国際収支統計

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国際収支統計(こくさいしゅうしとうけい、テンプレート:Lang-en-short)は、一定期間における国(またはそれに準ずる地域)の対外経済取引(財・サービス・所得の取引、対外資産・負債の増減に関する取引、移転取引)を記録した統計である。大まかに経常収支資本収支外貨準備増減の3つに分けられ、またその中でさらに細分化される。日本では、財務省および日本銀行(国際局国際収支課)によって作成公表されている。

国際収支統計は、日本を含む世界のほとんどの国・地域においてIMF国際収支マニュアルに基づいて作成されているため、各国の経済取引関係・対外債権/債務の状況等を比較することができる。

国際収支表の構成項目

経常収支

貿易収支、サービス収支、所得収支、経常移転収支からなる。

貿易収支
財貨の輸出入をFOB価格で計上したもの。貿易統計をベースとするが、貿易統計が輸出をFOB価格、輸入をCIF価格で計上するのに対し、国際収支統計は輸出・輸入ともFOB価格で計上される。また、貿易統計が通関をもって取引を認識するのに対し、国際収支統計は所有権の移転をもって取引を認識するため、統計上の金額には違いが出る。
サービス収支
国境を越えた(居住者と非居住者の間の)サービスの取引を計上する。サービスとは、輸送、旅行、通信、建設、保険、金融、情報(コンピュータ・データサービス、ニュースサービス等)、特許権使用料、その他営利業務、文化・興行、公的その他サービスである。
所得収支
国境を越えた雇用者報酬(外国への出稼ぎによる報酬の受取等)および投資収益(海外投資による利子・配当金収入等)の支払い。
経常移転収支
政府間の無償資金援助、国際機関への拠出金など、資産の一方的支払いを計上する。出稼ぎ外国人の母国への送金。海外留学生への仕送り等

資本収支

居住者と非居住者の間で行われた資産・負債の受取を計上する。「投資収支」と「その他資本収支」からなる。

投資収支
国境を越えた直接投資(経営への支配を目的とした投資。原則出資比率10%以上)、証券投資、金融派生商品、その他投資(貿易信用、現預金の動き等)。
その他資本収支
資本移転(固定資産の取得・処分にかかる資金の移転等)、その他の資産の動きを計上。

外貨準備増減

政府通貨当局の管理下にある対外資産の増減。外為市場における市場介入による外貨準備の増減や、政府が保有する外債の利子の受取、円安による政府保有通貨の価値増加などによって増減する。財務省発表の国際収支総括表では、準備高増の場合は資金の流出であるためマイナス、準備高減の場合は流入のためプラスで表記される。

累積経常収支

輸出額から輸入額を差し引いた貿易黒字・経常黒字を累積経常収支という[1]。黒字が増えるということは、対外資産が増えるということであり、外国通貨建て資産のリスクの指標となる[1]

国際収支統計の記載の特徴

国際収支統計は、損益方式ではなく収支方式で記載される。企業会計に置き換えると、損益計算書と異なり、キャッシュ・フロー計算書に類似した記述方法が取られている。

キャッシュ・フロー計算書と対比すると、貿易収支が営業キャッシュフローに、経常収支が営業・財務・投資キャッシュフローの合計に、外貨準備の増減が現金預金の増減に、それぞれ置き換えられると言える。

作成の際は簿記と同様の複式計上方式をとっている点が特徴である[2]。すなわち、取引が記録される際は必ず貸方借方に同額の計上がなされる。簿記の場合は、借方に資産の増加・負債の減少・経費の支出、貸方に負債の増加・資産の減少・収入の受取を計上するが、国際収支統計の場合も、これに類する計上方法を取っている。

特筆すべきは、簿記で一般的な損益会計とは異なり収支会計であるために、貸方を左に・借方を右に記載されることであるが、これはキャッシュ・フロー計算書の作成方法と同様といえる。

