WN駆動方式

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ファイル:WN Drive 01.gif
WN駆動方式
赤い部分がWN継手

WN駆動方式(ダブリューエヌくどうほうしき、WN Drive)は、電車の駆動方式の一種である。

概要

ファイル:KD-70-Chichibu-Railway-5000series-02.jpg
1,067mm軌間のWN駆動装置
(秩父鉄道5000系)

高速運転に適した電車用駆動システムとして、アメリカの大手電機メーカーであるウェスティングハウス・エレクトリック(WH)社が、傘下の機械・歯車メーカーであるナタル社(Natal Co.Ltd)と1925年以降共同開発を実施、実用化した。「WN」とは開発に携わった両社の頭文字(Westinghouse - Natal)にちなむ。もっとも、現在の米国では単にgear couplingと呼称される方が多い。

モーターを車軸と平行に台車枠に固定し、大きな偏位を許容する「WN継手」を介してモーターの出力軸と駆動歯車を接続する。WN継手の内部では、円筒形の内歯歯車と、その中に設置された外歯歯車の公差を利用して変位を吸収しており、内側の外歯歯車をばねにより固定することによって、かみ合わせが外れることを防ぐ構造になっている。

日本においては、このWN継手を用いた駆動方式を「WN平行軸カルダン駆動」などと呼称する場合がある。もっとも、WN継手は本来「カルダン継手」とは異なる機構であるため、厳密には「WNカルダン」という表現は誤用であり、単に「WN駆動」「WNドライブ」と称するのが正確[1]である。日本では主電動機の荷重を全てばね上の弾性支持とした、電車用の車軸無装架駆動方式全般を「カルダン駆動」と呼称する慣例があり、そのためこのWNドライブもカルダン駆動方式の一種に含められている。

歴史

19世紀末期に始まった電車の技術は、20世紀に入ってからも常に高速化の方向へ進展していた。電気鉄道のさらなる高速化のためにはモーターの軽量化が不可避であり、またモーターの軽量化は磁気回路の縮小(軸トルクの減少)を意味する。そのような軽量化されたモーターを使用しつつ、軽量化前と同程度のモーター個数で輸送力を維持するには、モーターの大幅に高い回転数により出力を確保する必要があった。

過去に電気鉄道で一般に使用されていた吊り掛け駆動方式は、モーターに取り付けられた主歯車と動力を伝達されるべき車軸に取り付けられた大歯車を一体のギアボックスに納め、そのギアボックスがモーターの重量の約半分を支え、残る半分はばねで台車枠が弾性支持する、きわめてシンプルな構造の駆動システムであった。

しかし吊り掛け駆動は、その単純さ故に欠点もあり、

  • モーター重量の約半分が車軸にかかり、ばね下重量が大きくなる構造は、軌道の傷みを早め、高速走行時には大きな軌道破壊を引き起こす可能性が高い。
  • レールの継ぎ目や分岐器で車軸に加わった衝撃が、ギアボックスを介してモーターに直接伝わるため、軸受の精度維持が難しい上、衝撃で軸受やモーターケースに大きなゆがみが生じる可能性があったため、整流子電動機の弱点であるフラッシュオーバー対策を考慮すると、モーター回転数の安易な引き上げも困難になるなど[2]、更なる高速化に向けての性能向上は頭打ちの状況であった。

このような問題を克服するシステムとして、すでに1920年代には、スイスなどで電気機関車用としてブフリ式駆動方式が、同じく電気機関車用としてアメリカや欧州でクイル式駆動方式が実用化されていた。いずれの方式も当初は台枠もしくは機関車用の大型台車枠上に大型モーターを装架するもので、その後、電車用の2軸ボギー台車に組み込む方法に進化していたが、1930年代の欧州ではクイル式駆動方式が電車に適用される例が多く[3]、ブフリ式駆動方式は、電車用としてはあまり普及しなかった。

こうして電車の性能向上のため、高速電車での使用に適した、コンパクトな車軸無装架駆動方式の開発が試みられるに至る。当時アメリカでも有数の電車用モーターメーカーであったWH社は、傘下のナタル社と共同で、この目的に叶うコンパクトかつ信頼性の高い駆動システムと、これに適合する低電圧高回転形モーターの開発を1925年から開始した。

