チョー・ヨンピル
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チョー・ヨンピル(조용필、漢表示: 趙 容弼、1950年3月21日 - )は、大韓民国(韓国)出身の歌手。
経緯
1969年、カントリーグループ、エトキンズのリーダーとしてデビュー。1975年にソロに転向し、その年の『釜山港へ帰れ (돌아와요 부산항에)』が空前のヒットとなる。1979年にアルバム『窓の外の女 (창밖의 여자)』で正式にデビュー。
1980年代には、70年代まで賞レースを牽引したナム・ジン、ナ・フナに代わり各種賞レースを独占する。1982年には日本でもデビューし、『釜山港へ帰れ』(CBSソニー発売)や『想いで迷子』(ポリスター発売)などがヒットした。1987年に『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし1990年まで連続で出場した。
2005年には韓国で活動する歌手として、イ・ミジャ以来2人目の北朝鮮での公演「チョ・ヨンピル平壌公演」を開催する[1]。
これまでに『KBS歌謡大賞』歴代最多の5回、『MBC10大歌謡祭』を歴代最多の6回受賞している。また、『ミュージックバンク』の前番組である『歌謡トップ10』では番組開始以来初の10週連続1位を達成した。これ以後、番組では5週連続1位の楽曲は6週目以降ランキング集計に入れないという特別ルールができた。
1990年代初めにテレビ番組への出演を中断し、現在はコンサート中心に活動。韓国にコンサート文化を定着させた人物としても評価されている。
アルバムの総売上は累計で1500万枚[2]。
2013年に発表した19枚目のアルバム『Hello』を発表。今迄に無い軽快なナンバーを集めているのが特徴で、Youtube等の動画サイトに流れたこともあり、新たなファンを増やしている。日本でも『ハングル講座』(NHK教育)で紹介され、先述の『釜山港へ帰れ』などしか知らないファンを驚かせた。現在アルバムは、CDショップのK-POPコーナーの目立つ所に置かれている。
ディスコグラフィ
アルバム(韓国)
- 釜山港へ帰れ (돌아와요 부산항에) (1975年)
- 1集「窓の外の女 (창밖의 여자)」(1979年)
- 「おかっぱの髪 (단발머리)」
- 2集「ロウソクの灯 (촛불)」(1980年)
- 3集「ミオミオミオ (미워 미워 미워)」(1981年)
- 「赤とんぼ (고추잠자리)」
- 4集「探せないケッコリ (못찾겠다 꾀꼬리)」(1982年)
- 「悲恋 (비련)」
- 5集「僕はお前が好き (나는 너 좋아)」(1983年)
- 「友よ (친구여)」
- 6集「涙のパーティー (눈물로 보이는 그대)(1984年)
- 7集「未知の世界 (미지의 세계)」(1985年)
- 「昨日、今日、そして(어제 오늘 그리고)」、「旅立ちます (여행을 떠나요)」
- 8集「虚空 (허공)」(1986年)
- 「キリマンジャロの豹 (킬리만자로의 표범)」
- 9集「君の足に留まる所に (그대 발길 머무는 곳에)」(1987年)
- 10集「ソウルソウルソウル (서울 서울 서울)」(1988年)
- 「モナリザ (모나리자)」
- 11集「Q」(1989年)
- 12集「思い出の中の再会 (추억 속의 재회)」(1990年)
- 13集「夢 (꿈)」(1991年)
- 14集「悲しいベアトリーチェ (슬픈 베아트리체)」(1992年)
- 15集「残された者の孤独 (남겨진 자의 고독)」(1995年)
- 16集「風の歌 (바람의 노래)」(1997年)
- 17集「Ambition」(1998年)
- 18集「太陽の目 (태양의 눈)」(2003年)
- 「夢のアリラン (꿈의 아리랑)」
- 19集「Hello」(2013年) ミュージック・ビデオ
- 「Bounce」
シングル(日本)
- ミオ・ミオ・ミオ/釜山港へ帰れ(1982年)
- 窓の外の女(1982年)
- 流されて(1983年)
- 昨日、今日、そして(1985年)
- みちゆき(1985年)
- 想いで迷子(1986年)
- 想いで迷子2〜悲しみだけで眠れるように〜(1988年)
- ソウル・ソウル・ソウル(1988年)
- Hello (Japan Edition)(2013年)
NHK紅白歌合戦出場歴
年度/放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1987年(昭和62年)/第38回 | 初 | 窓の外の女 | 11/20 | 五輪真弓 | |
1988年(昭和63年)/第39回 | 2 | 恨五百年 | 14/21 | 島倉千代子 | |
1989年(平成元年)/第40回 | 3 | Q | 15/20 | 由紀さおり・安田祥子 | |
1990年(平成2年)/第41回 | 4 | 釜山港へ帰れ | 18/29 | 加藤登紀子 | ロッテワールドより中継 |
著書
- 風が伝える言葉 (1985年)
受賞歴
- 1971年
- サンデーソウルカップポップグループコンテスト・最優秀歌手王賞
- 1980年
- TBC放送歌謡大賞・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・最高人気歌謡
- ソウル国際歌謡祭・金賞
- 1981年
- 韓国演劇映画芸術大賞・映画主題歌作曲賞
- KBS歌謡大賞・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・最高人気歌謡
- 1982年
- アメリカAMPEX社ゴールデンリール賞
- 外信記者クラブ選定最高男性歌手賞
- KBS歌謡大賞・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・歌手賞
- 1983年
- KBS歌謡大賞・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・最高人気歌謡
- 1984年
- CBS-SONYゴールデンディスク賞受賞
- MBC10大歌手歌謡祭・大賞
- 1985年
- KBS歌謡大賞・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・大賞
- 1986年
- ゴールデンディスク賞・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・大賞
- MBC10大歌手歌謡祭・最高人気歌謡
- 1988年
- Poly Starゴールデンディスク賞
- MBC10大歌手歌謡祭・歌手賞
- 1998年
- 韓国ギャラップ調査「建国以来最高歌手」認定
- 韓国放送大賞・歌手賞
- 文化放送選定政府樹立50年最高のスター賞
- 2005年
- 2013年
- Mnet 20's Choice・20's Record大賞
- Mnet アジアミュージックアワード・BC-UnionPay今年の歌大賞
エピソード
- 日本では演歌歌手というイメージで知られているが、韓国ではロックからバラード、トロット、民謡まで様々なジャンルをこなす『国民歌手(クンミン・ガス)』として有名。ニックネームが「歌王」と呼ばれるほど、韓国の大衆文化界で圧巻の位置を占めている。ヒット曲『釜山港へ帰れ』は、以前から存在する名曲をロック調のリズムでアレンジし、新たな魅力を加えたものである。『永遠のオッパ(お兄さん)』などの愛称もある。
- 日本では『釜山港へ帰れ』『想いで迷子』等で有名。韓国では「この歌が日本で売れたのは、日本人が韓国の日本統治時代を懐かしんでいるためだ」として、反日感情の種になったことがある。
- 韓国の人気サッカーリーグの開会式で国歌斉唱を任された際、国歌を2度も間違えてしまった。
- 「永遠のオッパ」である彼を慕い、尊敬するK-POPスターは多い。最近のライブでも何人もの若いK-POPスターと共演している様子が映し出された動画もある。