トニー・グウィン
テンプレート:Infobox baseball player アンソニー・キース・グウィン(Anthony Keith "Tony" Gwynn, 1960年5月9日 - 2014年6月16日)は、メジャーリーグベースボールの元選手。ポジションは外野手。アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身。「Mr. Padre(ミスター・パドル)」、「Captain Video(キャプテン・ビデオ)」と呼ばれた。
息子トニー・グウィン・ジュニア、弟のクリス・グウィンもメジャーリーガーとなった[1]。
経歴
カリフォルニア州ロサンゼルスにて生まれ育ち、サンディエゴ州立大学時代には野球よりもバスケットボールでスター選手としても名を馳せた。1981年のNBAドラフトでNBAのロサンゼルス・クリッパーズから10巡目指名を受けたが、同日に行われた1981年のMLBドラフト3巡目でドラフト指名されたMLBのサンディエゴ・パドレスと契約し、野球の道を選ぶ。
現役時代
テンプレート:Byにメジャー昇格を果たし、54試合に出場して打率.289を記録する(打率3割を切ったのはキャリアを通じてこの年だけである)。テンプレート:Byにはオールスター初出場を果たし、打率.351で初の首位打者のタイトルを獲得。213安打を放ち、球団史上初の200本安打も達成した[2]。ハイアベレージとスピードを持った1番打者として鳴らし、1987年にはリーグ1位の打率.370、リーグ2位の56盗塁という成績を残した。
1993年以降は中軸を務めることが増えた。テンプレート:Byにテッド・ウィリアムズに指摘され、長打重視も視野に入れた打撃改造を行う。同年は4割打者にあと一歩まで近づくが、8月に選手会による232日間に及ぶ長期ストライキに突入したためシーズンは打ち切られ、打率は.394で終わることとなった。テンプレート:Byには打率.353をマークしたが、規定打席には4打席足りなかった。しかし、残り4打席を凡打と計算しても打率.349となり、エリス・バークス(ロッキーズ)の打率.344を上回ったため、メジャー史上初の規定打席不足での首位打者となった。
テンプレート:Byは打率.372で4年連続で首位打者となった。これはナ・リーグ史上ロジャース・ホーンスビーの6年連続に次ぐものとなった。また、自己最高の17本塁打・117打点、球団新記録となる220安打・49二塁打を記録。グウィンは「私は今、打者として全盛期にある」と豪語し、「40歳になるまで、あと3年は現役を続ける」と宣言した[3]。
テンプレート:By8月6日に史上22人目となる3000本安打を達成。2284試合目での達成はタイ・カッブ、ナップ・ラジョイに次ぐスピード記録であった[4][2]。
2001年のシーズンを最後に、通算打率.338、通算3141安打の記録を残して現役引退。1983年から引退する2001年まで、レギュラーシーズンの打率が3割を切ることは1度もなかった。オールスター出場15回、首位打者8回などの記録も残した。2004年にグウィンの背番号「19」がサンディエゴ・パドレスで永久欠番となる。
引退後
野球殿堂入りの資格を得た2007年、532票(97.6%)もの高得票を集め、1年目での殿堂入りを果たした。
米国のスポーツ専門テレビ局ESPNの解説者を務めるかたわら、母校のサンディエゴ州立大学野球部の監督を兼任し、後進の指導にあたっていた。また、同州立大学の野球場は、グウィンの功績を称え、名を冠した『トニー・グウィン・スタジアム』と名付けられている。
2010年10月9日、唾液腺癌に罹患していることを告白した。グウィンは「長年愛用していた、かみたばこが影響しているかもしれない」と語っている[5]。
2014年6月16日、唾液腺癌のため死去[6][7]。54歳没。
選手としての特徴
打撃
甘いボールを逃さない、好球必打の打者。悪球でもゾーンによっては打ちにいき、安打にする技術を持っていたが、基本的には悪球には手を出さなかった。甘い球を見逃すのが少なく、早いカウントで打ちに行くことが多々あったため、四球は少ない。また、引退するまで毎年高打率をマークするとともに、ほとんど三振を喫しなかった選手としても知られる。打数/三振比率はメジャー1位を8度(ナ・リーグ1位を10度)記録し、通算の打数/三振比率21.4という数字はバッティングスタイルを比較されるイチロー(約10)と比べても倍以上高い。
打者に不利な球場であるクァルコム・スタジアムを本拠地とし、好成績を残し続けた。8度の首位打者(1984年、1987年、1988年、1989年、1994年、1995年、1996年、1997年)を獲得しており、メジャーリーグ史上歴代2位の記録(1位はタイ・カッブによる12回)である。本塁打が少ない打者だったにもかかわらず、現役時代は相手投手から同時期に活躍していたケン・グリフィー・ジュニアやバリー・ボンズと同列に語られることが多かった。グレッグ・マダックスはボンズと同列でグウィンの名前を挙げ、「真のバッターだ。彼から三振を取るのは難しかった」と述べている。
三遊間をゴロで抜く事を「5.5の穴」(三塁の守備番号である5と遊撃の守備番号である6の間)と呼んで好むなど、広角に打つことを得意とした。非常に基本を大事にする選手で、球界でも指折りの研究熱心さで知られ、自宅のビデオコレクションの多さから「キャプテン・ビデオ」という愛称で呼ばれた。理論派であり、ビデオルームを作る事などに大金を費やしたという。
