豊根村

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茶臼山、萩太郎山より

豊根村(とよねむら)は、愛知県東三河北部(奥三河)に位置しており、長野県静岡県と境を接するで、北設楽郡に属する。16世紀までは、賀茂郡(加茂郡)に属していた。

2005年11月27日に、富山村編入した。愛知県内で最も人口の少ない自治体。愛知県内で2つしかない村の一つである(もう一つは飛島村)。

概要

  • 愛知県で最も標高の高い茶臼山(標高1,415m)があり、冬季にはスキーを楽しむことができる。
  • 過疎化などが影響し、財政的にも村政は厳しい状況にあるのが現状である。富山村を編入し新豊根村となった2005年12月現在も、依然財政上の問題は解決していない模様である。
  • 全国でも数少ないゆうちょ銀行代理店としての郵便局以外の民間金融機関が存在しない市町村の1つである。
かつては、石堂地区に磐田信用金庫の代理店が置かれていた時期もあった。
指定金融機関豊川信用金庫であるが、村役場に派出所(公金以外の取扱は行わない)とATMがあるだけで、支店・出張所はない。
JAバンクは豊根出張所が存在するが、ATMがあるだけで、職員が扱う必要のある取引は隣接の設楽町の店舗への取次ぎ扱いである。

地理

村域の9割以上が山地である。村内の茶臼山高原と大入渓谷が天竜奥三河国定公園に指定されている。東部は佐久間湖(佐久間ダムのダム湖)が広がっている。

隣接している自治体・行政区

愛知県

長野県

静岡県

歴史

テンプレート:Sister 江戸時代、村域はすべて天領であった。

  • 1876年:佐太、大谷、市原、河内の各村が合併し富山村となる。
  • 1889年10月1日:北設楽郡三沢、上黒川、下黒川、古真立、坂宇場の各村が合併し豊根村となる。
  • 1955年佐久間ダムの建設に伴って富山村の中心地区が水没することになり、約1/3が離村する。
  • 2005年11月27日:富山村を編入。大字富山を設定する。
明治22年以前 明治22年10月1日 明治22年 - 明治45年 大正1年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在



樫谷村 三沢村 豊根村 豊根村 豊根村 豊根村 豊根村 豊根村
粟世村
兎鹿島村 上黒川村
老平村
大沢村
小谷下村 古真立村
間袋村
大立村
溝淵村 下黒川村
中久名村
小造村
坂場村 板宇場村
川宇連村
佐太村 富山村 富山村 富山村 富山村 富山村 平成17年11月27日
豊根村に編入
大谷村
市原村
河内村

地域

人口

テンプレート:人口統計

教育

  • 初等教育
    • 豊根小学校
    • 豊根中学校
    • 富山小・中学校

交通

鉄道

  • 村内に鉄道は走っていない。なお、佐久間ダム完成前まで、天竜川左岸の旧佐久間村(現・浜松市天竜区)に豊根口駅があり、南東部の分地地区への玄関となっていた。
  • 村役場の最寄り駅は、東海旅客鉄道(JR東海)飯田線東栄駅である。東栄町営バス、村営バスを経由する。
  • 富山地区への最寄り駅は、飯田線の大嵐駅である。下車し前方の鷹巣橋を渡ると、豊根村富山地区に入る。

路線バス

道路

電気

発電所

村内東部、静岡県浜松市天竜区(旧・佐久間町)との境を流れる天竜川には、1956年(昭和31年)に佐久間ダムが建設された。このダムは水力発電用であり発電所佐久間発電所)が付随するが、発電所は静岡県側に立地している。村内にあるダムはもう一つあり、新豊根ダムという。1972年(昭和47年)に完成したこのダムは、佐久間ダム下流側で天竜川本流に合流する大千瀬川の支流大入川にある。

この佐久間ダム湖(佐久間湖)と新豊根ダム湖(みどり湖)の間で水を往来させ、揚水発電を行う発電所が村内天竜川河畔(豊根村古真立)にある。電源開発新豊根発電所で、1971年(昭和46年)に運転を開始し、最大112万5,000キロワットの電力を発生させる。

かつては大入川から取水する中部電力豊根発電所が天竜川河畔(古真立字湯ノ嶋)にあったが、新豊根ダムの完成に伴い1972年に廃止された。

一般供給

豊根村では中部電力が電気を供給している。

旧富山村域での電気事業は富山村 (愛知県)#電気を参照

前述の豊根発電所は1918年(大正7年)に完成していたが、当初は静岡県にある久根鉱山自家発電用であった。これを中京地方の大手電力会社東邦電力取得した後、1923年(大正12年)8月より豊根村への電気の供給が開始された[1]。豊根村への供給は1939年(昭和14年)3月に東邦電力から中央電力へと譲渡され[2]、続いて戦時下の配電統制により1942年(昭和17年)に中部配電へと統合、豊根村は同社の供給区域へと編入された[3]。戦後の電気事業再編で1951年(昭和26年)に中部電力が発足すると同社の供給区域に組み入れられ[4]、現在に至っている。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

関連項目

脚注

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外部リンク

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  1. 芳賀信男 『東三河地方電気事業沿革史』、2001年、pp.237-240
  2. 東邦電力史編纂委員会(編)『東邦電力史』、東邦電力史刊行会、1962年、p.281
  3. 中部配電社史編集委員会(編)『中部電力社史』、社史編集委員会、1954年、pp.19-20,39ほか
  4. 愛知県全域が中部電力の供給区域である。中部電力10年史編集委員会(編)『中部電力10年史』、中部電力、1961年