原子力電池
原子力電池(げんしりょくでんち)は、半減期の長い放射性同位体が出す放射線のエネルギーを電気エネルギーに変える仕組みの電池である[1]。放射線電池、RI電池、ラジオアイソトープ電池、アイソトープ電池(en)[1]、またはラジオアイソトープ発電器、RI発電器とも呼ばれる。
概説
放射性元素の原子核崩壊の際に発生するエネルギーを利用して電力を発生させる。α崩壊を起こすプルトニウム238やポロニウム210などが用いられる[1]。ストロンチウム90のように長い半減期をもつ同位体を用いることで寿命の長い電源が得られる[2]。
電池としては寿命が長いため宇宙探査機の電源として搭載される。1960年代には心臓ペースメーカーの電源としても利用された[1]。
物理電池の一種に分類される。
種類
- 熱電変換方式
- 放射性核種の原子核崩壊の際に発生するエネルギーを熱として利用し、熱電変換素子により電力に変換する。実用される原子力電池にはアルファ崩壊を起こす核種であるプルトニウム238やポロニウム210が用いられ、放射されたアルファ線が物質に吸収されて生じた熱を利用している。
- 熱イオン変換方式
- このタイプは実用化されていない。
- アルカリ金属熱変換方式
- ソビエトの人工衛星に搭載され、ナトリウムが漏れる事故を起こしている。
- 圧電式変換方式
- このタイプは実用化されていない。
- 光電変換方式
- 放射性同位体によって励起された蛍光体から発せられる光を光電変換素子(太陽電池)によって電気に変換する。
適用分野
宇宙
原子力電池を搭載する人工衛星は1960年代から使用されてきたが、原子炉を搭載する人工衛星と同様に打ち上げ失敗や墜落で放射性物質をまき散らすリスクがあるため、現在では、十分な太陽光エネルギーが得られる地球軌道周辺では太陽電池を使うのが一般的である。
宇宙探査機については小惑星帯までは太陽光放射量も十分なため、小惑星帯よりも内側でのみ活動する探査機の電源には太陽電池が使われてきた。一方でそれよりも外側で活動する探査機の場合は、太陽からの光が弱い上に目標到達に長い時間(打ち上げから木星到達までには、軌道や位置関係にもよるが最低1年以上)がかかるので、原子力電池以外の選択肢は事実上存在しなかった。しかし2011年現在では太陽電池の性能向上により、少なくとも木星軌道程度であれば原子力電池を太陽電池に置き換えることも可能となっている。
原子力電池はパイオニア10号・11号とボイジャー1号・2号の他、木星探査機ガリレオや土星探査機カッシーニなどに使われた。2006年1月に打ち上げられたNASAの冥王星探査機ニュー・ホライズンズにも原子力電池が搭載されている。これらの外惑星探査機だけでなく、太陽探査機のユリシーズも太陽の極軌道(地球などの公転面に対して垂直に近い軌道)に投入するためには木星を利用したスイングバイを行う必要があったため、木星付近での活動に支障が無いように原子力電池を搭載した。
2011年に打ち上げられた木星探査機ジュノーは、木星以遠を目指す探査機として初めて原子力電池を使用せず、代わりに大型の太陽電池を搭載した[3]。また、JAXAが2018年の打ち上げを目指している木星圏トロヤ群探査(IKAROSの後継計画)でも、太陽電池による木星圏探査が構想されている。
原子力電池は寿命が長いため、打ち上げから30年以上経つボイジャー1号とボイジャー2号は現在でも太陽圏の外へと向かっており、星間空間の探査・観測ミッションを続行している(パイオニア10号は2003年に、パイオニア11号は1995年に通信途絶)。
他に原子力電池を搭載した衛星は、火星探査機バイキング1号ランダーとバイキング2号ランダー、マーズ・サイエンス・ラボラトリーがある。月探査を行ったアポロ12号からアポロ17号の月着陸船には、月面に設置してきたアポロ月面実験パッケージ (ALSEP)用の電源としてRTGが搭載されていた(アポロ13号は月着陸に失敗して、月着陸船を地球大気圏に突入させてしまったため、搭載していたRTG(3.8kgのプルトニウム238を封入したSNAP-27)は南太平洋のトンガ海溝の水深約6,500mの海底に沈んだ。周辺からは放射線は検出されなかったためRTGは破損せずに沈んでいると考えられる)。 地球軌道を周回する人工衛星に搭載された例としては、1961年6月のTransit-4Aが初めての搭載例で、SNAP(Systems for Nuclear Auxiliary Power)-3Bを搭載した。その他、Transit-5BN1/2、気象衛星ニンバス B-1、LES-8号、LES-9号(LES-8,9は静止衛星)にも搭載された。
Transit-5BN1/2は、1964年4月21日に打上げられたが、軌道投入に失敗してマダガスカルの北側で大気圏に再突入してRTGも破壊され、大気圏上層に拡散した。数カ月後には放出されたプルトニウム238が検出された。ニンバス B-1は1968年5月21日の打上げ時に飛行軌跡から逸脱したため指令破壊されたが、搭載していたRTGは5ヶ月後に無事海底から回収された。このような初期の失敗を教訓に、現在の惑星探査機では打上げに失敗して大気圏に突入してもプルトニウムが放出しないような設計が行われている。
僻地
シベリアの北極海周辺ではかつて多数の原子力電池が使用された。その後、十分な管理がされないまま放置されている物がある[4]。
医療
実験的にプルトニウム238を用いた原子力電池はその長寿命を生かして一時期埋め込み型心臓ペースメーカーの電源として利用された。この用途には現在、リチウム電池が用いられている。また、体内埋め込み利用を念頭に、ニッケル63をエネルギー源としMEMS技術を利用した新世代のマイクロ原子力電池の開発が行われている[5]。但しプルトニウムを民需用に使うことに対することには、技術的かつ政治的制約があり、現実的な実用化の目処は付いていない。なおいずれの方式でも仮に体内埋め込み後に破損した場合内部被曝の危険、重金属による中毒の危険なども考えられる。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 デジタル大辞泉
- ↑ 『広辞苑』第五版「原子」内「原子力電池」
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
外部リンク
- Nuclear Generators Power NASA Deep Space Probes (Infographic)2011.11.21 Space.com
- 英語版Wikipedia RTG Radioisotope thermoelectric generator
- 英語版Wikipedia SNAP Systems for Nuclear Auxiliary Power