経常収支
貿易については、輸出はその国から実物資産が減少することなので貸方に、輸入は実物資産の増加であることから借方に記帳する。また、所得収支については、所得の支払は経費に類するものであるから借方に、所得の受入は収入に類するものであることから貸方に記帳する。
サービス貿易については、簿記会計ではサービスそのものの増減が計上されることはないが、国際収支統計においては、あたかもサービスというモノが国境を越えて移動するかのような記帳がなされる。すなわち、サービスの輸出は貸方に、サービスの輸入は借方に記帳される。また、政府による無償援助や、出稼ぎ労働者による本国への仕送りなど、一方的なカネの動きについては、「移転」という反対勘定を設けて、所得の受取については借方、所得の支払については貸方に記帳する(あたかも「移転」というモノが増減したかのような記帳をする)。
資本収支
直接投資、証券投資、現預金などの資本収支については、金融資産の減少および金融負債の増加を貸方に、金融資産の増加および金融負債の減少を借方に記帳する。なお、資本収支がプラスの場合を「流入超」、マイナスの場合を「流出超」と表現する。
外貨準備
外貨準備の減少を貸方に、増加を借方に記帳する。

国際収支の基本原則

テンプレート:Quotation

計上の具体例

  • 輸出により代金を受け取った
    • (貸)輸出(貿易収支)×××
    • (借)現預金(投資収支)×××
  • 輸入により代金を支払った
    • (貸)現預金(投資収支)×××
    • (借)輸入(貿易収支)×××
  • 日本の旅行者が海外へ旅行し、ホテルで代金を支払った。
    • (貸)現預金(投資収支)×××
    • (借)旅行(サービス収支)×××
  • 外国債の利息を受け取った。
    • (貸)証券投資(所得収支)×××
    • (借)現預金(投資収支)×××
  • 日本政府が、途上国に対する無償資金援助を行った。
    • (貸)現預金(投資収支)×××
    • (借)無償資金協力(経常移転収支)×××
  • 日本企業が海外に工場を設立し、資金を送金した。
    • (貸)現預金(投資収支)×××
    • (借)直接投資(投資収支)×××
  • 日本政府が、外貨買い介入を行った。
    • (貸)現預金(投資収支)×××
    • (借)外貨準備 ×××

このように、貸方と借方に常に同額が計上される。統計上は、貸方はプラス・借方はマイナスとして表現される。このため、外貨準備増減についても、外貨準備が増加した場合は「マイナス」・減少した場合は「プラス」となり、印象的に不可解であるが、そういうルールであると理解するしかない。これは前述の収支計算であるとすることに伴うものである。

複式計上により、「経常収支 = 資本収支 + 外貨準備増減」となる[3]。「資本収支 + 外貨準備増減」を「広義の資本収支」とすれば、この式は「経常収支 =(広義の)資本収支」と書き表すことができる。ただし、実際には統計把握上の問題からこの理論式は厳密には成り立たず、不整合は「誤差脱漏」として処理される[3]。国際収支統計自体の問題として、年間の誤差脱漏が5兆円を超えることもざらである点が指摘される[2]

「国際収支が悪化(改善)した」といった表現は、国際収支にはプラスもマイナスもないという意味で、正しくない。また、悪化や改善という表現も、そうなることが好ましいとか好ましくないとかいう価値観を前提としている点で不適切である。正確には「貿易収支(経常収支)が黒字化した」「貿易赤字(経常収支の赤字)が拡大(縮小)した」などと表現すべきである。

国際収支統計は、財務諸表でいうところの損益計算書ではないので、経常収支赤字は「損失」を出していることを意味するものではない[2]。つまり、国際収支統計に「損得勘定」を持ち込むことはできない[2]

国際収支統計に関する理論

貯蓄投資バランスと国際収支

テンプレート:See also

一国経済全体が経済活動を通じて稼いだ所得は、一部が消費・投資に使われ、余剰分の資金(資本)は結果的に国外へと流出するというマクロ経済の性質がある[4]

