サイバーテレフォンリクエスト
テンプレート:基礎情報 ラジオ番組 テンプレート:基礎情報 ラジオ番組 サイバーテレフォンリクエストは、かつてbayfmで月曜から木曜の深夜2時から朝5時などに放送されたラジオ番組。同局が開局した1989年10月に、「世界初の無人電リク番組」として放送を開始した。DJはPas de chatの藤原美穂。
概要
番組は藤原美穂のフリートーク(3分程度)からスタートし、その後前日(月曜日は木曜日+前週)のトップ3の発表となる。 ランキング発表の際、1位の曲がフルコーラスでOAされていたのだが、月曜日の放送では木曜日と前週とで曲が異なる場合もあった為、 その際にはそれぞれを途中でカットしてOAしていた。
ランキングはエナジーカッツ終了後に16位若しくは17位から発表されていたが、1曲丸々フルコーラスでオンエアされていたため、番組終盤(午前4時頃)になると休み無しで一気にオンエアされていった。 また、リクエストは原則として正午から番組開始30分前までであったが、番組内で先着1人のリクエストがその場でかかるコーナーが設けられたりもした。但しこのコーナーでは、その日にかかった、またはかかる予定の曲はリクエストできなかった。
リクエスト方法は、FM情報誌に掲載された(伝言FAXからも取り出し可能だった)洋楽と邦楽50曲ずつのリストから曲目番号(番組内ではIDナンバーと呼ばれていた)をトーン信号の出る電話機を通して入力する方式を採っていた。リクエスト時に電話番号も登録すると、抽選でプレゼントがあたるチャンスもあった。EメールやFAXがほとんど普及していない当時、画期的なリクエスト方法だった。
リストは週に10曲程度入れ替えていた。
番組のテーマソングはNew Orderの『BLUE MONDAY』。
放送時間
- 1989年10月 - 1991年3月:月曜日 - 木曜日 25:30 - 27:30
- 1991年4月 - 1994年3月:月曜日 - 木曜日 26:00 - 28:00
- 1994年4月 - 1997年1月:月曜日 - 木曜日 26:00 - 29:00
主なコーナー
開始当初はランキングをなぞっていくだけであったが、後年以下のようなコーナーが始まった。
- ミッドナイトベイライン ((1991年4月 - 1997年3月)◎
- DJは週替わりで、月-木を一人(一組)が担当。26:20(1992年4月からは26:06)から約30分間(1994年10月からは20分間)放送。
- COM-BAD'S FLASH (1991年4月 - 同年9月)
- 月-木の放送、DJはCOM-BAD'S。27:00から約10分間。
- MATSURIDA WASSYOI! (1991年10月 - 1992年3月)
- 月-木の放送、DJはムスタングA.K.A。27:00から約10分間。
- ミッドナイトインターセクション (1992年4月 - 1993年3月)
- 月-木の放送、DJは尾上一平。26:40から約10分間。
- エナジーカッツ (1994年4月 - 1997年3月)◎
- DJは月-木の日替わり、一人(一組)が半年~一年間担当。1994年9月までは27:00から、同年10月からは26:06からそれぞれ約10分間。担当パーソナリティは以下で詳述。
- ホットレビュー (1994年4月 - 1997年3月)◎
- DJは吉見祐子。1994年9月までは26:40から、同年10月からは27:15からそれぞれ約10分間。
(◎ - 本番組終了後も、1997年2月-同年3月まで単独番組として放送されたコーナー)
『エナジーカッツ』 パーソナリティ
月曜日
- 山田晃士 (1994年4月 - 同年9月)
- 藤重政孝 (1994年10月 - 1995年3月)
- THE SUNS (1995年4月 - 1996年3月)
- 酒井ミキオ (1996年4月 - 同年9月)
- ハルニレ (1996年10月 - 1997年3月) ※後番組『ARTIST PARADISE』でも引き続きパーソナリティを務める。
火曜日
- 吉田朋代 (1994年4月 - 同年9月)
- TAMTAM (1994年10月 - 1995年3月)
- B☆KOOL (1995年4月 - 1996年3月)
- The JUICE (1996年4月 - 1997年3月)
水曜日
- 井上武英 (1994年4月 - 同年9月)
- 綿内克幸 (1994年10月 - 1995年9月)
- 石嶺聡子 (1995年10月 - 1996年3月) ※→木曜日へ移動
- 石田孝文 (1996年4月 - 1997年3月)