現役時代は好打者であるウェイド・ボッグスと比較されることが多かった。グウィンとボッグスの両者は1日違いで通算3000本安打を達成している。
守備・走塁
キャリア前半は俊足・強肩・好守のリードオフマンとして鳴らした。1986年から1991年の6年間では、5回のゴールドグラブ賞を獲得。主にライトを守り、1989年にはセンターも務めた。しかし、キャリアを通して足や手首の故障に悩まされることも多かった。キャリア後半の1993年以降は中軸を任されるようになり、打撃においては本塁打や長打が増えていった反面、怪我の影響などから歳とともに太っていき、守備・走塁面は著しく衰えていった。特に1998年以降はキャリア前半の面影は完全になくなっていたが、巧打は最後まで衰えなかった。
人物
現役時代の20年間を一貫してパドレスで過ごした。現在のMLBでは数少ないフランチャイズ・プレイヤー(生え抜き選手)の1人であり、特に地元では絶大な人気を誇った。パドレスは資金力がなく、90年代後半は若手育成を中心としたチーム作りになったが、野球殿堂入りが確実だったグウィンは別格だったと言われている。基本的に、契約更改では残留方針だったグウィンが、3000本安打を達成した1999年オフの契約更改では「それなりの条件でなければ最後はア・リーグでDHをやってもいい」と発言。球団は粘りの交渉の末、翌2000年のスプリングキャンプ中に無事2年の契約延長でグウィンの引き留めに成功したという。
現役時代から人格者として知られている。ファンサービスを非常に大事にし、社会奉仕にも熱心で、1994年には「トニー&アリシア・グウィン基金」を設立し、以降も様々な慈善活動に取り組んでいる。その活動の中でもメイン活動として、「チャリティ・セレブレティ・ゴルフ」大会を開催している。1999年には社会やファンへの貢献が評価され、ロベルト・クレメンテ賞を受賞した。
2003年4月に、「野手の50%は使用している。いずれ大きな問題となるだろう」と興奮剤アンフェタミンの危険性を主張した。これに対して、当時アトランタ・ブレーブスに所属していたトム・グラビンは、「無神経だ。それほど深刻なら、なぜ現役時代に黙っていた?」と非難している。
年度別打撃成績
テンプレート:By2 | SD | 54 | 209 | 190 | 33 | 55 | 12 | 2 | 1 | 74 | 17 | 8 | 3 | 4 | 1 | 14 | 0 | 0 | 16 | 5 | .289 | .337 | .389 | .726 |
テンプレート:By2 | 86 | 334 | 304 | 34 | 94 | 12 | 2 | 1 | 113 | 37 | 7 | 4 | 4 | 3 | 23 | 5 | 0 | 21 | 9 | .309 | .355 | .372 | .726 | |
テンプレート:By2 | 158 | 675 | 606 | 88 | 213 | 21 | 10 | 5 | 269 | 71 | 33 | 18 | 6 | 2 | 59 | 13 | 2 | 23 | 15 | .351 | .410 | .444 | .853 | |
テンプレート:By2 | 154 | 671 | 622 | 90 | 197 | 29 | 5 | 6 | 254 | 46 | 14 | 11 | 1 | 1 | 45 | 4 | 2 | 33 | 17 | .317 | .364 | .408 | .773 | |
テンプレート:By2 | 160 | 701 | 642 | 107 | 211 | 33 | 7 | 14 | 300 | 59 | 37 | 9 | 2 | 2 | 52 | 11 | 3 | 35 | 20 | .329 | .381 | .467 | .848 | |
テンプレート:By2 | 157 | 680 | 589 | 119 | 218 | 36 | 13 | 7 | 301 | 54 | 56 | 12 | 2 | 4 | 82 | 26 | 3 | 35 | 13 | .370 | .447 | .511 | .958 | |
テンプレート:By2 | 133 | 578 | 521 | 64 | 163 | 22 | 5 | 7 | 216 | 70 | 26 | 11 | 4 | 2 | 51 | 13 | 0 | 40 | 11 | .313 | .373 | .415 | .787 | |
テンプレート:By2 | 158 | 679 | 604 | 82 | 203 | 27 | 7 | 4 | 256 | 62 | 40 | 16 | 11 | 7 | 56 | 16 | 1 | 30 | 12 | .336 | .389 | .424 | .813 | |
テンプレート:By2 | 141 | 629 | 573 | 79 | 177 | 29 | 10 | 4 | 238 | 72 | 17 | 8 | 7 | 4 | 44 | 20 | 1 | 23 | 13 | .309 | .357 | .415 | .772 | |
テンプレート:By2 | 134 | 569 | 530 | 69 | 168 | 27 | 11 | 4 | 229 | 62 | 8 | 8 | 0 | 5 | 34 | 8 | 0 | 19 | 11 | .317 | .355 | .432 | .787 | |