国民総生産の定義によると、経常収支 Bc は、

<math>B_c = Y - ( C + I )</math>

である。ただしYは国民総生産、Cは消費、Iは投資を表す。

この恒等式の意味するところは、国内における支出(内需、C+I)が、国民総生産 (Y) を超える場合は、右辺はマイナスとなるので、左辺(経常収支)も赤字となり、その逆の場合(内需が国民総生産を下回る場合)は経常収支は黒字となる、ということである。

また、国民総生産から消費を引いたものは貯蓄 (S) なので <math>(Y-C=S)</math>、上記の式は、

<math>B_c = S-I</math>

とも書ける。すなわち、国内における投資が貯蓄を超える場合は経常収支は赤字、貯蓄が投資を超える場合は経常収支が黒字、ということである。1980年代の日米貿易摩擦に関する議論では、日本の貯蓄率の高さが日本の経常収支黒字の原因であり、一方アメリカの貯蓄率の低さと、個人消費および政府支出の高さ(財政赤字)がアメリカの経常収支赤字の原因ではないか、という議論が展開されていた。

ただし、上記の式は恒等式で常に等しいということを表す式であって、現実の経常収支は、国民総生産の水準、為替レート、金利水準などが貯蓄・投資の水準に影響を与えることで変動する。

発展段階説

経済の発展段階に伴って、国際収支動向が変化するという説。クローサーの発展段階説では、一国の国際収支は、次のような段階を経て発展する。

  1. 未成熟の債務国:産業が未発達のため貿易収支は赤字、資本が不足するため海外資本を導入するので資本収支は流入超、投資収支は赤字
  2. 成熟した債務国:輸出産業が発達し、貿易収支が黒字化するが、過去の債務が残っているため所得収支が大幅赤字、結果的に経常収支は赤字。
  3. 債務返済国:貿易収支黒字が拡大し、経常収支が黒字に転換。対外債務を返済できるようになる。これにより資本収支が流出超となる。
  4. 未成熟な債権国:対外債務の返済が進み債権国となり、所得収支が黒字化。
  5. 成熟した債権国:貿易収支が赤字に転換するが、過去の対外債権からの収入があり、所得収支が黒字のため、経常収支は黒字。
  6. 債権取崩国:貿易収支の赤字が拡大し、経常収支が赤字に転落。対外債権が減少する。

2005年4月に経済財政諮問会議の専門調査会が取りまとめた「日本21世紀ビジョン」によると、2030年度の日本は、貿易収支は赤字になるが、中国等東アジアへの直接投資からの収益により所得収支の黒字が拡大し、これまでの輸出立国から投資立国、すなわち上記の「成熟した債権国」になるとされている。一国の経済規模としては、現在では通常国内総生産 (GDP) が利用されるが、所得収支の黒字が拡大するとこれを含んだ国民総所得 (GNI) の方が経済政策の目標としては適切であるという議論が起こっている。

エコノミストの安達誠司は「『国際収支の発展段階説』はあくまで超長期の変化を考えるものなので、1-2年単位で経常収支の推移を追いかける場合には使うべき方法論ではない点には注意する必要がある」と指摘している[2]

国際収支の天井

戦後の貿易再開から昭和30年代にかけての日本では、国内の好景気が続くと、輸入が増え、外貨準備が底をついてしまうために、経済を引き締めて景気を後退させるという政策が行われていた。これを当時「国際収支の天井」と呼んだ。昭和40年代以降、輸出が拡大し、貿易黒字が定着すると、国際収支の天井問題は解消された。

識者の見解

経済学者伊藤元重は「経常収支は、海外に対する対外資産の残高の変化を示す重要な指標である。経常収支の黒字は、海外資産残高を増やしていく、つまり海外に対する債権国となっていることを表している」と指摘している[5]

