高島町 (長崎県)

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テンプレート:Infobox 高島町(たかしまちょう)は、長崎県西彼杵郡にあった。2005年1月4日に長崎市へ編入、長崎市高島町となった。

現在の、長崎市の地区としての高島についても記述する。高島地区(長崎市役所高島行政センター管内)の人口は447人(2013年6月末日現在)。

地理

2005年(平成17年)1月3日まで日本で最も面積が小さかった町である。1955年(昭和30年)に端島(西彼杵郡高浜村)を併合した直後は人口16,904人[1]となり、日本で最も人口密度の高い町であった[1]が、長崎市に編入する直前には全国で最も人口の少ない町となっていた。

以下の4島からなる[2](順番は北から南)。

飛島
面積0.01km2[2]。現在は防波堤で高島と繋がっている。
高島
面積1.24km2[2]、周囲6.4km[2]、東西1.2km[2]、南北1.8km[2]長崎市中心部から南西14.5kmに位置する。かつては高島・上二子島・下二子島の3島であったが、埋立により陸続きになった。飛島とも防波堤で繋がっている。高島炭鉱があった。現在は唯一の有人島。
中ノ島
面積0.01km2[2]。高島と端島の中間にある無人島。一時期だがこの島にも炭鉱があった。
端島(軍艦島)
面積0.1km2[2]、周囲1.2km[2]、東西0.16km[2]、南北0.48km[2]

地理

人口

  • 1955年(昭和30年)に端島(西彼杵郡高浜村)を併合した直後は人口16,904人であった。鉱業所の町であったので人口は増加傾向であったが、高島炭鉱などの高山が閉鎖されてからは急激な人口減少に陥った。[3]その甲斐があってか長崎市編入合併直前には人口が1000人に満たないになった。

端島における人口

  • 1955年(昭和30年)までは高浜村。端島炭鉱があった。かつては日本一[4]、世界一[5]と言われる人口密度であったが、現在は無人島。

面積

気候

  • 年間平均気温は15℃から16℃[6]、平均降水量は2000mm[6]

高島町(たかしま)
端島を除き、2005年まで番地のみ(高島町××番地)だった。合併時、旧町全域が長崎市高島町に改められた。
端島は1955年、高浜村端島名が高島町に編入された区域で、高島町端島と呼ばれていたが、長崎市高島町の一部となり、端島は高島町の小字という扱いに変更された。

歴史

  • 1185年 - 平家の落武者が高島にたどり着いて住みついたといわれる。
  • 1695年 - 高島で石炭を発見。
  • 1710年ごろ - 高島で石炭採掘が事業化。
  • 1868年 - トーマス・グラバー佐賀藩の合弁により高島炭鉱が本格的に稼動。
  • 1881年(明治14年) - 高島炭鉱を三菱の岩崎彌太郎に譲渡。
  • 1955年(昭和30年) - 高島炭鉱の支鉱のあった端島が西彼杵郡高浜村より編入。
  • 1974年(昭和49年) - 端島炭鉱(正式には高島炭鉱の支鉱)が閉山、端島が無人化。
  • 1986年(昭和61年) 11月27日 - 高島炭鉱が閉山する。[3]
  • 1989年 - 町木・町鳥が制定される。[7]
  • 1997年(平成9年) - 飛島磯釣り公園・海水浴場がオープン。
  • 2001年(平成13年) - 三菱マテリアルの私有地であった端島が、高島町へ無償譲渡される。
  • 2005年(平成17年)1月4日 - 長崎市へ編入、長崎市高島町となった。

行政

町章

  • 1969年に三つの小さな輪を基にして、高島町・鉱業所・労働者を表し、それらを囲む輪は平和と家族の円満を意味した初代の町章が制定される。[8][7]しかし、初代の町章である
    鉱業所が閉されたことで町章として相応しくない為に変更された[8]
  • 1996年12月2日に由来は不明であるが、2代目の町章が制定される。[9]

産業

かつては炭鉱で栄えていたが、1974年に端島炭鉱が、1986年に高島炭鉱がそれぞれ閉山した。現在は観光の町として生まれ変わろうとしている。

観光スポット

  • 飛島磯釣り公園・海水浴場
  • 石炭資料館
  • グラバー別邸跡
  • ゴリラ山(ごんげん山)

交通

ファイル:Cobalt Queen 1.JPG
コバルトクィーン1号(高島にて)

高島へは、長崎汽船が長崎港から伊王島経由で高速船(コバルトクィーン)が1日10往復運航している。

出身有名人

関連項目

参考文献

  • 高島町政30周年記念史編纂部会編 『高島町政三十年の歩み』 高島町、1978年。
  • 高島町役場総務課企画振興班編 『高島町の足跡 高島町閉町記念誌』 高島町、2004年。
  • テンプレート:Cite book
  • テンプレート:Cite book

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

テンプレート:長崎市の地域
  1. 1.0 1.1 『高島町政三十年の歩み』、41頁。
  2. 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 『高島町政三十年の歩み』、46頁。
  3. 3.0 3.1 平成2年 高島町「町勢要覧」 p1
  4. 長崎新聞、1962年(昭和37年)1月9日
  5. 朝日新聞、1960年(昭和35年)1月16日
  6. 6.0 6.1 『高島町の足跡』、2頁。
  7. 7.0 7.1 平成2年 高島町「町勢要覧」 p2
  8. 8.0 8.1 NHKふるさとデータブック p326
  9. 長崎地域合併協議会 慣行の現況