清水章吾

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テンプレート:ActorActress 清水 章吾しみず しょうご1943年2月15日 - )は、東京都港区出身の日本俳優。身長174cm、体重65kg。女形役者花柳章太郎の弟子。本名は清水 忠光。旧芸名は花木 章吾。所属事務所はオフィスPSC(2013年6月1日より)。

来歴・人物

日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業後、日本大学農獣医学部中退。

15歳で児童劇団入り。当時は非常に引っ込み思案な赤面症の気弱な少年だった。舞台に立っても、気弱な性格が災いして台詞が言えない、袖に逃げ込みそうになるといったことは日常茶飯事だったという。本人は雑誌等のインタビューにて、「児童劇団入りしたのは、弱すぎる己を鍛えたかったため」と公言している。

大学中退後に花柳章太郎に入門。1970年頃から、脇役ではあるが主にテレビや映画などで悪役やエリート役を多く演じ、クセのある役として出演することが多かった。近年では2002年以降、アイフルテレビCMチワワくぅ〜ちゃんと共演するなど、良き父親ぶりを発揮し大ブレイク。以来バラエティ番組などでも活躍している。

2006年秋に所属事務所から独立した後、家族が会社(株式会社アトリエ・ハルマン)[1]が設立。会社の代表取締役は洋画家の妻、清水ハルマンである。2013年6月よりオフィスPSCに所属。

娘の清水響美1999年帝人キャンペーンガール。長女(ハルマンの実子で再婚時に養女となった)の桑原絹画家

旧芸名として、一部で「花柳章吾」が表記されているが、これは間違いである(花柳の名前は新派の上位でなければ名乗れない)。しかし、師である花柳章太郎は、清水を厳しく修行させながらも大変気に入り、その縁で、自らの芸名の中から3文字(『花』・柳のへんの『木』・章太郎の『章』)を清水に名乗らせることを許したという。このおかげで、当時の新派の若手メンバーとしては格段の出世をしたため、いろいろと大変な目にも遭った。

埼玉県本庄市(児玉地区)在住[2]。数多くの犬や猫と暮らす。転居前は所沢市熊谷市に在住。

出演作品

テレビドラマ

映画

オリジナルビデオ

  • のぞき屋稼業2(1993年、ココナッツボーイ・プロジェクト)

ラジオドラマ

バラエティ・情報番組

CM

音楽作品

  • 旅路/ わかれ道まで(1973年・Trio 3A-104) ※シングルレコード ※アルバム「THE SINGLES TRIO RECORDS GUIDE 1972~1973」にも収録されている。現在はダウンロードのみの視聴・購入可能。
  • レイコ / 夜霧の別れ(1975年) ※シングルレコード

脚注

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  1. 主要業務は絵画の製作販売(美術品商許可保持)、会社そのものはギャラリーとして機能している
  2. 本庄市<広報ほんじょう・2006年3月1日号>

外部リンク