経済学者の真壁昭夫は「経常収支がマイナスになると、基本的には国民が受け取る所得が減少することになる。貿易赤字の拡大などの理由によって国民総所得(GNI)が減少局面を迎えると、個人の所得も減少する可能性が高まる。中長期的にGNIが減少傾向を辿る場合には、貯蓄を取り崩すことをいつまでも続けることはできない。ということは、結果的に支出を切り詰めて生活水準を下げざるを得ないことになる」と述べている[6]

中野剛志は「資源を買うための外貨獲得のために輸出しなければならない」と思っている人は「ニクソン・ショック」以前の固定相場制の時代には正しかったが、2011年現在には当てはまらないとしている。また、経常収支の黒字と経済成長を同一視したり、経常収支の赤字を国の経済力の衰退と見なしたりする考えも間違いであるとしている[7]

国際競争力

経済学者のポール・クルーグマンは「経常収支は国際競争力を反映して決まるという考えは誤りである」と指摘している[8]

経済学者の野口旭は「貿易黒字の大きさは『国際競争力』の現われでも、貿易の閉鎖性でもない」と指摘している[9]

重商主義の誤謬

経常収支の黒字を「得」、赤字を「損」と考えることは間違いであり[10]、これを経済学では「重商主義の誤謬」と言う[11][12]

重商主義とは、16世紀から19世紀の欧州で採られていた経済政策であり、輸出を増やし輸入を減らして、貿易黒字を生み出すことで、国家の富を増大させるというものである[13]。経済学者の竹中平蔵は「端的に言えば、重商主義とは貿易黒字至上主義である」と指摘している[14]

内需(民間需要+政府需要)が不足すれば、貿易黒字(外需)が増える[15]。経済学者の中谷巌は「『不況だから貿易黒字が大きい』のであって、貿易黒字が大きいから豊かになるわけではない。貿易黒字が大きくなるのは、国内で生産したものを国内で消費したり、投資しないためである。国内の供給が国内の需要を上回っている結果、残りを輸出しているため貿易黒字が増えるわけである。国内で消費しきれば、貿易黒字にはならない」と指摘している[16]

UFJ総合研究所調査部は「モノの輸入・サービスの購入が伸び悩んでいることは、国際貿易のメリットを享受していないことになる。これは別の国からすると市場が閉鎖的或いは魅力がないと映る」と指摘している[17]

経済成長

純輸出が増える場合GDPの拡大要因となるが、純輸出が減る場合GDPの抑制要因となる[18]。この議論について、伊藤元重は「あくまで生産側の視点であり、逆に需要側から見れば、輸出は国内で利用できるものの海外流出であり、輸入は国内で消費されるものが海外から入ってくるという意味で良い面がある。安易に輸出と輸入のどちらが良いかという議論をしてはならない」と指摘している[18]

第一勧銀総合研究所は「GDPとの関係では、サービスを含めた貿易額で見て、物価変動を調整した実質輸出から実質輸入を差し引いた『純輸出』(外需)の動向が経済成長率を左右する。純輸出が増加すれば成長率を押し上げる要因となる一方で、純輸出が減少すれば成長率を押し下げる要因となる。貿易黒字の増加は景気にとってプラスとなるが、貿易と経済を考える際には、様々な視点で見ていく必要があり、必ずしも輸出が輸入を上回っていなければならないということではない」と指摘している[19]

経済学者の高橋洋一は「貿易収支の黒字は輸出のほうが輸入より多いということを示しているだけである。カナダのように経常収支が100年以上にわたりほとんどの年において赤字でも、発展してきた国もある。アイルランド、オーストラリア、デンマークなどの経常収支も第二次世界大戦以降大体赤字であるが、それらの国が『損』をしてきたわけでもない。2000年から2010年までの平均経常収支対GDP比を国際通貨基金(IMF)のデータで見ると、先進国34カ国の経常収支黒字国は17カ国、赤字国は17カ国あるが、それぞれの平均実質経済成長率は2.6%、2.5%とほとんど差がない。先進国以外の世界各国の状況を見ても、経常収支の黒字か赤字は経済成長率にはほとんど影響がない[11][12]」「景気が良くなると輸入は増えるので、多少貿易赤字になるのは健全ですらある。オーストラリアやイギリスなど経常収支が数十年にわたって赤字であるが、経済成長率は立派である[20]」と指摘している。