このシステムは10年以上の長期にわたる実用試験を経て信頼性や性能が確認された後、1941年にシカゴ北海岸線(CHICAGO NORTH SHORE Line:テンプレート:仮リンクにより運営)のエレクトロライナーと呼ばれる軽量構造の4車体連接車に採用されて成功を収め、さらに1948年にはニューヨーク市地下鉄用R12形電車に大量に採用され、以後アメリカと日本で普及した。

採用事例

日本

ファイル:Hitachi-HS32534-03RB.jpg
WN駆動方式の主電動機
(三相誘導電動機)
ファイル:WN-Drive-Gearbox-Seibu-Railway.jpg
WN駆動装置。WN継手が小歯車軸に固定された状態

構造的に高出力に耐える継手の特性から、地下鉄新幹線西日本旅客鉄道(JR西日本)や私鉄各社に用いられている。加減速を頻繁に行う地下鉄向けにおいては一部の例外[4]を除き、ほとんどがWNドライブである。また高速運転を行う新幹線でも、開業以来長く標準駆動システムとして使用され続けている。

日本におけるWNドライブは、1953年6月に完成した京阪電気鉄道1800型1802[5][6][7]に搭載された、アメリカからの技術情報に基づき住友金属工業(現:新日鐵住金)が独自開発したWN継手[8]が最初の実用化例となり、これと同様の継手を用いた東京都電5500形5502[9]、さらにWH社のライセンスに基づく駆動装置を備え、営団丸ノ内線開業に備えて30両が一気に製造された300形電車[10]、と続いた。

丸ノ内線をはじめ、米国の鉄道と同等の1,435mm軌間(標準軌)を採用した路線のほとんど(営団地下鉄(現:東京メトロ)の銀座線丸ノ内線近畿日本鉄道奈良線大阪線などの標準軌線区、京阪神急行電鉄(現:阪急電鉄)の神戸線宝塚線)においては、継手の耐久性が高く大出力化に有利なWNドライブは早くから導入された。

一方、軌間1,067mmの狭軌路線では、装置の幅が広くなるため、WNドライブの導入には継手だけではなく主電動機の小型化、あるいはその外枠形状の工夫が必要であった。1956年に富士山麓電気鉄道(現:富士急行3100形で、主電動機の1時間定格出力は55kWと低出力であったものの初の狭軌用WN継手が実用化され、次いで翌年に登場した長野電鉄2000系電車で75kW級電動機へ対応する継手が実用化された。しかし当時既に直角カルダンでは110kW(東急5000系電車)、中空軸平行カルダンでは100kW(国鉄101系電車)といった、より大出力の主電動機への対応を実現し、これにより付随車を組み込んだ経済的な編成での運用を可能にしていた。このため、当方式を採用した狭軌私鉄は全長15 - 18m級の小柄な車両を運用する事業者が大半を占めていた。この点、国鉄と同じ20m級車を運行する各社では、各モーターの出力が制限されるこの方式で所要の性能を確保するには、全電動車方式とせねばならないことがネックとなった[11]。このためWNドライブの日本における本格的普及は、1960年代に入り狭軌向けでも定格出力が100kWを超える大出力電動機が製造可能になってからであり、南海電気鉄道小田急電鉄などにその例を見ることができる。

国鉄の在来線用電車においては、中空軸カルダンが標準とされたために、WNドライブの使用実績はない[12]。しかし分割民営化後、JR西日本においては、大出力高速回転型のモーターを使用するために駆動系の高い耐久性が求められたことから、整流子が無い分スペースに余裕を確保しやすい、VVVFインバータ制御交流かご形三相誘導電動機を使用する207系以降の在来線電車において、一部例外を除き[13]WN継手を標準採用しており、特に223系225系新快速電車をはじめとする新型電車群の高速化に威力を発揮している。また、日本唯一のコンテナ貨物電車である日本貨物鉄道(JR貨物)のM250系電車でもWNドライブが採用されている。

本継ぎ手は基本的に等速継ぎ手であり、大きな変位を与えた状態で回転しても回転角速度変動は発生しない。ただし「たわみ板式継手」や「TD継手」ほど滑らかではない。

現在での国内での生産数は、ウェスティングハウスとの技術提携の経緯や金属加工技術の制約などから、三菱電機製主電動機と新日鐵住金製継手の組み合わせが半数以上を占めている[14][15]