テンプレート:By2 | 128 | 569 | 520 | 77 | 165 | 27 | 3 | 6 | 216 | 41 | 3 | 6 | 0 | 3 | 46 | 12 | 0 | 16 | 12 | .317 | .371 | .415 | .786 | |
テンプレート:By2 | 122 | 534 | 489 | 70 | 175 | 41 | 3 | 7 | 243 | 59 | 14 | 1 | 1 | 7 | 36 | 11 | 1 | 19 | 18 | .358 | .398 | .497 | .895 | |
テンプレート:By2 | 110 | 475 | 419 | 79 | 165 | 35 | 1 | 12 | 238 | 64 | 5 | 0 | 1 | 5 | 48 | 16 | 2 | 19 | 20 | .394 | .454 | .568 | 1.022 | |
テンプレート:By2 | 135 | 577 | 535 | 82 | 197 | 33 | 1 | 9 | 259 | 90 | 17 | 5 | 0 | 6 | 35 | 10 | 1 | 15 | 20 | .368 | .404 | .484 | .888 | |
テンプレート:By2 | 116 | 498 | 451 | 67 | 159 | 27 | 2 | 3 | 199 | 50 | 11 | 4 | 1 | 6 | 39 | 12 | 1 | 17 | 17 | .353 | .400 | .441 | .842 | |
テンプレート:By2 | 149 | 651 | 592 | 97 | 220 | 49 | 2 | 17 | 324 | 119 | 12 | 5 | 1 | 12 | 43 | 12 | 3 | 28 | 12 | .372 | .409 | .547 | .957 | |
テンプレート:By2 | 127 | 505 | 461 | 65 | 148 | 35 | 0 | 16 | 231 | 69 | 3 | 1 | 0 | 8 | 35 | 6 | 1 | 18 | 14 | .321 | .364 | .501 | .865 | |
テンプレート:By2 | 111 | 446 | 411 | 59 | 139 | 27 | 0 | 10 | 196 | 62 | 7 | 2 | 0 | 4 | 29 | 5 | 2 | 14 | 15 | .338 | .381 | .477 | .858 | |
テンプレート:By2 | 36 | 140 | 127 | 17 | 41 | 12 | 0 | 1 | 56 | 17 | 0 | 1 | 0 | 3 | 9 | 2 | 1 | 4 | 4 | .323 | .364 | .441 | .805 | |
テンプレート:By2 | 71 | 112 | 102 | 5 | 33 | 9 | 1 | 1 | 47 | 17 | 1 | 0 | 0 | 0 | 10 | 1 | 0 | 9 | 1 | .324 | .384 | .461 | .845 | |
通算:20年 | 2440 | 10232 | 9288 | 1383 | 3141 | 543 | 85 | 135 | 4259 | 1138 | 319 | 125 | 45 | 85 | 790 | 203 | 24 | 434 | 259 | .338 | .388 | .459 | .847 |
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- 各年度の太字はリーグ最高
獲得タイトル・表彰・記録
- 首位打者 8回:1984年、1987年 - 1989年、1994年 - 1997年
- シルバースラッガー賞 7回:1984年、1986年、1987年、1989年、1994年、1995年、1997年
- ゴールドグラブ賞 5回:1986年、1987年、1989年、1990年、1991年
- MLBオールスターゲーム選出 15回:1984年 - 1987年、1989年 - 1999年
- ブランチ・リッキー賞 1回:1995年
- ルー・ゲーリッグ賞 1回:1998年
- ロベルト・クレメンテ賞 1回:1999年
脚注
外部リンク
テンプレート:Sister テンプレート:Bbhof テンプレート:MLBstats
テンプレート:アメリカ野球殿堂表彰者 (右翼手) テンプレート:Navboxes テンプレート:コミッショナー特別表彰 テンプレート:3000本安打クラブ
テンプレート:San Diego Padresテンプレート:Baseball-biography-stub- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 2.0 2.1 テンプレート:Cite web
- ↑ 「各球団マンスリー・リポート サンディエゴ・パドレス / 自己最高のシーズンを送ったグウィン2000年までの現役続行を宣言!」『月刊メジャー・リーグ』1997年12月号、ベースボールマガジン社、1997年、雑誌 08625-12、88項。
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ グウィン氏、がん告白
- ↑ 元パドレスのグウィン氏が死去 54歳、首位打者8度 スポニチアネックス 2014年6月17日
- ↑ パドレス一筋の「安打製造機」、トニー・グウィンさん死去