安達誠司は「経常収支の動きは、経済変数(財政収支、経済成長率など)とは基本的に無関係であり、経常収支赤字が直接的に経済危機に結びつかないということは国際比較すれば明らかである」と指摘している[21]

ポール・クルーグマンは「貿易赤字が減れば職が増えるかもしれないが、長い目で見れば貿易赤字と失業率はほとんど関係が無い。貿易赤字にコストがあることは同意する」と指摘している[22]

経済学者の岩田規久男は「外国の貯蓄を利用して経済成長を図る方法に問題がないわけではない。外国からの借り入れは、将来的に輸入を上回る輸出(貿易黒字)で国際通貨を稼ぎ、その通貨で返済しなければならない。それは、外国からの借入れで行われた投資によって、GDPが拡大することによってはじめて成り立つ。外国からの借り入れによる経済成長に失敗した例として、1970年代末から1980年代初頭にかけての南米諸国の累積債務問題がある」と指摘している[23]

野口旭は「国内外問わず、個々の経済主体が行った資本取引には返済不能になるものもある。しかし、資本主義経済である以上、お金の貸し借りは必要である」と指摘している[24]

日本の経常収支

1986年に中曽根康弘首相の私的諮問機関「国際協調のための経済構造調整研究会」によって報告書(前川リポート)が作成され、日本は内需を拡大させて輸入大国への転換を進め、世界に貢献すると提言したが達成できなかった[25]

2003年1月、小泉純一郎首相が5年間で対日直接投資高を倍増させるという目標を表明し、同年3月に「対日投資促進プログラム」が策定されている[26]。2008年に日本政府は、2010年までに対日直接投資残高をGDP比で5%までに倍増させる方針を打ち出している[27]

2004年から財務省は大量の発行が見込まれる日本国債を国外投資家にも買ってもらおうという意図で、国外投資家向けの日本国債の投資説明会を始めている[27]。このような活動の結果、外国人投資家による日本国債の保有率は、2004年12月の4.2%から2007年3月には6.3%に上昇している[27]

2014年3月10日、財務省は財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の財政制度分科会で、貿易赤字の拡大を背景に経常収支が年間を通じて赤字に転落する可能性を指摘し、財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」に陥ることへの懸念を表明している[28]

2014年、政府は「対日直接投資推進会議」を新設し、対日直接投資残高を2020年に35兆円に倍増させる目標に向け体制を整えるとしている[29]

真壁昭夫は「日本国外からの投資の増加は、配当金の支払いの増加を通して、日本の所得収支の悪化に繋がる。所得収支の悪化によって日本の経常収支の黒字幅が減少すると、財政赤字と経常赤字が重なる双子の赤字が現実的になる。日本が蓄えてきた富が海外に流出して、為替市場ではさらなる円安が進むことが考えられる。最終的に、日本経済の活力が失われ、国民の経済活動が不安定化することになりかねない」と指摘している[30]

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ワールドエコノミー研究会は「貿易赤字が定着するということは、日本が貿易で稼げないということを意味するため、貿易赤字は日本経済の分岐点となる大問題である。日本は貿易で稼ぐよりも投資で稼ぐ『投資立国』になっている。日本の所得収支の拡大は経済の成熟ぶりを示すものといえる」と指摘している[31]

経済学者の原田泰は「経常収支が赤字になることが問題という向きが多いが、黒字にするのは簡単であり、景気を悪化させれば黒字になる。しかし、誰もそんなことは望まないだろう。景気が良くなると経常収支の黒字は減る。過度に警戒する必要はない」と指摘している[32]

安達誠司は「日本の輸入金額の増加は、燃料輸入の急増というよりも、国内の経済活動の活性化・内需拡大による製品輸入の需要の増加によるところが大きい。 日本の経常収支黒字の急減、及び貿易収支赤字の拡大は、国内産業の空洞化、燃料輸入の急増によるものでもない[33]」「日本は長期的に経常収支黒字を記録してきたので、膨大な対外資産を保有している。経常収支赤字の状況が続けば対外資産が減少していくが、仮に対外資産が枯渇することが『危険である』ということが正しいとしても、膨大な対外資産を保有する日本で『対外資産が枯渇』するような事態はなかなか起きない[2]」と指摘している。

グローバル・インバランス

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貯蓄が投資を上回っている国では、国内で貯蓄を使いきれず、資金(資本)を国外に出していることになる[34]。これを貯蓄と投資のインバランス(不均衡)と呼び、国境を越えた投資マネーを生み出す要因の一つとして考えられている[34]

経済学者のロイ・ハロッドは一国の経常収支のインバランスには、四つのケースがあると指摘しており、それぞれについて対策を主張していた[35]

  1. 不況と経常収支黒字→公共投資の拡大と金融緩和という拡張政策
  2. インフレと経常収支赤字→引き締め政策
  3. 不況と赤字→為替レートの切り下げ
  4. インフレと黒字→為替レートの切り上げ

経済学者のオリヴィエ・ブランシャールはグローバル・インバランスは、

  1. アメリカの低貯蓄率
  2. 諸外国の高貯蓄率
  3. ヨーロッパ・アジアの低投資
  4. アメリカ資産投資への偏好

などによって生じたと指摘している[36]

アメリカのGDPは世界全体の約三割を占めており、その七割は消費である(2007年時点)[37]。つまり、世界全体のGDPの約二割はアメリカの消費によるものである(2007年時点)[37]。安達誠司は「アメリカの経常収支赤字は、日本中国・東アジア諸国などの経常収支黒字でファイナンスされているのが現状である」と指摘している[38]。中野剛志は2000年代の中国の驚異的な成長も日本のつかの間の景気回復もアメリカの住宅バブルの産物である大量消費によって支えられていたとしている[39]

国際連合貿易開発会議(UNCTAD)は2010年版「貿易開発報告書」で、2000年代はアメリカの過剰消費が世界経済の成長を支えていたが、このグローバル・インバランスの世界経済の構造が金融危機の遠因だとしている[40]。またUNCTADは、世界経済の安定のためには、グローバル・インバランスの是正が必要であり、アメリカは過剰消費を改めて、日本、ドイツといった経常収支黒字国は、内需拡大・輸入増大を行うべきであるとしている[41]

中野はリーマン・ショック以来の世界的な経済危機の根本を探るためにグローバル・インバランスに注目すべきとしている[42]。中野はグローバル・インバランスの是正のため、消費を抑制し、貯蓄を促し、輸出を促進し、輸入を抑制して、経常収支の赤字を削減しようと考えているのが、アメリカの国際経済戦略の基本路線であるとしている[43]。アメリカの輸出倍増戦略には、

  1. 「グローバル・インバランスの是正による世界経済の再建」という側面(アメリカと他の国々との互恵的な目的)
  2. 「アメリカの雇用の拡大」という国内向けの側面(アメリカの利己的な目的)

という二つの側面があるが、利己的な側面の方がより前面に出てこざるを得ない状況にあるとしている[44]

2010年、G20財務相・中央銀行総裁会議で、ティモシー・フランツ・ガイトナー財務長官(当時)が国際収支の不均衡を是正するため、経常収支の黒字・赤字を4%以内に抑える数値目標導入の提案をしたが、提案は支持を得られなかった[45]

イギリスのフィナンシャル・タイムズの論説主幹マーティン・ウォルフは、日本が輸出主導の成長で貿易収支の黒字を拡大することは、他国の犠牲の上になされる近隣窮乏化政策であると主張している[46]

経済学者の竹森俊平は「サブプライム危機以来、『内需主導型経済への転換』といった構造改革論が強くなっている」「ある国が輸出主導で経済を成長させるとする場合、(相対する国も)輸出を伸ばせばよいのであって、輸出と輸入の差額、つまり貿易黒字を拡大させる必要はない。実際に1997年以降、輸出依存度を2倍以上に拡大した韓国経済は、貿易収支についてはほぼ均衡、もしくは少し赤字の状態を保っている。ある年に、輸出と輸入が同じだけ拡大したとすれば、貿易収支は変化しない」と指摘している[46]

安達誠司は「『国際収支の発展段階説』では、国際収支の構造は、国の経済構造の発展段階によって決まるものであるため、経済構造の転換なしに国際収支構造だけを変えようとするのは無理がある」と指摘している[2]

経済学者の若田部昌澄は「世の中持ちつ持たれつという観点からは、グローバル・インバランスそのものは、貸し手がいれば借り手がいるという話に過ぎない。日本が内需を拡大を目指すべきと言う議論は理解できない。内需・外需のどちらにせよ日本のつくりだす財やサービスへの需要でGDPに寄与して所得になるため、内需・外需を区別して考えても仕方が無い」と指摘している[47]

野口旭は「経常収支問題を専門とする多くの経済学者は、一国の貿易黒字が他国に損害を与えている、或いは一国の貿易黒字の減少が他国の利益になるとは考えていない。彼らはむしろ貿易不均衡は基本的には望ましく、政策的に縮小させることは有害であると考えている。彼らは経常収支黒字国の黒字は資本不足国にとって有用であると論じている」と指摘している[48]。また野口は「『輸入を制限し輸出を拡大する』という重商主義的政策は、国として賢明ではなく、貿易を継続する限りは不可能である。一国は一般に、輸出を拡大させるためには必ず輸入を拡大させなければならない」と指摘している[49]

竹中平蔵は「輸出が増えれば輸入能力が高まり、経済発展がしやすくなる。輸出入はそのように捉えるべきである」と指摘している[50]

日本の国際収支

日本の経常収支は1980年代はじめに第二次オイルショックの影響で赤字になったのを最後に、その後一貫して黒字を続けている[51]。これは貿易黒字が拡大したためである[51]。一方で資本収支は常に赤字の状態が続いており、資本フローでみると貿易で稼いだ黒字を証券投資・直接投資といった資本の形で国外に流出している[52]

平成16年の日本の国際収支は、以下のとおりである。日本の国際収支の特徴としては次のとおり。

  • 貿易黒字は慢性的に高水準にある
  • サービス収支は例年赤字である
  • 対外債権の保有が高水準にあることから、所得収支は黒字
  • 平成16年の外貨準備は急増したが、円高防止のために積極的にドルの買い介入を行ったことによる
(単位:億円)
経常収支 貿易・サービス収支 貿易収支 139,022
(輸出) 582,951
(輸入) 443,928
サービス収支 △37,061
貿易・サービス収支計 101,961
所得収支 92,731
経常移転 △8,509
経常収支計 186,184
資本収支 投資収支 22,504
その他資本 △5,134
資本収支計 17,370
外貨準備増減 172,675
誤差脱漏 △30,879

貿易収支の動向

2014年2月20日、財務省が発表した1月貿易統計速報によると、貿易収支(原数値)は2兆7900億円の赤字となり、初めて2兆円台を突破し、1979年の統計開始以来最大の赤字を記録した[53]

同年4月21日、財務省が発表した2013年度の貿易統計速報(通関ベース)によると、貿易収支は13兆7488億円の赤字となり、比較可能な1979年以降では最大で、初めて3年連続の赤字となった[54]

同年7月24日、財務省が発表した2014年上半期の貿易収支は7兆5984億円の赤字となり、半期ベースでは1979年の統計開始以降最大の赤字額を記録した[55]。また、貿易収支は24カ月連続の赤字となった[55]

同年8月8日、財務省が発表した国際収支統計によると、2014年上半期の貿易赤字は6兆1124億円となり、半期ベースでは、2013年下半期(5兆3465億円の赤字)を上回り、最大となった[56]

経常収支の動向

2007年には日本の経常収支の黒字は25兆円と過去最高を記録した[57]

2014年3月3日甘利明経済再生相は参議院予算委員会で、「経常収支が赤字になると危険信号だ。国債の評価に影響してくる」と指摘し、「経常収支は黒字である方がいいことは間違いない」と述べた[58]

同年5月12日、財務省が発表した2013年度の国際収支速報によると、経常収支の黒字額は前年度比81.3%減の7899億円となり、比較可能な1985年度以降、2年連続で最少を更新した[59]

同年8月8日、財務省が発表した国際収支統計によると、2014年上半期の経常収支は5075億円の赤字となり、比較できる1985年以降で、上半期として初めて赤字に転落した[56]

参考文献

脚注

  1. 1.0 1.1 弘兼憲史・高木勝 『知識ゼロからの経済学入門』 幻冬舎、2008年、163頁。
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 2.6 経常収支黒字減少のなにが問題なのか?SYNODOS -シノドス- 2014年3月5日
  3. 3.0 3.1 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、124頁。
  4. 三菱総合研究所編 『最新キーワードでわかる!日本経済入門』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2008年、174-175頁。
  5. 伊藤元重 『はじめての経済学〈下〉』 日本経済新聞出版社〈日経文庫〉、2004年、151頁。
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  10. 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、152頁。
  11. 11.0 11.1 政治・社会 【日本の解き方】経常収支の大きな誤解 赤字でも成長率に影響なしZAKZAK 2013年4月5日(2013年5月24日時点のインターネット・アーカイブ
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  15. 中谷巌 『痛快!経済学』 集英社〈集英社文庫〉、2002年、240頁。
  16. 中谷巌 『痛快!経済学』 集英社〈集英社文庫〉、2002年、242頁。
  17. UFJ総合研究所調査部編 『50語でわかる日本経済』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2005年、84頁。
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  21. 安達誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 【第40回】 「経常収支赤字」は悪なのか?現代ビジネス 2014年 4月3日
  22. ポール・クルーグマン 『クルーグマン教授の経済入門』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2003年、78頁。
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  24. 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、192頁。
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  27. 27.0 27.1 27.2 三菱総合研究所編 『最新キーワードでわかる!日本経済入門』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2008年、215頁。
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  33. 安達誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 【第35回】 日本の経常収支黒字急減は日本の競争力低下の証か?現代ビジネス 2014年2月27日
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  38. 田中秀臣 『不謹慎な経済学』 講談社〈講談社biz〉、2008年、97頁。
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  41. 中野剛志 『TPP亡国論』 集英社〈集英社新書〉、2011年、70-72頁。
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  46. 46.0 46.1 [アベノミクス]一票の格差是正こそ最強の3本目の矢〔2〕PHPビジネスオンライン 衆知 2014年3月20日
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  51. 51.0 51.1 UFJ総合研究所調査部編 『50語でわかる日本経済』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2005年、80頁。
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  54. 貿易赤字、最大13.7兆円==円安で燃料輸入拡大-13年度時事ドットコム 2014年4月21日
  55. 55.0 55.1 貿易収支、上半期の赤字が半期ベースで過去最大Reuters 2014年7月24日
  56. 56.0 56.1 経済 上半期の経常収支、初の赤字に…貿易赤字拡大で読売新聞(YOMIURI ONLINE) 2014年8月8日
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  58. 経常収支が赤字に転じたら危険信号=甘利経済再生相Reuters 2014年3月3日
  59. 経常黒字:過去最少更新 貿易赤字響く 13年度速報毎日新聞 2014年5月12日

関連項目

外部リンク

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