惰性走行時の騒音

テンプレート:Side box WN継手では、継手に力が掛かっていない惰性走行時、構造上、内部にある歯車の公差により騒音が発生してしまう。このため、一定以上の速度域では惰性走行時に極僅かに回生ブレーキをかけ、継手に負荷をかけて騒音を抑制するよう制御を行う車両[16]も存在する。また近年の車両では、歯車の設計において低バックラッシュ化を行い、製造時に内部の歯車の公差を出来るだけ少なくして騒音を抑える努力をしているが、歯車の経年劣化により騒音が徐々に大きくなるため、根本的な解決には至っていない。 本方式の場合内歯は単なる直歯インターナルギアであるが外歯は芯ずれ変位を許容するため非常に大きなクラウニングを付与する必要がある、このような非常に大きなクラウニングを有する外歯ギヤは現在の技術をもってしても研磨盤が開発されておらず、あくまでも歯切り→焼き入れ→すり合わせという工程しかとれず、歯車の高精度化によるバックラッシュの縮小は困難であり、現在はモジュールの縮小による歯型の小型化により行われている、また無闇なバックラッシュの縮小は焼きつきの可能性を増加させるため難しい状態である。

東海道山陽新幹線では700系JR東海所属編成(C編成)の途中およびJR西日本所属編成を含むN700系Z・N編成グリーン車にのみTD継手を採用するように変更されている。[17]

外部リンク

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. メーカーである三菱電機でも「WNドライブ」の呼称を用いていた。
  2. 吊り掛け式のモーターは一般に定格回転数800 - 1,300rpm程度であったが、WN駆動に代表される新しい駆動方式では1,500 - 2,000rpm以上の高速モーターが多用される。
  3. 日本では、この方式による電車用駆動装置を日立製作所が独自に開発したKH-1軸梁式台車に搭載し、1951年に小田急電鉄線上で試験を実施したが、この方式は成功しなかった。
  4. 中空軸カルダンを採用する横浜市交通局1000形電車、及び日立が主体となって開発を担当し直角カルダンを採用した名古屋市交通局初期、地下鉄線に乗り入れるJRや私鉄(一部)の車両など。
  5. 1953年7月22日竣工。営業運転は翌23日から開始された。
  6. 『京阪車輌竣工図集(戦後編~S40)』、レイルロード、1990年、pp.63-66。
  7. 沖中忠順「京阪特急物語 -京阪特急を眺め,乗り,50年あれこれ-」『鉄道ピクトリアル No.695 2000年12月臨時増刊号』、電気車研究会、2000年、p.122。
  8. 福原俊一 『日本の電車物語 旧性能電車編 創業時から初期高性能電車まで』、JTBパブリッシング、2007年、pp.128・153 - 154
  9. 1953年11月21日竣工。
  10. 1953年10月完成。323を除き1954年1月5日竣工。
  11. 全電動車とすると、車両製造コストの上昇や、変電所の負荷過大などの問題が伴う。
  12. 国鉄時代の車両すべて(207系900番台を除く)が直流直巻整流子式電動機を装架していたため、継手に割り当てられるスペースが限られていた。
  13. 在来線営業用車両では223系5000番台が該当。
  14. ただし、三菱電機との取引のない一部事業者(阪急電鉄、京王電鉄他)や、公開入札により資材を調達している大阪市交通局などでは日立製作所東芝といった三菱電機以外の国内各電機メーカーが製作した電動機がWN継手と組み合わせて使用されている。
  15. 石本隆一「私鉄車両めぐり150 大阪市交通局」『鉄道ピクトリアル No.585 1993年12月臨時増刊号』、電気車研究会、1993年、pp.165 - 168。
  16. JR西日本223系1000番台など。
  17. JR西日本所属の700系B編成はグリーン車を含め全車WN継手を使用する。また、九州新幹線用の800系や山陽・九州直通用のN700系7000番台(JR西日本所属のS編成)およびN700系8000番台(JR九州所属のR編成)でも全車WN継手を使用する。

関連項目

電車の駆動方式