。シャンパン・ボトルの底の形は、例えば、ハドロンに質量を与える南部理論(カイラル対称性の自発的破れ)に現れる。また、カイラル対称性の自発的破れのアイディアは、南部が超伝導の理論であるBCS理論に触発されたものだが、BCS理論に出てくるポテンシャルもシャンパン・ボトルの形である。
脚注
参考文献
- テンプレート:Cite book
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- P. アトキンス、斉藤隆央 訳、ガリレオの指 -現代科学を動かす10大理論-、pp. 235-236、早川書房 2004(原書:P. Atkins, Galileo's Finger -The Ten Great Idea of Science, Oxford University Press 2003)
- ヒッグス粒子―神の粒子の発見まで ジム バゴットJim Baggott 著, 小林 富雄 訳 2013 東京化学同人
関連項目
テンプレート:粒子の一覧テンプレート:Link GA- ↑ 場の量子論(素粒子物理学)においては、場の存在と粒子の存在はほぼ同義として扱われている。
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 『改訂 物理学事典』培風館、1992
- ↑ 仮に標準模型のヒッグス粒子が存在しなかったとしても、近似理論としての意味は否定されない。
- ↑ 4.0 4.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 5.0 5.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 6.0 6.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 7.0 7.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 8.0 8.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 9.0 9.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 10.0 10.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 11.0 11.1 テンプレート:Cite news
- ↑ 12.0 12.1 テンプレート:Cite news
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ 長年探索してきたヒッグスボソンとみられる粒子を CERN の実験で観測 LHC アトラス実験
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ テンプレート:Cite press release
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- ↑ テンプレート:Cite book
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ 21.0 21.1 21.2 21.3 21.4 21.5 テンプレート:Cite news
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite news