耳なし芳一
耳なし芳一(みみなしほういち)は、安徳天皇や平家一門を祀った阿弥陀寺(現在の赤間神宮、山口県下関市)を舞台とした物語、怪談。小泉八雲の『怪談』にも取り上げられ、広く知られるようになる。
八雲が典拠としたのは、一夕散人(いっせきさんじん)著『臥遊奇談』第二巻「琵琶秘曲泣幽霊(びわのひきょくゆうれいをなかしむ)」(1782年)であると指摘される[1][2]。
『臥遊奇談』でも琵琶師の名は芳一であり、背景舞台は長州の赤間関、阿弥陀寺とある。これは現今の下関市、赤間神社のことと特定できる。
昔話として徳島県より採集された例では「耳切り団一」[3]で、柳田國男が『一つ目小僧その他』等で言及している。
目次
物語
阿弥陀寺に芳一という盲目の琵琶法師が住んでいた。芳一は平家物語の弾き語りが得意で、特に壇ノ浦の段は「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手だった。
ある夜、和尚の留守の時、突然一人の武士が現われる。芳一はその武士に請われて「高貴なお方」の屋敷に琵琶を弾きに行く。盲目の芳一にはよくわからなかったが、そこには多くの貴人が集っているようであった。壇ノ浦の戦いのくだりをと所望され、芳一が演奏を始めると皆熱心に聴き入り、芳一の芸の巧みさを誉めそやす。しかし、語りが佳境になるにしたがって皆声を上げてすすり泣き、激しく感動している様子で、芳一は自分の演奏への反響の大きさに内心驚く。芳一は七日七晩の演奏を頼まれ、夜ごと出かけるようになる。
和尚は目の悪い芳一が夜出かけていく事に気付いて不審に思い、寺男たちに後を付けさせた。すると芳一は一人、平家一門の墓地の中におり、平家が推戴していた安徳天皇の墓前で無数の鬼火に囲まれて琵琶を弾き語っていた。寺の者たちは慌てて芳一を連れ帰り、和尚に問い詰められた芳一はとうとう事情を打ち明けた。和尚は怨霊たちが単に芳一の琵琶を聞くことだけでは満足せずに、芳一に危害を加えることを恐れ、これは危ない、このままでは芳一が平家の怨霊に殺されてしまうと和尚は案じた。和尚は自分がそばにいれば芳一を守ってやれると考えたが、生憎夜は法事で芳一のそばについていてやることが出来ない。かといって寺男や小僧では力不足である。芳一を法事の席に連れていっては大勢の怨霊をもその席に連れて行ってしまうことになりこれでは檀家との間にトラブルを発生させる危険性がある。そこで和尚は芳一を一人にするが怨霊と接触させない方法を採用することで芳一を守ることにした。和尚は怨霊の「お経が書かれている身体部分は透明に映り視認できない」という視覚能力の性質を知っていたので、怨霊が芳一を確認できないように法事寺の小僧と共に芳一の全身に般若心経を写した。ただしこのとき耳の部分に写経し忘れたことに気が付かなかった。また音声によって場所を特定されることを防ぐために芳一に怨霊の武士に声をかけれられても無視するように堅く言い含めた。
その夜、芳一が一人で座っていると、いつものように武士(平家の怨霊)が芳一を迎えに来た。しかし経文の書かれた芳一の体は怨霊である武士には見えない。芳一が呼ばれても返事をしないでいると怨霊は当惑し、「声も聞こえない、姿も見えない。さて芳一はどこへ行ったのか・・・」という独り言が聞こえる。そして怨霊には、耳のみが見え、「芳一がいないなら仕方がない。証拠に耳だけでも持って帰ろう」と考えた。耳だけ持ち帰ることが結果的に芳一にどのような損傷を与えるかに思いをいたせず、結果的に頭部から耳をもぎ取ってそのまま去って行った。 朝になって帰宅した和尚は耳をもぎ取られ血だらけになって意識のない芳一の様子に驚き、一部始終を聞いた後、芳一の身体に般若心経を写経した際、小僧が耳にだけ書き漏らしてしまったことに気づき、芳一に、小僧の見落としについて謝罪した。その後、怪我は手厚く治療されこの不思議な事件が世間に広まって彼は「耳なし芳一」と呼ばれるようになった。琵琶の腕前も評判になり高所得を得ることが出来、何不自由なく暮らしたという。結果的に芳一に降りかかった禍は彼の名声を高めることに寄与したことになる。
解釈
類話
上記の話が、一般的に「耳なし芳一」と言われるものであるが、これ以外にも幾つかの類話が存在しており、部分部分で話が違っていたり、結末が異なったりする。
寛文3年(1663年)に刊行された「曽呂利物語」の中では、舞台は信濃、善光寺内の尼寺となっているうえ、主人公は芳一ではなく「うん市」という座頭である。
派生
「耳なし芳一」を扱った作品
- 小説『怪談』(Kwaidan、小泉八雲)の「耳無芳一の話」
- 映画『怪談』(1964年東宝映画、小林正樹監督)中の「耳無し芳一」:芳一役は中村賀津雄。
- ドラマ『日本の面影』(1984年NHK総合:第4回の劇中劇として登場。芳一役は小林薫。)
- アニメ『まんが日本昔ばなし』(愛企画センター、グループ・タック、MBS毎日放送制作)の一話、「耳なし芳一」
- アニメ『ドラえもん』 221話(2011年8月19日放送)「暑い夏にはおはなしバッチ」中でジャイアンが「耳なし芳一」の話のバッチを付ける。
- 漫画『快僧のざらし』(山上たつひこ) ギターの弾き語りがうまい主人公の小坊主のざらしが寺で演奏していると、妖しい美女が現れて芸能界入りを請われる。だが実はその女の正体は……そして、のざらしが出かけた先は……というパロディ作品。
- 漫画『耳ナシ芳一』(丸尾末広)
- 特撮『仮面ライダー (スカイライダー)』 43話「怪談シリーズ 耳なし芳一 999の耳」
「耳なし芳一」からアイディアをとっている作品
- 映画『コナン・ザ・グレート』(1982年ユニバーサル・ピクチャーズ、ジョン・ミリアス監督)作中で主人公コナンが瀕死の重傷を負って全身に呪文を書いて死神の脅威から護られて復活を果たすシーンがあるが、このシーンは日本の「耳なし芳一」という物語を題材にしたと監督自ら語っている。
「耳なし芳一」にちなんだ命名
- コローニ(コローニ・C4) - 1991年に参戦していたF1マシンの1つ。チームが同年の日本グランプリに参戦する為の資金を集めるべく個人スポンサーを募った。その結果、多くの個人名がマシンにびっしりと書かれてしまったため「耳なし芳一」と揶揄された。
参考文献
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関連項目
外部リンク
- 『耳無芳一の話』(全文)
- 『小泉八雲代表作集-耳なし芳一』(本作を含め34話収録)